第117話 1年遅れの卒業式(その1) ー里子と綾子の涙ー
3月下旬、共同住宅でバカ(=孝)は背広を着ていた。
そして、ヨメンズは袴を着ていた。
そう、今日はI大学の卒業式だ。
途中でパンデミックによる1年の留年があったが(第1話)、私達は5年がかりで大学を卒業するのだ。。。
だが、、、私達(=ヨメンズ、孝)は待っていたのだ。。。
共同住宅の呼び鈴が鳴った。ドアを開けると、袴姿の里子、綾子、加奈が立っていた。
里子が笑顔で語る。
「じゃ、講堂へ向かおうか?」
そう、里子が呼びに来るのを。。。
ああ、すでに里子、綾子、加奈、浩司の夫妻は、共同住宅で生活を始め、私達(=ヨメンズ、孝)の部屋の隣に住んでいる。
時々、相互に遊びに行っている。
ヨメンズ、孝、里子、綾子、加奈の7人は共同住宅からI大学の講堂に向かった。
I大学の講堂の前で、やっぱり袴姿の久美子と元サッカー部女子マネージャの1人と待ち合わせ、講堂に入った。
講堂の中の席は自由だったので、私達9人は固まって座った。
講堂の適当な席に座ると、バカ(=孝)はスマホを操作した。
そして、5年前の入学式でCCコースの当時の新入生、つまり私達が新入生だった頃の集合写真をスマホに映すと、無言でそのモニタを講堂の壇上に向けた。
5年前の4月、一緒に入学した40名のCCコースのクラスメートは、19名の男子クラスメートはあのウイルスで亡くなり、5名の女子クラスメートはパンデミック直後の経済危機で退学を余儀なくされた(第2話)。
そして1年の留年を経て、40名のうち、たった16名が、今日、卒業式を迎えた。
バカ(=孝)の行為は、亡くなった男子クラスメート19名と、一緒に卒業しようとの、暗黙の意思表示なのだ。
それを見た里子は綾子と加奈に語った。
「浩司と結婚したけど、、、今日だけは許して。。。」
そして、彼女もスマホを操作し、あのウイルスで亡くなった聡(=里子の亡き恋人、第2話)の写真を壇上に向けた。
優子は里子に語った。
「許しを請うことじゃないわよ。」
瀬名も続いた。
「誰も里子さんを咎めたりしませんよ。」
すると、綾子も加奈に語った。
「この卒業式だけは見逃して」
そして、彼女もスマホを操作し、拍子法行為直後に死を選んだ俊君(=綾子の亡き恋人、第68話)の写真を壇上に向けた。
元サッカー部マネージャも無言で、パンデミック発生時、当時2年生だったサッカー部メンバーの写真を講堂の壇上に向けた。
なぜなら、パンデミックは、講堂にいる卒業生が2年生だった秋に起きたからだ(プロローグ)。
久美子は苦笑いを浮かべ元サッカー部マネージャに語った。
「竜二(=久美子と元サッカー部マネージャの夫)が映ってんじゃないの。」
すると、元サッカー部マネージャは微笑んで返した。
「きっと、竜二さんもHW大でなく、ここI大で卒業したかったと思います。」
久美子は微笑み、黙って頷いた。
私達だけではなかった。
講堂中の卒業生の見た目半分が、スマホに映した亡きクラスメートや恋人の写真を講堂の壇上に向けた。
そう、、、卒業生の半分が、亡きクラスメートや恋人と、一緒に卒業しようとした。。。。
そして、卒業式が始まった。
卒業式では理事長や学長のスピーチ、そしてI大学のオーケストラの演奏を聴いた。
卒業式の間、私はふと横を向き、里子と綾子を見た。
二人とも恋人の写真を講堂の壇上に向けたまま、目から涙を流していた。
私は二人の心中を察した。。。
二人は浩司君と結婚した。。。
だが、里子と聡と、綾子は俊君と、卒業式を迎えたかったのだ。。。
私も思わず、もらい泣きをしてしまった。。。
講堂での卒業式後、100分の1の男性の4年生3名の一人で、進学せず、就職先もない男性(第99話)が女子3人といるのを見かけた。
彼は10人以上の恋人がいる、いわゆるハーレムを形成していたのだが、残ったのは3人だった。
優子は小声で語った。
「ホント、就職できないからって、
(霧散した恋人達は)手のひら返して、冷たいよねー。」
すると、バカ(=孝)は笑顔で小声で返した。
「違います。
彼は別にハーレムを形成していたわけでなく、恋人は1人でした。」
綾子を除く、私達(=ヨメンズ、里子、加奈、久美子、元女子マネージャ)は「え?」と言葉を発し、驚いた。
そして、綾子も笑顔で小声で話した。
