第177話 人生を大きく曲げられた優子と瀬名(その2) ー瀬名の場合ー
(前話からの続き)
実は人生が大きく変わったのは、優子だけでなく、瀬名も大きく変わった。
瀬名はNOH市の教員で、実は高校の教諭をしていた。
来年から、休職して大学院に進む予定だったから、4月からクラス担任からは外してもらっていた。
ところが、7月末を以て、NOH市の教員から、I大の付属学校の教員になることが決まった。
で、、、急に付属学校の教員になったから、付属学校において、9月以降の担当教科はほとんどなかった。
付属学校も「どうせ4月から休職して大学院に行くんでしょ? だったら、10月から特別研究生としてI大に通ったら?」って勧められてしまった。。。
そもそも、NOH市の教員から、I大の付属学校の教員になるって簡単なことではないはずだ。
瀬名は戸惑い、NOH市の教育委員会や、I大の付属学校に問い詰めたが、明確な回答は得られなかった。
ただ、NOH市の教育委員会の担当が、「NOH大の幸代准教授には大きな借りがあって、、、」とこぼしただけだった。。。
どうも、瀬名の職場変更は、NOH大の幸代准教授が絡んでいるようだ。
と言うことで、、、幸代准教授の指導教員だった、撫山教授なら経緯を知っているかと思い、撫山教授の個室に伺い、問い詰めたんだ。
「撫山先生。
瀬名はNOH市の教員だったのが、付属学校の教員になりました。
この件について、幸代准教授が絡んでいるようですが、
撫山先生は何かご存じありませんか?」
撫山教授は渋々答えた。
「その件か。。。
幸代君(=NOH大の幸代准教授)が、NOH市の教育委員会と、
I大の付属学校に圧力を加えたんだ。。。」
私は驚く。
「すみません。
幸代准教授にそんな権力はないはずですが。。。」
撫山教授は苦笑いを浮かべて語る。
「ああ、本来、幸代君に、
NOH市の教育委員会と、I大の付属学校に圧力を加える権力はない。」
撫山教授は片目を瞑って続ける。
「ただなー。
パンデミックで男子学生が減ったのは、大学だけでなく高校も同じなんだ。
パンデミック前は数百万の人口を誇ったNOH市でも、
男子高校生は約300人しかいない。
その約300人を約10校の公立高校(第50話)と、
数校の私立高校が男子生徒受け入れ校となっており、
その男子生徒受け入れ校には、NOH大の付属学校が含まれる。」
撫山教授はさらに続ける。
「中学までは家族用の集合住宅をNOH市が準備し、
高校からはNOH市が寮を準備するわけだが、
NOH市東部の高校に関しては、男子高校生の寮はNOH大の敷地内にあるんだ。
まあ、NOH大の付属学校用の寮を作るときに乗っかる形になったわけで、
NOH市の教育委員会はNOH大に大きな借りがあるのさ。。。
そして、I大の付属学校は、I大の敷地にもあるが、
一部NOH市にもあるだろ?
その付属学校の寮もNOH大の敷地にあるんだ。
だから、I大の付属学校もNOH大に大きな借りがあるんだ。。。」
私は戸惑う。
「その男子高校生用の寮がNOH大の敷地にあることと、
幸代准教授にどんな関係が?」
撫山教授はため息をついて答えた。
「男子高校生用の寮の建設にわたって、
NOH大内の調整と窓口を幸代君が担ったのさ。。。
大学内の敷地の確保とNOH大の学内の調整で、大変だったらしい。。。
で、NOH市の教育委員会とI大の付属学校に、
『あの時の借りを返せ』
って迫ったらしいのさ。。。」
私は半ば呆れながら、さらに問うた。
「すみません。
幸代准教授はそこまでして、
なぜ、瀬名をI大の付属学校に転職させたいのですか?」
撫山教授も半ば呆れながら答える。
「ほら!
NOH大の最凶最悪コンビと交流した時、
瀬名君、NOH大の葵君をやり込めただろ?
