05話 謎の美女/我儘お嬢様ルーティ
舞台は少し戻って、彼らが出発した地点である街へと移る。
この街は、王都とは比べられないまでも、それなりの規模でかなり大きい。
そんな都市であるから、商店が立ち並ぶ大通りも結構な賑わいを見せている。
その通りの中心を、一人の女性が歩いていた。
歳の頃は20代半ばといった所だろうか、腰まで届く長い黒髪に質素な黒いワンピースのような服を着込んだ女性だった。
無論、それだけならば群衆に埋もれてしまうだけの存在であったが、女性が道を歩くと誰もが視線を向け、思わず目を留めてしまうだけの存在感が彼女にはあった。
実際、長い黒髪の下にある顔は、かなりの美貌を持っている。無論、美貌だけで存在感は保てない。気の弱い者ならば委縮してしまうほどの凄まじいオーラのようなものが女性からは放たれていた。
だが、当の本人はそんな周囲の視線なぞ気にも留めない様子で往来を散策している。しかも、その顔は非常に朗らかであり、オーラに当てられた者もその女性の顔を見て、少しだけ幸福感を感じるほどだった。
女性はふと青果店の前で足を止めると、何やら真剣な目つきで品定めを始めた。
「へいらっしゃい。お嬢さん、何をお探しかな?」
「ふむ。実に彩り豊かな果実が揃っているのだな」
女性の言葉に、店主は気をよくした。このような美女に品ぞろえを褒めてもらうのは当然ながら気分が良い。
「お嬢さんは見ない顔だが、この街の住人ではないのかな?」
「うむ。街からは少し離れた場所で暮らしている。今日は体調も良く、気分も良かったのでな。散歩がてらに訪れてみた」
「散歩がてらって……その格好でかい?」
「む? 最近の流行には疎いのだが、そんなに奇妙な恰好だろうか?」
店主が指摘したのはそんな事ではない。
街の外から来たのであれば、街道を少しは歩くはず。だというのに、女性の恰好はとても長距離を歩くことに適しているとは思えなかった。
どう見ても、ちょっと近所に出向く格好と言えよう。
「まぁ良い。果実の種類には疎いのだが、これはイチゴだな。こちらを買わせてもらおう」
「おや、お目が高い。こちらは、今が旬ですよ」
「うむ、真っ赤で実に美味しそうだ」
「家族に食べさせてあげるのかな? それとも彼氏かな?」
「うむ、夫だから家族だな」
「夫! ご結婚なさっていたとはこりゃ驚いた」
見た限りの年齢からすれば20代半ば。十分結婚していてもおかしくない年齢ではあるが、妙な意外性を感じた。
なんというか、雰囲気が浮世離れしていて、家庭に収まっているタイプには感じないのだ。
「ハッハッハ! それはよく言われる」
女性は軽く笑い飛ばし、イチゴを手にして青果店を去ろうとした。
そして、ふと足を止める。
「おや、どうしたのかね?」
チラリと見た横顔……そして彼女から漂うオーラの質が剣呑したものに変わったような気がした。
「ふむ……勘であるが、何やらよく無い事が起きそうだ」
その予感は、数時間後に現実となる。
◆◆◆
コールを囲む三人の一人、ルーティ。
彼に初遭遇した際の事は今でもよく覚えている。
『なによ、そのふざけた仮面は! 人に遭うのに顔を隠すなんて失礼だわ! すぐに外しなさい!』
コールが依頼を受けるために領主の屋敷に向かった時の事だ。
屋敷内でたまたますれ違っただけであったが、ルーティは声高くコールに向けて指を突き付けたのだった。
その時は既にSランクの称号を得ていたコールである。領主であり、依頼人でもあったルーティの父は慌てて娘をとりなそうとしたのであるが……
『これは失礼致しました。正直、あまりレディには見せたくないものなのですが……』
コールは何の躊躇もなく、その仮面に手を置いて外して見せた。
『!!』
顔を見た途端、ルーティは雷を受けたかのような衝撃を受けた。
仮面の下にあった顔が、ひそかに望んでいた絶世の美男子であった……とかそういう事ではない。
仮面の下にあったのは、酷い火傷の痕だったのだ。
傷なんてものは、せいぜい切り傷程度のものしか見たことが無かったルーティにとって、それは衝撃だった。
口を覆い、ルーティは慌てて自室へと飛び込んでしまった。
だから、あの後どのようなやり取りがあったのかは知る由もない。
それでも、自分がコールに対して酷い事を言った……してしまったのだという自覚はあった。
その後、コールが屋敷を出ようとした時に慌てて玄関へ向かい、先程の事を謝った。家族でもない他人に謝るなんて、ルーティにとっては初めての事だった。
どんな事を言われるのだろうとビクビクしていたが、コールはそんなルーティの頭にポンと手を置き、優しく撫でた。
『僕は全く気にしていませんよ。それにしても、素直に謝れる貴方の心は立派です。領主殿は良い後継ぎをお持ちのようだ』
その優しく頭を撫でてくれたことで、彼女は見事にハートを射抜かれてしまった。
それからというもの、彼女は自らの権限と立場を使い、コールをそれなりの頻度で呼びつけた。
冒険の話をせがみ、コール自身も嫌な顔を一つせずに応対していた。
ルーティにとって、コールは理想の大人の男性だった。
夢見がちな少女らしく、将来は彼の伴侶として添い遂げる事が夢であった。
