Y-6(優子ルート・第6話) 優子、恋人・翔を看病する。
10月上旬、その凶悪ウイルスは、わが国にすでに蔓延していた。
そして、1か月の潜伏期間を終え、猛威を振るい始めた。
発症して1週間以内に死に至り、連日、多くの死者が出た。
瞬く間に、40歳未満の全男性が感染し、発症した。
ウイルス患者が出始めた10月上旬から、私と翔はデートをするのを控えた。
だって、翔に感染してほしくなかったから。
そして、毎日のように翔が感染しないよう、祈った。
でも、、、『翔も例外ではなかった』。。。
10月下旬、翔が自宅で、頭痛と高熱を訴えた。
このウイルスに感染し、発症すると、初期症状として頭痛と高熱が現れることは、すでに知られていた。
でも、この10月下旬の時点で、すでにわが国の救急はマヒしていた。
なぜなら、、、40歳未満の消防士は、10月下旬の時点で、ほぼ全員が感染・発症していたから。。。
救急がマヒしていたため、この時期はこの凶悪ウイルス以外でも亡くなった人は多い。。。
話を翔の発症に戻そう。
翔が発症した時、救急がマヒしていたため、翔の両親が病院に連れて行った。
症状からウイルス感染の可能性があり、翔は即入院となった。
私は、翔のお母さんから、翔の入院を聞き、病院に駆け付けた。
でも、、、すでに翔はクリーンルームの中だった。。。
先の話をすれば、、、私は二度と翔に触れる機会は訪れなかった。。。
でも、入院直後は、まだ翔は高熱と頭痛だったので、ガラス越しに会話ができた。
私は努めて明るく振る舞い、翔に声をかけた。
「翔。
私達2人(=優子、翔)と、愛唯と健司君を加え4人で、
ホテルのレストランに、クリスマスディナーに行くんでしょ?
そう約束したよね?」
翔はベットに横たわり、頭痛で頭を押さえながら、手を上げて、笑顔で答えた。
「ああ。。。」
翔が入院した翌日の朝、翔の両親と私は担当医の個室に呼ばれた。
担当医は椅子に座り、担当医のすぐ後ろには一人の看護師が立ち、翔の両親と私は担当医に勧められ、椅子に座った。
担当医は緊張した表情で、私達に向けて、静かに話しかけた。
「息子さん(=翔)の検査結果ですが、、、
ウイルスに対する陽性反応が出ました。。。
つまり、、、
息子さん(=翔)は、ウイルス感染しています。。。」
担当医の言葉は、翔の両親も、私も、覚悟していた。
だって、すでに、あの凶悪ウイルスは蔓延していたから。。。
でも、、、でも、、、覚悟していたとはいえ、、、翔の両親も、私も、激しく動揺した!
だって、だって、、、発症して1週間以内に、死に至ると、報道されていたから!
連日、多くの死者出ていると、報道されていたから!
翔のお母さんの目から涙が流れた。
そして涙を流しながら、担当医に問うた。
「先生、、、翔は、、、死ぬのでしょうか?」
だが、担当医はその問いには答えず、下を向いた。
数秒後、担当医は私達の方に向き、真剣な表情で、言葉を絞り出した。
「できる限りの手を尽くします。」
担当医からすれば、これが精一杯の言葉だったのだろう。。。
一方、私は、このとき悔やんでいた。
1か月前は、ちょうど翔と映画デートに行った時だったから。(Y-5)
もしかしたら、映画デートで感染したかもしれないのだ。
どうして、もっと、世の中の動きに注意しなかったのだろう?
注意していたら、翔の感染を防げたかもしれないのだ。。。
私は思わず涙を流し、翔の両親に頭を下げ、叫んだ。
「翔のお母さん、お父さん、ごめんなさい!
翔が発症する1か月前、翔と私はデートに行ってました!
そのデート先で翔は感染したかもしれません!
私が翔をデートに連れ出さなきゃ、翔は感染せずに済んだかもしれません!
本当にごめんなさい!」
翔のお母さんは、涙を流しながら、苦笑いを浮かべ、顔を横に振り、私に言葉を掛けた。
「優子さん、あなたのせいじゃない。
1か月前は、翔はバイトもしていたし、大学にも通っていた。
バイト先や大学で感染したかもしれない。。。」
そう、私のせいじゃないかもしれない。
でも、もっと、社会のことに注意していて、翔に外出を禁じていたら、感染しなかったかもしれない。
少なくとも、感染を遅らせることができたかもしれない。
今でも、たまにそんなことを思うのだ。
【現在の愛唯と優子の会話】
リアル愛唯:「それは考え過ぎだって。。。
健司(=愛唯の亡き恋人)は大学に通い、
9月にはテストがあったし、、、
武(=愛唯の亡き弟)は高校3年で高校を休ませるわけにも、
当時通っていた予備校を休ませるわけにもいかないし。。。
感染を防ぐのは不可能だったと思う。。。」
リアル優子:「まあ、そうなんだけど、、、
でも、
『どうしたら防げたか?』
って、たまに考えるんだ。。。」
リアル愛唯:「まあ、それは私も同じだけど。。。」
【大学2年の優子に戻る】
話を元に戻す。
そして、担当医が真剣な表情で私に向けて語った。
「お母さん(=翔の母)、そしてお嬢さん(=優子)、
まだ息子さん(=翔)が死ぬと決まったわけではありません。。。
ごくわずかですが、
ウイルス感染者の中で助かった人がいないわけではありません。。。
我々も全力を尽くしますから。。。」
その言葉に、翔のお父さんも涙を流しながら、うなずいた。
「そのとおりだ。。。 奇跡を信じよう。。。」
翔のお母さんと私は無言でうなずいた。
そうだ!
