06話 腹黒女帝受付嬢ランファ/勘違い猪騎士娘キーラ
そんな事を思っていると、一行はあっという間に地下70階へと到達していた。
と言っても地道に一階一階降りていたわけでも無く、ダンジョン内は到達した記録のある区域ならばポータルと呼ばれる転送装置によって行き来が可能なのである。
尤も、そのポータルも全階層に備われているわけではないので、一定の階層までは自力で降りる必要がある。
今回の場合は、ポータルが備われている階層は65階。そこから5層は自力で降りる必要があった。
だが、Sランク冒険者であるコールの力をもってすれば、各階層に出現する魔獣は一瞬でケリがついた。ちなみにルーティは出てくる魔獣とのレベル差が激しすぎるので、出番すら与えられない。
それなりな実力のキーラですら、出番を与えられず悔しい思いをしていた。
それも当然と言えば当然。地下50階以上の階層は、Aランク以上の冒険者がパーティを組んで挑まなくてはならないほどの危険地帯なのだ。
むしろ、それを単独でポンポンと踏破出来るコールが異常なのである。
「そう言えばコールって地下何階まで来たことがあるの?」
試しにルーティが聞いてみる。
「そうですね……確か、地下226階だったと思われます」
「わぁ! 凄いのね!!」「「ブッ―――!!」」
その意味に気付いていないルーティは素直に目を輝かせ、意味を知るキーラとランファの二人は淑女である事を忘れて噴いてしまった。
ここに来て、コールの規格外の強さというものを再認識したのだ。
「ちょ、ちょっとキーラ、なんでコールってこんなに強いのよ。何か強さの秘密とかあるの?」
「し、知らないぞ。私だって、ここまで強いって今回初めて知ったのだし……」
「何よ、使えないわね!」
何気に初めて目にするコールの戦いに、ランファはただ度肝を抜かれていた。
最初の盗賊戦までだったら問題は無かった。素直に格好いいなぁ~と思って見ることが出来た。だが、ダンジョンで50階以上の魔獣を瞬殺する様子を見て、これは異常だと思い至る。
自分とて元はBランク冒険者である。地下50階以降の魔獣がどのくらい強いのか、よーく実感している。
よく、Sランク冒険者はAランク以下の冒険者とは世界が違うという話を聞くが、この光景を目の当たりにしたらそれが真実だと思わざるを得ない。
そして忘れてはならない。目の前のコールは、そのS級に最年少で到達した逸材なのだ。
また、それとはまた別問題であるが、仮にもギルド職員であるはずの彼女が、このダンジョンが地下200階以降も攻略されている話を初めて聞いたのだった。
これには流石に黙っていられない。
「ちょ、ちょっとコール! その話ちゃんとギルドに報告したの!?」
このダンジョンの歴史は古い。そのダンジョンを200階以上も踏破するなんて、前人未到である。コールが嘘をついているとまでは思わないが、仮にも冒険者である彼が無断でダンジョンに入って、そこで行方不明になってしまったら大問題となるのだ。
いくらSランク冒険者と言えど、そんな勝手は許されない。ランファは、職務を果たすべくキーッとなってコールに詰め寄った。
「あ、はい。ギルドマスターにはすでに報告済みですよ。むしろ、ギルドマスターからの依頼ですから」
「ほへ?」
コールのあっけらかんとした言葉に、ランファは思わず間抜けな声を出してしまった。
ギルドマスター……その肩書から分かるように、冒険者ギルドのトップである。あくまで一支局長ではあるが。
「ギ、ギルドマスターから直接依頼が?」
「ええ、このダンジョンがどこまで続いているのか、僕が潜れる限り試してほしいと言われました。まぁ食料などの物資も途中で尽きましたから、途中で切り上げてしまったのですが」
その話をポカンとした顔でランファは聞いていた。
ギルドマスターからの依頼、確かにそういう事はあるだろう。特に、コールはSランク冒険者である。受付を通さずに、直接そういう話が行っても不思議ではない。
