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第14話 追い込まれる孝(その2) ー誹謗中傷ー

3月31日、つまり私と優子が、図書館で孝に教えてもらいながら、学びなおしをして1ヶ月が経過した。


座学もプログラミングも、私は改善されたと思う。

そして、孝も「4月以降も面倒を見ても良い」と言ってくれた。




私と優子は、前話のとおり、3月半ばから、平日だけでなく、土日休日も登校し、孝の孤独を癒そうとした。

しかし、彼の表情が改善されることはなかった。


一方で、もともと孝は服装・髪・髭に無頓着だったが、寮での一人暮らしでますますひどくなった。

はっきり言って、不快なレベルだ。


たまらず、優子が窘めた。


「孝。服装と髪を直した方が良いよ。」




孝は困った表情で答えた。


「そうですか。。。じゃあ、どう直したらよいのでしょう?


 昔から、母や妹からそう言われるのですけど、

 たまに雑誌を見せられて、『すこしはセンスを学びなさい』と言われるんです。


 でも、ファッションについては何がどう良くて、

 何が自分にあっているのか、さっぱり理解できないんですよ。

  

 実はパンデミックの前に聡君から雑誌を見せられて、

  『こうしろ』

 って言われたことがあるんですけど、

 言われたとおりにすると『違う』って言われたことがあるんです。」




どうやら、孝にはセンスと言うものが全くないようだ。


思わず私と優子は顔を見合わせ、小声で話す。


「優子、このまえ

  『リフォームすれば』

 と言っていたよね。

 あんたのリフォーム案を話しなさいよ。。。」


「いや。。。

 家族でも恋人でもない私(=優子)が世話を焼くのは、ちょっと。。。

 あんた(=愛唯)はどうよ。。。」


「私(=愛唯)も、ちょっと。。。」

 



家族でも、恋人でもない私や優子が世話を焼くのはおかしいため、それ以上は言えなくなった。。。




私は孝が一旦実家に帰れば、服装や髪、そしてストレスという2つの問題が一度に解決できると思い至った。


「孝君、実家には帰っているの?

 やっぱり許可がいるの? 付き添いがいるの?」




孝は作り笑いを浮かべて、答えた。


「実家に帰るのも許可が要ります。


 付き添いも要りますが、交通手段によって、付き添いの人数は変わります。


 家族が車で迎えにくる場合は、付き添いは1人です。


 公共交通機関で迎えにくる場合は、僕の実家に帰る場合は5人必要です。」




優子が恐る恐る問うた。


「なんで5人も必要なの?」




孝は少し悲しげな表情で答えた。


「電車に乗る必要があり、100分の1の男性が駅のホームで

 誘拐・拉致された事件があったためです。」




CCコースの男子クラスメート19名を弔った時、私は孝の実家の住所を知っていた。


「孝君の実家は、NOH市SW区だから、

 お母さんが車で迎えに来ることは可能なんじゃない?」




孝は苦笑いを浮かべ、頷きながら答えた。


「ええ、、、そうなんですが。。。。

 母が帰ってくるなと言うし、僕も帰りたくないんですよね。」




優子は恐る恐る問うた。


「孝は家族と折り合いが悪いの?」




孝は慌てて顔を左右に振り、少し悲しげな表情で答えた。


「いえ、そういう意味でなく、

 僕みたいな100分の1の男性が実家にいると、実家周辺が騒がしくなるんですよ。


 そうすると僕だけでなく、家族も落ち着けないんです。

     

 なにより、妹が4月から高校3年生になりますので、

  『受験勉強に集中させないといけないから、帰ってくるな』

 と言われています。。。」



 

実家に帰っても、服装や髪の問題は解決できても、ストレスの問題は解決できそうもない。

服装や髪の問題より、ストレスの問題を優先させる必要があり、孝を実家に帰すことは見送ることにした。


優子はせめて飲酒で憂さを晴らすことを提案した。


「じゃ、寮の自分の部屋で飲むってのは?

 学内で飲むなら、許可や付き添いはいらないでしょ?」

 



孝は苦笑いを浮かべて答えた。


「うーん、、、

 それ、考えたんですけど、なかなか難しいですね。


 まず、大学内の購買で酒類売ってないでしょ?

