八章 んなもんない。
文法練習中です。
・・・1110・・・
すっかり日も傾き、もう少しで太陽が地平線の向こうに隠れてしまいそう。
そんな謎の興奮と若干の焦りを感じる、この時間。
私は、『誰もいるはずがない』 2ーDの教室に向かっていた。
わざとらしくローファーの踵を地面に叩きつけ、今にでも某有名なメルヘン少女になれるんじゃないか、というぐらい軽やかな足取りで夕日が差し込む廊下を歩く。
「2-A、2-B、2-C、2-D…」
目的の教室に着くと、私は静かに、尚且つゆっくりとドアを開けた。ちなみにスライド式のドア。
あ!そうそう!さっき私は、『誰もいるはずがない』と言っていたけど、あれはあくまで私の主観的推測、予想だっただけで、実際は一人だけ教室に残っていたの。
残念。予想が外れちゃったわ。
もう!私のお馬鹿さん!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙という名の間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ドアを開けてから二分ほど経ったのに、それなのに、私は一言も言葉を発さず。
彼もまた窓側の席にぽつりと座り、ただずっと窓の向こうを眺めるだけで、私がオープン・ザ・ドアをしても一切気にする様子がなかった。
よし。やるわよ。私。
いつも通り。
そう。いつも通りに作ればいいのよ。小春。
「あっれれー!?そこにいるのは御狐神くんじゃない?」
「・・・・」
無言。
「いるなら言ってよー!びっくりしちゃったじゃない!」
「・・・・」
彼は無言。
黒く、地味に綺麗な瞳には、夕焼けの空が反射している。
一方の私はというと、無理やり作った笑顔と、周りから『天然』という概念を連想させるために、いや、見せるために。
わざと甲高い声を作り可愛らしいと感じさせるための仕草をする。主観的に見ると、実にアホらしい行動。
でも私は、この馬鹿らしい行動をここでしなくてはならない。
それが義務だから。疲れるけど。すっごい疲れるけど。
繕わなければならない。
「あー!聞こえてるのに無視してるんじゃない?!悲しいなー。小春悲しい。」
まるでぶりっ子になるのを強要されているアイドルのように、私は彼に人差し指をふりふりしながらウインクをする。
「あはは….」
「・・・・」
・・・11101618・・・
もういい。
この男には私がどんなに可愛く、好意的に接しても、あの話を出さないと振り向きもしないことは、とっくのとうにわかってる。
あの心から顔まで、全て作り出した花のように綺麗で、天然ぶる必要もない。こんな萎れた花のような私と正反対な彼女しか興味のないあいつには。
でも残念ね。私が今日あなたに会いに来たのは、別の理由があるわ。
「さっきさ。『私教室に誰もいないと思ってた!』なんて言ってたでしょ?でもさ考えてみて?私がそんなしょうもないヘマ… 私がするわけないじゃない。」
彼はまだ窓の外をぼーっと眺めている。
ドアのサッシに立つ私になんか目もくれずに
「・・・・」
「私は!あんたに!用があんだよ!!!!!」
・・・11101628・・・
大太鼓のような音が私と彼の鼓膜を揺らした。
いや、その、自分の声が楽器のような声ではなく、紛れもない。
ドアが閉まった音。
このドアに人の感情、もしくはドアを中心に、主観的に、この場の状況を表すなら、乱暴に扱われたことを、この学校全体に知らしめる。そんなように、鈍く・耳障りな音を響かせた。
今日。
今。
現在。
私がこの前髪長すぎ塞ぎ込み男の前にいることが、今ここにいる理由であり、私の目的の全て。
え?
さっきまであんなにぶりっこしてたのに、イッタイゼンタイどこに行っちゃったのかって?
んなもんねえよ!
