第15話 vs女子クラスメート(その1) ー里子の怒りー
春休みが終わり、新学期開始の前日の今日は課室でCCクラス3年生全員に対するガイダンスがあった。
まあ、先生の話では、パンデミックの混乱で、ダブり寸前の学生が多かったらしく(私も含めなんだけど)、就活が3年の後期から始まるため、3年の前期までに多くの単位をとるように指示があった(私は気が重かった)。
一方、孝の服装はますますひどくなっていた。
多分、適当に洗濯機で洗っているのだろう、しわも寄っているし、ところどころほつれているし、穴も開いている。
服の上下の色が合っていない、適当に服を着ているのが一目瞭然だ。しかも髪はぼさぼさ、無精髭も伸び放題。
はっきり言って、不快だ。
前話で述べたように、孝が実家から通っていれば、家族が咎めるのだろうが、今は寮生活という軟禁状態なので、衣服を咎める人はいない。
学内の誰かが何とかしなくてはならないが、恋人でもない、私があれこれいうのもおかしい。
どうしたものだろうか。
第2話で述べたとおり、2月に入校許可証を交換した際、女子クラスメートは孝に対して冷たい視線で見ていた。
今日の孝の不快な服装を見て、女子クラスメートの視線は、更に冷たくなった気がする。。。
何事も起こらなければ良いが。。。
ガイダンスが終わり、先生方が課室を離れた。
私たち3年生も課室を離れようとすると、里子が孝を呼び止めた。
「孝、もう我慢ならないわ。
以前から、あなたの服装はひどかったけど、最近の服装は不快極まりないわ。
本当にあんたはクズよ!」
孝は後頭部を右手を添え、頭を下げた。
「すみません。寮生活で、どんな服を着たらよいかわからないんです。」
里子は声を荒げた。
「そんなことは言い訳にならないわ!
わからないから周囲を不快にして良いなんて言い訳にならない!」
『クズ』は言い過ぎであるが、ここまでの里子の言い分は正しい。
振り返れば、これでとどめておくべきであった。
後に里子は、
『感情に任せ、(恋人の)聡を失ったやるせなさを、つい孝にぶつけてしまった』と
反省している。
ここから、彼女は『恋人を失ったやるせなさ』から暴走し、孝に精神的ダメージを与えていくことになる。
里子は、孝の衣服だけでなく、孝の努力にまで非難しはじめたのだ。
「部活で、噂になっているんだけど、
春休み中、毎日、遅くまで図書館で勉強していたんだって?
春休み中、何をそんなに勉強したいの?
一体、何がしたいの?
春休み中なら、ゆっくりしていなさいよ。
鬱陶しいたら、ありゃしないわ!」
私と優子はその理由を知っているが、それをこの場で端的に説明するのは難しい。
そこで孝は曖昧な回答を言ってしまった。
「え~と、図書館にいたのは、寮にいたくないからです。」
まだ、私と優子以外の女子クラスメートは、100分の1の男性が外出の自由のない、事実上の軟禁状態に置かれていることを知らない。
そして、寮には『あの時の喘ぎ声が聞こえる』なんて、男性から女性が大勢いる場所では言いにくい。
ここでは、曖昧な回答を行うしかなかった。
しかし、この曖昧な答えは、里子のイライラを助長させてしまうことになった。
「『寮にいたくない』って、説明になっていないわ!」
孝は口下手だ。
しかも下手に頭が良いので、先走ったことを口にするので、誤解されてしまうのだ。
軟禁状態と心無い誹謗中傷から、孝はただでさえ、高い精神的ストレスを抱えている。
これ以上の精神的ストレスは危険だ。見かねた私は里子をとりなそうとした。
「里子、あなたと孝君の会話を遮ってごめんね。
実は『寮にいたくない』って事情は、孝君から私と優子が聞いているの。
でも、その事情の説明は、この場では難しい。
というか、この場では憚れるの。
あとで私から里子に個人的に説明するから、それで勘弁してくれない?」
だが、里子は私のとりなしを拒否した。
「『この場では憚れる?』、『後で個人的に説明する?』
愛唯、あなた、ごまかそうとしているでしょ?
『愛唯と優子が、春休み中、こいつ(=孝)と図書館で勉強している』
ってのも部活で噂になっているわ!
あなたたち二人ともパンデミックで恋人失ったから、
こいつに乗り換えようってこと?」
だめだ、とりなそうとする私の意見まで拒否するだけでなく、あまつさえ私と優子の人格まで攻撃し、理解しようともしない。
そこで優子も孝の弁護に加わった。
「里子、あなたは孝君を誤解している。
あなたの誤解は孝がちゃんと説明していないことに原因があるわ。
孝、それは反省しなさい。
でも、今、孝が努力していることは、ちゃんと理由があるの。
説明を聞けば、わかることなの、まずは孝の話を聞いて。
孝、仕方がないから、説明してあげて。」
だが、里子は声を荒げて、優子のとりなしも拒否した。
「こいつ(=孝)の話は昔から難しくて、理解しがたいし、
そもそも聞きたくもないわ!」
他の女子クラスメート達も里子の意見に追従した。
「「「「わたしもこいつの話は聞きたくない!!!」」」」
私と優子が2人がかりでとりなしてもダメだ。どうしたらよい?
