青春の終わり。
文法練習中です。
「じゃあね!告白の答え楽しみにしててね!」
「ちょ、大きな声で言うな!恥ずかしいだろ!」
「あはは!バイバーイ。」
「ったく。どうしようもないな。」
僕は彼女が乗る電車のホームまで見送りをしその場をあとにした。電車のドアが閉まっても、あの一輪の花はずっと手を降り続けていた。
今思い返すと彼女は最後ものすごい綺麗な笑顔だったなと思う。中学生という幼さを感じさせない。大人びた笑顔をしていたような気がする。
え?オチはなんだって?
安心してほしいしっかりオチはある。これじゃあただの青春回になってしまうだろ?(笑)
...あれ、ここ笑うとこだったんだけど。まあいい。
学校が始まる九月。暦の上(旧暦)では、秋の終盤だがそんなものガン無視で、暑さが残る九月一日。
いつも通りの時間、通学路、学生や、会社員の顔。そんな風景が僕の視界に映っていた。
夏休み明け初日。
それは彼女からの答えが返ってくる日。
そう、それこそが僕に今、少しの緊張と、言葉に表せないような、むず痒い気持ちにさせている原因である。
この数ヶ月、彼女のおかげで僕の考え方や価値観、世界観がガラリと変わった。
たとえ。
どんな答えが返ってきたとしても、必ず感謝だけは告げる。
『君に救われた』『ありがとう』
彼女の目を見て、真正面から伝える。
____はずだったのに。
「起立!気をつけ!礼!」
『おはようございます』
十人十色な声色が教室に響き渡った。
平凡な学校生活の再開。
そう感じさせるこの空気感に、僕はただ一人だけ取り残されている気分だった。
この朝礼が始まる前。僕は彼女が在籍している二年A組に足を運んでいた。別に朝から返事が聞きたかったわけではなく、告白したあの日から数日後、ずっと彼女と連絡を取っていたが、突然返信が途絶え、心配になっていたのだ。
鉢合わせたらどうしよう。
そんな考えもあったが、いつも1日以内に返ってくる返信が、既読のまま二週間以上返ってこないとなると嫌われたか、何かあったとしか思えずいてもたってもいられなかった。
「確か零花は窓側の一番後ろだったはず。少しだけ覗いて帰ろう。大丈夫。」
珍しく力強い独り言を放ち、ゆっくり拳を握りながらA組に向かった。
A組の誰かが開けっぱなしにした教室の後ろのドアから少しだけ顔を出し、長く、綺麗に整った黒髪の彼女を探す。
おかしい。
もう始業間近なのに彼女の姿は見えない。僕の見落としか?
目を強く擦りもう一度彼女を探す。
どこだ。
本当にいない。
いないというか、彼女の席自体見つからない。零花が座っているはずの席にはすでに二つ結びの女学生が座っていて、本を読んでいる。間違えて座っているならわかるが、前の席から数えて彼女は五番目。
でも。先程の二つ結びの女学生が座っている席は前から数えて四番目。何度数え直しても五番目の席がない。
つまり間違えて座っているわけではなく、彼女の席が消えている。
僕の知らない間に席替えしたか?いや、それもありえない。なにせ席の位置は夏休みに入った後に聞いたから、休み明けの今日しかも先生が不在の始業前にやるはずがない。
本格的に心配になってきた。
正直状況が理解できずにいる。席がない理由はともかくとして、優等生の彼女が初日から遅刻をしてくるとは考え難い。
しかし、もう始業のチャイムまで一分しかない。流石に僕も教室に戻った方がいいか?心配しすぎなのだろうか。
でも明らかにおかしい。どうしたものか_
「廊下に出てるやつー。全員自分の教室入れー。」
「ほら、御狐神君。早く自分の教室戻りなさい。」
出席簿を胸に抱え、黒めがね、黒スーツの全身黒コーデ。可愛さというよりは、かっこよさが勝る通称暗黒教師の、A組担任増田先生が声をかけてきた。
「すいません。すぐ戻ります。」
さっきまで顔を出していたドアをゆっくりと両手で閉め、暗黒教師の横を通り過ぎた。
暗黒教師に、零花について聞きたいことがあったが、時間もなく、変に探られると厄介だったので、素直に自分の教室へと戻る。
「御狐神ー早く座れー。」
「すいません松任谷先生。少しお腹が痛いんですが、トイレに行ってきてもいいですか?」
僕は当然の如く嘘をついた。
