第11話 学びなおし開始
優子とのショッピング中、明日から始める『学びなおし』で、大学の図書館の入口で9:30に待ち合わせることを約束し、NOH市の繁華街で私と優子は別れた。
その夜も、私は、軟禁状態の孝が心配であまり眠れなかった。
結局、翌朝、早く起きてしまった私は、朝食も取らず、7:30頃に家を出た。
自宅から大学までは車で30分程度なのだが、朝の通勤ラッシュもあり、大学に着いたのは8:30頃だった。
大学の購買で朝食を買おうと思ったが、大学の購買が開くのは8:45だ。
仕方がないので、購買がある食堂の前で待つことにした。
ふと、私は孝は大学内の食事が気になった。
I大学は国立大学とはいえ、小さな大学だ。
購買は8:45~18:00までだし、食堂は10:45~13:30までだ。しかも平日しか開いていない。
加えて大学寮に食堂はない。ちゃんと自炊しているのか?と
食堂の前で待っていたら、食堂の近くを走っている孝を見つけた。
I大学は構内に一つ、大きくループした道があり、そこを走っているのだろう。。。
ふと、ループしている道の向かい側の講堂に瀬名を見つけた。
瀬名は孝をじっと見ている。。。
考えてみれば、新入校許可証を配布された時も、別の建物に走っていった(第2話)。。。
瀬名の最近の行動は少し変だ。。。
瀬名って、こんな変な子だったけ?
パンデミック前の瀬名を思い出してみた。。。
そういえば、瀬名は1年生の頃から、孝の近くの席に座ることが多かった。。。
図書館でも。。。
コンピュータルームでも。。。
教室でも。。。
ああ! そういうことか!
瀬名は、、、 孝のことが。。。
1年生のときから。。。
瀬名はとっても内気な女の子だから、
孝の近くの席に座ることが、
彼女にとって精一杯の表現なのだろう。。。
孝は気付かなかったのだろうか?
孝って、バカだ。。。
私は、瀬名の孝に対する思いが分かったことで、なぜか焦りを感じながら、3月の朝は寒いので、その場を離れ、大学近くの喫茶店に行き、モーニングを食した。
私は喫茶店で雑誌を読みながら、9:15ぐらいまで喫茶店で時間を潰し、約束通り、優子と大学の図書館の入口で9:30に集合した。
私と優子は、図書館に入り、図書館で孝を見つけた。やっぱり孝の近くには瀬名が座っていた。
優子が孝に話しかけた。
「おはよう、孝。春休み中もやっぱり勉強しているね。。。」
孝が答えた。
「あれ? 愛唯さんと優子さん。 春休みなのになぜ?」
私が笑顔で答えた。
「孝く~ん。
聡君の家で、学びなおしの面倒を見てくれるって言ったよね~。
春休みを利用して、学びなおそうと思って。。。」
優子も笑顔で続けた。
「私はそれに便乗しようってわけ。。。」
孝は笑顔を浮かべて答えた。
「じゃあ、春休み中、ずっと通学されるわけですか?」
私はうなずいた。
「ええ」
孝は笑顔のまま、向かい側の席に右手を指し伸ばした。
「そういうことですか。。。まあ、お座りください。」
私と優子は孝が座っている机の向かい側に座った。
孝は私と優子に聞いた。
「まずは、どの科目が苦手なのでしょうか?」
私は苦笑いを浮かべて答えた。
「全部ね~。」
優子も苦笑いを浮かべていた。ま、私と優子はサボってばっかりだったし。。。
「私も。。。」
孝は苦笑いを浮かべ、話しかけた。
「そうですか。重要なものだけ学びなおしてみますか。。。」
私は問うた。
「重要なものって?」
孝は答えた。
「僕達2年生ってことで、一般教養科目と専門科目がありましたが、
専門科目だけを学びなおしてみましょう。」
孝は続けた。
「CCコースの専門科目で一番大切なのはプログラミングですが、
こればっかりは実践あるのみですので、ノートパソコンはお持ちですか?」
しまった。ノートパソコンもいるよね。。。
「今日は持ってきてない。。。」
優子に振り向くと、優子も持ってきていないようだ。
「わたしも。。。」
孝は微笑み、うなずいた。
「わかりました。今日は専門科目の座学のみとして、
明日からプログラミングを行いましょう。
明日以降は、ノートパソコンも持ってきてください。」
こうして、私と優子の学びなおしが始まった。
時折、わからないところを孝に質問しながら、私と優子は孝と一緒に勉強していた。
勉強を開始して、1時間程度たった時、私は朝に思った疑問、つまり、孝に毎日の食事について質問した。
「孝君、毎日の食事はどうしているの?」
孝は苦笑いを浮かべて答えた。
「平日の昼食は学食、朝食は購買でパンかおにぎりなんですが、
夕食と土日休日は困ってますね~。」
やっぱりと思いながら、問うた。
「自炊していないの?」
孝は再び苦笑いを浮かべ答えた。
「自炊は困難ですね~。」
優子は戸惑いながら問うた。
「どうして?」