むしろ、そういう可能性がある事を失念していたのは自分だとランファは思い至る。
だが……ランファは悔しかった。
自分はコールに対して信頼されている。
だというのに、ダンジョンの依頼について知らされていなかったことが悔しかった。
……いや、まだだ。
ランファは、自らの左腕に嵌められたブレスレットを思わず握りしめる。
『……こちら、以前紹介してもらった依頼の報酬としていただいたものです。よければ、受け取ってください』
半年ほど前、ランファは依頼成功の報告の際に交わされた会話を思い返していた。
『こ、これ……ブレスレット? これを私に?』
『なんでも、ペアになって作られているものらしいですね。一つは信頼のおける女性に渡すという事なので、僕の場合はランファさんに』
『ペアのブレスレットを私に……って事は、そういう事でいいのよね?』
『あ、はい。受け取ってもらえたら嬉しいです』
コールのややあっさりした言葉に、ランファは思いっきりガッツポーズを作った。
『うっしゃー!!』
突然の歓喜の大声に、何事が起ったのかとギルドは騒然となる。
『ど、どうしたのですかランファさん!? 僕は何か失礼な事をしてしまったのでしょうか……』
『オ、オホホ。何でもありませんよ。とにかく、ありがとうございました』
慌てるコールの姿を見て慌てて猫を被り直して取り繕う。そして、貰ったブレスレットを誰にも見られぬように急いで隠すのだった。
……大丈夫。自分が何を貰ったのかまでは、誰にも見られていない。
凄まじい眼光で周囲を睨みつけ、大丈夫そうだと確認する。
『とにかく、喜んでもらえたのなら何よりです。では、また次の依頼の際にお会いしましょう』
『うん、次の依頼でね♪』
ペアのブレスレットの片方を未婚の女性に渡す。
要は、結婚を前提としてお付き合いしてくださいという意思表示なのである。
不思議なことに、それ以降特にデートのお誘いがある訳でも無く、ブレスレットについて言及してくることもないのだが、これを自分が受け取った以上、コールは自分に絶大な信頼を抱いている筈。
外套によって今は見えないが、コールの腕にも自分と同じブレスレットがある筈。とにかく、それを信じるのみだ。
もう一人のキーラはと言えば、自分とコールのレベル差を改めて感じ取り、ちょっとした絶望感を味わっていた。
一時的にとは言えパーティを組み、コールの相棒として生きていけると思っていた。
だが、あれはコールがわざと自らのレベルを落として活動してくれていたのだと理解する。自分が本気を出してしまえば、キーラの経験が詰めない。そう考えての事だろう。
ふと、キーラはコールと出会った当初の頃……共に合同パーティを組んでいた頃にあった出来事を思い出す。
『ええい! やぁっ! とおっ!!』
洞窟内部で、素早くキーラの周囲を飛び回るコウモリのような魔獣を相手にしていた時の事だった。
闇によって視界があまり利かない事も相まって、コウモリのあまりの素早さにキーラの振る剣は全く付いていけないのだ。
キーラとて、剣術にはそれなりに自信があったつもりだった。実際、低級の魔獣ならば簡単に仕留められるし、男の剣士が相手でもひけをとらない腕を持っている。
だというのに、今回は全く剣が当たらない。
狙って剣を振るっている筈なのに、コウモリはふわりふわりとまるで剣筋を分かっているかのように飛び回り、キーラの剣からすり抜けていく。
(こんな低級の魔獣に―――!!)
チラリと視線をコールに向けると、彼は既に倒してしまっていたらしく、魔獣の素材回収に動いている。
その焦りが、キーラの剣先を鈍らせる。
やがて、先に疲れが出たのはキーラの方であった。
振るった剣に無駄な力が出てしまい、思わず身体がよろめいたのだ。ほんの少しの隙であったが、魔獣相手に隙を見せるのは危険である。
(―――マズい!)
