10話 戦乙女様の事情
戦乙女ヴェルダンディ。
彼女のまるで舞うような戦いによって、かなりの数のトカゲ魔獣を減らすことが出来ていた。
それでも、全てではない。
全てをカバーするには、この街はあまりにも広く、また体力の問題もあり次第に一撃で仕留めきれなくなっていた。
「ああもう、身体が鈍ってるなぁ。勘自体は取り戻せたけど、体力だけはどうにもなんないか……」
そう言いながらも、見た限りではいとも簡単にトカゲ魔獣の身体を両断して見せた。
が、手にしていた武器の方はもう限界だったようで、血糊と刃こぼれによって使い物にならなくなっている。
とりあえず使い潰した武器をその辺に放ると、何か武器になるものは無いかと周囲を見渡した。
すると、そこへ5人の武装した衛兵が駆けつけてきた。
「ヴェ、ヴェルダンディ様! ご無事ですか?」
名前を口にされた事によって、ヴェルダンディと呼ばれた女性は驚きの表情を作る。
「あらら、まだ私の事を知っている奴が居たとはねぇ」
「何を言っていますか! 竜を殺した戦乙女ヴェルダンディ様は、この国の伝説ですよ!」
興奮した様子で語る衛兵であったが、その単語にヴェルダンディは一瞬だけ苦い顔を作った。
「竜を殺した……ねぇ」
「それにしても、ヴェルダンディ様は確か数年前から行方不明になっていた筈です。何故この街へ? それに、この魔獣たちは何ものですか?」
「言っとくが、こいつ等が何なのかなんて私は知らんぞ。たまたま、散歩がてらに買い物に来ていたら、こいつ等が暴れているところに遭遇しただけだ」
「え? たまたま……ですか?」
「全く、今の私はただの主婦だというのに、こんな事に巻き込まれるなんて、いい迷惑だ」
ぼやくヴェルダンディだが、今の言葉に聞き捨てならない単語が混じっていた。
衛兵たちは顔を見合わせ、恐る恐る尋ねるのだった。
「え……主婦……ですか? ヴェルダンディ様は、ご結婚なされているのですか?」
「うむ、立場としては一応そうなるな。こんな事、さっさと終わらせて家に帰りたいのだが……」
その言葉に、衛兵たちは驚きと絶望が入り混じったような奇妙な顔つきとなった。
戦乙女ヴェルダンディ。
彼女がこの国に現れ、聖騎士団の一員として名を馳せたのは、およそ10年前。彼女がまだ15歳だった頃のことだ。
その凄まじい剣技に加えて、絶世の美女とも言うべき美貌の持ち主である。
多くの男……いや、女も含めて、皆が彼女に夢中になった。
当然ながら、衛兵たちもその世代である。噂に違わぬ実力に、昔と変わらぬ美貌。未婚の男たちは、心の何処かであわよくば……という感情を抱いてはいた。
だが、その期待は無残にも打ち砕かれた。
年齢的に結婚していてもおかしくないのであるが、本人からさらっと告げられると、そのショックは倍増された。
その時―――
「なるほど、貴様がヴェルダンディか……そんな者がこの街に居たとは、想定外だった」
聞き覚えの無い男の声が、辺りに響いた。
周囲を見渡すが、何処にもそんな声の持ち主は見当たらない。
そんな中、ヴェルダンディの「上だ」の言葉に、視線を上へ向ける。
その視線の先に存在したのは、豪華なローブを靡かせたまま宙に浮く男であった。
「な、何者だ貴様!?」
衛兵たちは慌てて槍を向けるが、男はそれには全く反応せず、ただヴェルダンディのみに視線を向けていた。
「ふぅむ、見たところ……この騒動の元凶のようだね。しかし、私は別にこの街住んでいるわけではないぞ。たまたま私が此処に居る時に、アンタが騒動を起こしただけだ。運が悪かったね」
ヴェルダンディのその言葉に、ローブによって顔の隠れた男の口元に笑みが浮かぶ。
「どうかな、運が悪かったのは貴様の方かもしれんぞ」
「たまたま出かけた先でこんな面倒に巻き込まれるなんて確かに間が悪かったかもしれんが、最後に立っているのがどっちかで運の良し悪しは変わるぞ」
「それならば問題ない。最後に笑うのは、私だと決まっている」
その言葉に慌てたのは、ヴェルダンディ以外の者たちだった。
「ど、どういうつもりだ!?」
「確かに、貴様ならば我が配下の魔獣を殺す事は容易いだろう。だが、果たして今の体力でこれだけの数を仕留める事が出来るかな?」
ローブ男が手を掲げると、周囲にゾロゾロとトカゲ魔獣たちが集まって来た。その数、20体。しかも、どれもが最初にヴェルダンディが倒したものよりも肉体が肥大化している。中には、20メートルを超えるほどの巨体を持つ個体も存在した。
「なるほど、残った全ての魔獣をこちらに集中した訳か」
ヴェルダンディがそう呟くと、衛兵たちはそれぞれ支えあうように背中を合わせた。そのまま地面にへたり込まないのは、ヴェルダンディが傍にいる事で生まれた最低限の矜持だったかもしれない。
「ひ、ひぃぃ! もう駄目だ!」
「ヴェルダンディ様……流石に、これほどの数は……」
最早死すら覚悟した言葉を吐くが、当のヴェルダンディに焦った様子は見受けられない。
「むぅ、確かに骨は折れるかもしれんな」
「虚勢を張るのも大概にしろ。いくら貴様が竜殺しとは言え、いずれ“魔王”を生み出すこの私に勝てるものか!」
