Y-8(優子ルート・第8話) 優子、愛唯の怒りを知る。
翔の葬儀(Y-7)の3日後、愛唯の弟の武君の葬儀があった。
私と愛唯は中学以来の親友であり、私は何度も愛唯の家を訪ねていた。
だから、武君とは面識があったので、武君の葬儀に参列した。
武君の葬儀も、翔の葬儀と同様に、NOH市のある寺で、十数人の合同葬儀だった。
そう、和尚さんが経を唱えるだけの、簡単なものだった。
私は3日前の翔の葬儀と同じ喪服を着て、武君の葬儀に参列した。
武君の葬儀は10月末で、実は愛唯に会ったのは、約1ヶ月ぶりだった。
パンデミックが始まった10月初旬は、女性に感染しないのか、40歳以上の男性に感染しないのか、まだ確証が得られていなかった。
よって、必要がない限り、自宅待機を勧められていた。
加えて、私は翔の看病、愛唯は武君の看病で、忙しく、会う機会がなかったのだ。
私は武君の葬儀に参列し、愛唯のお父さんの姿がないことが気になった。
葬儀の後、私と愛唯は寺の近くを散策した。
パンデミック前なら、散策ではなく、喫茶店やファミレスでしゃべっていただろう。
でも、『この時期、流通が滞っており、飲食店の多くは休業』していた。
散策する際も、愛唯のお母さんから、「あまり遠くに行かないで」と釘を刺された。
というのも、この時期、40歳以下の男性警察官がほとんど亡くなり、加えて経済危機による失業者の増加により、『治安が急速に悪化』していたから。。。
だが、愛唯のお母さんから「あまり遠くに行かないで」と言われた時、愛唯のお母さんに対する、愛唯の冷たい視線が気になった。
私と愛唯は、寺の周囲を歩いていた。
私はおそるおそる、喪服姿の愛唯に問うた。
「愛唯、あなたのお父さんがいないようだけど。。。」
愛唯は突然表情を変え、涙を流し、怒りの表情で叫んだ。
「県庁の方が大変だからって、父さんは葬儀を欠席よ!
葬儀だけじゃないわ!
父さんは、武の看病に一度も来なかったんだから!」
(第1話)
私はその理由が思い当たった。
私の父は大企業に勤めているが、パンデミック発生後、全ての業務がストップしたらしく、倒産もありうる状況だと話していた。
私の父は中間管理職として、会社の立て直しで多忙で、連日、帰宅は深夜になっていた。
心労のあまり、私の父の白髪が増えた。過労で倒れないか、私も母も心配している。
心配のあまり、母は父に「あまり働きすぎないで」と言ったことがある。
だが、父は申し訳なさそうに語った。
「私はまだマシな方だ。。。
役員クラスになると、連日泊まり込みで、
息子や孫の看病や葬儀すらいけない状態なんだ。。。」
母は驚いた。
「なぜ?」
父は話を続けた。
「会社の倒産を防ぐためだ。。。」
一方、愛唯のお父さんは、県庁の幹部だ。
パンデミック発生時から、経済危機が発生し、失業者が急増した。
インフラも止まりがちだった。
地方自治体はパニックに陥り、無政府状態に陥りかねない状況の中で、可及的速やかに県庁の立て直しが必要で、立場上、先頭に立たざるを得ないだろう。
そう、『社会を守るだけでなく、家族を守るためにも、』愛唯のお父さんの判断はやむを得ない一面がある。。。
しかし、愛唯の激しい怒りの前に、それはとても言えなかった。。。
第一、『理屈としてはわかっていても、肉親の情として許せないことだってある』のだから。。。
私は愛唯を宥めるために、話題を変えた。
「実は翔が亡くなった。。。
3日前、翔の葬儀があったんだ。。。」
愛唯は歩きながら空を見上げた。
そして、寂し気な表情を私に向け語った。
「そうか。。。
実は、武が亡くなった2日前、健司(=愛唯の恋人)も亡くなったんだ。。。」
パンデミック発生後、40歳以下の男性のほとんどが死亡している。
だから、健司君の死亡は驚かなかったが、、、足を止め、ため息をついて、空を見上げた。
「そうか。。。
私達(=優子、愛唯)、わずか1か月足らずで、、、
大切な男性を3人も亡くしてしまったか。。。」
愛唯も足を止め、ため息をつき、空を見上げた。
「そうだな。。。」
私はふと疑問が浮かび、愛唯に問うた。
「ところでさ、愛唯、健司君の葬儀はいつ?
