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08話 侵攻開始




「いやあぁぁぁっ! お父様、コール、助けてぇぇぇっ!!」


 その悲鳴に興奮したのか、ドラゴンたちは牙を剥き出しにして、ルーティに対して威嚇を始めた。

 いくら気性の穏やかなクリスタルドラゴンと言えど、このままではルーティに対して牙を剥くのは時間の問題と言えた。

 そして、その牙がルーティを捉えようとしたその時―――


 キィンという金属音が響き渡る。

 クリスタルドラゴンの牙は、振り払われた銀の一閃によって、弾かれたのだ。


「え……コール!?」


 突如として現れた救いの手に期待して顔を上げるが、残念な事にそこに居たのは彼女の想い人ではなかった。


 剣を払ったのは、必死な形相で目の前のドラゴンと対峙するキーラである。


「え、キーラ? なんで……」

「これでも、護衛の身なのでな……それにしても、コールの行動に気を取られて、貴殿が居なくなったことにすぐ気付けなかった。……不覚」

「だ、駄目よキーラ。アンタじゃこいつらには敵わない。コール! コール早く来て!!」


 また喚きだしたルーティを見て、キーラはチッと舌打ちし、急いでその身体を掴んで自らの胸元に顔を押し付ける。

 突然のことに驚いて暴れるルーティであるが、キーラは切羽詰まった声で諭した。


「いいから騒ぐな。騒げば、他のドラゴンの注意がこちらへ向く」


 キーラの心臓の高鳴る音が、ルーティの耳に聞こえてきた。

 ドクンドクンドクン……心拍数が高い。


「いいか、私がこのドラゴンの注意を引く。その隙に、ランファのいるダンジョン出口へと駆けろ」

「で、でも……」

「私とて、好き好んでこんな役目を受けたいわけではない。だが……それでも、私は貴殿の護衛なのでな」

「キーラ……」

「行け!!」


 その言葉と共に、キーラはルーティを突き飛ばした。

 ルーティは、よろめきながらも立ち直り、泣きそうな顔で一瞬こちらを振り返った後、そのまま出口へ向けて駆け出した。


 そしてキーラは剣を正眼に構え、対峙するドラゴンを改めて観察する。

 ドラゴンもすっかり臨戦態勢に入っているのか、牙を剥き出しにしてこちらを威嚇している。

 何かきっかけがあれば、即座に襲い掛かってくるだろう。


「ハッ、最後の相手がドラゴンとは……それもまた良し!!」


 正確には、ドラゴンの亜種であるのだが、それでもキーラが戦ってきた魔獣の中では断トツに強い存在だ。

 一対一だとしたら、少しは勝機があるかもしれない。……だが、自らを取り囲む3体のクリスタルドラゴンを確認して、その機は失せただろう。

 本格的な戦いが始まれば、もっと多くのドラゴンが集まってくる。となると、まず生きては帰れない。


(……あぁ、こんな事ならば、しっかりと伝えておくべきだった)


 とまぁ、多少自分に襲い掛かった悲劇に酔っていた部分があったのだろう。

 彼女としても、すっかり忘れていた事がある。


 彼女の……いや、彼女たちの想い人は、割とすぐ近くに居るという事を……


 一体のクリスタルドラゴンが、大口を開けてキーラへと噛みつこうと飛び掛かったその瞬間、動きはまるで一時停止でもしたかのようにピタリと止まった。やがて、ドラゴンの首がズルズルとずれ、そのままストンと大地へと落ちた。


 何が起こったのか察したキーラが視線を横に向けると、そこには彼女がずっと待っていた存在が立っていたのだった。


「……コール」


 その姿を目にとめ、思わず足の力が抜けそうになるが、まだ戦闘の真っ最中である事を思い出し、背筋を伸ばした。

 そうだそうだ。まだ終わっていない!


「すみませんキーラ殿。僕がもっとしっかり忠告しておくべきでした」

「まあ、気持ちは分からないでもない。あまり怒らないでやってくれ……」


 そんな言葉を吐けるのも、ちょっとした余裕が出来たからだろう。そして心の中で、これで一歩リードだとほくそ笑む。


「そうですね。それはランファさんに任せましょう」


 コールは、仲間の一体が殺された事でより興奮したクリスタルドラゴンたちを眺め、軽く息を吐く。


「さて、こうなった以上……少々暴れさせてもらいます」




◆◆◆




「ランファ! コールよ! コールがやっと来てくれたわ! これでキーラもみんな無事に帰れるわ!」


 嬉しそうにはしゃぐ彼女を見て、ランファは「はぁ」と溜息を吐く。

 そして、つかつかと彼女の傍に立ち、


「失礼します」


 と言って、ルーティの頬をぺちんと叩いた。

 叩かれた等の本人は、痛みよりも困惑した様子でランファを見上げるのだった。


「自分が何をやってしまったのか、しっかりとその目で見届けなさい」


 茫然と、機械的にランファの示す方向に目を向けた。

 明確に牙を向けた事で、標的をコールへと切り替えたクリスタルドラゴンたちは、いつの間にか10数体にまで数を増やし、円になるように取り囲んでいた。

 いかにコールが強くとも、この包囲をどうやって潜り抜けるというのか……。


 と思っていたら、コールは突然後ろに向かって飛び、そのまま背後のクリスタルドラゴンの頭部目掛けて肘を打ち込んだのだった。

 まさかの肉弾戦!

