07話 炎の雫
視点は、コールたちが街よりダンジョンへと向かう道中……荒野のある地点へと移る。
そこでは、20名ほどの盗賊たちが、岩陰に姿を隠しつつ、必死に骨折の痛みと格闘していた。
「か、頭……本当に、あのヤロウは帰り道とやらに俺たちを拾ってくれるんですかね?」
「し、信じるしかねぇだろうが。俺たちにはもうどうしようもねぇんだ」
いくら手持ちの治療薬をかき集めたとしても、砕けた骨までは治せない。
それに、ここは魔獣の生息する地域。そんな場所でまともに動けない人間が集団で動いたとしたら、いい餌も同然だ。
自分たちが助かる道があるとしたら、たまたまお人よしの治療魔術師が通りがかり、自分たちの骨折を癒してくれるか、自分たちをこんな目に遭わせた男が約束通りに見捨てずにいてくれるか……。
前者はまずありえないとして、後者はその後に捕らえられて死罪、もしくは犯罪奴隷として扱われる事になるだろう。
骨折の痛みにある程度慣れた頃は、とにかく仲間内で酷い罵声が飛び交ったが、結局のところ全員どうしようもない事を悟った。
後はもう、先程の男が約束を守ってくれる事を祈るしかないだろう。
……と思っていたら……
「おやおや、怪我人がこれだけ沢山……お困りの様子ですかな?」
現れたのは、豪華なローブを纏った魔術師らしき風貌の男だった。
その男は、特に前触れもなく、突然盗賊たちの前へと現れたのだ。
「その姿……魔術師なのか!?」
「そうだ困っている! 助けてくれ!」
「あ、あんた治療魔法は使えるか? だったら、俺たちを助けてくれ……」
藁をも縋るのはこの事であり、突然現れた謎の魔術師らしき男へ、盗賊たちは手を伸ばしたのだった。
「なるほどなるほど、事情は何となく察しました。では、私が皆様を救って差し上げましょう」
男のこの言葉に、全員が歓声の雄叫びを上げたのだった。
よもや、よもや本当に偶々(たまたま)お人よしの魔術師が現れて、傷を癒してくれるなんて。
「良かった……これで処刑は免れた」
「奴隷にもならずに済む……」
「見ていやがれ、あの仮面野郎! この礼は絶対にしてやる!!」
それぞれ、テンションが上がったのか、思い思いの言葉を口にする。
だが、ここに居る誰もが思考から抜け落ちていたことがある。
いくらなんでも、そんな都合の良い事が起きる話は無いという事を……
最初に気付いたのは、一人の盗賊が骨折とは別の痛みを感じたからであった。
下半身に走る鋭い刃物を突き刺したような痛みに、思わず自らの足を見る。
「――――――!!」
見えたのは、巨大なトカゲのような生物が、自分の足に歯を突き立てている光景だった。
「ぎゃあぁぁぁっ!! いてぇ! いてぇーっ!!」
その男の悲鳴を皮切りに、次々とトカゲは地面の中より出現し、盗賊たちに噛みついていく。
いや、噛みつくだけでは済まない。そのまま、ゴリゴリと身体をかみ砕き、身体全てを丸呑みにしてしまおうとしているのだ。
「やめろ! 止めろぉぉっ!!」
「食われる! 食われる!!」
「助けてくれぇぇぇっっ!!」
合計で10数体の巨大トカゲのような生物たちが出現した。
盗賊たちは当然逃げ出そうとしたが、足を折られてしまっているので、当然ながら動きは鈍い。そんな状態で、逃げ切れるはずもなかった。
岩場はあっという間に凄惨な地獄絵図と化し、盗賊たちの悲鳴が荒野に鳴り響いた。
が、残念な事にそれを聞き届けた者は誰も居なかった……。
「て、てめぇ……俺たちを救うって言ったじゃねぇか……」
唯一、まだ喋れる状態だった盗賊のリーダーが、男を睨みつけながら言った。
が、ローブの男はその怨嗟の声を受け入れるように両手を広げて見せる。
「ああ、救ってあげよう。このまま、ただ死を待つだけしかない君たちの魂を、私が有効活用しようというのだ。有難く、死んでくれたまえ」
「てめぇ、呪ってやる……呪ってやるぞぉぉ!!」
そんな言葉を吐きながら、男の身体は魔獣の口の中へと消えていくのだった。
「ああ、存分に呪うがいい。強い怨念でこそ、私の“竜”は大きく強くなるのだ!!」