「おっとそりゃ大変だな。いいぞ遠慮なく行って来い。」
「ありがとうございます。」
さすが松任谷先生。
ガタイがよくクマさんのような顔立ちをした先生は、温厚な性格で男性教師の中でも圧倒的人気がある先生。
学年主任も務めていてA組とD組の化学担当の先生でもある。そんな先生は僕の嘘を疑うことなく信じ、許してくれる。まさに模範のような先生だが、今回はその優しさを利用させてもらうことにしよう。
駆け足でトイレに向かった僕は、周りに誰もいないことを確認し再びA組の教室へ向かった。
お察しの通り、僕は朝礼を合法的にサボりA組の点呼を盗み聞きすることを選んだのだ。
右耳をそっとドアに近づけ、文字通り聞き耳を立てながら思考をフルに回転させた。中の様子を見たくてやまやまだが、唯一ドアについている窓は擦りガラスになっていて、覗き見防止の役割を担っているため、自分の耳と音が頼りとなる。
僕は今までの流れの中で一つの考察を立てていた。
おそらくだが。
彼女は転校したんじゃないかと考えている。今回の問題で必ず抑えなきゃいけない点が三つある。
・なぜ彼女の席が消えているのか。
・なぜ連絡が返ってこないのか。
・なぜ彼女の話を誰もしないのか。
この三つだ。
一つ目に挙げた、なぜ彼女の席が消えているのかだが。
席がなくなるということは、普通に学校生活を送っていれば、『まず』ないことだ。唯一あるとしたらいじめだが、彼女のような優等生で人気者がいじめを受けているとは極めて考えにくい。
二つ目の返信が返ってこない理由だが、これは簡単だ。
忙しくて返信ができなかった。これしかない。
基本的に僕と彼女のsnsを使ったやりとりは日を挟んでも会話が終わらず、長文でやりとりしあっている。僕のように常に暇で、やることがなければ返信に時間はかからないが、彼女は違う。
前にも一度、用事が重なりすぎて一週間以上返信が来なかったことがある。今回もそれと同様と見なすことができる。
そして、三つ目彼女の話をしない理由。美人で、みんなから尊敬されている彼女の話題性は絶大で、夏休み前から一日に一回は彼女に関する話を耳にしていた。しかし、長かった夏休みも明け、彼女が休暇中あんなにも忙しく学校仕事を手伝っていたのに話題にならないのは少し不可解だ。
そこで、この三つをうまくまとめてしまうのが、転校だ。
席が消えている。転校していれば、彼女がいた席が撤去されていてもおかしくは無い。
返信が返ってこない理由。転校それか引っ越したのかもしれないが、その準備で忙しく長文を返信するのが面倒くさかった。または、そんなことをしている暇はなかった。
みんなが花園零花の話をしない。なんらかの形でA組だけには先に彼女が転校したことを知らされていて今日まで他言無用を貫いているから、もしくは、気まずくて話せないかのどちらかだろう。
もし。もし、彼女が転校したのなら、この朝礼の時間に担任の暗黒教師が、花園についての話題に触れるはず。
いくらやる気がない先生だったとしてもクラスメートの転校については触れざるおえない。
僕は暗黒教師の口から零花についての話が出るのを、ドアに張りつきながら待った。
「みんな静かに。出席とるからそこの男子達、自分の席に戻りなさい。」
「はーい。」
「さて!気を取り直して。みなさん夏休みは満喫できましたか?・・・色々な表情がみなさんの顔に出てますね。久しぶりにクラスのみんなと会えて先生すごく嬉しいです!早速出席をとりましょう!夏休み明け初回ですから大きな声で返事してくださいね!」
なんだろうこの小学校教師のような喋り方は。
僕の中での暗黒教師の印象は、表情が固く、声にハリがない、いつでも正論しか言わない、空気が読めなそうな先生だと思っていたのだが。どうやら大きな誤解をしていたらしい。廊下にも聞こえてしまうほどの大きな声で、直接見てなくとも分かってしまうほど柔らかそうな声と表情が出るとは思ってなかった。
いいかげんこの偏見癖をなんとかしないと。
だけど。しかし。暗黒教師は一切零花についての話をすることもなく。何事もない顔で、出席を取り始めた。
「一番足立くん。」
「はい!」
声変わり途中の個性豊かな声が教室内に響始めた。
出席をとった後に話すのか?
