09話 戦乙女出陣
それと同時刻……都市の内部をぶらぶらし続け、ちょっとした注目すら集めていた謎の美女は、とある武器屋へと足を運ぶ。
「失礼する。ちょっと手に取らせてもらうぞ」
遠巻きにこちらを見ている者たちの視線を全く気にすることもなく、女性は何やら店内の武器を見定め始めた。
「ハハハ、お嬢さんみたいな美人に手に取ってもらえるなんて、うちの武器にも箔が付くな。だが、お嬢さんに武器が必要とは思えんなぁ」
店主の男が笑って対応すると、女性は真剣な目で武器を手に取りながらも返答して見せた。
「いや、そうでもないぞ。特に、今この時からは……」
「……どういう意味だい?」
「これから大変な事になりそうだ。武器があってどうにか出来る問題でもないだろうが、それでも丸腰よりはマシだ。せめて、戦える力を持った者にはなるべく多く貸してやった方が良い」
「???」
店主が首を傾げている間に、女性は長剣を二本腰に縛り付け、矢筒と弓を肩に担ぎ、そして長槍を手に取っていた。
「という事だから、こちらをしばらく借りるぞ。ふむ、恐らく使い潰すだろうから……事が終わり次第、金は払うとしよう」
「ちょ、ちょっとお嬢さん!」
その時、街の入り口付近でドォンという派手な爆発音が響いた。
「では、行くか」
矢筒から一本矢を取り出すと、それを口に咥え、そのまま一気に走りだした。
その華奢な身体からは考えられない程の猛スピードで通りを疾走し、民家の壁を駆け上がって屋根の上へと立つ。
そこからは、城壁の東門部分がよく見える。門が見事に破壊され、まるで巨大なトカゲのような魔獣の群れが、内部への侵入を開始した所であった。
「ふむ、予感が当たったか」
女性はまず手にしていた槍を屋根に突き刺すと、肩にかけていた弓を取り出す。咥えていた矢を番えると、まるで狙いを定めていないかのようなスピードで矢を放ったのだ。
その矢は、500メートルは離れているだろう距離を真っすぐに進み、今まさに住民を押し倒したままその頭をかぶりつこうとしていたトカゲの頭部を射抜いて見せた。
続いて三発の矢を放つと、弓矢をその場から放り投げ、屋根に刺していた槍を手に取って駆け出した。
屋根から通りに降り立ち、槍を水平に構えたまま突進―――そのまま、蹂躙を開始していたトカゲの一体を串刺しにする。それでも、その猛進は止まらず、串刺しにしたままさらにスピードを上げ、追加でもう一体、更にもう一体と……合計三体を連続で貫き、その勢いのままに槍を放り投げる。
まとめて貫かれたトカゲたちはそのまま街を取り囲む壁へと突き立てられた。
そこにきて女性は周囲の様子を見渡して確認する。
既に入り口付近は魔獣によって蹂躙されたのか、かなりの被害が出ていた。実際、多くの人間が襲われたのだろう。そこらへんにトカゲたちが食い散らかした骨や肉片が散らばっている。
普通の人間ならば思わず目を背けたくなる光景であるが、女性は特に感情を見せるでもなく、視線を破壊された東門へ向ける。
「ふむ、結界の術式を破壊されたか。という事は、それなりの実力の魔術師がこれを操っていると考えられる」
見れば、同じ魔獣であっても体格差が異なっている。さっき連続して倒したのは、大体2メートル程度だったが、個体によっては5メートルを超える巨体を持つものもいる。
その数にして、およそ50体。
街の外にはもっといる可能性もあるか。
「ギャアァァァッ!!」
悲鳴が轟き、視界の端に剣を振るって戦っている兵士が、肩口をがっちりとトカゲ魔獣に噛みつかれている光景が入って来た。
兵士は必死に抵抗しているが、このままだと肩をかみ砕かれ、そのまま頭から丸呑みにされてしまうだろう。
女性は何気なく足元に転がっていたナイフをトンと蹴り上げ、宙に浮いたそのナイフを回し蹴りの形で蹴り飛ばしたのだった。
そんな狙いも定めていないような投擲にもかかわらず、ナイフは見事にトカゲ魔獣の脳天へと突き刺さる。
今の今まで自分を食おうとしていた魔獣が、突然ぐったりと力を失って倒れ伏したのだ。事態についていけないが、自らも力が抜けてそのままへたり込んでしまった。
そんな衛兵へと女性は声を掛ける。
「おい、意識はしっかり保っているか?」
「は……は、はい……」
今の今まで食われる直前だったのだ、しばらく呆けていても仕方ない事であるが、女性はそれを許さなかった。
「残っている衛兵をかき集めろ。そして、冒険者ギルドにも声を掛けろ。すぐに対処しないと、この街が滅ぶぞ」
「え……でも……」
「しばらくは私が対処するが、いかんせん数が多い。早く強い者を集めなければ、人は食われるし、敵は強くなる一方だ」
そう、恐らくこの魔獣は食った相手の恐怖心や憎悪の感情でその身を強化する。つまり、襲われる者が増すごとに、敵も強大になるという事だ。
「しかし、貴女が……対処?」
「まぁ少しブランクはあるが、なんとかなるだろう。ともかく、私がバテないうちに援軍を頼むぞ」
そう言うと女性は腰に差した二本の剣を抜き放ち、再び住民を襲おうとしているトカゲ魔獣へと肉薄する。
女性は独楽のように回転すると、巨大なトカゲは瞬時にバラバラとなって足元へと落ちた。
その様子に特に感慨にふける様子もなく、また次の魔獣へと向かっていく。
あの……恐ろしく強い剣技に、黒い長髪をなびかせて戦う姿……それに兵士は心当たりがあった。
当然、実際に見たことはないが、伝説として語り継がれている。