孝は視線を下に向けて答えた。
「自炊するには学外のスーパーへ行って、食材の購入が必要じゃないですか。
でも、学外に出るには外出許可と付き添いがいるんです。。。」
私は驚き問うた。
「外出許可を得るのが難しいの?」
孝は顔を左右に振り、答えた。
「いえ、
『誰に付き添いを頼むか?』
ってのが難しくって、、、
ほら、男子学生だけでなく、40歳未満の男性の先生も、
ウイルスで亡くなってるから、残った先生は忙しいんですよ。
買い出しのために付き添いを頼むってのは、気が引けますね。。。」
私は質問を続けた。
「じゃあ、どうしているの?」
孝は両掌を天井に向けて、両腕を伸ばし、苦笑いを浮かべて答えた。
「宅配の冷凍弁当ですね。
大学が宅配弁当業者と契約を結んでいて、
寮の住民は、宅配弁当業者のメニューから、
1週間分の食事のストックを予約しておいて、
食べたいときにレンジでチンするって感じです。」
優子があきれて問うた。
「宅配弁当業者と契約するくらいだったら、
学食を夕食や土日休日も開けばよい気もするけど。。。」
孝は苦笑いを浮かべ、うなずき答えた。
「ええ、大学も一時それは検討したようですが、
学食の男性従業員も亡くなった方が多くて、
パンデミック前の営業時間の維持だけで手一杯らしく、
とても夕食や土日休日に食事を提供する余裕はないそうです。」
私は戸惑い問うた。
「それじゃあ、作り立ての温かい料理が食べられるのって。。。」
孝はうなずき答えた。
「ええ、平日、昼食を学食で食べる時だけですね。。。」
孝は話題を変えた。
「それと、さっきから気になっていたのですが。。。
愛唯さん、風邪を引いておられますか?
体調大事にしてくださいね。。。」
私は驚きつぶやいた。
「え?」
実は、今朝8時半に大学に来て、孝を見ていたのだが、3月の朝はまだ寒い。
寒空の中で孝を見ていたので、ちょっと風邪気味だ。
でも、鼻水とか咳が出ているわけでなく、わずかにのどが痛い程度なのだが。。。
私の隣に座っていた優子は驚く。
「愛唯、あんた風邪引いているの?」
私はうなずく。そして優子に問う。
「優子、私が風邪引いているってわかる?」
優子は顔を横に振った。
長年の親友である優子でさえ気付かなかった、『私のわずかな体調変化を、どうして孝はわかった』のだろう?
そして、、、なにより、、、
その私のわずかな体調変化を、孝が気付いたことが、『どうしてこんなにうれしい』のだろう?
午後3時過ぎだったが、私が風邪気味ということもあり、学びなおし1日目を終了し、帰ることになった。
今日1日、孝と一緒に勉強してみて、私の孝に対する評価が『実に惜しい奴』に変わった。
孝は性格はとてもよい。しかも私のわずかな体調変化に気付くほど、周囲をよく見ている。
まあ、瀬名の孝に対する思いに気付かないのは謎だが。。。。
結局のところ、ときどき私たちが理解できないことを口走ってしまうこと、そして何より、見た目の悪さから、『私達が孝を誤解しているだけ』だとわかった。
というより、『私達が孝を理解しようとしていない』のだ。。。
見た目さえよければ、、、実に惜しいのだ。。。
私と優子は学内の駐車場に向かった。駐車場で別れるとき、優子が口を開いた。
「ね~愛唯。孝って恋人としてアリじゃない?」
私は顔を横向け答えた。
「でも、あの見た目じゃな~。」
優子は戸惑い問うた。
「男性が100分の1に減った今、あまり贅沢は言っていられないと思うけど。。。」
優子の言う通りなのだが、孝はありえない。
「そうなんだけど、見た目が悪いのは恋人としてはありえない。」
優子はさらに問うた。
「その見た目は、恋人がリフォームすれば良いだけじゃない?
リフォームすると、翔や健司ほどではないけど、
結構イケメンに仕上がると思うよ。。。」
言われてみれば、孝の顔立ち自体は悪くない。
つまり、孝は顔立ちを活かすセンスがないのだ。。。。
優子は続ける。
「孝って、ものすごい原石だと思うけど。。。」
私は顔を横に振り、答えた。
「うーん、そうかもしれないけど。センスがないのは、私はダメ。
その原石を自分で磨かない奴は、恋人としてはありえないわ。」
優子はにやりと笑った。
「ふーん。じゃ、私が孝をゲットしても文句ないよね。」
優子は手を振り、彼女の車に乗った。
「じゃ、また明日。」
私はムカつきながら、つぶやいた。
「まったく、優子ったら。。。」
大体、ほんの1か月前まで、孝は『最低な奴』って評価だったんだぞ!
そりゃ今は『実に惜しい奴』に評価が変わっているけど、『最低な奴』だった奴が恋人になるなんてあり得ない!
確かに、ここ数日、孝のことが心配だったよ。。。
でも、それは、孝に何度も救われた『感謝』から! それだけ!
皆さんも誤解なきように!!!