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第9話 軟禁生活直前

父と和解した日曜日の夜、私は心配な夜を過ごした。

 

孝は、あのウイルスで男子クラスメート全員を亡くしている。


そして女子クラスメートからは冷たい視線で見られている。


すなわち、孝を孤独から守っているのは、孝の家族だけだ。


ここで、大学に軟禁となれば、その家族からも引き離される訳だから、

 孝は『本当に孤独』

になる。

 

心配で、なかなか寝付けなかった。




翌日の朝、つまり月曜日の朝、私は居ても立っても居られなくなった。私は孝に会いに登校することにした。


パンデミック前でも、孝はまじめなため、授業がない時も登校し、図書館で勉強か、あるいはコンピュータルームで実習していた。


孝は「パンデミックに勝つためには、学生のうちはともかく勉強するしかない」と言っていたので、まちがいなく、図書館かコンピュータルームにいるだろう。



 

新しい入校許可証があるので、車で登校することができる。

私の家から大学は、道が混んでいなければ30分で行くことができる。

登校すると、私は孝をすぐ見つけた。孝は図書館にいた。

 

私はとりあえず、孝の隣の席に座り、彼に声をかけた。


「孝君、おはよう。今日も勉強しているんだ。」




孝は驚き私に語った。


「あれ? 愛唯(メイ)さん。おはようございます。

 春休み中なのに、どうしたんですか?」




私は孝にどう軟禁について話そうかと迷ったが、うまく知恵が浮かばず、直接、話すことにした。


「昨日、100分の1の男性が、大学に集められ、住むことになると、

 TVで流れていたもんだから。。。」



 

彼は一瞬苦悩の表情を浮かべ、つぶやいた。


「その件ですが。。。」



  

だが、すぐに作り笑いをし、私の問いに答えた。


「まあ、まもなく実施されると予測していたとはいえ、

 精神的にキツイものがありますね。。。」




私は驚いた。


「予測していた? なぜ?」




孝は作り笑いを浮かべたまま、答えた


「ウイルスに勝つために、今後の社会の動きを、

 頭の中でシミュレーションしたんですよ。

 その結果として、どうしても100分の1の男性を数か所に

 集めなくてはならないと結論がでました。」




孝は続けた。    


「そこで、ここ数か月の政府内の動きを調べてました。

 その動きから、僕らを数か所に集めるのは、どうやら、まもなくだと。。。」




孝は片目を瞑り、苦笑いを浮かべ、さらに続けた。  


「それと、もう一つ、大学のセキュリティがメッチャ上がっていたでしょ?」




私は思わず、「あ!」っと叫んだ。


新入校許可証の配布日に登校したら、出入口にセキュリティゲートが設置され、大学の周りに高い塀が設置されていた(第2話)。


そうか! 男子学生を保護するための措置、あるいは男子学生を学内に留まらせる措置と考えれば、このセキュリティの高さは納得がいく。。。



 

孝は作り笑いを浮かべ、話を続けた。


「それでピンときました。もう軟禁の準備は終わっていると。

 あとは政府の発表を待ち、すぐに男子学生を集める算段だと。。。」

     



孝は撫山教授での個室のやり取りを話した。


「だから、その日のうちに、撫山先生の個室に伺い、先生に

  『僕は罪なき囚人になるんですよね?

   そうなる前に男子クラスメートの弔いをしたい』

 と迫りました。

    

 先生はすでに僕が『罪なき囚人』になることを知っていました。

 多分、学内で周知されていたんでしょうね。

 そして、先生は僕に

  『どこまで知っている?』

 と聞かれました。


 そこで僕が答えました。

  『頭の中でシミュレーションすれば、自然と出てくる答えだ』

 と。

  

 それでも、先生は渋りました。なにせ個人情報ですからね。

 先生と僕との押し問答となり、

 そこに偶然、愛唯さんが先生の部屋に立ち寄ったんです。     

 そこで、なぜかわかりませんが、先生が折れたんです。。。」

 