まだ、翔が死ぬと決まったわけじゃない!
奇跡を信じよう!
そう、私は自分に言い聞かせた。
その日から私は、奇跡を信じ、午前9時から午後5時まで、翔が入院している病院に看病に行った。
本当はね、私は看病には行けないんだ。
だって、すでにウイルスは蔓延しており、数多くの入院患者がいて、それを看病する家族も数多かった。
しかも、ウイルス感染していた病院スタッフも少なくなく、病院も混乱の極みにあった。
よって、肉親でもない、私が看病するのは遠慮してほしいと、病院から言われてしまったんだ。
でも、翔のご両親が、病院に頭を下げて、例外的に、午前9時から午後5時まで、看病をようやく認めてもらったんだ。
【現在の愛唯と優子の会話】
リアル愛唯:「そうなの? 初めて知った。
じゃ、私が健司(=愛唯の亡き恋人)を看病したくても、
そう簡単じゃなかったってこと?」
リアル優子:「うん。。。
ま、翔が入院していた病院だけの話かもしれないけど。。。
あの頃は、とても愛唯には言えなかったしね。。。」
リアル愛唯:「じゃ、どうやって、翔のご両親は病院を説得したの?」
リアル優子:「パンデミックによる経済危機で、
翔のお父さんが勤めていた会社は倒産の危機にあってね。。。
翔のお父さんも中間管理職として、
会社の立て直しに夜遅くまで働いていた。
翔のお父さんは、
それでも夜遅く、病院に来て、
翔のお母さんに代わって看病したの。。。
でも、、、それでも、翔のお母さんの負担は重い。。。
夜遅くまで働いて、看病していた、
翔のお父さんの負担も重かった。。。
だから、私が午前9時から午後5時まで看病して、
翔のご両親の負担を軽減したいって、
説得したの。。。」
リアル愛唯:「そういうこと。。。」
【大学2年の優子に戻る】
話を元に戻す。
ただ、看病と言っても、愛唯が武(=愛唯の亡き弟)を看病した時と同様、翔はクリーンルームにいたので、ガラス越しに見守ることしかできなかった。(第7話)
時々、ガラス越しに翔に声をかけることしかできなかった。
翔が入院して、次の日の午後、突然、翔は口を左手で押え、右手の指でクリーンルームに控えていた看護師を呼んだ。
看護師がバケツを持って駆けつけた。
すかさず、翔はうめき声を上げながら、バケツに向かって血を吐いた。
「(うめき声)う゛~え゛~え゛~!」
血を吐いた後、翔は作り笑いを浮かべ、私に声をかけた。
「優子、ゴメン。 不快なものを見せた。。。」
私も作り笑いを浮かべ、翔に声をかけた。
「いいのよ。。。気にしないで。。。」
その1,2時間後、今度は翔は突然おしりを左手で押さえ、右手の指でクリーンルーム控えていた看護師を呼んだ。
やはり看護師はバケツを持って駆け付けた。
急いで、翔はパジャマのズボンを降ろし、バケツに向かって下痢をした。血性の下痢だった。
下痢の後、翔は慌てて、自らの下半身を隠し、私に謝った。
「優子、ゴメン。 また、不快なものを見せちゃった。。。」
この時も私は翔に声をかけた。
「気にしないで。。。」
看護師は翔に語った。
「ちょっと、パジャマが汚れちゃったから、パジャマを変えましょう。」
そういって、看護師は着替えのパジャマとパンツを手渡した。
翔はパジャマとパンツを着替えたが、翔の肉体には皮下出血の痕があった。
その日は夕方5時となり、病院との約束通り、私は帰った。
帰り際、私は努めて明るく、翔に声をかけた。
「翔。。。
私、クリスマスディナーのために、新しいスーツを用意しているの。。。
翔、あなたに見てほしいな!」
翔もベットに横たわりながら、うなずき、明るく答えた。
「ああ!」
帰りがてら、私は自分を鼓舞した。
『奇跡を信じよう!』と、、、
そして翔に声を掛け、『翔に生きる力を与えてあげよう』と。。。
でも、、、ウイルスは翔の体力を急速に奪っていく。。。
(次話に続く)
次話は2024年11月13日の午前0時に公開予定です。