第131話 新たな試練
(前話からの続き)
昨年、大学4年生の頃、私は内定式を含む就職活動のときは結婚指輪を外していた。
もちろん、結婚の事実を隠すためだ。
だけど、それ以外の時は、結婚指輪を外さなかった。いや、外したくなかった。
これは、私だけでなく、優子も瀬名も同じだった。
就職後、出勤する際、優子と瀬名は共同住宅で結婚指輪を外し、出かけていた。
ヨメンズは3人とも、車で通勤していた。優子と瀬名は車に乗り込む前に、共同住宅で結婚指輪を外していた。
だけど、私は出勤する際は結婚指輪を外さず、会社に着いた時に車の中で結婚指輪を外していたんだ。
その様子を優子から警告されていたんだ。
「愛唯、結婚指輪を外して出勤した方が良いよ。」
でも、私はなるべく長くバカ(=孝)と繋がっていたくって、出勤する際は結婚指輪を外さず、会社に着いた時に車の中で結婚指輪を外すことを止めなかったんだ。。。
そう、今から思えば、優子と瀬名のように、出勤する際に結婚指輪を外すことを、習慣づけておけばよかったんだ。。。
7月下旬、梅雨は開けていたんだが、台風がこの地方を襲った。
通常、この地方の台風って9月に多くって、7月下旬にはめったに来ない。でもこの地方を襲ったんだ。
大雨で道路が混雑して、会社に着くのが遅れた。
でも、今から考えてみれば、配属先はフレックスタイム制だったので焦らなくても良かったんだけど、会社に着くのが遅れて、焦って、慌ててオフィスに駆け込んだんだ。。。
オフィスに駆け込んで仕事を始めたんだけど、会社の同僚が驚きの表情と冷たい表情で私を見ていた。
最初、それがなぜかわからなかった。
すると、透君が私に近づき、耳元にささやいたんだ。
「愛唯君、君結婚しているんだね。。。 結婚指輪している。。。」
私はその時初めて、結婚指輪を外していなかったことに気付いた。
そう、通勤時の渋滞で会社に着くのが遅れて、焦って結婚指輪を車の中で外すことを忘れていたんだ。。。
慌てて、結婚指輪を外したけど、もう遅かった。。。
そう、私の結婚の事実を、RRFM社の配属先全員に知られてしまったんだ。。。
これが、『新たな試練の始まり』だった。。。
I大学に在学の頃、CCコースのクラスメートは15名だった。
私とバカ(=孝)が恋人として付き合っていた頃は、クラスメートの中で恋人がいるのは私1人だけだったんだけど、それでも15分の1だった。
結婚して、卒業すると、ヨメンズ、里子、加奈の5名が結婚しているから、CCコースのクラスメートの15分の5が結婚できたことになる。
でも、これって、この世界ではありえないことだったんだ。。。
だって、40歳未満の男性は100分の1に激減している。その男性が複数の人と結婚したとしても、多くの女性は結婚できない。
バカ(=孝)は私を含め3人の女性と結婚したが、これ以上増やす気はない。
そもそも、3人だけでも結婚生活を安定させるのは大変だった(第92話~第97話)。
もし、全ての100分の1の男性が3人の女性に結婚したとしても、97人の、つまりほとんどの女性は結婚できないってことになる。
そのことは頭では分かっていたつもりだった。
でも、CCコースでは比較的多くの女性が結婚しちゃったから、今振り返ってみれば、このことを、心の奥底まで理解しないまま、私は社会にでちゃったんだ。。。
そう、翌日から、同僚からの『いじめ』が始まったんだ。。。
翌朝、出勤すると、更衣室の私のロッカーが荒らされていた。
今にして思えば、ロッカーのカギをかけておくべきだった。不用心だった。
ロッカーには、ごみが、これでもか、これでもかと詰め込まれていた。
ロッカーを開けると、ごみがあふれでてくるまでに。。。
ロッカーの中には作業着を入れておいたのだが、その作業着にはマッキーで
『かわいいだけのバカなあんたがなぜ結婚できたの?』
と、デカデカと書かれていた。
マッキーは油性だからクリーニングに出しても落ちないだろう。
作業着だけじゃなかった。ロッカーの内側には、ありとあらゆる落書きが書かれていた。
実はロッカーの隣は緑主任だった。緑主任は私のロッカーを見て、厳しい表情で、ロッカーの様子を彼女のスマホで撮影した。
更衣室までは個人用のスマホは持ち込み可だったから。
そして厳しい表情のまま、私に語った。
「許さない。証拠を残すわよ。」
そして、落書きされた作業着とロッカーの内側、ロッカーに入れられていたゴミ一つ一つを、スマホで撮影した。
ゴミは各自持ち帰ることになっていたから、半分を緑主任が持って帰ってくれた。残り半分は私が共同住宅に持ち帰って処分した。
落書きされた作業着はどうしようもないので、社内の購買に行って、新しい作業着を購入した。
ロッカーの中の落書きはどうしようもないので、そのままとなった。
緑主任の怒りは激しく、門奈課長にどうにかするように抗議した。
だが、門奈課長の返事はつれないものだった。
「そんなもん。
愛唯君の不注意で結婚がばれてしまったんだから、愛唯君の問題だろ!
