04話 テンプレではあるが襲撃イベント
話は、10年前に遡る。
小さな町の中を、一組の男女が歩いていた。
奇妙な二人だった。
道行く人々が、すれ違ったら思わず振り返ってしまう程の奇妙さだった。
隣に立つ女性……顔をほとんど覆うようなフード付きの外套を着込んでいるが、ある程度顔は確認できる。
およそ70歳程度と思われる女性だった。
だというのに、背筋はピンとしていて妙にスタイルは良い。数人の若い男がそのシルエットから、どんな美女だと期待して顔を覗き込むと、がっかりして去っていくという事を何回か繰り返していた。
また、その隣に立つ少年も、また奇妙な恰好をしていた。
服装は何処にでもいそうな村の少年という形だが、奇妙なのはその顔だ。
包帯で顔をぐるぐる巻きについているのである。そして、右腕は肘から先が失われていた。
二人は注がれる視線を受けながら、食事の出来る店へと入っていった。
店主の男は二人を奇妙に感じながらも、普段通りの接客を試みた。
「よう婆さんたち、何にするね」
「ふむ、婆さんか……改めて言われると胸に来るものがあるな。まぁ良い、簡単に出来るものを二つ頼む」
思っていたよりも若い声に少し驚くが、とりあえずちゃんと食事をするつもりで助かった。
「簡単ねぇ、サンドイッチ程度ならすぐに用意できるが、それでも良いのかい?」
「お前は問題ないか?」
老女が少年に尋ねると、少年はこちらも想像していたよりははっきりとした声で返答した。
「僕は大丈夫です」
「では、頼む。……それと……」
老女は一瞬だけ口ごもると、少年から視線を逸らしてこう尋ねた。
「この子をこの町に預けたいのだが、何処か子供を引き取ってくれそうな家に心当たりはないか?」
「その子を……おいおいまさか……」
まさか、犯罪に関わっているわけではあるまいな。そう言葉を続けようとしたら、即座に遮断された。
「勘違いするな。この子は、先日滅ぼされた村の生き残りだ。私が命を助け、ここまで連れてきた」
「滅ぼされた……あぁ、数日前に火山の付近にある村がドラゴンによって滅ぼされたって話を聞いたが、この子はその生き残りか……」
その情報は、この町でもかなりの騒ぎになったためよく覚えている。だが、そのドラゴンは国の聖騎士団によって既に打ち倒されたと聞いた。
生存者が何人いたかまでは覚えていないが、この少年がその生き残りだというのなら、この痛々しい姿も納得は出来る。
「俺の口からはなんとも言えないが、その子は顔と腕をやられているんだろう? 申し訳ないが、そんな子を引き取ってくるような家は無いと思うぞ。それならせめて、どこかの孤児院にでも預けた方がマシだと思うが」
少なくとも、この辺にはそういう孤児院は無い。だが、もし孤児院に入ったとしてもこの少年はかなり苦労する事になるだろうと思われた。
目が見えるのかまでは分からないが、片腕では満足な肉体労働も出来ないだろう。
「……そうか。ありがとう、そうさせてもらう」
老女はそう言うと、改めて少年に向き直った。
この二人にどんな繋がりがあるのかは分からないが、あまり良い未来が待っているとは思えなかった。
(―――可哀そうに……)
そうは思うが、自分にはどうする事も出来まい。そう思って、店主はサンドイッチを作るためにキッチンへと入っていった。
「……お師様、僕は孤児院にではなく、貴女と共に行きたい……」
一方の少年は、声を震わせて老女に懇願した。
が、老女は一瞬目を細めた後、首を横に振るのだった。
「我儘をいうな。私と共にくれば、どうなるかは身をもって知っている筈だ。それに、この身体もいつまで持つか分からん」
「それでも……僕は……」