_ゴホン。
ここまでの会話でなんとなく察してくれた人もいると思うけど。というかバレてるだろうけど。
この際全部言っちゃいましょ。
まだ自己紹介という自己紹介もしてなかったし。ちょうどいいわ。
自分語りでもしましょうか。
・・・1110????・・・
私の名前は、小野寺小春。14歳。中二。
性別、女性。
誕生日は、八月三十一日。
バリバリ夏に生まれたのに、なんで春が入ってる名前にしたのかはよく知らないのだけれど、この名前は結構気に入っている。
さてと。
序盤でわかった人もいるかなと思うけど。
私は二つの顔を持っている。
一つは学校や、その他の場所で見せる顔。一般的に、『ぶりっ子キャラ』と呼ばれるのかしら。
可愛げのある言葉や、校則に引っかからない程度で男子ウケのいい化粧をし、いつもは低い声色を、イメージ的にはそうね。2オクターブ上げる感覚かしら。
そんな下準備を重ねに重ねた状態が、一人目の私。
二つ目は___
もう言わなくてもわかるかもしれないけれど、暴走した私。
これについては説明不要ね。単純に、一つ目の性格と裏腹に。もしくはインバース。
基本的に学校にいる時は一つ目のぶりっ子モード。
そうね。
かわいいの頭文字をとって『KIモード』と名付けようかな。命名だね。
そんな男の子からも女の子からも、モテモテの小春ちゃん。
まんまとぶりっ子に釣られるアホな男の子と、そんな男の子達と関わりたいがために私に寄ってくる発情期のハエみたいな女の子達に囲まれて、学校の人気者の立ち位置をキープしている。
だがそんな私も、『裏』がある。
家に帰ればその姿変わりし。さっきまで広角が上がりに上がっていた口は、一つの平行線を描き。
キラキラと、星のように光っていた黒目には冷たい青色を灯し。自室に入ればカバンを放り投げ。
家で一人吠える。発狂する。
簡単に言えば、ただの荒くれ。いや、狂ってる。
狂人。
学校ではこのインバースを押さえ込みすぎて、その反動が学校以外の場所で出る。
『KIモード』は外面だけで、繕っているだけ。
しかし、これを聞いている読者の皆さんは、一つ疑問に思ったのではないでしょうか?
なぜ、御狐神雪村の前ではインバース(この呼び方気に入ったわ)を出せるのか。
まあそれはまた今度話すけど、一つ言わせてもらうと。
始業式の日色々あったのよ。
_話がずれたわ。
本題のなんで私がこの場にいるのかを言ってなかったわね。
・・・11101640・・・
私は。
こいつに。
この男に伝えなければならないことがある。
私は全ての真相を知っている。今こいつが口数が少ない理由も、この街で起こっていることも。何もかも。
・・・いや、なんでもは知らないわ。聞かされただけ。
あの男。
無駄に顔立ちが綺麗で、女とばっか遊んでそうな見た目してるくせに、意外とそういうところは教養ある。(あ、一応わかりずらいから言っておくけど、この男って言ってる方が御狐神だから。そこんとこよろしく。)
あの男。
あの男のせい。
あの男が私なんかに何もかも押し付けるから。『基盤』とか『被検体』だとか_意味のわからない話するから。
・・・ダメ。
これ以上考えても何も変わらないじゃない。
私はこいつとなるべく話したくない。ないけど。でも…
あーもう!
もーーー!
「もう!ムカつく!」
地団駄を踏みながら、流れるように椅子を蹴りあげ、続け様に机も蹴り倒す。
「ムカつく!ムカつく!ムカつく!」
「・・・・」
いつの間にか、私の前に立つ前髪が無駄に長いこの男は、刺すような視線を私に向けながら顎に手をついていた。
本当に…ムカつく。
でも。
でも私は。
あの男に言われたことを伝えなければ。
この…この。御狐神雪村というどうしようもない男に。
そして_
あの男の__早乙女凪の。はなむけのために、私は行動で示さないといけない。
「・・・・スウー。ハー。」
私はゆっくりと、わざとらしく深呼吸をした。こっちを睨み続けるこいつに、見せつけるように。
「ねえあんた。」
「・・・何?」
「話したいことあんだけど。」
「なんだよ。」
謎の気まずさのせいか、発せられた言葉はお互い短かった。
「早乙女凪のことなんだけど_」
「・・・ッ!」
「な、何よ。そんな目を見開いて。」
「会ったのか?あいつに。」
「会ったわよ。」
・・・・・11101700・・・・・・
「ど、どこでだ?いつ?どこで?なんの話をしたんだ!」
まるで車にエンジンがかかったみたいに。彼の口回りは早くなっていく。
「え?ちょ、待ってよ!急にそんなに聞かれてm_」
「生きてるのか?あいつは生きてるんだよな?!どこにいるか知ってるんだろ?教えてくれ!あいつもう夏休み明けから消息不明なんだ!」
「ちょ、肩、掴むな_」
「零花も、凪も、みんないなくなる。どこにいるかわからないんだ。連絡しても返信は来ないし、町中探し回ってもいない。もう、八方塞がりなんだよ!」
そう言い切ると、私の肩を支えにしながら床に倒れ込んだ。泣いているのか、教室の木製床の色が変色している。
「教えてくれよ…頼む。」
「だから。それを教えにきたんだっつーの。」
啜り泣きをし、無様に倒れ込む雪村を見下ろした後、私は彼に告げた。
「早乙女凪から言葉を預かっているわ。・・・後_」
わざと。そう。わざと言葉を切った。私には関係ないけど。本当に関係ないけど。彼にとっては、とても。
「彼は_」
とても大事なこと。
「彼は。もう戻って来ないわ。」
この後、彼がどれほどひどいひどい表情を浮かべていたか。
それは私しか知ることはないだろう。
・・・11101730・・・
終
今回の一言
小野寺小春より。
「数字には何か意味があるから。わかった人は少し賢いのかしらね。」