私はあの日のやり取りに得心がいった。


「そういうこと。

 でも、どうして男子クラスメートの弔いをしたかったの?」




孝はため息をつき、顔を横に傾けて答えた。

 

「軟禁されてしまえば、

 もう男子クラスメートのお宅に弔いしたくてもできなくなりますから、

 それまでにどうしても行きたかったんです。


 でも、同行した愛唯さんにはご迷惑でしたね。

 今更ですが、お詫びします。」



    

孝は私に頭を下げた。




私は照れくさく、こう返した。


「いいわよ、それくらい。。。結構、有意義だったし。。。」

 



むしろ、頭を下げたいのはこちらの方だ。男子クラスメートの弔いに同行したから、救われたのだから。





私は、男子クラスメートへの弔いの間、孝がずっと『時間がない』と言っていたことを思い出した。


「孝君、あなたずっと、『時間がない』って言っていたよね?

 それは、まもなく監禁されることを予測して、そう言っていたの?」




孝は黙ってうなずいた。


そういうことか、撫山教授の個室で、『罪なき囚人』とか『籠の中の鳥』とか言っていたのも、まもなく軟禁されることを意味していたわけね。。。

じゃあ、『種牛か種馬』ってどういうことなんだろう?

 

 


しかし、今はもっと聞きたいことがある。


「ところで、100分の1の男性を保護するために、

 なぜ数か所に集める必要があるの?」

 



孝は困った顔で答えた。


「うーん、これは効率の問題ですね。

 100分の1の男性と言っても、全国で数十万人いるんですよ。

     

 それを一人一人警護すると、

 この数倍の警護の人を配置しなくてはならなくなり、

 ものすごいコストと手間がかかります。


 つまり、数か所に集めた方が、少ない人数で警護可能となるので、

 効率が良いってことになります。」

     

     


私は更に問うた。


「じゃあ、なんで、大学学内や会社社内で100分の1の男性を集めるの?」




孝は再び作り笑いを浮かべて答えた。

 

「これについては、政府内部で紆余曲折があったようです。


 警察や防衛は、独自の設備を建設し、100分の1の男性をそこに集約し、

 他との接触を厳しく制限することを強硬に主張しました。

 警備を担当する立場としては、そちらの方が都合がよいですから。


 でも、政府内部・経済界・学校関係者から猛反対が出ました。」

 



私は戸惑い、「なぜ?」と問うた。

 



孝は両掌を天井に向け、両手を伸ばし、苦笑いを浮かべたまま、顔を横に振って答えた。


「政府内部からは過度の人権侵害の恐れとの批判があったからです。

  『国家滅亡を防ぐため、100分の1の男性に対する権利の一部制限は

   やむを得ないとしても、独自の設備を建設し、そこに集約し、

   他との接触を厳しく制限するのはやりすぎ』

 との意見でした。」

 



私は更に問うた。


「経済界からはなぜ反対がでたの?」




孝は天井を見上げながら答えた。

 

「40歳未満の男性は100分の1になりましたが、

 どうしても生き残った男性が必要な職場があるためです。

 100分の1の男性が集められている設備が、職場から離れていると、

 支障が生じます。」




私は更に問うた。


「じゃあ、学校関係者からの反対は?」




孝は視線を私に戻して答えた。


「政府と同じで、人権侵害ですね。」




父の言っていたことと異なるため、私は戸惑い問うた。

  

「父は

  『100分の1男性は、結婚してもらう必要あるから』

 って言っていたけど?」

 



孝は何度もうなずき答えた。


「ええ、それは本当です。

 警察や防衛は独自の設備の建設に最後まで拘りました。

 

 そこで、政治家が警察や防衛を説得する必要があったので、その方便ですね。

  『独自の設備だと100分の1の男性が結婚できないだろ?