その言葉に、ヴェルダンディはピクリと反応する。
魔王……その意味は古い物語に登場するような悪魔の王の称号ではない。
だが、その言葉を問い詰めるのは、どうもタイミングが悪そうだとヴェルダンディは判断した。
「ふぅむ、どうかな? その証拠に、ちょっと後ろでも振り向いてみると良い」
「なんだと?」
すると、何かを感知したのか男の顔色が変わり、即座にその場から動こうとした。
動こうとしたというのは、あくまで推測だ。
「――――――!!!」
何故推測かと言えば、ローブの男は背後より超スピードで跳んできた存在に体当たりされ、文字通りバラバラとなってしまったからだ。
「馬鹿な……この……私が……こんな所で―――」
男の首は、ポトリとその場に落ち、そのまま沈黙した。
その元凶となった存在を殺した者は、そのまま石畳を破壊しながら着地し、赤い外套を翻しつつヴェルダンディの隣へと立つのであった。
「遅くなりましたヴェル。依頼で少し離れた場所に居たものですから」
仮面の男……Sランク冒険者コールがそう言うと、ヴェルダンディはこの戦いの最中全く見せなかった笑顔を浮かべて言った。
「ふむ、街にお前の気配が無いからそうではないかと思っていたが、結果として間に合ったのだから良かったのではないか?」
これまで険しい顔の彼女しか見ていなかった兵士たちは、その笑顔に思わずドキリとさせられる。
「それにしても、お前から複数の女の匂いがするのだが、これは気のせいか」
ヴェルダンディが男に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。少しだけ顔が険しくなり、背後に立っていた衛兵は背筋をゾクリと震わせた。
対して張本人たる仮面の男は、あっけらかんとした声で返答したのだ。
「は? あぁ、依頼で同行される方が女性でしたからね。緊急事態でしたので、抱えて移動していました。比較的安全な場所に置いてきたので、心配は無いと思いますが……」
「そちらの心配はしていないがな。まぁ私も人並みに嫉妬というものは感じる。たわごとだと思ってくれ」
「はぁ、よくは分かりませんが了承しました。ところで、先程の仕留めたのはこの騒動を引き起こした元凶ですよね?」
「恐らくな」
「だというのに、魔獣は消えていませんね。これは、術士が消えても継続するタイプですか……」
「まぁお前が来たのなら問題はあるまい。手早く片付けよう」
「という事は、ヴェルもやるのですね」
「当たり前だ。ここまで身体を動かす機会なんて早々来ないからな。久しぶりに味わっておきたい」
「はぁ、分かりましたけど、くれぐれも無茶は……って言っても仕方ないですね」
後ろで聞いている衛兵たちにとっては、ここまで散々戦ってきたはずなのに、まだ戦うんかいというツッコミを入れたくなった。
それにしても、ここまでヴェルダンディと親し気に話すこの男は一体何者?
いや……赤い外套に仮面……この条件に当てはまる存在を衛兵の一人が思い出した。
「あ、あの……Sランク冒険者のコールさんでしょうか?」
「はい、そうですよ。皆さん、僕が来るまでよく持ちこたえてくれました」
「いえ、我々は全く……。むしろ、ヴェルダンディ様が居なくては、この街は全滅していました」
そうは言うが、兵士たちの顔は先程までの絶望的なものとは変わっていた。
何せ、目の前に伝説の戦乙女とS級冒険者の二人が揃っているのだ。
希望の光が見えたというよりも、これでもう勝ったのではないかと認識してしまう。
「うむ! では行くぞコール!」
「ええ、では参りましょうか。……とその前に、武器が無くては戦えないでしょう。はい、預かっていた愛用の武器です」
コールより剣を受け取り、またもヴェルダンディの顔が綻んだ。
「おお! やはりこれがなくてはしっくりこない」
やはりこの二人の関係が気にはなるが、それよりも今は街の安全である。
衛兵の一人が恐る恐ると言った感じで会話に割り込んだ。
「ですが、それだとコールさんの武器が無くなってしまうのではないですか?」
「心許ないかもしれませんが、せめて我々の武器を……」
「あ、いえ大丈夫です。元々、僕は武器を使いませんから」
「は?」
予想外の言葉に、衛兵たちは思わず顔を見合わせる。
すると、ヴェルダンディが補足した。
「ぬ? 何か勘違いしているかもしれんが、コールは剣士ではなく魔術師だぞ。まぁ剣も使えなくは無いが……」
「え? ま、魔術師……?」
Sランク冒険者コール……彼の事はこの街では有名である。
だというのに、その彼が魔術を使ったという話は聞いた事がない。
なんとなく、剣を持っているから剣士なんじゃないかという噂があるだけだ。
「では、改めまして行きましょうか」
「うむ! 久々に暴れようか……我が愛刀よ!!」
戦闘が始まる。
いや、始まったのは戦闘という名の後始末であった。
次話、遂にざまぁ……というよりはスーパー不憫タイム。
悲しい現実が三人娘に突き刺さります。……まぁ想像は付くと思われますが。