第191話 寄り道(その1) ー聡の実家、再びー
(前話からの続き)
私達は撫山教授に別れの挨拶を済ませると、撫山教授の個室を出た。
私達(=ヨメンズ、孝)は事務棟に向かった。
優子は事務棟で入校許可証を返却し、臨時立ち入り証を受け取った。
今日は臨時立ち入り証を持って、歩いてセキュリティゲートに行き、守衛に渡して学外に出なければならない。
そう、、、5年前の卒業式のように(第118話)。。。
今日、セキュリティゲートをくぐり抜ければ、特別な許可がなければ、優子はI大には入ることができないのだ。。。
優子は論文投稿のため、何度かI大に通う予定だ(第188話)。
その都度、撫山教授から、臨時立ち入り証を発行してもらう予定だ。
でも、入校許可証を返却し、臨時立ち入り証を受け取った優子は心なしか寂しそうだった。
というのも、専ら、オンライン会議で対応する予定で、明日以降、I大に来るのは数回程度になる見込みだからだ。。。
孝も事務棟で、共同住宅の鍵を返却した。
そして、教職員用の入校許可証を返却した。
だって、明日から、I大の助教ではないのだから。。。
もちろん、明日からは非常勤講師としてI大に通う予定だ。
だから、臨時教職員用の入校許可証を受け取った。
ただし、孝も授業がある日以外の大学の立ち入りはできなくなる。
授業がある日以外の大学の立ち入り、たとえば共同研究で臨時に立ち入りが必要な場合は、その都度、撫山教授が臨時立ち入り証を発行する。
私は、まだ4月はI大学の博士課程3年なので、今日は入校許可証は返却不要だ。
でも、、、来年は返却しなくてはならない。。。
瀬名はそもそもI大学の付属学校教員なため、付属学校から入校許可証を受領済だ。
瀬名は付属学校の教職員用の駐車場から、自分の車を取りに行った。
私、優子、孝はセキュリティゲートへ歩いて行った。セキュリティゲート先のロータリーで、瀬名の車に乗る予定だ。
ああ、私と優子の車はすでにNOH大の共同住宅の駐車場にある。
だって、すでに引っ越しは済ませてあるから。。。
優子は守衛に臨時立ち入り証を渡すと、セキュリティゲートをくぐり抜けた。
セキュリティゲートをくぐると、構内に向かって振り返り、お辞儀をした。
そしてつぶやいた。
「5年前、卒業していったクラスメート達も、こんな気分だったのかな~。」
(第118話)
私は優子に問うた。
「寂しい?」
優子は寂しそうに答えた。
「うん。。。
まあ、論文投稿で数回通うだろうけど、、、論文投稿が終わると、、、
交流会以外は来ることはないだろうし。。。」
私は優子にささやいた。
「なんなら、出産後、博士課程に進んだら?」
すると優子は顔を横に振った。
「あと数年は無理ね。。。
ただでさえ、修士に行かせてもらっている。。。
だから、出産後は、仕事に専念しないと。。。」
そう、優子は子会社の社員だったのに、親会社の正社員となり、しかも修士課程にまで行かせてもらっている。
それだけでも、異例中の異例なのだ。。。
しばらくは博士課程に進むなど、ありえないのだ。。。
優子は私にささやいた。
「だから、あなたと孝は3年間頑張って、I大の講師として戻るんだよ!」
私は頬を膨らませた。
「ちょっとー! プレッシャーかけないでよ。。。」
そう、撫山教授が個室で私と孝に言ったように、講師は公募となる。
つまり、他の競争者に勝たなくちゃいけないのだ。。。
必ず勝てる保証はない。。。
セキュリティゲートを抜け、私、優子、孝がロータリーで待っていると、瀬名が車を走らせてきた。
助手席に優子、後部座席に私と孝を乗せると、車はI大を離れた。
そう、『私達(=ヨメンズ、孝)はI大を旅立った』のだ!