さらに里子は続ける。
ここから、孝の努力を非難するだけでなく、孝の努力を否定し始めたのだ。
「そもそも男性が100分の1になった社会では、女性が頑張る必要があるわ。
男性が頑張る意味があるの?
あなたの頑張りは『無駄な努力』よ!」
瀬名はこの時点まで、私や優子に加わらず、かつ里子や他の女子クラスメートにも加わらず、第三者的立場にいた。
その第三者的立場にいた瀬名も見かねて里子をなだめた。
「里子さん、それは言いすぎよ。
他人の頑張りを否定することはよくないわ。」
だが、瀬名がなだめても、里子は退かなかった。
「だからと言って、最近のこいつ(=孝)はやりすぎよ!」
あなた(=孝)は
『努力してますって先生達にアピールして、
先生達のご機嫌をとりたいだけ』
じゃないの?
パンデミックの前も腹立たしかったけど、
今はもう、我慢の限界を超えているわ!」
他の女子クラスメートも追従した。
「「「「そうよ、そうよ、嫌味にしか見えないわ!!!」」」」
努力していない者にとって、努力している者は、ときに腹立たしい存在であることはわかる。
嫌味に見えることもわかる。
私も『おバカな女子大生』なので、その気持ちはわかる。
だが、この発言は、努力している者にとっては、『自分を否定されている』ことと同じだ。
すなわち、孝にとって、『自分の存在を否定された』ことと同じなのだ。
しかも、今の孝は、高い精神的ストレスを抱えており、『努力する』ことで自分を支えているようなものだ。
これ以上の『努力する』ことの否定はまずい。
なんとかして、里子を止めなければならない。
しかし、里子は勢いに任せて、高い精神的ストレスを抱える孝に対して、言ってはならないことを言ってしまった。
「大体、聡(=里子の恋人)が死んで、
あんた(=孝)みたいな『クズがなぜ生き残った?』わけ?
聡のようなひょうきんな人気者が死んで、
あんた(=孝)みたいな
『人間のクズが生き残るなんておかしい』でしょ!
とにかく目障りなの!
『私の視界から消えて』頂戴!!!」
里子のこの発言は、高い精神的ストレスを抱える孝には、『とどめの一撃』となった。。。
第3話および第6話で述べたとおり、孝は『自分だけが生き残ってしまった罪なき罪』を背負ってしまっている。
ここで、『孝をクズ』呼ばわりし、『聡が死んで孝がなぜ生き残った?』というのは、孝の心の傷をさらにえぐったようなものだ。。。
それに加えて、『視界から消えろ』とは、今の孝には『死ね』と言われているようなものだ。。。
なぜなら、大学に軟禁されている孝が、里子の視界から消えるには、この世からいなくならない限り、不可能だからだ。。。
それを理解した優子は、なお、必死に里子をなだめようとした。
「里子! 言い過ぎよ!
みんな! お願いだから、聞いて!!」
孝は涙ぐみながら、孝を擁護している私・優子・瀬名を制した。
「愛唯さん、優子さん、瀬名さん。
ありがとうございます。でも、もう良いです。
これはすべて僕が悪いんです。
パンデミックの前からそうでした。
僕って『頭でっかち』だから、しかも説明が下手だから、
先走ったことを言う癖があるんです。
だから、みんなから理解されないんです。。。
それはわかっているのですが。。。
ここにいる女子の皆さんだけでなく、
亡くなった男子全員もそうでした。。。
『お前の言っていることは、先走りすぎて、訳わからん』
と聡君(=里子の恋人)も言ってました。。。
治さなくちゃいけないと思って努力しているのですが、
どうしても治らなくて。。。
理解されないことを言っている、僕が悪いんです。。。
衣服のこともそう。。。
治さなくてはならないとわかっているのですが、
母に怒られ、ファッション雑誌を見せられ、
『これが正しい服装』と言われても、
ちっとも理解できないんですよ。
衣服も、やっぱり、『正しい服装』を理解できない、僕が悪いんです。
里子さん、女子クラスメートの皆さん、皆さんを不快させたこと、
このとおりお詫びします。。。」
と、孝は里子と女子クラスメートに頭を下げた。
孝は言葉を続ける。
「今回のことでわかりました。
生き残るべきは僕でなく、他の男子クラスメート、
例えば聡君(=里子の恋人)が生き残るべきでした。。。
やっぱり僕は『生き残るべき人間』ではなかったと、、、
それどころか、僕は『生き残ってはいけなかった人間』だと
わかりました。。。」
孝君、何を言っているの?
まさか、『早まった』ことを考えているわけじゃないよね?
孝はさらに言葉をつづけた。
「『生き残ってはいけなかった人間』が、
この世に存在してはいけません。。。
里子さんの言うとおり、里子さんの視界から、消えようと思います。
そして、、、聡君(=里子の恋人)に里子さんを不快にしたことを
謝罪してこようと思います。。。」
孝は、そういうと、鞄からカッターナイフを出し、自分の首筋を切ろうとした。。。
(次話に続く)