Y-10(優子ルート・第10話) 優子、一人で翔の墓を訪ねる。
季節は少しさかのぼって、翔(=優子の亡き恋人)が亡くなった次の年の8月の盆休み、私は翔の墓参りに出掛けた。
墓に生ける花は、行く途中の花屋で買った。
寺に着くと、寺に備え付けのバケツに水を注ぎ、翔の墓を訪ねた。
翔の墓に私は笑顔で語り掛けた。
「翔(=優子の亡き恋人)、、、久しぶり。。。
今まで来れなくてゴメンね。。。」
実は、亡くなった直後の葬儀(Y-7)の日以来、翔の墓を訪ねたの初めてだった。。。。
と言うのも、翔が亡くなった年の年末は墓参りは不可能だったんだ。
まず、パンデミック中で治安が極度に悪化していた。だから、私一人が墓参りするのは、両親から反対された。
加えて、私は学徒動員で警察署の事務処理手伝いだったから、知っているんだけど、、、
当時の治安はとても悪くてね。。。
警察は超多忙だったんだ。。。
私自身、制服着て立哨警備したこともある。
そう、とても墓参りができる状況ではなかった。
3月の彼岸も墓参りはできなかった。
かなり治安は改善されていたんだけど、やっぱり警察は多忙でね。
やっぱり、墓参りできる状況ではなかった。
そして今回、治安が大幅に改善され、8月末に学徒出陣が解かれる見込みとなり、墓参りするゆとりができたってわけ。。。
話を8月のお盆休みの墓参りに戻す。
私はふと、翔の墓が荒れていることに気付いた。
だが、この時は、単純に、翔のご両親より先に、私が墓参りに来てしまったんだろうと考えた。
そう、私の後に、翔のご両親が墓参りに来るのだろうと考えたんだ。
私は翔の墓を掃除し、雑草を抜き、花を生けた。
そして、私は墓に手を合わせ、微笑んで語った。
「翔、健司君(=愛唯の亡き恋人)と、あの世で仲よく遊んでね。」
そして、このときは翔の墓を離れた。
10月、翔が亡くなって1年後、命日の直前の週末に、再び私は翔の墓に訪れた。
8月の盆休みと同様、行く途中の花屋で花を買い、寺に備え付けのバケツに水を注ぎ、翔の墓を訪ねた。
翔の墓は8月と同様荒れていた。生けた花は私が8月に生けた花のままで、枯れていた。
私はこの時も、翔のご両親が多忙で、たまたま8月の盆休みに来れなかったのだと思った。
私は8月の盆休みと同様、私は翔の墓を掃除し、雑草を抜き、花を生けた。
そして、私は墓に手を合わせ、微笑んで語った。
「翔、今月、ようやく大学が再開されたよ。
でも、やる気は全然起きないんだけどね。」
そして、このときも翔の墓を離れた。
その年末、私は再び、花と水を注いだバケツを持って、翔の墓を優子は訪れた。
翔の墓は10月と同様荒れていた。生けた花は私が10月に生けた花のままで、枯れていた。
そう、翔のご両親が、ずっと翔の墓参りをしていないのは明白だった。
実は翔の墓と翔の実家は歩いて2,30分の距離にある。
私は翔の墓から翔の実家まで歩き、周囲から翔の実家の様子を窺った。
翔の実家は一戸建てで、翔のご両親は庭をいじるのが好きでね。
翔はたまに苦笑いを浮かべて言っていた。
「どうして、あんなに庭をいじるのが好きなのか、わかんねー。」
実は、パンデミック前は何度か私も翔の実家を訪れたことがある。
そう、翔の実家は庭のキレイな家だったんだ。
でも、この年の年末、翔の実家の庭は、翔の墓と同様、荒れ放題だったんだ。。。
決して、翔の実家に誰もいないという訳ではなく、窓越しに洗濯物が干してあったり、生活感はある。。。
つまり、翔のご両親は、翔の実家に今も住んでいるようだ。。。
それで私は察したんだ。。。
だって、、、翔は一人息子だったから。。。
一人息子を亡くした翔のご両親は、どんなに辛かっただろう。。。
翔を亡くした喪失感は、私より、翔のご両親の方が大きかったはずだ。。。
わたしはなぜ、翔の葬儀のとき(Y-7)、そのことに気付かなかったのだろう?
私は、翔の葬儀の時でさえ、自分のことばかりで、翔のご両親を気遣うことができなかった。。。
そう。。。
翔の実家の庭と翔の墓の荒れた様子は、翔の死去から1年と2か月が経過しても、翔のご両親が立ち直っていないことを示してた。。。
私は翔の実家を訪ね、せめて翔のご両親を慰めてあげようと思った。
だって、翔の看病から逃げ出した私(Y-7)を、翔のご両親は一言も責めなかったのだから。。。
いや、、、
そんな私に、むしろ、、、
優しい言葉を掛けてくれたのだから。。。
でも、でも、、、
翔のご両親に、『どんな慰めの言葉を言えばいいのだろう?』
何より、翔の看病から逃げ出した私に(Y-7)、『そもそもそんな資格があるのだろうか?』
私は仕方なく、無言で翔の実家を離れ、翔の墓に戻ることにした。。。
私は翔の墓に手を合わせ、翔の墓に語り掛けた。
「ねえ、翔。 私はどうしたらいいの?」
私は続けて、翔の墓に語り掛けた。
「あなたのご両親を、どう、慰めたらいいの?」
私は更に続けて、翔の墓に語り掛けた。
「愛唯はね。。。
愛唯のお父さんが、愛唯の弟の看病に一度も来なくて、
しかも葬儀も来なくて、怒っているの。。。
そして、愛唯のお母さんが、
健司君(=愛唯の亡き恋人)の看病に行くことに反対して、
そのことにも怒っているの。。。
愛唯は、もう、
『二人とも許さない!』
って言っていたわ。。。(Y-8)
愛唯を、どう、宥めればいいの?」
私は更に続けて、翔の墓に語り掛けた。
「私とあなたと愛唯と健司君で、
一緒に飲みに行った店は先日閉店してしまったわ。。。
(Y-9)
もう、私と愛唯は、パンデミックの前の世界には戻れないの。。。
この世界で何をしたらよいのか分からないの。。。」
私は涙ぐみ、翔の墓に向かって問うた。
「ねえ、翔。。。
もう、私、どうしたら良いのか分からないの。。。
どこから手を付けたらよいのかさえ、わからないの。。。」
私の両目から涙が流れた。そして翔の墓に向かって叫んだ。
「ねえ! ねえ! 黙ってないで、答えてよ!」
でも、、、当然のことながら、、、
墓の中に眠る翔は『答えてはくれなかった』。。。
私はこの時も、翔の墓を掃除し、雑草を抜き、花を生けることしかできなかったんだ。。。
(次話に続く)
次話は2024年11月21日の午前0時に公開予定です。