   それじゃ意味ないよね?』

 って。。。」




でも、私にはまだ納得できない部分が残る。


「でも、まだ、納得いかないわ。

 どうしてこんな人権侵害の政策が通ったの?」




孝は不意に悲しげな表情となって、語る。


「結局、一部の強権抑圧国や暴力団等による

 100分の1の男性に対する、

 『誘拐・拉致といった愚かな行為が後を絶たない』からです。

    

 そういった行為がなくならない限り、

 わが国としては、国家自体の存続のために、

 人権侵害は承知の上で、実施せざるをえません。。。」




孝はさらに悲しげに、両手で頭を抱えて、つぶやいた。


「どうして、人類はこんなに愚かなのだろう?

 こんなことをしても、自分たちの首を絞めるだけなのに。。。


 そして、どうして、その愚かな行為のツケを、

 僕達100分の1の男性に押し付けるんだろう?・・・」




これが孝の本音なのだろう。




孝ははっと表情を変え、作り笑いを浮かべた。


「愛唯さん、すみません。愚痴っても仕方がないことを申しました。

 ごめんなさい。

 予想できたことなのに、現実に起きると、精神的にキツクって。。。

 本当、僕ってダメですね。。。」




私は作り笑顔を浮かべ、孝に語り掛けた。

   

「ダメじゃないわ。それが普通よ。」






私はいつから軟禁されるのか聞いた。


「ところで孝君、いつまでに学生寮に入らなくてはならないの?」




孝が答えた。


「実は、先週金曜日の夕方に、大学から連絡があって、

 3月1日には学生寮での生活を始めなくてはならなくって、

 遅くても2月28日は入寮しないといけません。。。」




私は驚いた。


「えー、2月28日までに? あと、2週間もないじゃない。。。」




孝は苦笑いを浮かべて答えた。

 

「ええ、それまでに荷物をまとめて、入寮しないと。。。


 3月1日以降は、しばらくは学外に出られませんから、

 通学に使っている車も売らないと。。。


 やることが多くって、、、

 本当は登校している場合じゃないんですけどね。。。」

    



孝は私が登校した理由に気付いた。


「そうか!

 愛唯さんは僕が心配で、授業もないのに、今日、登校されたんですね。


 本当にありがとうございます!

 愚痴を聞いてもらって、すこし気分が楽になりました。


 愛唯さんには借りばっかりです。」

    

そう言うと孝は私に頭を下げた。

 



私も作り笑いを浮かべる。本当は借りがたくさんあるのは私の方だ。


「ふふふ、いつか返してもらうわ。

 何かあったら、相談に乗ってあげるわ。」


と言って、席を立ち、帰宅した。

 





私は帰宅後、夜中に、ただTVを漫然と見ながら、孝をはじめとする、100分の1の男性のことを考えていた。


 『どうして、100分の1の男性は生き残ったのに、

  友人を失い、孤独に苦しまなくてはならないのだろう?』


 『どうして、100分の1の男性は生き残ったのに、

  【どうしてお前が生き残った!】と批判を受けなければならないのだろう?』


 『どうして、100分の1の男性は生き残ったのに、

  罪なき囚人にならなければならないのだろう?』


と。。。

  



不意にTVからコメンテイターのムカつくコメントが流れる。


「100分の1の男性はハーレムを作成できてうらやましい」とか


「100分の1の男性に対する政策は過保護」とかその類だ。




即座に、私はリモコンを操作し、TVの電源を落とす。

 

上記に対して、さらに以下を追加せねばならない。


 『どうして、100分の1の男性は生き残ったのに、

  周囲から無理解な扱いを受けなければならないのだろう?』


と。。。




上記の疑問を正当化する理由などありはしない。この世界は理不尽すぎやしないだろうか?

 

間もなく始まる軟禁生活に孝は耐えられるのだろうか?


私はそのことばかり考え、その夜もなかなか寝付けなかった。。。


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