第23話 恋人達の受難(その3) ー愛唯と孝の初デート(前半)ー
愛唯です。
今話は第22話の補足をしようと思う。
恋人として私と孝は付き合い始めたんだけど、デートと言えば、孝をリフォームするため、孝をトランクに押し込んで検問を突破したくらいしかなかった(第20話)。
さすがに、あんな無茶、繰り返す気はない。逮捕されたり、射殺されるのはごめんだ。
そもそも、あのときは孝をリフォームしたい一心で、デートって気分じゃなかったし。。。
そんなリフォーム騒動(第20話)の数日後、私達(=愛唯、孝)は勉強する場を図書館から課室に移していた(第21話)。
昼前に孝は課室を出ると、約30分後、課室に戻ってくると、私に話しかけた。
「自然観察園で花が咲いています。
今日は晴れて暖かいですし、一緒に見に行きませんか?」
と、孝は私を自然観察園に誘った。
私は戸惑い、孝に問うた。
「デートってこと?」
孝は申し訳なさそうに頷く。
「ええ。。。僕はI大で軟禁されているから、、、
こんなところ(=自然観察園)しか誘えなくて、、、
すみません。。。」
私は孝の心遣いがうれしかった。だから、喜んで、こう答えた。
「行く!」
私達(=愛唯、孝)は自然観察園に向かった。
実をいうと、『私は自然観察園は初めて』だ。
ま、生物系の学生じゃない限り、行くことはない。。。
しかも、、、勉強熱心な学生ではなかったから。。。
4月も中旬となり、その日は晴れていたので、暖かな日だった。
I大の自然観察園は広く、いろんな花が咲いていた。
自然観察園を歩いていると、黒い長靴を履き、灰色の作業服姿の一人の男性が話しかけてきた。年齢は50歳前後だろうか。
「僕は生物系の教授を務めている、佐藤というんだけど、
君達(=愛唯、孝)は生物系の学生じゃないよね?
どうして、ここ(=自然観察園)を良く知っているんだい?」
生物系の佐藤教授は孝に話しかけた。
「特に、君(=孝)、ときどき、ここ(=自然観察園)に来るよね?
どうして?」
孝は照れくさそうに答えた。
「ここ(=I大)に軟禁されて以来、土日はすることがないから、
大学を歩き回って詳細を調べたんですよ。」(第13話)
孝は申し訳なさそうに一瞬私を見ると、生物系の佐藤教授に話を続けた。
「ここにいる、愛唯さんと恋人として付き合い始めました。。。
でも、僕達、100分の1の男性は学外に出ることができません。。。
学外で愛唯さんとデートすることは容易ではありません。。。
だから、せめて、自然観察園に咲く花を見に、
愛唯さんを連れてくるしかできないんです。。。」
そう言うと、孝は顔を横に振った。
生物系の佐藤教授はしばらく沈黙し、つぶやいた。
「そうか、、、この大学には娯楽がないからな。。。」
佐藤教授は笑顔で私達(=愛唯、孝)に語った。
「でも、ここ(=自然観察園)に来る学生を見るのはうれしい。。。
だって、復旧するの、大変だったんだ。。。」
佐藤教授は話を続けた。
「パンデミックの直後の大学閉鎖 (プロローグ) に伴い、
ここ(=自然観察園)も閉鎖となった。。。
僕達教員は昨年6月に大学復帰したけど(第1話)、
閉鎖されていた半年余りで、
ここ(=自然観察園)は荒れ果ててしまってな~。。。」
佐藤教授は不意に悲しみの表情となり、話を続けた。
「大学閉鎖の際に、一部の植物は処分せざるを得なかったし、、、
しかも、若手教職員は亡くなってしまったから、復旧は大変だった。。。」
私は驚き問うた。
「生物系の学生は復旧を手伝っていないのですか?」
佐藤教授は悲しみの表情のまま、顔を横に振りながら答えた。
「生物系は、理数系の中では女子学生の割合が比較的高かったが、
それでも男子学生が全滅してしまって、学生が半分以下になってしまった。。。
女子学生達も恋人や兄弟を亡くし、精神的ショックを受け、
とても復旧をお願いできる状況じゃなかった。。。」
私は「そうか」とつぶやいた。
私は健司(=元恋人)と武(=弟)を亡くし(プロローグ)、家庭は崩壊し(第1話)、学習意欲を無くし留年寸前だった(第2話)。
私のような学生は、生物系にもいただろう。
当時の私なら、「復旧に手伝って」と言われても協力しなかったかもしれない。。。
佐藤教授はため息をついて、話を続けた。
「それに、、、
大学周辺のコンクリート壁の工事や、
大学出入り口のセキュリティ対策工事が終わるまでは、、、
学生は構内への立ち入りは禁止だった。。。
だから、そもそも、、、
学生に復旧の手伝いをお願いすることはできなかったしね。。。」
孝は空を見上げた。そして、佐藤教授に顔を向けると、佐藤教授に問うた。
「じゃ、ずっと、佐藤先生お一人で、自然観察園の復旧を行ったと?」
佐藤教授は黙って頷いた。
佐藤教授は笑顔で私達(=愛唯、孝)に語った。
「でも、君達(=愛唯、孝)のように、
自然観察園を見に来る学生がいるなら、復旧に苦労した甲斐があった!
