第162話 孝の学会発表(その5) ー再会と出会いー
(前話からの続き)
悟教授が懇親会会場から退出するために開けたドアから、一人の小さな男の子が入ってきた。
その男の子は、NOH大の幸代准教授を見つけると、うれしそうに彼女に駆け寄ってきた。
その男の子を、一人の40歳前後の女性が慌てて追いかけてきた。
その追いかけてきた女性はライトグレーのスーツを着た、黒髪ストレートショート、グラマラスな色白美人だった。。。
私は一目で、その追いかけてきた女性が誰かすぐにわかった!
でも自分の目を疑った! 信じられなかった!!
だって、その女性は『緑主任』だったから(第129話~第143話)!
どうして、緑主任が懇親会会場のある、このホテルにいるのだろう?
緑主任は、その小さな男の子を追いかけながら、困った様子で叫ぶ。
「これ! ここ(=懇親会会場)に入っちゃダメ!!」
だが、その男の子は緑主任の声に構わず、
「あ! サッチーだ!! サッチー!!!」
と言いながら、幸代准教授に駆け寄った。
幸代准教授は微笑み、その男の子を抱っこした。
「かずくん。どうしたの?」
その男の子は嬉しそうに、幸代准教授に語り掛けた。
「ママと遊んでたら、サッチー見つけた!」
緑主任は幸代准教授に駆け寄り、困った様子で男の子に語り掛けた。
「これ! ここでは幸代さんと呼びなさい!」
その男の子は緑主任に言われたことが分からないようで、キョトンとして問う。
「なんで?」
緑主任は幸代准教授に頭を下げた。
「すみません、幸代先生。 子供が会場に入り込んでしまいました。」
男の子は無邪気に返す。
「違うよ。サッチーだよ。」
緑主任は益々困った顔で、男の子を諭す。
「これ!」
幸代准教授は微笑みながら、緑主任に語った。
「ミドリン、2歳の子供には無理よ。」
幸代准教授は微笑み、抱っこしている男の子に語った。
「かずくん、サッチーね。お仕事なの。
ママと遊んでくれる? 後で遊ぼ!」
男の子は明るく「うん!」と答えた。
幸代准教授は男の子を降ろすと、緑主任が代わりにその男の子を抱っこした。
緑主任は男の子を抱っこして、懇親会会場を出ようとした。
だが、その時、幸代准教授の近くにいた、私を見つけた。
「あ! 愛唯君!」
私は慌てて頭を下げた。
「緑主任、お久しぶりです!」
緑主任も戸惑う。
「うん、久しぶり。。。」
そして、私のそばにいたバカ(=孝)を見つけ、語り掛けた。
「じゃ、この人が、あなた(=愛唯)のご主人の孝さん?」
緑主任とバカ(=孝)が拍子法行為を行った時、バカ(=孝)は仮面を被っていた(第142話)。緑主任がバカ(=孝)の顔を見るのは初めてだった。
そう、バカ(=孝)はここでは私とは他人のふりをすればよかったのだ。
だが、『天然』のバカ(=孝)はそのことに気付かず、後頭部を片手で押さえて、頭を下げた。
「ああ、あの時はどうも。。。」
私は慌てて、バカ(=孝)を肘でつついた。
このバカ(=孝)! うっかり出自をバラスんじゃない!!
さっき、緑主任は幸代准教授に『子供が・・・』と言った。。。
となると、今、緑主任が抱っこしている子供は、バカ(=孝)と緑主任の拍子法行為の時(第74話、第137話)にできた子供に違いない!!
出自がバレる前に、何とかしなければ!!!
だが、どうやら緑主任は気付いたようだ。。。
緑主任は腰を下ろし、男の子を降ろし、男の子の顔とバカ(=孝)の顔を見比べ始めた。
そして笑顔でつぶやいた。
「ふーん。。。」
私は慌てて指で優子と瀬名を呼んだ。
優子は小声で私に「何?」と問うた。
瀬名も小声で私に「どうしたの?」と問うた。
私は小声で優子と瀬名に語った。
「ヤバい! バカ(=孝)の拍子法行為の相手が、今、真正面にいるの。。。」
優子は驚き、小声で問う。
「え? 孝の拍子法行為の相手って、『緑課長』?」
まあ、優子はRRFM社のIT関連の子会社に勤めており、緑主任は親会社、RRFM社のIT部門にいる。
優子が緑主任を目にする機会はあるだろう。。。
私は驚きながら、小声で問う。
「え? 私がRRFM社にいた時は『主任』だったけど。。。」
優子は小声で答える。
「去年の10月、『主任』から『課長』に昇格しているわ。。。」
私は小声で優子と瀬名に語った。
「まあいいわ。。。
ともかく、緑課長とその子供をここから引き離して!
今、緑課長が連れてきている子供は、拍子法行為の時の子供だと思う。
そして、今、子供とバカ(=孝)の顔を見比べている。
ということは、緑課長は勘づいている!
あのバカ(=孝)が、変なこと言って、墓穴を掘る前に、急いで引き離して!