私とあんた、翔と健司君で一緒に4人で遊んだ仲だからさ、、、
健司君の葬儀に参列しても良いけど。。。」
すると、愛唯は寂しげな表情で、顔を横に振った。
「実は、健司の葬儀は数日前に行われた。。。」
私は驚く。
「え!?
どうして、私に健司君の葬儀を連絡してくれなかったの?」
愛唯は再び涙を流し、悲しそうな表情で語った。
「言えるわけないでしょ。。。
だって、私、健司の葬儀に参列してないもん。。。」
私は更に驚いた。
「え!? どうして?」
愛唯は大粒の涙を流し、悲しそうな表情で続けた。
「だって、、、
健司のご両親に何度も頼まれたけど、、、
健司の看病に行けなかったんだもん。。。」
愛唯は涙を流しながら、さらに続けた。
「看病に行けなくって、、、
申し訳なくって、、、
健司のご両親にどう顔向けして良いのか、わからなくって、、、
健司の葬儀に行かなかったの!」
愛唯は涙を拭おうともせず、話を続けた。
「武が入院した時、母さんは無理やり働かされていて、、、
私一人で武の看病しなくちゃいけなかった。。。
母さんが仕事が終わって、母さんが病院に来た時、
私は
『健司の看病に行きたい』
って言ったら、、、
母は、
『ダメよ。 あなたに何ができるって言うの?
健司の看病に行ったって、孝の看病と同様、見守ることしかできないわ。
それよりも、今は体を休めなさい。』
って拒否されたの!」
(第1話)
私は翔のお母さんが看病で、連日大変だったことを知っている。(Y-7)
愛唯一人で武君の看病して、その合間に健司の看病することは、現実には不可能に近い。
そう、、、愛唯のお母さんの判断はおおむね正しい。。。
愛唯は更に話を続けた。
「健司のご両親から、
『健司が危篤に陥った』
と聞いて、母さんにもう一回願ったら、、、
今度は、
『だったら、、、あなたが行く意味は、猶更ないじゃない!
今行って、何が変わるわけじゃないでしょう?
それよりも、、、今は武の方が大事じゃない!』
って言ったのよ!」
『武の方が大事じゃない!』と言うのは言い過ぎである。。。
でも、、、危篤になったと言うことは、翔の例から見て、、、
健司君は意識障害に陥っていただろう。(Y-7)
その状態で愛唯が看病に行ったとしても、健司君は愛唯の到着を分からぬまま、あの世へ旅立っただろう。。。
そう、、、愛唯が行っても、、、意味はほとんどなく、、、何も変わらなかっただろう。。。
でも、、、同時に、、、『恋人としての心情』ってものもある。。。
愛唯は涙を流しながら、空に向かって叫んだ。
「母さんは、健司より、武の方が大事だったのよ!
出来の悪い私より、優秀な武の方が大事だったのよ!」
愛唯は涙を拭こうともせず、更に空に向かって叫んだ。
「私、、、父さんと母さんを、、、絶対許さない!
一生、許さない!」
私は愛唯を宥める言葉が見つからなかった。。。
同時に、愛唯の怒りは、、、
そう、健司の看病に行きたくても行けなかった愛唯の怒りは、、、
『翔の看病から逃げ出してしまった罪悪感』を、もっと深めてしまった。。。
次話は2024年11月17日の午前0時に公開予定です。