(第174話)
あれから、幸代君、瀬名君を気に入っちゃったんだ。。。」
私は撫山教授が何を言っているのか分からず、思わず「は?」と言ってしまった。
撫山教授は苦笑いを浮かべ、続ける。
「葵君の毒舌には幸代君も手を焼いていているんだ。。。
でも、葵君も今はNOH大の助教だから、葵君の毒舌を封じないと、
葵君が
『ハラスメントを行った』
と訴えられかねん。。。
葵君はまだ修士しか卒業していないが、異例中の異例で助教に就任させた。
(第168話)
その葵君がハラスメントで訴えられたら、面目丸つぶれだからな。。。
そこで、瀬名君に葵君の毒舌を封じる役目として、
『来年4月から、NOH大とI大の共同研究スタッフとして、
瀬名君にはフルに活躍して欲しい』
ってことらしい。。。
そのために、10月から特別研究生として、
瀬名君は研究室に通ってもらって、勉強を始めるため、
I大の付属学校に赴任してもらったという訳だ。。。」
この話を瀬名に話すと、瀬名は顔色を変えて口を開いた。
「愛唯さん。
次のNOH大、幸代准教授とのオンライン会議はいつですか?」
私は戸惑いながら答えた。
「え? 明日あるけど。。。」
瀬名は真剣な表情で返した。
「わかりました。
同じ敷地内のI大の付属学校にいるから、
オンライン会議までに研究室へ行きます。」
いやー、瀬名の奴、相当、怒っていることがわかった。。。
翌日、撫山教授、幸代准教授、私、バカ(=孝)のオンライン会議に瀬名が飛び入り参加した。
そして、会議の冒頭、瀬名は静かに、だが怒りを以て、口を開いた。
「幸代先生、緑課長とグルですね。。。」
幸代准教授は表情を強張らせた。
「グルなんて、失敬な。。。」
だが、瀬名はひるまなかった。
「葵さんの毒舌を封じるためなら、
NOH大と同じ敷地にある、NOH大の付属学校の方が都合が良いはず。
つまり、わざわざI大の付属学校に移す必要などなかった。
I大の付属学校にしたのは、優子さんの基礎学力向上のために、
優子さんと私を同時にI大の特別研究生にして、
特別課題を課して、私を優子さんの家庭教師にでもするため。。。
違いますか?」
幸代准教授の表情がひきつった。
瀬名は話を続けた。
「私は怒っているんですよ。。。
確かに、私も優子さんも大学院への進学を希望していた。。。
でも、私も優子さんも人生設計があります。
当初の予定では、私は来年4月に1年休職して大学院に進学し、
次の年は働きながら大学院を卒業し、
その次の年で『私が』妊娠出産するはずだった。。。
『私が旦那様(=孝)の最初の子供を産むはずだった』。。。
私だけじゃない、
3年後に優子さんが大学院に進むのは、家族計画と人生設計から、
私と優子さんと話し合って決めたことなんです。。。」
瀬名は更に話を続けた。
「でも、幸代先生と緑さんの勝手な行為で、人生設計が滅茶苦茶になった。
幸代先生と緑さんは、どんな権限あって、
私と優子さんの人生設計に介入したんですか!」
幸代准教授は慌てて瀬名を宥める。
「瀬名君。ゴメン。
でも、これは良かれと思ってしたことなの。」
瀬名はニヤリと笑い語った。
「つきましては、私と優子さんの人生設計の組み換えのために、
幸代先生と緑さんには、これを呑んでほしいですけど。。。」
瀬名は幸代准教授に交換条件を提示した。
幸代准教授は悔しそうに吐き捨てた。
「わかった。。。
私担当分は、
うちの連中(=NOH大の最凶最悪コンビ)からの申し入れにもあるから、
善処するわ。
ミドリン(=緑課長)の担当分は、ミドリンに話しとく。。。」
脇で見ていた撫山教授はあきれてつぶやいた。
「いつも脅す側に立つ幸代君を、、、
学科長、学部長、学長を脅した幸代君を(第168話)、、、
逆に脅すなんて。。。
幸代君を脅す奴なんて初めて見た。。。」
だが、瀬名はニヤリと笑い、撫山教授に顔を向けて語った。
「あらー、撫山先生。。。
今回の件では、撫山先生も『共犯』ですよねー?
