第10話 軟禁生活開始。せめて、見守ろう。
3月1日、孝の軟禁生活が始まった。
この日の朝のテレビニュースで、「100分の1の男性は学校や職場で生活する」とのみ報道された。
どのテレビ局も、どの新聞も、どの週刊誌も、インターネット上のどのメディアも、外出の自由がないことを触れてはいなかった。
つまり、ほとんどの人は、100分の1の男性に、外出の自由がないことを知らない。
父曰く『報道管制』とのことだった。
父は言う。
「パンデミックの頃に発令された戒厳令は効力を残しており、
100分の1の男性に外出の自由がないことを報道するメディアは、
ほとんどないだろう。。。」
そう、『戒厳令が効力を失うまで』、ほとんどの人は、100分の1の男性に、外出の自由がないことを知らないのだ。
本当は大学に行って、孝の様子を見たかったが、優子との以前からの約束があり、数百万都市NOH市の繁華街にあるデパートでショッピングをしている。
孝との男子クラスメート全員への弔いのため、彼女と遊ぶことができなかったので、埋め合わせをしないといけない。。。
でも、私は孝のことが気になり、ショッピングに熱が入らなかった。
どうしても、『孝は今どうしているのだろう?』と考えてしまう。。。
そのうち、優子は私の顔を覗き込んで、尋ねてきた。
「どうしたの愛唯。さっきから上の空だけど。。。」
私は孝の軟禁生活が始まったことを話した。
「実はね、今日から、孝は大学に軟禁されるの。
40歳になるまで、出られないの。。。」
優子は怪訝な表情で返した。
「そういえば、100分の1の男性は
学校や職場で生活するってニュースで流れてたけど?」
私は顔を横に振り、答えた。
「うん、でも、自由に外出できないから。事実上の軟禁なの。。。」
優子は厳しい表情となり、問うた。
「詳しく話しなさいよ。」
まずは、優子に「100分の1」の本当の意味を知ってほしくて、私のスマホを見せながら、100分の1になるとは、同性の友人を全て亡くすことだと話した。
優子も自分のスマホを見て、「本当だ。友人がほぼゼロになる。」とつぶやいた。
次に、私は今日から40歳になるまで、孝は軟禁生活を送ることを話した。
孝は男子クラスメートを始め、男性の友人全てを亡くしている。
それだけでなく、女子クラスメートから浮いており、かつ家族から引き離されるため、完全に孤独になることを話した。
そして、父から、自由に外出できなくなることを聞かされたと話した。
私の説明が終わると、不意に優子の目から涙がこぼれた。
私は思わず、「優子、大丈夫?」と言った。
優子は涙を拭って言った。
「ごめん。私も孝には感謝しているの。」
そういえば、優子の孝に対する呼称が、『あいつ』から『孝』に代わっている。
優子は続ける。
「翔への手紙を勧めてくれたことだけでなく、
あんなこと言っちゃったけど、
『あなたに、そんな義理はない!』なんて言っちゃったけど、、、
本当は、見ず知らずの翔のために、
『涙を流してくれたこと、うれしかった』の。。。
孝は、私の心を救ってくれた。。。」
優子はさらに続けた。
「そんな孝が、そんな孤独なんだって聞いて、、、
そんな長い軟禁状態になるなんて聞いて、、、
つい、涙が出ちゃった。。。」
優子は私の顔を再度覗き込んだ。
「愛唯。孝が心配なんだ?」
私は黙って頷いた。
優子は提案した。
「ねー、愛唯。
孝へのお礼として、大学へ行って、孝と一緒に勉強して、
『孤独を少しでも癒してあげよう』よ。。。
私たちが何ができるのかわからないけれど、
『せめて見守ってあげよう』よ。。。」
優子の提案はグッドアイデアだ。しかし、、、
「うーん、それは良い考えなんだけど、今は春休み中でしょ。
毎日大学に通って、孝と一緒に勉強するとなると、、、
何か口実ほしいし、何を勉強するかって問題があるわ。
私たちの意図があからさまだと、孝が嫌がるかもしれないわ。。。」
優子も良い口実が思い当たらない。
「そうか、夏休みか冬休みなら、
授業の自習という口実が成立するけど、
春休みだと、年度の合間なので、ちょっと難しいわね。
となると、これまでの、つまり2年生までの『学びなおし』って
ことになるけど、、、うーん。。。」
私は優子の『学びなおし』という言葉にはっとした。
そうだ、孝は、聡君の家で、『学びなおしの面倒を見てくれる』と言ったじゃないか(第5話)!
「優子、それだ!
孝は『学びなおしの面倒を見てくれる』と約束したから、
私が学びなおしたいと言えば、孝と一緒に勉強できる!」
優子は怪訝な顔で問う。
「何それ?」
私は聡君の家での経緯を説明した。
「ほら、ウイルスに勝つためには、学生のうちは勉強するしかない訳だけど、
私みたいに勉強が苦手な学生もいるわけで、、、
『重要なところだけ学びなおしてみませんか、僕が面倒見ます。』
って、孝に言われてるのよ。」
優子は問うた。
「学びなおしてダメだったら?」
私は笑顔で答えた。
「要は社会に出て活躍すれば良いのよ。
学びなおしてダメだったら、皆とは別の就職口を探してもよいし、
大学を入りなおすこともあるわね。
ここからは聡君のお母さんの意見だけど、
『CCコースは実務的で就職率もよいから、
一度学びなおすのが一番良い』って言ってた。」
優子はニヤリと笑った。
「よし! 私も学びなおしの面倒を孝に見てもらう。」
私は戸惑った。
「え?」
優子はすまし顔で私に語った。
「だって、私も勉強が苦手よ。成績も愛唯とほとんど変わらないわ。
聡君のお母さんの仰るとおりよ。一度学びなおすのが一番良いわ。」
優子はもう一度にやりと笑った。
「私たちは学びなおせる。孝は孤独を癒せる。
ウイン・ウインじゃないの!」
私は微笑みながら、返す。
「それもそうか。」
優子は私に語り掛けた。
「じゃ、明日から、毎日大学に通い、孝と一緒に勉強しますか。」
私はうなずいた。
「そうしましょう。」
優子は右こぶしを突き上げた。
「じゃ、ショッピングを続けましょう!
当分来れないわけだし!」
私も右こぶしを突き上げた。
「そうね。
しばらくはショッピングに来れないので、その分、楽しみますか!」
私はショッピングをしながら、こう思っていた。。。
優子の言うとおりだ。。。
私に何ができるかわからないけど。。。
せめて、、、孝を見守ろう。。。
少しでも、孝の孤独を癒してあげよう。。。
春休み中だけど、、、明日から毎日、大学に通おう。。。
今話はちょっと短めで済みません。
今話で第1章『再起、そして覚醒』の前半終了です。
ちなみに、第1章の前半のテーマは『再起』をメインとして、以下を描きました。
・主人公の愛唯がパンデミックの痛手から立ち直るまで(=『再起』)
・主人公の愛唯が100分の1の男性の真実(=孤独と軟禁)を知るまで
次話より、第1章の後半が始まり、『覚醒』を描く予定です。