しかも、誰が愛唯君のロッカーを荒らしたのか証拠もないんだ!
どうしろって言うんだ!」
あきれた緑主任は早川部長にも抗議した。だが、早川部長の返事も冷たかった。
「そんな、淫乱娘のことなんか知らん!
100分の1の男性に一夫多妻で結婚した自業自得だ!!」
この門奈課長と早川部長の反応には、緑主任も唖然とするしかなかった。。。
しかも、早川部長の一言は、私が一夫多妻を受け入れたことまで、部内に広めてしまった。。。
その瞬間、
「汚らわしい」
とか
「倫理観はどうしちゃっているの?」
との声が響き、同僚の私を見る目が一層冷たくなった。。。
加えて、早川部長の態度は部内全体に波及した。
あのとき、私は新入社員で分からないことが多かったんだ。
この前日までは、先輩に聞きに行って、先輩は半ば呆れながらも、笑顔で教えてくれた。
でも、この日から、先輩に聞きに行っても、露骨に嫌な顔をされ、ロクに教えてくれなくなった。。。
それどころか、少しでもミスすると、先輩から、
「あんた、かわいいだけね!」
と罵られるようになった。。。
慌てた緑主任が私と先輩の間に入ってフォローしてくれた。
そう、緑主任だけが、私の味方だった。。。
見かねた緑主任が私に語った。
「気分転換のために、明日は休暇を取りなさい。
あなたが休暇中に、私はできることをするから。。。」
と、休暇の取得を勧めてくれたんだ。
私は緑主任の勧めのまま、休暇を取ることにして、門奈課長に休暇の申請を行った。
だが、門奈課長は露骨に嫌な顔をした。
「一夫多妻なんて受け入れている奴なんか汚らわしい!
なんで、そんな汚らわしい奴の配慮なんてしなくちゃいけないんだ!!」
その言葉に、緑主任は怒り心頭で罵った。
「門奈課長! 有給休暇の取得は、労働者の権利です!!
業務に支障がない限り、有給休暇の取得は了解しなくちゃいけない筈!
私の把握している限り、明日、愛唯君が休暇を取得したとしても、
業務に支障はありません!
あなたは何の権限で、それを侵害するのですか!!」
門奈課長は緑主任の気迫に押され、渋々、私の休暇取得を了解した。
その日の昼休み、私と緑主任は、いつものように社食でテーブルを囲んでいた。
緑主任は昼食を食しながら、口を開いた。
「愛唯君、結婚してたんだ。。。 相手はI大学の?」
仕方がないので、打ち明けることにした。
「はい。I大学在学中に学生結婚しました。。。」
緑主任はさらに問うた。
「それで早川部長が言っていたけど、一夫多妻ってこと?」
私は黙ってうなずいた。
緑主任はさらに問うた。
「どうして、一夫多妻なんか、受け入れたの?」
それは100分の1の男性が一夫多妻を選ばざるを得ない理由を話さなくてはならない。
100分の1の男性が拍子法行為を含む精子提供の代わりに、様々な特典があることを話さなくてはならない。
だが、これはRRFM社でそれを話すのは懲戒対象だ。。。
だから、こう答えるしかなかった。
私は顔を横に振り、苦笑いを浮かべ、緑主任に語り掛けた。
「すみません。その理由は話せないんです。
うかつに話せば、『私は社から懲戒処分を受けてしまう』んです(第128話)。」
緑主任は驚く。
「愛唯君、それってどういうこと?