その時の、女性の優しい……どこか泣きそうな笑み……それを少年―――コールは忘れることは無い。
◇◇◇
気付けば、そんな過去を思い出していた。コール自身眠ってはいないが、他三人の女性は長時間の馬車移動に疲れて夢うつつの様子。
さて、そんな状態で起こす事は忍びないが、状況的には起きてもらった方が良いだろう。
馬車が急停車した衝撃で、三人の目が覚める。
「なんだなんだ、何が起こった!?」
「ええと、目的地についたのでしょうか?」
「何よ! 乱暴な起こし方ね!!」
「まぁ、ちょっとしたトラブルというやつです」
コールはなんでもないといった様子でそう言うと、馬車の窓から外を見た。
「へへへ! 女ばっかりのパーティかと思えば、変な仮面付けた奴が居やがった。おいおい、お兄ちゃん。格好つけるのもほどほどにしとけよ」
下卑た笑い声と共に「うへへ」と品のない声が周囲から響く。
ダンジョンへと向かう道中の事だ。
町を離れてダンジョンへと続く街道を通っていたら、コールたちを乗せた馬車を遮るようにしてこの男たちが現れた。
ここを無事に通りたければ、身ぐるみ丸ごと置いていけ……簡単に言えば盗賊である。
町からダンジョンは比較的近い位置にある。歩いて行っても半日もかからない距離だったのであるが、ルーティが居る以上は無駄に疲労する必要もない。だから馬車を利用したのであるが、そのせいで富豪の令嬢を護衛する冒険者パーティとでも思われたのだろう。
……あながち間違ってもいない。
だが、コールとしてはショックでもあった。
「はぁ、別に格好つけのつもりで付けているつもりはないのですが。それと、最近比較的名前も売れてきたという事で、調子に乗っていたようです。まだまだ私って知名度低いんですね」
ずーんと分かりやすく落ち込んでいる様子のコール。
その様子を見て三人はキュンと母性本能をくすぐられたのであるが、それはあまり今の状況に関係ないので放っておく。
「いいえ、恐らくは他国より流れてきた冒険者崩れでしょう。だから、コールさんの事を知らなくても仕方ないですよ」
「とにかく、旅路の邪魔をした事は腹立たしい。私が出向いて蹴散らしてくれる」
キーラが猪騎士の本領発揮で剣を手に取り、馬車を出ようとする。
だが、それをコールが押しとどめた。
「いえ、ちょっと盗賊さんたちに聞きたいことがありますので、私が出向きます」
聞きたいこと?
三人は顔を突き合わせるが、コールが何を聞きたいのか分からなかった。
馬車の扉を開け、コールは特に脅威も感じていない様子で外へ出る。
「はん、本当に男みたいだ。で、どうするのか話はまとまったかよ」
聞いたところで、無事に自分たちを開放する気がある筈もない。男たちの顔を見れば一目瞭然だ。
男は殺されて、女はアジトにでも連れていかれるのだろう。その後何をされるのかは、ここに書いても仕方がない。
「その前に一つ聞きたいことがあるのですが……」
「聞きたいこと?」
「冒険者コールという男について、聞いたことがあるでしょうか?」
ドゴッと、馬車の中でズッコケる音が響いた。
「あぁ、聞いた事はあるな。最近Sランクに昇格したとかいう、冒険者だろう。それがどうした?」
「いえ、それさえ知っていたのでしたら結構です」
コールはそれだけ言うと、右手軽く掲げた。
何かする気か!と警戒する盗賊のリーダーであったが、警戒するのが遅すぎた。
「……熱っ!!」
突如として握っていた長剣の柄が急激に熱くなったのだ。
取り落した剣に目を向けると、刀身が赤く染まっているではないか。この様子は、過去武器職人を尋ねた時に見たことがある。剣を打つ際に、鋼を高温で熱していた時、このように赤く染まっていた。
まさか、あれほどの高熱が瞬時に伝わったとでもいうのか?
