02話 その男、仮面騎士
現れた男は、三人を見つけると優雅な形で深々と頭を下げた。
その様子を見て、ルーティは真っ赤になった顔をぷんと背け、定番の一言を放つ。
「全くよ! この私を待たせるなんてなんて男なのよ! このペナルティはきちんと受けてもらうからね!」
「これはお厳しい。私にこなせるペナルティならばお引き受けしましょう」
この様子を見ていたランファが、コホンと咳払いをする。
「おほん。お久しぶりですねコールさん」
「ええ、お久しぶりですランファさん」
「本当に貴方は招集が無ければギルドに来ないのですね。普段は一体何をしているでしょうか」
「まぁ、Sランクにまでなりましたからね。生活にもさほど困っていませんし、私でなければならない仕事以外は極力手を出さないようにしています」
「……全く、だからめっきり会う機会無くなっちゃったじゃないのさ」
最後の一言だけは口の中でもごもごと言ったので聞かれることは無かった。
「でもキーラさんだけは会っている筈ですよね。同じパーティなんですから」
そう言って憎々し気に赤毛の騎士風少女を振り返ると、当人は悔し気に顔を背けた。
「いや、私も会うのは前の依頼以来だ」
「え!? ちょっと待って。キーラって、コールと同じパーティなの!?」
「当然だ。だから、今日も呼ばれたのだ」
「え? ちょっと待ってください。どうしてそういう事になっているのですか?」
何故だが戸惑った声がコールより飛ぶ。
「なんでアンタが慌ててるのよ」
「ええと……コールさんとキーラさんはパーティになっていますよ。ほら、名簿でも……」
「え? な、何故ですか? Sランクなってからパーティを組んだ事は無い筈なのですが」
「ほら、先月辺りにキーラさんと合同で依頼をしたじゃないですか。それからずっとパーティ扱いになってますが……」
「あ、あれは、ソロでは無理な依頼だからとキーラ殿に頼まれて合同での依頼を引き受けたのであって、永続的にパーティを組むつもりでは無かったのですけど……」
「な! そ、そうだったのか!?」
コールの言葉に、ズガガーンと衝撃を受けた様子のキーラ。
だが、その言葉に逆のホッとした様子だったのは残りの二人だ。
「なるほど。今までずっとソロ活動だったコールさんがパーティを組んだという事で、ギルドじゃ結構な騒ぎだったんですけど、単なる勘違いですか。では、パーティ解除の手続きをしておきますね」
「わ、わひゃしは別にこのままでも構わないのだが……」
噛んだ。
更に引きつった顔でコールの顔色を窺うキーラであるが、コールは無情にも首を横に振る。
「残念ながら、一時的な合同依頼ならともかく、永続的なパーティは遠慮させてください」
「ど、どうしてもか?」
「はい、どうしてもです」
「あ……あぁ、分かった」
がっくりと項垂れるキーラを、やや優越感のある顔で見下ろす二人なのであった。
さて、ここいらで説明しておこう。
この男がさっきから散々話題に上がっていたSランク冒険者の男……コールである。
背格好はせいぜい20代前半程度。その歳で世界でも10人に満たないSランクに上りつめた男だというのに、高ランク冒険者にありがちな高圧的態度は一切なく、立ち振る舞いは実に紳士的。誰に対しても分け隔てなく優しく接する美丈夫であった。
だが、彼に初めて会った者は、例外なく不信感を抱くことにある。
それは、彼の顔を覆っている代物のせいであった。
……仮面。
どことなく竜を連想させるデザインで彩られた仮面、それが彼の顔のほとんどを覆っていたのだ。露わになっているのは、髪の毛と耳、そして口元だけ。
瞳があると思われる部分は水晶のようなものが埋め込まれており、きちんと視界が確保されているのかさえ分からない。
仮面騎士。
それが、コールにつけられた異名であった。
別に彼が元騎士だったとかそういう事ではない。
尤も、冒険者同士では執拗な過去の詮索は禁じられているから、元々彼が何をしてきたかは誰も知らない。
彼がこのギルドを訪れた時、誰しもがコールに不審なものを感じた。
それも当然。眼帯で目を覆ったならまだしも、顔を仮面で隠した冒険者など聞いたことが無い。
顔を隠した者は、当然その背景に後ろ暗いものがある。
この男も、当然そうだろうと思われていた。
だが、理由を知ればそれは仕方のないものだと誰もが理解した。
それに、実力主義の冒険者社会において、顔はさほど問題ではない。
ギルドに在籍して約3年。彼は異常なまでのスピードで冒険者世界を駆け回り、遂にトップランクであるSランクにまで上り詰めたのだ。
また、その実力もそうであるが、彼は他の上位ランカー冒険者と違って、やたら人当たりが良い。
物腰は柔らか、非礼な相手には相応の態度で対応するも、その態度は常に紳士的である。
特に、女性に対する礼節は見事であり、相手がどんな見た目や態度の女性であろうが無礼な態度はとらない。
その騎士道精神溢れる様子から名づけられた異名が、仮面騎士だ。
当然彼は騎士ではないし、仮面で顔を隠しているというのに、とにかく彼はモテた。
強く、礼儀正しく、優しい。それだけで、そういう扱いに慣れていない女性たちは射抜かれてしまった……らしい。
また、事情知らない者が、その仮面の下にどんな美しい顔があるのかと想像し、変な形で噂が広まってしまったというのもある。
ともあれ、これが仮面騎士コールの実情である。
そして、この場に集まった三人の女性は、その中でも特にコールとの距離が近いとされる存在でもあった。一体誰が仮面騎士のハートを射止めるのか、それを予想する者まで現れている始末である。
とは言え、距離が近いと言われる彼女たち三人であっても、誰かがデートまでこぎつけた……とか、いい雰囲気になった……という目撃談は全く聞かない。
だからといって同性に興味がある……という訳ではない様子。コールが冒険者ギルドに入って来たばかりの頃、若い冒険者同士で恋愛談義なるものが行われ、彼にも話が振られた。
どのような女性が好みか……それに対するコールの答えは、
『そうですね……強いて言うなら、強い女性……でしょうか』
その言葉に、聞き耳を立てていた女性冒険者は見えないようにガッツポーズを作ったのだった。