行動が読めない。
「十番 瀬尾さん。」
「はい。」
「二十番 野田さん。」
「はい!」
花園は二十一番。次だ。僕はより一層聞き耳を立てて、教室のドアに引っ付いた。
「次、二十一番_」
「日川さん。」
「はーい。」
・・・ん?
「二十二番 穂高くん。」
「はい。」
は?
「二十三番 真宵君。」
「はい!」
ちょ、ちょっと待て。
「二十四番 味噌炉技さん。」
「はい。」
一旦考えるから少し待ってくれ。
「三十番 八穂さん。」
「はい!」
待ってくれ。なぜ、なぜ・・・出席番号がずれていて、
「うん!三十人全員いるね。欠席も遅刻もなしっと。」
なぜクラスの人数が一人減っている?
「さあみんな今日も頑張っていこ〜う。」
頑張っていこうじゃない!なぜ、なんで、誰も気づかない。これじゃあまるで_
彼女の存在自体が消えている。
この際彼女の話題が出るか出ないかはどっちだっていい。問題はそこじゃなくて、そこじゃなくて_
たとえ転校したとしても出席番号はすぐには変わらない。
名簿から名前が消えることは学年が上がるまでないし、出席番号は一つ飛ばして読まれるはず。
なのに。
暗黒教師は何一つ躊躇せず出席をとった。
そんなの、おかしい。おかしいだろ!転校じゃなきゃなんなんだよ!それ以外にありえるとしたら_ありえるとしたら。
彼女の存在が消えたとしか考えられないじゃないか。
どうなってる。何が。どうして。どうなった。
周りの景色すらわからないほど僕の視界は揺らいで、ぼやけて、ピントが合わない。
謎の震えと吐き気が僕に襲いかかってくる。
「気持ち悪い。」
僕は手を口に当てながら、A組のドアの前で伏した。
薄れゆく視界、遠ざかる聴覚。
最後の力を振り絞って思考を凝らす。
「____。」
花園零花の出席番号は二十一番。なのに、出席番号二十一番は違う人の名前が呼ばれた。
「___神。」
たとえ、彼女が転校しても、すぐには出席番号が変動することはない。
「__狐神。」
じゃあなんだ?なんなんだ?彼女は異世界にでも転送されたのか?いなくなったのか?
「__御狐神。」
まだ。まだ一つ確かめる方法がある。それは___
「御狐神!!!大丈夫か?」
それは、第三者に問えばいい。
「おい!御狐神!聞こえてるか?返事をしろ!」
この優しく包容力のある声は、ああ。松任谷先生だ。今僕は彼の大きな腕に抱えられているのか。
「せん、せい、、、」
「大丈夫か?俺がわかるか?待ってろ。今すぐ保健室連れてくからな!」
「先生、ひ、一つ質問があります。」
詰まりながら。
息切れしながら。
弱った声で僕は問う。
「なんだ?今じゃなきゃダメか?顔が真っ青だ。早く保健室に__」
「先生。A組の花園零花知ってます、よね?」
「___。」
「聞いてください。僕、零花に告白したんですよ。あの零花に好きだって言えたんですよ。その告白の答えがついに今日返ってくるんです。」
「おい御狐神___。」
「まだ話は終わってません。」
顔の表面に水が流れる感触。
まるで目から顎にかけて小川が流れているように。
僕は泣いていた。
この時。
きっと僕はわかっていた。
聞く必要なんてなかった。零花の居場所を。察していた。
「きっと。きっと僕はフラれます。でも、いいんですそれでも。僕は彼女を好きだから。」
「____。」
「でも、フラれたらやっぱり悲しいので_。慰めてくださいね。」
「____。」
「なんで、そんな顔してるんです_か?」
「御狐神。___」
「もちろん覚えてますよね?先生は自分の持つクラスの生徒の名前は全員覚えていると、この前おっしゃってましたもん、ね?」
「御狐神。」
「先生。冗談ですよね?なんですかその顔。覚えてないんですか?わからないんですか!花園ですよ!花園零花!図書委員会と理科係を掛け持ちしていた子ですよ!」
「御狐神!」
「___。」
「そんなやつこの学校にはいない。」
終
今回の一言
「終わりへ。」