六章 俺の中の君が死んだ。
なるべく一目でわかりやすいように、()で誰が発言したかを明記させていただいてます。
書き方を六章から、少し変えさせていただいてます。
六章 俺の中の君が死んだ。
「じゃあ、行って来ます。」(雪村)
綺麗に磨かれた大きめの皮靴と少し汚れたスニーカーが、きちんと揃った玄関で、俺は靴ひもを結びながら言った。
「もう時間か。春と言ってもまだ寒いから気をつけて行けよ。」(父)
「ああ。」(雪村)
俺は薄めのコートを持って、父と住んでいる家を出た。
1年前まで俺が通っていた中学の前を通り過ぎて、この街最大の病院の3階に向かった。
途中、大通りに出たところで、何人か見たことのある同級生がいたが、俺に気づくこともなく素通りして行った。
病院の階段を上がった3階。その突き当たりにある病室に彼女はいる。
静かな廊下。俺の足音だけが鳴り響く。
俺は病室の前に立つと、部屋番号と名前を確認する。
『310号室 花園零花様』
俺が知っている女性の名前と一致していることを確認し、ドアをノックする。
「はい。」(零花)
冷気をまとった声がドア一枚越しに聞こえた。
「開けるぞ。」(雪村)
俺はドアをゆっくりと開らき、中へ入る。
「やあ。おはよう。」(雪村)
返事は返ってこない。
「花買ってきたぞ。ここに飾っとくな。」(雪村)
「ええ。(零花)
やっと口を開いても彼女はずっと、空しか映っていない窓の方を向いている。
もう一年経ってしまった。
俺が同じ花を買い続け、週に一度、決まった曜日に足を運び続けてから。
一年前のあの日、俺も彼女も全てが変わっていった。
健康で、容姿端麗だった零花は、今にでも折れてしまいそうな花のように痩せほそり、笑顔が綺麗だった顔からは覇気が消え、声色は冷たく、青い声になり、まるで別人のようになってしまった。
「その花はなんていう花なの?」(零花)
花を花瓶に移している俺の方を向かって冷たい声が飛んできた。
「マーガレット。」(雪村)
俺は一切動きを止めることなく、手早く花瓶に飾りつけた。
「そう。」(零花)
俺は窓側に花瓶をおき、彼女のベットの近くにあるパイプ椅子に座った。
彼女はベットに寝たまま俺をじっと見つめる。
「今日は何日?」(零花)
「今日は四月二十七日。」(雪村)
「私は今何歳?」(零花)
「16歳。」(雪村)
「あなたは?」(零花)
「同じ16歳。高2だよ。」(雪村)
質問がくると、俺は5秒もたたないうちに返答する。
彼女は毎週同じ質問を俺にする。
持ってくる花の名前、今日は何日か、俺たちは今何歳なのか、そして、、、
「あなたは、誰なの?」(零花)
俺は誰なのかを。
「俺の名前は御狐神雪村。お前と同じ高2だ。よろしく頼む。」(雪村)
彼女は特に表情を変えるわけでも、笑顔を向けるわけでもなく、真顔で、
「そう。よろしく。」(零花)
と、俺を見て言った。
「じゃあそろそろ失礼するよ。」(雪村)
しばらくの沈黙の後、彼女から目を逸らして言った。
「ええ、また機会があれば。」(零花)
もし前のままの零花だったら、もう行くの?もうちょっと話そうよ?と言ってくれるだろう。
今はそんな反応なんか来ない。
ただ単に冷めたい声で、別にお前に興味はないと言いたげな、答えが返ってくるだけ。
帰る準備を終え、病室のドアノブに手を伸ばした時あの言葉が飛んでくる。
「懐かしいな、、、もう一回会えないかな、、、」
また、窓を眺めながら、ぼそっとつぶやく彼女の目が淡く光る。
「誰に会いたいの?」
「小さい頃憧れだった男の子。」
彼女の声色は俺と話す時よりも明るくなっていた。
「・・・会えるといいね。じゃあ。」
俺は、彼女がまだボソボソつぶやいてるのを知っていたが、彼女の方を振り返らずに病室を出た。
これが今の俺らだ。
毎週同じ疑問が来て、同じ返答をして、同じ表情をして、同じ時間に病室を出る。
もう一年この状態が続いている。
既視感とか、そんな次元のものじゃない。毎日同じなのだから面白いことも何もない。
僕の中の零花が死んだ時。何もかも消えた。
自分の中身が空っぽってことを思い知らされた。
今花園は生きている。こうしてベットに住み着いてでも生きている。
でも、俺の中では死んでいる。
誰も覚えてなくても。
彼女の記憶になくても。
俺は彼女を知っていて、彼女は俺のことを知っているはずなんだ。
でも彼女は、、、零花は覚えていない。
俺が恋心を抱いていた零花を誰も覚えてない。
たくさんの言葉が俺の思考を掻き回す。
「僕はまだ!君が!・・・」(???)
「知らないことを知りたかっただけなんだろ。君は零花の何を知っているんだ?」(???)
「花園さんが、、、零花さんが、こうなることは分かっていたんだ、、、」(???)
「何を言ってるんだよ、、、父さん、、、」(???)
「何もかもが狂ったんだよ雪。」(???)
「待ってくれ凪!」(???)
「君は・・・」(???)
うるさい
「君は、何を・・・」(???)
うるさい!
「君は、私の何を知っていたの?」(???)
違う!
違う。俺のせいじゃない。
「何も知らなかったじゃない。」(???)
「俺のせいじゃ、、」(???)
「君のせいだよ。」(???)
「違t、、、」(???)
「お前のせいだ。」(???)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うるせえよ!!!!!
心の中での叫びが、回想から俺を我に返した。
まだ4月に入ったばかりなのに、俺の服は汗だくになっていた。
気づけばただ一人、車が盛んに通る道から離れた脇道を歩いていた。
「う、、、」(雪村)
突如凄まじい吐き気に襲われた。
「吐きそうだ、、、」(雪村)
俺は手で口を覆いながら小走りで自分の家に急いだ。
また吐いた。
トイレに伏すような形で吐いた。
朝食に胃の中に入ってきたもの全てが放出されたような気がした。
ここ最近、吐き気が頻繁に訪れる状態が続き、一向に治る傾向がない。
「気持ち悪い、、、」(雪村)
俺は千鳥足になり、腹と口に不規則に手を当てながら自室のベットに身を投げた。
今は高2の春休みだからいいのだが、春休みが明け、学校が始まったら授業中に吐き気が訪れないか、心配になる。
原因はわかっている。
あのことを思い返すこと。
何度思い返しても、何も変わることはない。
ずっと自分の頭の中に張り付いて離れない。
誰もいない、暗闇の中で、必死に誰かを探している。
俺が、、、
僕が、、、
みんなを殺したんだから。
六章終
今回の雪村の一言
「もう何もかも嫌になる、、、」
作者からのコメント
「一人称の違いに気づいていただける方いらっしゃるかな、、、」
「ツイッターに挿絵あります!ぜひ!」