 そのまま背中を向けたままクリスタルドラゴンの頭部を掴むと、一本背負いの形でその巨体を前方に放り投げたのだ。

 クリスタルドラゴンたちとしても、よもやそんな方法で戦いを挑んできた者は居なかったのだろう。巨体を投げつけられた方と投げられた方は混乱している様子。

 その隙に混乱したドラゴンたちの中心へと飛び込むと、自らの手刀を水平に円を描くように振るう。すると、5体のクリスタルドラゴンの首は、そのままストンと地へと落ちのだった。

 手刀……まさかの手刀!?

 今までどうやって敵を切り裂いていたのかと思っていたが、腰の剣ではなく手刀だったというのか!


 だが、仲間をまとめて殺され、今度こそ怒り狂ったクリスタルドラゴンたちは、連携も考えずにコールへ向けて飛びかかった。


「!!」


 10数体のドラゴンの群れが、一斉にコールへ襲い掛かる瞬間を目にし、ルーティは思わず目を覆いそうになる。

 しかし、その瞬間……コールの仮面にある瞳部分の装飾が、キラリと光ったような錯覚をした。

 そして……嵐が始まる。


 最初に飛び込んできたクリスタルドラゴンの頭部を、コールは殴りつけたのだ。

 文字で表現すると単純だがその衝撃音たるや、ドゴォンとまるで雷でも落ちたかのような凄まじい音であり、殴りつけられたクリスタルドラゴンは頭部を粉砕され、身体は遥か後方まで吹き飛んでしまった。

 次に、背後から噛みついてきたクリスタルドラゴンの頭部を、裏拳で粉砕。

 更に首を掴んで捻じり切り、腹部を蹴りつけて吹き飛ばし、岩壁に激突させる……傍にいたクリスタルドラゴンの尾を掴み、それをまるで武器のように振り回す……

 正に暴力の嵐だった。


 最初こそ、コールの強さに目を輝かせていたルーティであるが、途中から違和感に気付く。

 今まで、コールはこちらに対して牙を剥いた魔獣しか手にかける事は無かった。

 だというのに、今のコールは目に留まる全てのドラゴンを殺している。それも、必要以上に暴力的な形で……。

 何故? とてもそこまでする必要は無いように思える。


「血の味を覚え、また仲間を殺されたことでクリスタルドラゴンは怒り狂っています。こうした魔獣を放置すると、血を求めて共食いが始まるなりして、ダンジョン内の生態系が乱れてしまいます。ですから、闘争本能に狂った個体は、こうして間引きしなくてはならないのです。いくら魔獣といえど不必要な殺生を嫌うコールにとって、苦渋の決断でしょう」


「そ、そんな……」


 これは、クリスタルドラゴンを含めた一部の魔獣に対する措置である。当然ながら、全部の魔獣に適応するルールではない。

 新人の冒険者たちには、こういったルールを知らない者も多く、しばしばこういったトラブルも起きていた。だから、ルーティが知らないのも無理からぬこととは言え、この場面においては最悪の行動だったと言えよう。


「それに、炎の雫は鉱石の元々の宿主が生きている限り光を灯し続けるものですが、本体である宿主が死ねば、その光は失われます。つまり、これだけのクリスタルドラゴンを殺してしまえば、世界各地に散らばっているいつくつかの炎の雫の光が消えてしまうでしょう」


 では、結果として自分のやってしまった事が、世界各地の炎の雫の価値を奪ってしまったというのか?

 その事実に、ルーティは背筋が冷たくなるのを感じた。



 そして、ふと戦いの最中コールの動きが止まる。

 何もない背後の壁を凝視し、


「これは……まずい事になりました」


 と、呟いたのだった。




◆◆◆




 一方そのころ、コールたちの拠点となる街では、事件が起こっていた。

 いや、起きようとしていた。


 先にも説明した通り、この都市は王都ほど大きくはないが、規模はかなり大きい。都市の周囲には魔獣対策として巨大な城壁が存在しており、その囲いの中で人々は生活していた。