「あちっ!」
「なんだこれ!」
「わああぁぁっ!」
リーダーが振り返ると、他の盗賊たちも同じように高熱をもった武器を取り落していた。
金属、革製に限らずだ。
「実力の差はこれで理解できたはずです。後は、さっさと投降してくれるとありがたいのですが……」
「おいおい、まさかこれはお前が……?」
「リーダー、こいつまさか……」
「お前が……噂の仮面騎士か?」
「その異名で呼ばれている者であることは確かです。……騎士ではないですが」
「Sランク冒険者だと!?」
「くそ、勝てるわけねぇじゃねぇか!」
「逃げるぞおい!」
そう言って、盗賊たちは散り散りになってその場から逃げ出そうとする。
「私は騎士でも何でもなく、貴方達を捕まえなくてはならない義務はないのですが……。このまま放置するとこかの通行人をいつか襲う。加えて、私の依頼人を一時的に危険に晒した……以上の理由から、ここで見逃すつもりはありませんよ」
その言葉を言い終えた途端、コールの姿はパッと消えた。
盗賊のリーダーは、決してコールから目を離していなかった。何かあっても可能な限り対処できるようにコールの一挙一動を見逃さないようにしていた筈だった。
なのに、見えなかったのだ。
そして、今まさに逃げようとしていた……いや実際に逃げ出していた筈の男たちが、次々にバタバタと倒れていくではないか。
「なんだよ……なんだよこれ……」
まだ立っている者は、何が起こっているのかと恐怖に駆られて、次の瞬間には意識を失ってパタリと倒れる羽目になる。
正に、悪夢だった。
「ね、ねぇ……これってどうなっているの? 噂の転移魔法とかっての? それとも透明化ってやつ?」
馬車の中、コールの姿が突然消えて、盗賊たちが次々に倒れていく。
その様子を見て、ルーティが興奮したようにキーラに尋ねた。
「いや、これは……ただ、速いだけだ」
「は、速いだけ?」
「そう、移動するスピードが速すぎて、私たちの目には捉えきれないのです」
「私たちって……キーラにも見えないの?」
「く、悔しいけど……スピードはまだまだコールの方が上という事なのか……」
「スピードだけですかねぇ」
冷めた言葉でぼそりと呟くランファをキーラはギロリと一瞬睨みつけ、もう一度視線をコールへと戻した。
「な、なんだよ……なんなんだよてめぇ! このバケモンがぁ!!」
盗賊のリーダーは自暴自棄となって、その手にしていた剣をぶんぶんと振り回す。
すると、周囲にはコールの姿が一瞬現れ、バシンッと空気が弾ける音と共にまた消える。そのバンッバンッという音がするたびにコールの姿が一瞬だけ出現するのだ。
コールとしては、これまで彼らが襲ってきた者たちの恨みを少しでも晴らしてやるべく、恐怖を存分に味合わせるつもりだった。
それがしばしの間続いた後、リーダーの後ろへとコールは姿を現した。
「さて、これぐらいで良いでしょうか。では、我々も用事があるのでこの辺で終わらせたいと思います」
「……こ、殺すのか?」
「それでも構いませんが、このまま街へと連行した方が報酬も手に入りますので、そちらの方向で行こうと思っています」
その言葉にホッとする盗賊のリーダー。
しかし、次の言葉を聞いて血の気が引いた。
「とはいえ、それは帰り道の話です。皆さんにはこのまま此処で待っていてもらいましょうか」
「な、何?」
「心配せずとも、一日あれば戻れるでしょう。また、皆さんが逃げないように少々骨を折らせてもらいます」
「ほ、骨を折る……だと?」
「加えて、此処は出現頻度が少ないとはいえ魔獣の生息区域です。せいぜい、襲われないように頑張ってください」
「や、やめろ!」
「その言葉、貴方たちが襲った者たちもきっと言ったのでしょうね」
コールはそのまま剣の柄を握る男の手を掴み、そのままゴリッと握りつぶした。
痛みに悶える男の悲鳴を聞きながら、そのまま男の足を踏み砕く。そしてそのまま、すたすたとその場から去り、気絶した残りの盗賊たちの足を砕く作業を続けるのだった。
「て、てめぇ……殺してやる……殺してやるぞ……」
最早視線だけで人を殺せるのではないかといった表情で盗賊のリーダーはコールを睨みつけている。
そんな視線をコールはさらっと受け流し、
「どうぞ、やれるものならお願いします」
とだけ言い残して馬車へと戻っていった。
そして、そんな凄惨な光景を見て気を悪くさせてしまったなと反省して戻ったコールであったが、馬車の中の三人娘は、顔を青くするでもなくポ~っとした表情で迎える。
何故、そんな顔をしているのかと、首を傾げるコールであった。
サブタイトルの方を変更しました。元々は「怪しげな仮面の冒険者は何故かモテる」でしたが、はっきりと今回の主題が分かるようにしました。
これから完結までは、一日一話投稿のつもりでいます。