唯一の懸念は、彼の仮面の下にある火傷である。ルーティとて、出来ればハンサムな男性と結婚したいという思いはある。尤も、これも打開策は考えられていた。
以前、コール自身に聞いたことがある。
『ねぇ、その仮面の下の火傷って治せないの?』
事実、腕の良い治癒魔術師であるなら、生まれつきのものでない限り、外傷を治療する事は不可能でない。コール自身も、金銭には困っていない様子であるから、金があるのなら治療も可能だろうと思ったのだ。
『そうですね。いずれは……とも思っていますが、今はまだ無理でしょう』
『じゃあ、どうしたら治すの?』
『昔、ある者と約束をしまして、その約束が果たせれば……と思っています』
『じゃあ、治す気はあるのね!』
その答えに有頂天となった。
かつて、期待した仮面の下の素顔。それが本当に見られる日が、いつかはくるのだ。当然ながら、その下にあるのは物語に出てくる王子様のような美丈夫だと信じて疑わない。実際、露わになっている口元を見ると、どう考えても不細工な顔の作りにはなっていない。……筈だ。
だとするならば、自分に出来る事はそれを早める事だけだろう。
魔術師の素質が多少はあった為に領主のコネを使って魔術を習い、ギルドに登録した。いずれはコールの横に立って共に戦うための第一歩である。
なのだが、所詮はまだ勉強を開始してほんの三ヶ月程度。
ギルドに登録したとしても最底辺のランクであり、共に戦う事は夢のまた夢。先はまだまだ長かった。
それで満足していれば、良かったのであるが、コールの周りを取り囲む情勢が、ルーティを焦らせた。
ライバルたちの登場である。
自らギルドに登録するために出向いた際に知った事であるが、コールという男はモテていた。
パッと見、あれほど怪しい男が何故あんなにもモテるのか?
自分のその筆頭であるにも関わらず、義憤に駆られるルーティ。
詳しく観察した結果、ライバルたりえるのは二人だとルーティは認識した。
まず、同じ冒険者として行動をよく共にしている女……剣士キーラ。
家の権力を使って調べたところ、元は騎士でもなんでもなく、没落貴族の出の小娘らしい。
あの喋り方は、幼い頃より騎士に憧れていた為らしい。幼少期より剣術を習っており、その後も努力はしたためか実力はそれなりなレベル。
冒険者になりたての頃、新人の指導の為に合同依頼を請け負っていたコールと出会う。
最初は反発していたキーラも、優しく丁寧に指導するコールの人柄に触れ、陥落。
以後は何かにつけて合同依頼を受け、遂には同じパーティを組むまでに至る。名実ともにコールの相棒として認められた――――――と思われていたが、これはどうも本人の早とちり。
建前として同じチーム扱いになっていたが、当のコールはそんなつもりはなく、あっけなくパーティは解消されてしまう。
ざまぁみやがれ。
次にギルドの受付嬢を担当している女性……ランファ。
日数だけで言えば、最もコールと付き合いの長い女。
とは言え、所詮は受付嬢であるから、依頼の受付や依頼達成の合否を聞き届ける時間しか一緒に居ない。合計時間で言えば、さほどのものではないだろう。
だが、コールがギルドに登録して以降、そのほとんどの依頼を受け付けたのは彼女である。
期間にして3年間。その数たるや、3桁にも及ぶだろう。
……たった3年でSランクにまで上り詰めたコールにも驚くが、それほどの期間の仕事を任せたという信頼感は大きいだろう。
また、彼女自身も元はBランク冒険者。冒険者としての矜持や動き方は心得ている筈。それに、何かあれば冒険者として共に動くことも出来る。
そんな彼女も、当然ながらコールを狙っている。
それは、他の受付嬢がコールの担当をしようとしたら強引に割り込むほどの執念を見れば楽に推測できる。
当のコールがどう思っているかは不明だが、とにかく強敵である。
この二人を出し抜き、レースに勝つためには、今回のこの旅で何か行動を起こすしかないだろう。
……と思っていたのだが、実際にダンジョンに到達すると、圧倒的な速度でポンポンと事が進み、目的地への到達は時間の問題と言えた。
とにかく、ルーティはコールという冒険者を甘く見ていた。
強い。
本当に強いこの男。
魔獣が出たと思ったら、コールの姿が掻き消え、その次の瞬間には魔獣はバラバラとなっている。
最早、何をしたのかすら分からない。
とにかく、このままではものの数時間で目的地たるダンジョン深部へと辿り着いてしまうだろう。
「コ、コール……少しペースが速くないかしら?」
「む? そうでしょうか……。ですが、あまり手間取ると、先程残してきた盗賊たちの安否が気にかかりますからね。
では、ここから先は僕一人で向かいますので、皆さんはこの場に―――」
「「「大丈夫! 一緒に行きます!!」」」
コールと離れる危険性……というか、せっかく傍に居られるチャンスを逃すはずもなく、三人は声を揃えて言ったのだった。
その必死さが伝わったのか、コールは少し気圧されながらも承諾する。
「わ、分かりました。では、少しペースを落としつつ先に進みましょうか……」
とにかく、早く何とかしなくてはただ時間だけが過ぎていく。
何か……何か手を打たねばなるまいて。