「彼の恋人がね、女の子にモテたのよ。
彼女の周りには、女子クラスメート9名が集まってね。
それが見た目には、
『彼がハーレムを形成していたと誤解されていた』
だけなの。。。」
優子は驚く。
「そういうこと。。。」
私は綾子とバカ(=孝)に問うた。
「じゃあ、なんで霧散しちゃったの?」
綾子が答えた。
「霧散ってのも、実は『誤解』なの。。。
どうも、その後の彼女の友人の話だと、、、
彼には就職先がなく、恋人に相談したらしいの。。。
そしたら、恋人が働いて、彼が主夫になることを提案したの。。。
つまり、恋人が彼に逆プロポーズしたの。。。
彼はその逆プロポーズを受け入れた。。。
そして、卒業後は主夫になることを選んだ。。。」
綾子は続ける。
「彼と恋人が結婚といっても、婚約で、
その時点では卒業後の結婚を考えていたみたいだけど、、、
恋人が、彼女の友人達に婚約の事実を告げるとね。。。
彼女の友人達が、彼の近くにいると、
彼や恋人の迷惑になるって思って、近づかなくなったの。。。
それが、『霧散した』って、次の誤解を生んじゃったの。。。」
久美子は戸惑いながら問う。
「じゃあ、どうして、いま彼は女の子3人と一緒にいるの?」
綾子は言いにくそうだったが、意を決したように、語った。
「実は、去年の11月に、彼も、例の『他言無用』の件を対応したようなの。。。」
私は驚いた。
「それってつまり。。。」
綾子は小声で答えた。
「ええ、、、拍子法行為を行ったの。。。」
優子は戸惑いながら、綾子に小声で問うた。
「どうして、その『他言無用』の件を、あなた(=綾子)が知っているの?」
綾子は小声で答えた。
「私と彼は学科は違うんだけど、同じ人文系だから。。。
恋人とは、俊(=綾子の元恋人)が存命だったころ、
寮でよく話をしていたし、、、
恋人の友人達も、よく話をしていて、親しかったの。。。」
綾子は小声で続けた。
「どうも、11月、彼が『他言無用』の件について、恋人に打ち明けたみたい。
彼が『他言無用』の件で学外に連れ出されると、
恋人はとても動揺しちゃって。。。
その動揺した恋人の様子を、恋人の友人達が
『なぜ?』
って問い詰めて、恋人は、恋人の友人達に話しちゃったみたいなの。。。」
綾子は小声でさらに続けた。
「恋人の友人の一人がね。私に相談にきたの。。。
だから、私はその背景を知っている。。。
そして友人の一人が私に問うたの。
『彼と恋人の両方を守る方法はないのか?』
って。。。
私はちょうど浩司君の2番目以降の妻の候補になっていて、
方法を知っていたから話したの。。。
『一夫多妻を彼と恋人に受け入れさせれば、
彼と恋人の両方を守ることができる』
って。。。」
綾子は小声でさらに続ける。
「あまりはっきりしないんだけど。。。
どうも、その友人の一人が、残りの8人と話し合ったみたい。
そして2番目以降の妻に、2名が名乗り出たらしいわ。。。」
綾子は小声で締めくくった。
「ここからは、本当に、はっきりしないのだけど。。。
どうも、恋人の友人は9人がかりで、
彼と恋人を説得し、一夫多妻を受け入れさせた。
そして、彼は、恋人を含め、3名の妻と結婚した。。。」
私達(ヨメンズ、里子、加奈、久美子、元サッカー部マネージャ)はお互いを見渡した。
そして優子はつぶやいた。
「なんか、孝と竜二の一夫多妻の受け入れに似ているわね。。。
二人とも、女性複数から説得されているし。。。」
久美子はため息をついて頷いた。
「そうね。。。」
私は綾子とバカ(=孝)に問うた。
「それで、、、彼は、卒業後は、主夫になると?」
綾子はうなずいて答えた。
「ええ。。。
彼はすでに、NOH市の共同住宅に移って、3人の妻と暮らし始めているわ。。。
3人の妻は働き、彼は主夫として家事を支えることになっているわ。。。」
バカ(=孝)は微笑んで語った。
「彼は、僕と違って、料理は得意なんですよ。。。
ほら、よくスーパーで、彼とは会っていたじゃないですか。。。」
ヨメンズは全員、おもわず、「「「そういえば。。。」」」とつぶやいた。
バカ(=孝)はうなずき、微笑み、語った。
「恋人によく彼の料理を振る舞ってましたよ。。。」
(次話に続く)
実際、この世界では、主夫を選択する100分の1の男性は多いと思います。