孝は後部座席から振り返り、いつまでもI大を眺めていた。
私は孝に語り掛けた。
「孝、名残惜しい?」
孝は戸惑ったように答えた。
「うーん、複雑ですね。。。
もう、7年と1か月、I大で軟禁されてましたから、
高い壁に囲まれて生活してきましたから、ホッとした気持ちもあります。」
孝は苦笑いを浮かべた。
「ま、今度はNOH大で、高い壁に囲まれた生活が待ってますけど、、、」
孝は名残惜しそうに言った。
「そして、7年と1か月住んでましたから、同時に愛着もありますね。。。
複雑です。。。」
私は微笑み、うなずいた。
「そう。。。私も同じ。。。」
そう、私も結婚して6年、ずっと高い壁に囲まれた生活だったので、どこかホッとしている。
だけど同時に、6年も住んでいたので、愛着もあるのだ。。。
孝は運転席の瀬名に語り掛けた。
「瀬名さん、ちょっと寄り道してもらえませんか?」
瀬名は驚く。
「え? 寄り道して良いの?」
孝は笑顔で答える。
「今日までは僕の上司は撫山先生で、明日から幸代先生です。
で、今日の僕の行動の責任は撫山先生ですが、
僕はもうI大を離れているから、関与できません。
そのすきを狙って寄り道しましょー。」
がはは! こいつ(=孝)!
私と交際していた7年前と変わらず、悪知恵が働く。。。
孝は笑顔で続ける。
「7年と2か月ぶりに行きたい場所があるんです。。。」
私はその場所がすぐにわかった。
「それって、もしかして。。。」
孝は笑顔を私に向けて語った。
「そう、7年と2か月ぶりに、聡君の実家に行って(第3話~第6話)、
もう一度、弔いに行きたいんです!」
私は興奮して瀬名に言った。
「瀬名、聡君の実家の道案内するから、ぜひ行こう!」
瀬名は笑顔で答えた。
「了解!」
私達(=ヨメンズ、孝)は聡の実家を訪問した。
突然の訪問だったが、聡のお母さんは喜んで応対してくれた。
ちなみに、聡のお父さんは仕事で不在だった。
孝は7年と2か月ぶりに、聡の遺影に笑顔で向き合った。
横にヨメンズも並び、聡の遺影に向き合った。
「聡君、ひさしぶり。7年と2か月ぶりだ。
いままで来れなくてごめん。大学で軟禁されちゃってね。
そう簡単に外出できないんだ。
7年と2か月が経っちゃったもんだから、僕、色々変わったよ。。。」
孝は笑顔で続けた。
「まずは、先日、I大の博士号を取得した。
そして、明日から、NOH大の助教になるんだ。
それと、愛唯さん、優子さん、瀬名さんと結婚してね。。。
しかも、優子さんは妊娠しているんだ。。。
そう、僕はまもなくパパになるんだ。。。」
そう言うと、笑顔を私達に向けた。
聡のお母さんは私と孝を見て、にやりと笑い、語った。
「やっぱり、あんた達(=愛唯、孝)、恋人同士だったのね(第6話)!」
私は慌てて否定した。
「いえ。。。あの時は付き合っていなかったんです。。。」
優子も続く。
「はい。
7年と2か月前は、まだ愛唯と孝は恋人として付き合っていませんでした。
愛唯と孝が恋人として付き合い始めたのは、それから2か月後のことです。」
だが、聡のお母さんは私に語った。
「ふーん、、、
でも、あなた(=愛唯)、孝君を見つめるまなざしが、
恋人を見るまなざしだったわよ。。。」
そうかもしれない。この家(=聡の実家)で、私の中の化学変化(第5話)から、私の中の孝が変わった。
私の中の化学変化(第5話)から、私は孝と恋に落ちたのだ!
そう。。。『私と孝の物語は、ここ(=聡の実家)から始まった』のだ!!
私は聡のお母さんに問うた。
「それで、、、妹さんは、いま、どちらに?」
聡のお母さんは笑顔で答えた。
「あの子は大学に進学後、就職したわ。
そして、結婚した。。。
ま、
『一夫多妻の妻にならないか?』
って、学生時代の友達に誘われてね。。。」
そして、聡のお母さんは笑顔で続けた。
「それで、、、
愛唯さんと孝さんに話しておきたいことがあるの。。。」
私と孝は戸惑い、同時に「「え?」」とつぶやいた。
(次話に続く)