かつて、ドラゴンすら退治したという伝説の女性騎士。
「……戦乙女ヴェルダンディ様」
◆◆◆
「コ、コール? どうしたというのだ?」
視線をあらぬ方向へ向けたまま、険しい目つきをしているコールを見て、今まで少し離れた場所から見ていたキーラは尋ねた。
「……マズい状況になりました。ですので、少々急がせてもらいます」
気づけば、既にコールに向かっていくクリスタルドラゴンの数は、一桁台にまで減っていた。
勿論、この階層のクリスタルドラゴン全てを殺したわけでもない。コールと自分たちの実力差に気付き、怯えた他のクリスタルドラゴンたちは、そのままダンジョンの隅へと散ってしまった。
こうして立ち向かってくるのは、怒りと憎しみで我を忘れた個体のみだ。
大体の間引きは済んだと判断し、コールは残りのクリスタルドラゴンたちを一箇所へ集めるべく誘導する。
そして、一定の範囲内に集まったところで、地面へと手を置いた。
今までに無かったコールの行動に他三人が訝し気に見ていると……その手を中心として巨大な魔法陣が大地に出現する。
その出現した魔法陣は、コールの中心からクリスタルドラゴンたちの中心へと移動する。
チリチリと空気の焦げるような匂いが周囲に漂ったと思うと、その陣から巨大な炎の柱が天に向かって放出された。
結果として、闘争本能に満たされたクリスタルドラゴンの群れは、全てその炎の柱によって焼き払われた。終わってみれば、実にあっさりとした幕引きとなった。
「コール、凄かったが……大丈夫なのか、それは……」
コールの右腕からは、シュウシュウと煙が立ち上っている。どう考えても普通の状態ではない。
それに、あれは確かに魔法だった。
コールが今まで魔法を使ったところなど見た事が無い。単純に剣を持ち歩いている事から剣士だと思い込んでいたが、実際は魔法も使える剣士だったという事なのか……。
それにしても、あの魔法の規模はちょっと魔法が使えるというレベルではない。一体この男、どこまで力を持っているというのか……。
だがコールは何も言わずに、地面にへたり込んだままのキーラを抱きかかえたのだ。
「いや、その……心の準備が……」
「口を閉じてください」
「と、閉じるのだな? よし、分かった。……ん、口?」
そこは目ではないのか? と、疑問を口にしようとした所、キーラは言葉を話す事は不可能となった。
キーラを抱えたコールの姿は掻き消え、次の瞬間には二人の身体はルーティとランファの元へと現れたのだった。
その瞬間移動かと錯覚するほどの超スピードを体感し、キーラは思わず青い顔となった。
「コ、コール……今回は、ごめんな―――」
コールがこちらにやって来た事で、この戦いが本当に終わったのだと実感した。ルーティは泣きそうな顔で謝ろうとしたが、コールはそれを遮る。
「悪いですが、依頼は一時中断します。それと、お二人にも少しの間不自由を味合わせますよ」
「「へ?」」
二人が戸惑っているうちに、コールは強引に三人の身体を抱きかかえてしまう。
「コ、コール、いきなり何を!」
抱きかかえられるという行為自体は悪くないが、三人一緒というのが気に入らない。
唯一豊満な肉体を持つランファは、チャンスがあれば身体を押し付けてリードを図りたいと考えていたが、この状態ではどうしようもない。
「三人とも喋らないでください。……舌を噛みます」
コールは床を蹴ると、そのまま大地を疾走した。
戦闘時と同様の超スピードによる移動だ。三人の女性をその手に抱えているというのに、並の人間では目に捉える事すら出来ないだろう。
地下70階から65階のポータルへ、さらにそこから地上へ―――ここまで来るのに半日ほどかかった工程を、ものの5分程度で終わらせてしまったのだった。
……が、その負担は、コール以外の人間には厳しいものであった。
三人、特にルーティは蹲ったままゲホゲホと激しくせき込んでいる。
「ここまでの強行軍に付き合わせて申し訳ありませんでした。現在、我々の住む街が魔獣に襲われているようです。しかも、並大抵の敵ではないようなので、街に常駐している衛兵では太刀打ち出来ないと思われます。ですので、これから僕が向かいます」
「向かいますって……ええと、此処から?」
ランファの疑問は理解出来る。
ここまでは、馬車に乗っておよそ3時間の距離である。
まさか、それを走って向かうというのか?
「詳しく話している暇はありません。今回の依頼については、落ち着いてからまた後日という事で……では―――」
バシュンという音を立てて、コールの姿は掻き消えた。
地下からここまで戻る際に披露したように、超スピードによる移動で消えたのだろう。
あの移動ならば確かに想像よりも早く街にたどり着けるかもしれない。だが、常時あのスピードで走るというのは、相当な負担になるのではないだろうか?
とは言え、この状況では三人に出来る事は何もない。
どうしてが襲われていることを知る事が出来たのか……とか、あの魔法のように見えた力は何なのか……とか、色々と聞きたいことはあったが、口にすることは不可能だった。
その理由は三人とも一緒。今、口を開くと大変な事になるからだ。
三人はそれぞれ軽く息を吐くと、互いに顔を見合わせた。
「「「……うぷ」」」
そして、それぞれ口に手を当てて、三方向へ散って行くのだった。
この様子をコールに見られまいと我慢した根性は流石と言えるかもしれない。
次回は、25日中に投稿出来れば……と思っています。