いつの間にか、周囲には静寂が戻っている。
トカゲ魔獣たちし、それぞれ獲物を平らげた事で満足したのか、またも地面の中へと戻っていった。
「さぁ、行こうか……手近な街を攻め滅ぼしたら、次は王都だ」
◆◆◆
扉の向こうに広がる光景に、キーラとルーティ……いや、ドラゴンが生息している事を知っていたランファでさえも、息をのんだ。
この地下70階は想像以上に広く、聞いた話では2キロ四方はあるらしい。その空間内には、やたらと高低差のある岩場が広がっている。そしてその岩場の至る所に、3メートル大のドラゴンが寝そべっていた。視界に入るだけでも、およそ20頭ほどは確認できる。
「ド、ドラゴン! は、初めて見た……」
「ダンジョン内にドラゴンが生息しているだと……聞いていないぞ」
「ドラゴンで驚いていてはダメですよ。この地下にはもっと……いえ、これは契約違反ですね」
契約とは、例のギルドマスターとの依頼の件か。
下に何が居るのか分からないが、ドラゴン以上の化け物が居るのは確定のようだ。
「で、でもコール……このドラゴンの群れと戦うのは、明らかに無謀じゃないの?」
ルーティの意見も当然と言えた。
ここまで瞬殺瞬殺で進んできたが、これまでの魔獣とドラゴンは別格だ。
それは、この世界の常識で伝えられている。生物としての格が、人間を含めたその他生物とドラゴンでは違うのだ。
それに、加勢しようにもルーティとキーラの二人では明らかに力不足。何の役にも立てないだろう。
「いえ、別に戦う必要はありません。それに、この階層に住むクリスタルドラゴンは、一般的なドラゴンと比べると、かなり格が劣ります。身体も小さければ知性も低い。加えて言えば、さほど狂暴な性質ではないですからね。こちらが敵意を向けなければ、襲ってくる事もないでしょう」
「え? そ、そうなの?」
クリスタルドラゴン……ドラゴンと名が付いているが、正確にはワイバーンのようなドラゴンの亜種のような魔獣である。
チームで戦えば人間でも十分勝てる魔獣であるため、一時期はその体表から発生している鉱石……宝石名“炎の雫”を狙って多くのクリスタルドラゴンが乱獲された歴史がある。
尤もそれはとある理由によって禁止され、クリスタルドラゴン自体も人間に害をなす魔獣という訳でもないので、理由もなく仕留める事は禁止されている。
ただ、めったに人間に発見される魔獣でもないので、そのルールを知らない冒険者も多いという実情だ。
「しかし、目的の宝石とやらはあのドラゴンから取れるものなのだろう? だとすれば倒さねば手に入らないぞ」
「いえ、実はそういう訳でもないのです。このダンジョンの地面には、彼らの体表から落ちたクリスタル……宝石名“炎の雫”が散らばっています。これを拾う程度なら、問題は無いでしょう」
「な、なんだ……簡単なのね」
ルーティはホッと胸をなでおろす。
説明を聞いて、実は自分がとんでもない依頼をしていたのではと思っていたのだ。
「と、言いたいところですが、それであっても皆さんがこのダンジョン内を歩くのは、流石に危険すぎます。ですので、ここから先は僕だけが進むので、こちらで待っていてください」
「だ、大丈夫なの?」
「言ったはずですよ。余程の事がなければ、あちらから攻撃してくることは無いと」
それだけ言うと、コールは扉の向こうへと移動する。
自分たちが支配する空間内に異物が侵入したというのに、クリスタルドラゴンたちは特に気にした様子もなく寝そべったままである。
「では、3分ほどで戻りますので、少しの間お待ちください」
「コール、本当に大丈夫なのね!?」
いざ行動しようとしたコールをランファが真剣な目つきで引き留める。
「は、はい。別に大丈夫ですけど」
「信じて待っているからね!」
と、自らのブレスレットを見せつけるように言う。
勿論、コールも自分のブレスレットを晒し、あわよくば行ってきますのキス……もしくはハグを狙えるのではないかと思っていたランファであるが、残念な事に彼女の期待通りの事は起きず「では……」とだけ言ってコールは見えなくなってしまった。
「何なのだ、今のは?」