 酒や肴を外出して買わないといけないから、

 外出申請書を届ける必要があるんです。」




私は問うた。


「理由と付添人がいるわけね?」




孝は苦笑いを浮かべたまま、うなずき、答えた。


「ええ、まあ、

 大学近辺のスーパーへの買い出しは、

 1時間程度で済むから、付き添いも1人でよいので、

 繁華街へ飲みに行くより、ハードルは低いんですけどね。」




優子は笑顔で話しかけた。


「それなら、私たちが付き添いしてもいいわよ。」




だが、孝は苦笑いを浮かべ、私達から視線を逸らして話した。


「ええ、でも、寮で僕1人で飲むしかないんですよ。」




私は孝の言葉に戸惑った。


「え? 私たちが寮に行ってもいいけど。。。」




孝は苦笑いを浮かべたまま、顔を左右に振って、答えた。


「いや、あまり、女の子は来ない方が良いと思います。」




私は孝に問うた。


「なぜ? 教えてよ。」




孝は困った表情で、片眼をつむり、話しかけた。


「いや、あまり聞かない方が。。。」




最後は優子が強く言った。


「いいから、教えて。」





  

孝はしぶしぶ訳を話した。


なんと、100分の1の男性がいる寮には、夕方以降は『あの時の喘ぎ声』が聞こえるというのだ。


私は最近、TVやネットで100分の1の男性の悪評が流れていたことを思い出した。

一部の100分の1の男性がハーレムを作っているという悪評だ。


当然、優子は「あきれた」と返した。




一方、孝は彼らを擁護した。


「いや、まあ、気持ちはわかるんですよ。。。


 100分の1の男性になったものでしかわからない孤独感があり、

 しかも、大学内ではそれを紛らす娯楽設備がないので、

 『孤独感を紛らすために、女の子に手を出す人が一部いる』んです。


 しかも、一部の100分の1の男性は、ものすごくモテるので、

 そういう人は女の子に苦労しないし。。。


 それが、100分の1の男性の悪評を高めてしまってますが。。。」



     

私は入学の際に読んだ学生寮のパンフを思い出した。


「ちょっと待って、、、

 大学に入学する際に、学生寮のパンフを見たけど、

 学生寮には異性は立ち入り禁止だったはずよ。。。」




孝は困った表情で答えた。


「まず、この前も説明したとおり、

 『学生寮ではなく、付属学校を含めた教職員と学生の男子寮』と

 なっています。


 で、教職員の一部に既婚者がいて、

 異性立ち入り禁止って訳にもいかないんです。。。」




優子は孝に問うた。


「ねえ、なぜ教職員の宿舎に住まわせないの?」




孝はため息をつき、私達から視線を逸らし答えた。


「付属学校を含めても、40歳未満の男性教職員は数人しかいないためです。

  『数が少なすぎて、警備や設備の効率上、

   旧学生寮を男子寮として集約させた方が良いため』

 と、撫山先生が仰ってました。

 

 旧学生寮の6棟のうち、2棟を使っており、

 1棟は付属学校用に割り当てて、ここは女性立ち入り禁止です。


 残り1棟は、大学用に割り当てて、教職員の数名が既婚者ともあり、

 女性立ち入りを認めざるをえません。」



     

私はなお疑問が残り、孝に問うた。


「寮への女性立ち入りを認めざるを得ないことは分かったけど、

 なぜ大学は取り締まらないの?」




孝は再び溜息をつくと、答えた。


「大学が、僕達、100分の1の男性に、

  『寮でいかがわしいことをするな』

 と言うのは簡単です。


 でも、僕達、100分の1の男性は、学外への外出許可はなかなか出ませんから、

 『学内で場所を変えるだけ』じゃないですか?


 だったら、まだ、『寮でする方がマシ』ってことじゃないでしょうか。」




優子は「そうか」とつぶやいた。




孝は話を続けた。


「なので、愛唯さんと優子さんが寮にきて、飲むってのはお勧めしません。


 また、『あの時の喘ぎ声』が聞こえるので、

 僕もあまり寮にいたくないんですよ。


 平日は図書館の閉館時間ギリギリまで粘って、寮に戻って、

 次に構内を1周走って、わざと体を疲れさせて、

 すぐに眠りつくようにしています。


 そうしないと、『あの時の喘ぎ声』が気になって、眠れませんから。。。」






前話で孝に精神ダメージを与えるものは軟禁だけではないと述べた。

もう一つは誤解による誹謗中傷なんだ。


大学の図書館は静かだ。だから、他の席に座った、女子生徒達の会話も聞こえてくる。

 

「ねえ、あいつ、また今日も、図書館で勉強しているわよ。

 ここんとこ毎日、まったくウザいったらありゃしない。」


(おい、やめろ、図書館しか居場所がないためだ。。。)

 



「彼って100分の1の男性の一人でしょ。

 努力しているってアピールして、女の子を集めようとする魂胆じゃない?」


(違う。孝はそんな男じゃない。。。)

 



「100分の1男性ってハーレム作るのに必死じゃない。

 だれかれ構わず、セッ〇スしているって、もっぱらの噂よ。」


(そういうバカもいるが、孝は違うんだ。。。)

 



「あいつって、たしかCCコースの男子でしょ?

 ほかに生き残るべき男子いたんじゃないの?

 あんなファッションセンスのないやつが生き残るなんてサイテー。」


(違う。孝が生き残るべきだったんだ。。。)

 



女子生徒達の心無い会話に反論したいが、そうはできない、もどかしさが募る。

 



「100分の1の男性って、生き残ったからって優遇しすぎよ。見るとまじムカつく」


(優遇なんてされているもんか。どんなに厳しい状況に立たされているのかわかっているのか。)



 

「CCのコースの男子って約80名でしょ?