と思い、慌てて身構えようとしたが、キーラの身体に痛みや衝撃は襲ってこなかった。
それよりも早くコールが動き、先に仕留めていたからだ。
『申し訳ありません。危険だと察知しましたので、こちらで処理してしまいました』
『な―――い、いや、助けられたのはこちらだ。だから……問題ない』
ありがとうとは、その時言えなかった。
あったのは、ただ悔しさだけだ。
その後、しばらく洞窟内の先に進み、何度か会敵したが、そのほとんどがコールによって仕留められた。
いい加減、キーラのストレスも限界となる。
『なんなのだ貴様! その仮面は暗所でも視界が利くという魔道具なのか!? 何故、この暗闇でそこまで対応できる!?』
今にして思えば、単なる八つ当たりだ。
自分の実力不足を棚に上げて、コールとの差は道具の違いによるものだと指摘した。
が、そんな幼稚な発言にも関わらず、コールは特段怒るでもなく……
『キーラ殿、あまり気持ちの良いものではないと思いますが、こちらを見なさい』
そう言って、コールは自身の仮面を取り外した。
突然の行動に、キーラは驚く。
そこにあったのは、思わず目を背けたくなるほどの火傷の痕。
コールの仮面の秘密、噂程度は聞いていたが、その下にどんなものがあるのか知らされていなかったのだ。
わけあって顔を隠しているのだろうとは思っていたが、仮面の下にある顔が、こんなにも酷い火傷だった事に衝撃を受ける。
しかも、左目に相当する部分は傷によって塞がれている。右目も、何処か焦点のはっきりしない薄い光を放っていた。
『このように、僕の目は右目がかろうじて見えるだけで、さほど機能していません。この仮面も、ただのハッタリのようなもので、ただ火傷を隠す以外の機能は無いと言っていいでしょう』
『だ、だが……その目で何故あそこまで戦える?』
『目で追っている訳ではないからです。僕は視力を使えない代わりに、徹底的に他の感覚を鍛え上げました。聴覚、嗅覚……そして、魔力』
『魔力だと? 魔力が何の関係がある?』
『この世界の生物には、必ず大なり小なり魔力があります。剣士であり、魔法は全く使えないキーラ殿でも魔力はありますよね』
『自覚は無いが……その手の話は幼い頃から聞いたことがある。で、だから何だというのだ?』
『つまり、人間にも魔力があるという事は、当然ながら魔獣にも魔力は存在しているという事です。視覚ではなく、敵の魔力を感じ取れれば、敵が何処に居るのか……見るまでもなく察知する事が出来ます』
『それは……私にも学べるものなのか?』
『ええ、剣士として優れているキーラ殿ならば、僕なんかよりもずっと早く習得できる筈です』
『す、優れている!』
剣の腕をはっきりと褒めてもらった事が無かったキーラは、その言葉で胸の奥が熱くなるのを感じた。
そして、今にして思えば自分が落ちたのはこの瞬間だったのだろう。
それから、なんとか依頼を終わらせる事に成功。その後、コールには個人的な修練に付き合ってもらい、その魔力感知の方法を学んだのだった。
それからというもの、キーラは仕事の大半をコールに付き合ってもらう事になり、周囲から見れば仕事上の相棒……というポジションに収まったのだ。
尤も、依頼や修練以外でコールと会う事は残念ながら無かったのだが……。
修練の甲斐もあって、魔力感知の方法はそれなりに身についたと自負しているが、当然それだけでコールとの差が埋まる筈もなかった。
それに、ここに来てキーラは気付いたことがある。
自分は、コールがどうやって敵を倒しているのか……その手段すら知らないのだ。
共に戦っていた時は気付けなかったが、後ろでこうして彼の戦いっぷりを見ていると
思えばいつも敵と遭遇したかと思えば、コールの姿がパッと消え、一瞬にして敵はパラパラとなっている。
恐らくは剣で切り裂いているのだと思われるが、その腰に下げた剣を抜いている所すら見たことが無い。
パーティを組めたことで舞い上がっていたが、思い返してみれば自分はコールの事を何も知らないのだ。
何処に住んでいるのかも、仮面の下の火傷の理由も、どんな食べ物が好物なのかさえも……。
こうしてコール以外の三人のテンションが落ち込んでいたのだが、特にコール自身はその事実に気付くことは無かった。
相変わらず敵に遭遇して瞬殺……敵に遭遇して瞬殺……を繰り返し、遂に目的の階層へと到達する。
すると、肝心の70階に繋がる扉を開く前に、コールはこんな事を言い出した。
「さて、目的地の地下70階に到着しました。ランファさんは知っているでしょうが、ここでルーティ殿とキーラ殿に質問です。
我々が目的としている、炎の雫とは一体何でしょう?」
その問いに、ルーティとキーラの二人は思わず顔を見合わせる。
「何って、宝石でしょ?」
「質問を変えましょう。その宝石の材料とは何ですか?」
ルーティとキーラも、宝石に関する知識はさほど無かった。キーラは宝石自体に縁も興味も薄く、ルーティは家にたくさんの宝石はあるのだが、それがどうやって作られているかまで考えたことが無い。
「……宝石と言えば、鉱石ではないのか?」
その答えに、コールは軽く頷いた。
「正解ではありますが、不正解でもあります。鉱石には違いありません。でも、自然に発生している鉱石ではないのです。正確には……」
そうしてダンジョンの扉を開く。
扉の向こう……ダンジョン内にひしめているのは、3メートル程のドラゴンの群れだった。
「ドラゴンの体表に発生している鉱石です」