だから、うれしくて、つい、、、
君達(=愛唯、孝)に話しかけたんだ。」
佐藤教授は笑顔で続けた。
「なんなら、(自然観察園を)案内してあげようか?
専門外の君達(=愛唯、孝)にもわかりやすいように説明してあげる。」
私と孝は喜んで案内を依頼した。
私は「喜んで!」と言ったし、孝は「お願いします!」と言った。
生物系の佐藤教授は笑顔で「じゃ、ついてきて。」と話すと、自然観察園の植物の説明を始めた。
私達は佐藤教授の説明を聞きながら、佐藤教授の後ろを歩き、自然観察園を楽しんだ。
これが、『私と孝の初デート』となった。
翌月だったと思う。
課室で孝は私に語り掛けた。
「愛唯さん、1週間後、夕方から、
I大の天文台の見学会が開かれるそうです。
60cm反射望遠鏡を使った天体観望会も行うそうです。
一緒に行きませんか?」
I大の理数系の建物の屋上には、小さいながら天文台がある。
パンデミック前は天文台が一般公開される日もあったが、パンデミック後は一般公開はされなくなった。
言うまでもなく、100分の1の男性の安全確保のため、I大への立ち入りは原則禁止となったからだ。
もちろん、天文台には行ったことがない。
パンデミック前なら、夕方以降まで大学に残って、天文台の見学に行くなど、考えもしなかったろう。
だが、パンデミック後、孝との心の距離を縮めるには、
外出に制限のある100分の1の男性の孝との心の距離を縮めるには、
大学のこういった『催しに参加するしかない』のだ。
だから、もちろん、参加した。
「もちろん、行くわよ!」
当日は夕方6時から一般向けの特別講座が開かれ、60cm反射望遠鏡を使った天体観望会と、3Dシアターが開かれた。
参加者は、、、やっぱりI大には娯楽がないからね、、、100分の1の男性と恋人達で、20名くらいだった。
なかなか望遠鏡から星を眺める機会ってないからね。。。それなりに楽しかったよ。。。うん。。。
合間、合間に恋人達と初めて会話を交わした。
いやー、会話が盛り上がったよ。。。
そして、、、彼女達は親友の優子とは別の相談相手になった。。。
というのも、、、ほら、、、100分の1の男性の恋人になれる女性って、圧倒的少数だろ?
だから、相談相手って、ほとんどいないんだよねー。
親友の優子は翔(=優子の元恋人)を亡くしているから、孝の仲については相談しづらいんだ。。。
そう、『相談相手が増えて、この天文台の見学会は私には有益』となった。
こうした特別講座は、月に1回、土曜日に開催された。
かなりあとになって撫山教授から教えてもらったんだけどね。。。
「愛唯君、孝君と一緒に、自然観察園に行ったんだって?
生物系の佐藤教授が、
『100分の1の男性はI大で軟禁されているし、
恋人とデートする場にも困っているようだ。
せめて、学内見学会とか、特別講座を開いて、
少しでも100分の1の男性のストレス低減と、
デートの場を提供してあげよう。』
って呼びかけたんだ。。。」
そう、実は理数系だけでなく、人文系や体育・美術系も特別講座を開いてくれた。
これも学内デートとか、恋人同士の交流の場として使わせてもらった。。。
私は100分の1の男性の恋人達と親交を深めていった。。。
何度も言うけど、パンデミック前なら、こんな特別講座に参加しようとは思わなかった。。。
まあ、そんなマジメな学生じゃなかったし。。。
でも、パンデミック後は、こういう特別講座でも、100分の1の男性である孝とじっくりデートするには、とても貴重な機会だったんだ。。。
そう、第21話でも述べたように、
『パンデミック後の世界は、恋人達にとって受難の世界』なんだ。