 そのうちの一人が彼なんてね~。


 理数系のある学科なんて、約120名の男子のうち、

 一人も生き残らなかったんだって。


 あいつが死んで、そっちの学科の男子の一人が生き残るべきだったのよ。」


(孝は生き残るべき存在なんだ。)




孝の顔を見ると、平静を装っているが、きっとこの心無い言葉が、ボディーブローのように、孝の心を傷つけていることは想像に難くない。

 

こんな会話を毎日、もう1ヶ月も聞かされているのだ。

しかも、今は春休み。新学期が始まれば、孝が受ける誹謗中傷はこの比ではないだろう。



 

せめて、学内から一時的でも外に出ることができれば気分転換もできるが、100分の1の男性の外出の自由はない。

 

せめて、学内に娯楽施設があれば、気もまぎれるだろうが、国立大学に娯楽施設はないに等しい。

 

せめて、寮で勉強できれば良いが、寮は『あの時の喘ぎ声』が聞こえる。つまり、まだ図書館の方がましなのだ。


せめて、クラスメートの男子が孝のほかに誰か生き残っていれば、孝は心情を吐露し楽になることもできただろうが、孝以外のクラスメートの男子全員が死亡した今、吐露できる相手はいない。




そう、孝には『逃げ場がない』のだ。




私と優子が一緒に勉強することで、少しは彼のストレスを低減できればと思い、努めて、孝とは明るく会話している。


孝も笑顔で応じてくれる。

 

だが、、、今度は私たち(愛唯と優子)への心無い声が聞こえてきた。


「あいつの向かい側の二人の女の子、あいつを狙っているのかしら。。。」


「男子が100分の1になったからって、見境ないんじゃないの、あの二人。」


「たしか、あの二人、パンデミックの前には彼氏がいたんじゃなかったけ?」


「それなのに、あいつにアタックなんて節操がなさすぎよ」



  

ここに至り、孝が作り笑いを浮かべて、口を開いた。


「愛唯さん、優子さん。今日はお帰りください。


 僕がいろいろ言われるのは仕方がないですが、

 あなたたちが言われるのは耐えられません。


 さあ、今日はお話ができて楽しかったですよ。

 僕のところに来てくれて、本当にありがとうございました。


 僕は大丈夫ですから。。。」


と精一杯の強がりをして、手を差し出し、帰宅を促した。



 

私たちは仕方なく、席を立ち、ノートを鞄に入れ、図書館の出口に向かって歩き始めた。


「あいつ、すっかり紳士気取りよ。キモ!」との声が聞こえた。


思わず私は、その声の方向へ抗議に行こうとした。



 

だが、とっさに優子が私の腕をつかみ、首を横に振って、私の耳元につぶやいた。


「対応してはダメ。かえって、孝の立場を悪くするわ。」

 

 


私は孝の方に振り返った。


孝は、これから、図書館が閉館する時刻まで、『この孤独と、この誹謗中傷に、耐えなければならない』。


しかも、彼は思いつめる方だ。限界はすぐそこまで来ている。


このままでは、本当に『もう死んだ方がまし』と思い詰めてしまうかもしれない。



 

私は心の中で叫ぶ。



 

(もう、見守るだけでよいの?)


もう見守るだけじゃだめだ。



 

(誰か孝を守ってほしい!)


この世界には孝を守る人はいない。



 

(ねえ、誰か彼を助けてよ!)


彼は家族から引き離されている。



 

(ねえ、本当に誰か彼を助けてよ!)


彼は女子クラスメートから浮いている。



 

(私は、おバカな女子大生よ!)


だから?



 

(ねえ、誰か!)


この世界に彼を助ける人はいない。



 

(ねえ、どうして、男子は孝を除いて全員死んじゃったの?)


パンデミックで男子は全員死んでしまった。



 

(ねえ、どうして、孝を助ける男子はいないの?)


だから、、、パンデミックで男子は全員死んでしまった。



 

(だから、孝は私と優子を救ってくれた大切な人なんだ!)


それは私と優子の都合。。。



 

(私と優子だけじゃ、もうだめなの!)


そう言っても、この世界に彼を守る人はいない。



 

(ねえ、もう孝はもたないわ!)


だから?



 

(だから、、、孝を誰が助けてよ!)


この世界に彼を助ける人はいない。



 

(ねえ!)


・・・



 

(ねえ、誰か!)


だから、、、この世界に彼を守る人はいない。



 

(ねえ!)


・・・



 

(ねえ、本当に誰か!)


だから、、、この世界に彼を守る人はいない。



 

(誰か、、、お願い!)


この世界に彼を守る人はいない。

 





もう、見てられない。。。でも、私じゃだめだ。。。


私と優子は無力感に包まれながら、帰宅の途についた。


次話から、物語は本章での佳境に入ります。


皆様、もう少しお付き合いください。

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