幸代先生や緑さんの動きを、知らなかったはずはないですから。。。
『知っていたけど、黙っていた。』
違いますか?
ま、『共犯』と言うのは言い過ぎかもしれませんが、
『消極的賛同者』だと思いますが。。。
ということで、これを呑んでほしいんですけど。。。」
瀬名は撫山教授に交換条件を提示した。
撫山教授は吐き捨てた。
「わかった。。。葵君からの申し入れもあるから、善処する。」
その場にいた、私とバカ(=孝)は笑いを必死でこらえていた。。。
幸代准教授、緑課長、、、
我が家で最強の『瀬名(第94話)を怒らせちゃダメ』ですよ。。。
がはは。。。
ま、これ以降、撫山教授、幸代准教授、緑課長も『瀬名だけは怒らせるな』と行動に注意するようになりました。。。
ということで、撫山教授、幸代准教授、緑課長の交換条件を引き出し、優子と瀬名は10月から特別研究生となり、来年4月から大学院に進学することになった。
後の優子 :「この年の10月から、『地獄の2年半』となったわね。。。」
後の瀬名 :「そうね。。。」
10月から、ヨメンズと孝は2年半ぶりに、4人揃って、大学に通いだした。
そう、『I大の最凶最悪カルテット』が2年半ぶりに、I大学に揃った。
優子と瀬名には、10月から12月は、私が3年の時に課せられた特別課題(第43話)の簡易版をやらされた。
要するに、特別課題の撫山教授の専門分野を抽出した範囲を、優子と瀬名には課せられたって訳。。。
二人とも苦労していた。
そう、まるで私が3年の頃、特別課題に苦労したときのシーン(第43話)を見るようだった。。。
瀬名はポツリとつぶやいた。
「何? これ? 全然わかんないんだけど。。。」
私は瀬名が指さした課題を一目見て、瀬名に語った。
「がはは!
授業で習わない部分もあるから、図書館に籠って頑張んな。。。」
特に優子は苦戦していた。
「なんか高度な数学があるけど。。。」
私は瀬名に語る。
「高校の理系の数学の勉強してから、
この特別課題の数学を勉強しないといけないから、
高校の理系の数学は、瀬名、優子に教えてあげて!」
瀬名は優子の教育も振られて文句を垂れる。
「えー!?
さっきの『授業で習わない部分』の対処だけで、手一杯なんだけど。。。
少しくらい、旦那様(=孝)や、愛唯さんが、
(優子さんに)教えてあげても良いじゃない。。。」
だが、私は笑って拒絶した。
「がはは! 悪いんだけど。。。
バカ(=孝)は助教としての仕事と、自分の研究活動で手一杯で、
個室に寝泊まりしている状態なことは知っているだろ?
(第175話)
私は、自分の研究活動だけでも大変なの。。。
だって、修士2年で、学会発表が控えているし。。。
加えて、研究室の4年生と修士1年生の面倒で手一杯なの。。。
(第175話)
さらに、10月になって、4年生の卒業研究が本格化しているし。。。
よって、私もバカ(=孝)も余力はございません!
年明けになり、論文を読みだしたら、手伝ってあげるから、
それまでは、優子と瀬名だけで頑張って!」
優子と瀬名はハモって文句を垂れた。
「「オニ!」」
そもそも、私も修士2年で学会発表で、優子と瀬名の世話は無理だった。。。
バカ(=孝)も博士1年で、私と同じ学会で発表し、その内容を発展させて、論文誌に投稿する予定だ。
そう、バカ(=孝)も私と同様、優子と瀬名の世話は無理だったんだ。。。
だから、優子と瀬名の特別課題の出来が悪くても、そこは撫山教授は目を瞑ってくれた。。。
年明け1月から3月末まで、優子と瀬名は山ほどの論文を読まされていたよ。。。
ま、優子と瀬名の研究テーマは、優子の場合は緑課長から分野がほぼ指定があったし、瀬名の場合はNOH大の葵さんと同じ分野だったし。。。