第165話 孝の学会発表(その8) ーNOH大の最凶最悪コンビ(その1)ー
(前話からの続き)
学会関係用の控室での撫山教授と幸代准教授の話は続く。
NOH大の幸代准教授は椅子に座りながら、笑顔で私とバカ(=孝)に語り掛けた。
「私があなた達(=愛唯、孝)に話したかったことは、
愛唯君、あなたがRRFM社を退職してからの
ミドリン(=緑課長)のこと(第163話)、、、
それと今大会のことなんだけど(第164話)、、、
実は、もうひとつあるの。。。」
私は戸惑う。
「え?」
幸代准教授はため息をつきながら、話を続けた。
「ただ、その、『もう一つの話』をする前に、
どうしても話しておかなくてはならないことがあるの。。。
ちょっと話が長くなるけど、我慢してね。。。
あなた達、愛唯君と孝君は『I大の最凶最悪コンビ』って呼ばれている。。。
でも、NOH大にも『最凶最悪コンビ』がいるの。。。」
私は問うた。
「そういえば、今朝、NOH市の駅にバスで向かう際に、幸代先生は撫山先生に、
お連れの学生さん二人を『NOH大の最凶最悪コンビ』と紹介なさいました。
(第159話)
確かお名前は、
女性の方が葵さん、男性の方が哲さんと仰っておられたと思いますが。。。」
幸代准教授は笑顔で返す。
「その通りよ。 二人とも私の研究室の学生なの(第133話)。。。」
幸代准教授は鼻先で笑って続ける。
「でもね。。。
うち(=NOH大)のコンビは、
あなた達(=愛唯、孝)とは『役割が正反対』なの。。。」
私は戸惑う。
「え?」
幸代准教授は笑顔で答える。
「女性の葵君が指示役、男性の哲君が実行役なの。。。」
幸代准教授は『NOH大の最凶最悪コンビ』である、葵さんと哲君について話し始めた。
「葵君は、私(=幸代准教授)ですら舌を巻くほど、『頭は切れる』の。。。
でもねー。彼女(=葵)はものすごい毒舌で『人望がない』の。
しかも余り美人でもないので、男子学生からは敬遠されていたわ。。。
実は哲君も、パンデミック前は、
葵君を敬遠していた男子学生の一人だったの。。。」
幸代准教授は話を続けた。
「哲君は、まあチャランポランで、、、
パンデミック前はNOH大の同期の中では、
成績は常に留年ギリギリの最下位争いしていたわ。。。
一方、さわやかな見た目のイケメンだから、女の子にはモテたの。。。
でも、女の子にだらしがなくって、他大学の女学生と二股、三股で交際し、
ピンチに陥ることもしばしばだったわ。。。
NOH大のキャンパスが修羅場と化すこともあったわ。。。
そんな哲君をパンデミック前は葵君は軽蔑していた。。。
でも、そんな彼にも一つだけ取り柄があったの。。。
彼、見た目がさわやかだけでなく、フットワークも軽くってね。。。
『人的なネットワークづくりだけは秀逸』だったわ。。。
そのネットワークはNOH大キャンパスだけでなく、
どこでどう作ったのか知らないけど、他の大学まで広がっていたわ。。。」
急に幸代准教授は暗い表情になり、天井を見上げながら、話を続けた。
「私(=幸代准教授)の学科は、1学年40名で学部が160名、
NOH大は大学院進学者が多いから、
大学院を含めると約300名の学生がパンデミックの前にはいた。。。
でも、その約4分の3が男子学生だった。。。
パンデミック後、男子学生は学部では哲君一人、
大学院を含めても二人しか生き残らなかった。。。
女子生徒は大学院を含め、パンデミック前は約80名の学生がいたけど、
パンデミック直後の経済危機で
退学を余儀なくされた女子学生も少なくなくって、約60名に減ったわ。。。
だから、全体では約300名の学生が、約60名に減った。
つまり学生は約5分の1に減ってしまったの。。。」
幸代准教授は目線を天井から、私達(=愛唯、孝)に戻し、話を続けた。
「3年と9か月前、つまり、100分の1の男性の軟禁が始まった時、