そんなこと聞いたことないけど。。。」
私はうなずきながら、答えた。
「そうでしょうね。。。
『役員クラスしか知らない』ことですから。。。
だから、『緑主任も知らない方が良い』です。。。」
緑主任は唖然としながらも、なおも問う。
「一つだけ教えて。
100分の1の男性、あるいはその妻に、タブーがあるってこと?」
仕方なく、私は黙ってうなずいた。
緑主任は私をしばらく見つめていた。そしてうなずき語った。
「わかった。これ以上詮索しない。」
緑主任は苦笑いを浮かべ、話題を変えた。
「それにしても、
早川部長と門奈課長の態度はひどかったわね~。。。」
私は黙ってうなずくしかなかった。
緑主任は続けた。
「実は主任以上で部内の会議が1週間に1度の会議があったんだけど、
あなた達、新入社員が配属される前の会議が、
早川部長の言動がひどかったのよ。。。」
私は驚く。
「え?」
緑主任はさらに続けた。
「ほら、透君が配属されることが分かってね。。。
あの会議で、早川部長こう言っていたわよ。。。
『生き残ったからと言って、優遇されて、甘やかされている、
100分の1の男性の奴らなんか、使えるか!』
だって。。。」
まあ、私も100分の1の男性の真実を知らない前はそんな風に思っていた(第2話)。
そう、RRFM社の内情はあの頃、つまり2年前と変わらないのだ。
いや、私が詳しく知り過ぎているのかもしれない。
まだ、社会の多くは、いやほとんどは、100分の1の男性の内情を知らない。。。
私は思わずつぶやいた。
「100分の1の男性って、孤独で、外出の自由がなく、旅行の自由がないのに、
誤解されているんですけどね。。。」
緑主任はまた驚く。
「愛唯君、それってどういうこと?
それも聞いたことないけど。。。」
私はハッとして打ち消した。
「すみません。今の私の独り言、忘れてください。
100分の1の男性の真実を話すことはタブーなんです。
うっかり話すと、この件についても、
『私は社から処分を受けてしまう』んです(第128話)。。。」
そうして、昼食を終えて、緑主任と私はオフィスに戻った。
その日は私は定時で帰った。
私がロッカーにあった大量のごみと、マッキーで落書きされた作業着を持ち帰ると、すでに帰宅していた優子と瀬名とバカ(=孝)は驚いた。
思わず優子が問うた。
「愛唯、何があったの?」
私は職場であったことを話した。
でも、、話しているうちに、思い出してしまってね。。。
私の目には涙が流れた。
そして、悔しくって、悲しくって、涙が止まらなくなった。。。
するとバカ(=孝)は優子と瀬名に向けて語った。
「優子さん、瀬名さん、今だけ見逃してください。」
そういうと、バカ(=孝)は私を抱きしめ、私に優しく語り掛けた。
「愛唯さんは悪くありません。
堂々と結婚を明らかにできない、『この社会が悪い』んです。」
私はバカ(=孝)の胸の中で、涙を流しながら孝に問うた。
「じゃあ、どうして社会はこうなっているの?」
バカ(=孝)は困った顔で答えた。
「うーん、、、
『僕達100分の1の男性の悪いイメージがあるから』ですかね~?。。。」
バカ(=孝)は続けた。
「つまり、、、
僕が100分の1の男性であるばっかりに、
愛唯さんに、こんなつらい思いをさせてしまいました。
ごめんなさい。」
そう言うと、バカ(=孝)は私に頭を下げた。
思わず私はバカ(=孝)に八つ当たりした。
「そうよ! あんたのせいよ! このバカ!!」
そして、私はバカ(=孝)の胸の中で嗚咽した。
「(嗚咽)・・・」
私は八つ当たりをしてしまったが、もちろん『100分の1の男性が悪いわけではない』ことは分かっていた。
そう、バカ(=孝)の言うとおりだ。
『堂々と結婚を明らかにできない社会が悪い』のだ!
気がつくと、私の背を抱く腕を感じた。
私は涙を流しながら振り向くと、優子と瀬名も私を抱きしめていた。。。
その夜は、ずっと、私はバカ(=孝)の胸で泣いていた。
優子と瀬名とバカ(=孝)も、ずっと、黙って、私を抱きしめていた。。。
(次話に続く)
第3章で、主人公の愛唯は100分の1の男性である孝と結婚しました。
しかも、孝を守るため、孝に一夫多妻を受け入れさせました。
その代償を職場でのイジメという形で受けてしまったのです。
第3章の途中から毎日更新したのは、このシーンに早く到達したかったからです。
そして、第3章で、愛唯と孝が一夫多妻を受け入れるシナリオを選択したのは、一番は今話のためです。
そう、一夫多妻を受け入れた女性への偏見を、描きたかったからです。
そして、この世界では、100分の1の男性に対して偏見があります。
その100分の1の男性と結婚した女性にも偏見が向けられるんじゃないでしょうか?
そのことも描きたかったのです。
加えて、結婚できる女性は圧倒的少数ですから、彼女達に対する嫉妬は凄まじいものになると思います。
そう、これも描きたかったからなのです。
私自身、第3章で、一夫一妻を貫くのか、一夫多妻を受け入れるのか、大変悩みました。
しかし、一夫多妻を受け入れないと、第5章のインパクトが小さくなると判断し、一夫多妻を受け入れるシナリオを選択したのです。