「し、知らないわよ!」
恥ずかしい思いをしたランファは、顔を真っ赤にしてコールの行方を探した。
が―――
「な、なあランファよ。コールは何処に居るのだろうか?」
「ま、全く分からないわね」
注意深く探しているというのに、何処に居るのかさっぱり分からない。
恐らくは、階下のドラゴンが各々生活している空間の何処かに居る筈なのだが、完全に気配を消して行動しているのか、二人に見つける事は出来なかった。
二人がコールの姿を探している隣で、ルーティは軽い溜息を吐いた。
ともあれ、目的はほぼ達成したも一緒だ。
となると、後は来た道をただ戻るだけか……。
結局、このダンジョンに来てからルーティは何もすることが無かった。自分とて、最下級のEランクではあるが、冒険者の端くれである。
何か役に立つ事があるのではと思っていた。
いやむしろ、ここで自分の力をコールにアピールする事を考えていた。
なのだが、実際にはコールと自分との力の差をはっきりと自覚してしまい、やれることは何もない。むしろ、手を出すと足を引っ張ってしまう事を流石のルーティも認識していた。
でも、せめて何か……何か、コールに認められるようなことをしたい。
とはいえ、何が出来る?
ここで支援の魔法を……は意味がない。コールは戦わないようにしているのだし、自分の魔法ではドラゴンに傷一つつける事すら出来ないだろう。
……となると……
チラリと、眼下に広がるダンジョン内。その地面には、クリスタルドラゴンたちの体表から落ちた炎の雫が散っている筈。
ならばそれを拾い上げ、コールに今日の礼だと言って渡す……いや、後日装飾品にでも加工してプレゼントする……これが一番よさそうだ。
よし、そうしよう。
決断したルーティは、コールの行方に集中しているキーラとランファを確認し、こっそりと音を立てずに自らもダンジョン内へと降りていく。
ドラゴンの群れが住まう場所にその身一つで降りるのは相当な勇気が必要だったが、コールの言っていた言葉を思い出す。
敵意さえ向けなければ、クリスタルドラゴンはこちらに手出さない。
その言葉を信じ、おっかなびっくりルーティはダンジョンの大地を踏みしめるのだった。まずは、ランファとキーラが見ている方向とは別の場所から探してみようと思い、歩を進めるのだった。
が、自分の考えがいかに甘かったのか、ルーティは思い知る。
コールの言葉を信じて地面に落ちた炎の雫を探すのだが、探せど探せど炎の雫は見つからない。
炎の雫は、赤い透明な鉱石の中に淡い光が灯った宝石の名称だ。赤い透明な鉱石はあるにはあるが、そのどれもが光を放っていない。
それもその筈、光っていない炎の雫、それはその鉱石の大元となるクリスタルドラゴンが死んでしまったことを意味している。
つまり、炎の雫を手に入れるためには、生きているクリスタルドラゴンの体表より鉱石を削り取らなくてはならないのだ。
そんな事を知らないルーティは、いつの間にか本人も気づかぬうちにダンジョンの中央部……クリスタルドラゴンたちの密集した地帯へと足を踏み込んでいた。
「……あら?」
そのことに気付いたのは、一体のドラゴンがキッとこちらを睨みつけた時であった。
言ってしまえば、ルーティは舐めていた。
クリスタルドラゴン……というか、上位の魔獣という存在を侮っていた。
(ドラゴンなんて怖くないわ! こちとら、未来の大魔術師でSランク冒険者コールの隣に立つ存在よ!)
と、意気込んでいたのに、実際に間近でドラゴンに睨まれると、ルーティは足の力を失ったかのようにその場にペタリと座り込んでしまう。
自らの縄張りに入って来た闖入者を、クリスタルドラゴンは興味深げに見ている。
尤も、コールが言っていたように、クリスタルドラゴンは比較的気性の穏やかなドラゴンであり、このまま黙って逃げ出せば、手を出す事は無かっただろう。
だが、間近でドラゴンに睨まれるという恐怖にパニックを起こし、結局―――
「いやあぁぁぁっ! お父様、コール、助けてぇぇぇっ!!」
考えの浅い少女の悲鳴が、ダンジョン内部に響き渡った。