哲君は
『劣等生の俺一人生き残ったって、何ができるんだ?』
って投げやりに、NOH大の男子寮で暮らしていたわ。。。
パンデミック直後の大学閉鎖や、
ほとんどの若手男性教職員や男子学生を亡くしたため、
NOH大は当時、荒れ果てた研究設備が少なくなかったの。。。
だから、葵君、たった一人で、荒れ果てた研究設備の復旧を手助けする
ボランティア活動をしていたの。。。」
撫山教授が話をつなぐ。
「I大でも同様で、研究設備の復旧は大変だった(第37話)。
だが、帝大系や有名私学などの研究設備が充実していた大学ほど、
研究設備の復旧は大変だったんだ。。。」
幸代准教授は話を続けた。
「その葵君の姿を見て、男子寮で投げやりに暮らしている哲君に、
葵君の手伝いを命じたの。。。
あの時は、
『葵君と組ませてみて、投げやりな生活をしている哲君に、
なにか仕事を与えて日々の憂さが晴れれば?』
としか考えていなかったんだけど。。。
哲君は抵抗したけど、私が『強く説得して』、
渋々、葵君の手伝いを始めたわ。。。」
撫山教授は微笑んで、私とバカ(=孝)に語りかけた。
「まさに、愛唯君と孝君と正反対だな。。。
3年と10か月前、孝君が男子クラスメートの弔いをしたいと言って、
私が愛唯君を無理やり同行させたときとそっくりだ。。。」
(第2話)
私は苦笑いをして返す。
「確かに。。。」
幸代准教授は笑顔になって話を続けた。
「NOH大には、パンデミックで亡くなった
多くの男子学生や若手男性教職員の慰霊碑があるの。。。
毎朝、葵君、その慰霊碑に向かって手を合わせて祈っていたらしいの。。。
『先輩、今日もボランティア頑張る。
一日でも早く、元の大学の姿に戻すから。。。』
って。。。
そして慰霊碑へのお祈りが終わると、研究設備の復旧ボランティアに向かい、
葵君、黙々と作業していたらしいわ。。。
その姿を哲君は見て、自分の生活態度を恥じて、
葵君と共に復旧ボランティアに取り組むようになったわ。。。」
これも、私とバカ(=孝)と正反対だ。。。。
孤独と罪悪感に悩みながらも前向きに生きるバカ(=孝)の姿を見て、私は変わった(第5話)。。。
幸代准教授はさらに話を進める。
「そして、葵君と哲君はだんだん親しくなり、
葵君の毒舌に閉口しながらも、哲君は自分が何をすべきなのか、
葵君との会話で考えるようになったって言っているわ。。。
そして、葵君は毒舌で人望のない自分を補ってくれる、
哲君の存在を大切に思うようになったって言っているわ。。。」
幸代准教授は再び暗い表情になり、話を続けた。
「でもねー。3年と9か月前、男子学生への軟禁が始まった当初、
哲君以外の男子学生のほとんどは、
孤独感と、自分一人が生き残ってしまった罪悪感と、
授業や研究がままならない絶望感から無気力なままだったの。。。
特にうち(=NOH大)は、
キャンパスのど真ん中に国道が走っているし、出入口も多いし、
男子学生の安全を確保するためには、
男子学生が自由に動き回れる箇所は、かなり狭くせざるを得なかった。。。
今は男子学生が自由に動き回れる箇所はかなり広くなったけど、
軟禁が始まった3年と9か月前はとっても狭くってね。。。
それが、男子学生のストレスをより高くしてしまった。。。」
撫山教授が話をつなぐ。
「I大のように、
キャンパス丸ごと男子学生が自由に動き回れる大学は、実は少数派なんだ。
キャンパスがいろいろ分かれていたり、
キャンパスとは別の場所に寮があった大学は大変だったらしい。。。」
私は納得する。
「なるほど。。。」
NOH大の幸代准教授は苦笑いを浮かべて、話を進める。
「だけどね。。。葵君ったら、、、
男子寮の学生達に、ある日、
『このクズ共! いつまで惰眠をむさぼっている!!
いじけてりゃ、状況が変わると思っているの!