お願い!」
優子と瀬名は小声で答えた。
「わかった。」
「ええ。」
優子と瀬名は緑課長に近づいた。
まずは優子が緑課長に話しかけた。
「緑課長。こんなところでお目にかかるなんて驚きです。」
そう言うと優子は緑課長に頭を下げた。
緑課長は驚く。
「あれ? あなた(=優子)、たしか子会社の。。。 愛唯君とはどういう関係?」
優子は笑顔で答える。
「はい。愛唯とは同じ夫を持つ仲で、優子と申します。」
瀬名も笑顔で語りかける。
「私も、愛唯さんとは同じ夫を持つ仲で、瀬名と言います。 初めまして。」
そういうと、瀬名は緑課長に頭を下げた。
緑課長は戸惑いながら、彼女も瀬名に頭を下げた。
「緑と言います。初めまして。」
優子は緑課長を手を取り、懇親会会場の外へ誘った。
「一度、緑課長とはじっくり話がしたいと思っておりました。
ホテルのラウンジに行って、お話ししましょう。」
瀬名は男の子を抱っこすると、「お姉さんとあそぼー」と男の子に言って、緑課長と優子の後を追った。
緑課長と男の子、そして優子と瀬名が懇親会会場から退出したのを見ると、幸代准教授は笑顔で撫山教授に語り掛けた。
「撫山先生、そろそろ愛唯君と孝君に、私から話をしたいのですが。。。」
撫山教授は笑顔で返した。
「そうだな。。。今が頃合いだろう。。。」
幸代准教授は私とバカ(=孝)に顔を向けると、笑顔で語った。
「愛唯君、孝君、ちょっとついてきてくれるかな?」
私とバカ(=孝)は戸惑いながら、撫山教授と幸代准教授に連れられ、懇親会会場を一旦離れ、学会関係者用の控室に移った。
控室に入った時は、控室は無人だった。
つまり、控室には私達(=撫山教授、幸代准教授、愛唯、孝)の4人しかいなかった。
そして、控室に入ると、幸代准教授は控室の中から、ドアに鍵をかけ、私達以外、入室できないようにした。
控室では撫山教授、幸代准教授、私、バカ(=孝)は車座に座った。
幸代准教授はバカ(=孝)に笑顔を向け、言葉をかけた。
「まずは緑の友人として、孝君、あなたに礼を言うわ。
『親友の緑を救ってくれてありがとう。』」
(第74話)
そう言うと、幸代准教授はバカ(=孝)に頭を下げた。
私は驚き、幸代准教授に問うた。
「そう言えば、緑課長は、
『EC大の同期で、私達の地方の大学に勤めている友人がいる』
と言ってました。。。
(第136話)
そしてその友人を緑課長は『サッチー』と呼んでました。
(第143話)
さっき、緑課長が連れていた子供は、
あなた(=幸代准教授)を『サッチー』と呼んでました。
つまり、緑課長が呼んでいた『サッチー』って?」
幸代准教授はすまし顔で答える。
「そう。
『サッチー』とは私(=幸代准教授)のこと。
大学生の頃から、私と緑は、
緑のことを『ミドリン』、私のことを『サッチー』と呼び合う親友よ。」
続けて私は撫山教授に問うた。
「撫山先生。
私がRRFM社を飛び出した時、先生は
『緑課長の友人が、私達の地方の大学に勤めている。
そしてその方と先生はときどき情報交換している』
と仰いました(第148話)。
つまり、その情報交換の相手って?」
撫山教授は笑顔で答える。
「そう、ここにいる、NOH大の幸代准教授のことだ。」
RRFM社に在籍していた頃、私は緑課長の100分の1の男性の情報を収集する能力に舌を丸めた。
あの時は緑課長は人事担当の穂菜美課長と、『サッチー』から聞いたと言っていた(第136話)。
そう、緑課長は人事担当の穂菜美課長と、NOH大の幸代准教授から情報を収集していたのだ。
そして、撫山教授は幸代准教授と時々、情報交換していたのだ。
その情報交換から、撫山教授は緑課長の拍子法行為の相手がバカ(=孝)だと推察した。
そして、撫山教授と幸代准教授は、そのことを、二人だけの秘密にしたのだ(第148話)。
幸代准教授は少し真剣な表情で、私とバカ(=孝)に語りだした。
「私が、あなた達(=愛唯、孝)に話したいことはいくつかあるのだけど、、、
まずは、愛唯君、
あなたがRRFM社を退職した前後のミドリン(=緑課長)の様子から
話そうと思う。。。」
(次話に続く)
『第6章 新たな進路、すなわち共に』の序盤は、主人公の愛唯が大学院に進むまでを描きました。
中盤からは『孝の学会発表』を何話にもわたって描く予定です。
でも、『孝の学会発表』については、実際のところ、NOH大の幸代准教授との出会いがメインです。
というのも、学生の愛唯と孝、しかもI大で軟禁されている孝が、大学の異なる幸代准教授と出会う機会と言えば、学会くらいしかないからです。
そして、幸代准教授との出会いが、主人公の愛唯と孝の人生を大きく変えてゆくことになります。