 そして、多くの都市に共通するように、城壁には四つの門が存在する。

 その門の一つ、東門にて事件は起こる。


 門の番をしている男にとって、その日はなんて事のない一日の筈だった。

 門番と言っても、彼のする事は街の中に入ろうとする者の監視だ。魔獣はこの城壁に備え付けられた結界によって、そもそも入る事すら出来ない。

 またこの時期は魔獣が活発に動き回る事もあってか、そもそも街道を行き来する者もそれほど多くない。

 退屈な仕事に、門番が大きく欠伸をしたその時だった。


「失礼いたします」

「!!?」


 門番たる男に突然声が掛かった。欠伸をするほどに完全に気を抜いており、慌てて手にしていた槍を握り直し、視線を前へ向ける。

 視線を向けた先に立っていたのは、豪華なローブを纏った魔術師然とした男であった。


「な、何者だ?」

「いえ、ちょっと門の方を開けてもらえないかなと思いまして」


 声からして男なのは間違いないとして、フードを深く被っていて顔は確認出来ない。

 少なくとも、自分の中の記憶に思い当たる人物は居なかった。


「だったら、身分を証明できるものを掲示しろ。それがないなら、住民の紹介状だ。何もなしに入れるほど、この街は甘くないぞ」

「なるほど、それはさぞかしたくさんの方が住んでいる街なのでしょうねぇ」

「ああ。だから、諦めて帰んな」

「よーく理解しました。ところで門番の方、貴方に耳寄りな話があるのですが……」


 その言葉に、門番の顔色が変わり、にやけた顔つきで頷いた。

 要は、賄賂わいろでこちらを懐柔しようというのだ。

 それならば、話は別となる。正直、ここで身分証やら紹介状の確認をしたところで、門番の懐は全く暖まらないのだ。それならば、給金とは別にこうした別収入があった方がよい。

 実際、これまでもこの方法で街に入らせた者は存在した。だが、あまりやり過ぎるとこちらのリスクが高くなるので、そこは人を見ている。要は、もし都市内部で捕まった場合、こちらの情報を漏らすような奴はダメなのだ。

 この相手は、見たところ魔術師のようだ。それに、着込んでいるローブを見る限り、それなりに裕福なのだろう。

 だとするならば信用しても良いのかもしれない。

 後は、額の問題だな。


「良いだろう。アンタはどこまで払えるんだい?」

「話の分かるお方で助かりました。実は―――」


 ごそごそと懐を探る仕草を見せると、門番もこちらへと近づいてきた。

 賄賂を受け取るため、門から離れたのだ。


 その瞬間、ローブの男は門番の男へと接近した。

 そして、門番の男は身体に軽い衝撃を感じた後、自らの身体の違和感を感じていた。

 何やら、妙に身体が軽く、急な嘔吐感を感じた。


 思わずゴボッと吐き出すと、口から溢れたのは血の塊である。

 視線を下に向けてみれば、ローブの男の右腕が自分の胸を貫通しているのが確認できた。

 あぁ、身体が軽いのは……男が自分の心臓を手刀で貫いたせいか……。


 そんな事を感じながら、男は絶命した。


「失礼、結界の内側に立っていては手を出せなかったものですから」


 ローブの男は、力を失ってもたれかかってきた男から手を抜き取ると、手にしていた心臓をその場へポトリと落す。

 すると、大地より巨大な顎が出現し、その心臓を丸呑みしてしまった。


 また、心臓を掴むのと同時に捉えていた門番男の身分証を一目見ると、それを自らの口の中へと放り込んだ。


「ふむ、なるほど……こういう術式か」


 ペロリと口元から垂れた血を舐めると、掌を街を取り囲む壁へと向ける。

 すると、何も無い筈の空中にピキピキと亀裂が走り、砕け散った。


 やがて、門の異変を感じ取ったのか、門の扉が開いて常駐している衛兵たちが続々と現れた。

 門番の男の死体を確認すると、目の前のローブ男を敵と判断する。


「何者だ貴様!?」


 剣、槍……そして壁の上からは弓矢で狙われているのだが、男は大して気にした様子もなく、ただ一言……


「さて、結界は砕けた。後は、お前たちの好きにすると良い」


 そう言うと、地面から現れたのは……あの盗賊たちを皆殺しにした巨大トカゲの群れであった。


「な! 魔獣だと!?」

「うろたえるな! 魔獣は結界の張られた都市には近寄れない!! 距離を取って戦えば―――」


 叫んでいた衛兵の一人は、トカゲに上半身を丸呑みにされ、言葉を繋げなくなった。

 その光景に混乱したのか、武器を構えていた衛兵の半数は門の内側へと逃げ出し、うち半数はやぶれかぶれとなってトカゲたちに向かっていった。

 そして、その衛兵たち全てを食らいつくしたトカゲは、いよいよ門の内側……つまり、都市の内部に向けて侵攻を開始した。




次回、ようやく正ヒロインさん活躍予定。


また、次回以降の後半部分について、ちょいと文章追加する必要が出てきたので、一日で完成するかどうか怪しくなってきました。

一話あたり最長でも二日以内には出来ると思うので、0時に更新出来ていなかったらお待ちください。

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