そんな暇があるなら、早く体と頭を動かせ! アホ!!』
って、罵っちゃったの。。。」
私はあきれる。
「それは、ちょっと言い過ぎでは?」
NOH大の幸代准教授は苦笑いを浮かべたまま頷く。
「そうね。。。言い過ぎよ。。。
当然、反発した男子学生一人が葵君に殴りかかろうとしたの。。。
で、とっさに哲君が間に入って、
葵君に殴りかかったその男子学生を逆に殴ったの。。。
『葵さんの言うとおりだ!』
って叫びながら。。。」
私は更にあきれた。
「うわー。。。」
幸代准教授は苦笑い浮かべながら、さらに続けた。
「それをきっかけに、男子寮で乱闘騒ぎに発展したわ。。。
まあ、基本的には哲君一人に対して、男子学生数人が殴りかかったんだけど、
多勢に無勢の中、哲君がその喧嘩に勝っちゃたの。。。」
私はあきれを通り越して、小さく笑ってしまった。
「がはは。。。」
だが、撫山教授があきれた表情で話をつないだ。
「愛唯君、笑っているけど、お前ら(=愛唯、孝)とそっくりだぞ。。。
こともあろうに、
100分の1の男性の孝君を、トランクに押し込んで守衛を突破して、
聡君の墓でCCコースの女子クラスメートを説得したり、、、
(第17話)
大学祭で乱闘騒ぎを起こしたり、、、
(第38話)
危なっかしいところは、お前ら(=愛唯、孝)とそっくりだ。。。」
私は笑ってごまかすしかなかった。
「がはは! たしかに!」
幸代准教授はさらに続けた。
「この乱闘騒ぎをきっかけに、葵君と哲君は互いに自分の気持ちに気付き、
交際が始まったそうよ。。。」
これも、私とバカ(=孝)の交際開始と似ている。
3年生だった4月、CCコースの女子クラスメートと対決した結果、私はバカ(=孝)に対する気持ちを認め(第16話)、交際を開始した(第19話)。
幸代准教授は話を続けた。
「男子寮での乱闘騒ぎの後、
葵君と哲君は、男子寮の学生達と話し合ったそうよ。。。
この日以降、学部の男子学生は全員、復旧ボランティアに参加したわ。。。」
幸代准教授はさらに続けた。
「大学院の男子学生は、ボランティアだけでなく、
自らの研究アプローチ変更も考え始めたわ。。。
研究施設や研究スタッフの面で、復旧不能な場合があったから。。。
中には、何人かは研究テーマ自体の変更を、
研究室の教授や准教授に相談を始めたわ。。。
特に、博士2年の一人の男子学生が研究テーマの変更を提案してね。。。」
突然、幸代准教授は涙ぐんだ。
「あれは、、、うれしかったな。。。
学内でも先生方が調整していたんだけど、
『先生同士のエゴでその調整が、なかなか進んでいなかった』の。。。」
撫山教授が話をつなぐ。
「博士2年での研究テーマの変更は博士号授与自体が危うくなるがな。。。」
幸代准教授は涙ぐみながら、話を進めた。
「彼の指導教員は、涙を流して、
『お前が犠牲にならなくて良い!』
と言って、彼の転校先を探したの。。。
もう、NOH大では彼の研究を継続することは不可能だったから。。。。
なんとか、NSR大で彼の研究が継続可能な研究施設と、
スタッフが残っているのが分かって彼を転校させたわ。。。
彼は一年ダブっちゃったけど、無事、博士号を取得したわ。。。
今、NSR大で助教として働いているわ。。。」
幸代准教授は涙を拭うと話を続けた。
「彼以外にも、
NOH大で研究テーマの継続が不可能な場合は、手分けして転校先を探したわ。
教職員達は
『自分達(=教職員)が犠牲になっても、学生を犠牲にするな』
を合言葉にね。。。
逆に他大学から転校生を受け入れたりもしたけど。。。」
幸代准教授は笑顔で語った。
「これをきっかけにNOH大は、
パンデミックの傷跡から、徐々に立ち直っていくの。。。」
(次話に続く)
この物語を構想していた段階で、主人公の愛唯と孝の役割が正反対でも、コンビとして成立することに気付いていました。
そこで、役割が正反対のコンビが、大学でどんな騒動を起こすのか、考えたのが今話という訳です。
しばらく、役割が正反対のコンビ、『NOH大の最凶最悪コンビ』の話を展開します。
皆様、お付き合いくだされば幸いです。