表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
9/507

02-4

 ユシアの休憩時間が終わるということで、トシヤと二人で診療所を出ることになった。

 着物以外の服装で黒い髪は目立つ、とユシアに指摘され、ダッフルコートを着たまま帽子を被る。それでも目立つらしいが、人混みに紛れれば問題ないから、とも言われた。

 嬉々とした笑顔を浮かべているユシアは、入口まで見送りに来た。


「じゃあ、アリカちゃん。また後でね。トシヤはちゃんと家まで案内しなさいよ」

「はいはい」

「はい、は一回」


 まるで母親と子供のような会話。慣れてくると聞いていて楽しい。くすっと笑って、亜莉香は改まって、ユシアに向き直った。


「ユシアさん、これからよろしくお願いします。それから怪我を治してくれたり、お茶をくださったり、ありがとうございました」


 深々と頭を下げた亜莉香に、ユシアは少し驚くが、すぐに嬉しそうな顔をする。


「顔を上げて。こちらこそ、よろしくお願いします」

「はい、お願いします」


 顔を上げ、目が合ってお互い微笑む。あ、と思い出したように今度はトシヤの方を向き、勢いよく頭を下げる。


「トシヤさんにもお礼を。色々と助けてくれて、本当にありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

「…いや、別に。大したことはしてない」


 歯切れの悪い、素っ気ない言葉。亜莉香が顔を上げれば、言葉とは裏腹に、目を逸らしたトシヤの耳が少し赤い。照れているトシヤを見て、にやにやと笑うユシアは口元を隠すと、小さな声で言う。


「トシヤの照れている顔、面白いわ」

「趣味悪い」

「そんなことありません」


 トシヤの言葉を否定して、それじゃあ今度こそ、とユシアが亜莉香とトシヤの背中を押す。

 階段で転ばないように気を付けながら、トシヤを追いかけて下まで降りると、ユシアはまだ入口に立っていた。


「またね」

「はい」

「そろそろ行くぞ」

「あ、待ってください」


 置いて行かれないように、亜莉香はトシヤの後を追いかける。


「トシヤさんもユシアさんも、優しい人ですよね」

「藪から棒に、何を言い出すわけ」

「見ず知らずの私を家に招くなんて、普通出来ませんよ」


 一歩先を歩くトシヤに、亜莉香は言った。

 診療所から出て歩く裏路地を、無言で歩くのは嫌で、口を開く。話したいことが特にあったわけではなく、何となく話し出す。


「迷惑を、かけている自覚はあるのです」


 口にすると、その通りだな、と思った。


「私は一文無しで、何もない。魔法も使えません」

「だからって、帰る場所がないのに放って置けないだろ」


 はっきりと、トシヤが言った。

 トシヤもユシアも優しくて、誰にでも手を差し伸べてくれる人。だからこそ、そんな人達の傍にいてもいいのか不安で、芽生えた気持ちが増えていく。


 いつか、嫌われるかもしれない。

 迷惑をかけることしか、出来ないかもしれない。

 その不安に耐え切れずに、それでも、と言いながら亜莉香は立ち止まる。


 立ち止まった亜莉香に気が付き、トシヤも立ち止まって振り返った。トシヤの目を見て、亜莉香はぎこちなく笑い、冗談交じりに言う。


「私が邪魔になったら、はっきり言って下さい。お願いします」

「なんで、その考えになるわけ?」

「昔から、あまり人に好かれなくて。不愉快にさせてしまうことが多いみたいで…そうなったら、トシヤさんやユシアさんの傍にはいない方がいい――」


 ですから、と言い終わる前に、トシヤが亜莉香の目の前にやって来て、その両頬を軽く引っ張る。驚く亜莉香の言葉は遮られ、諭すように話し出す。


「何を言っているんだよ」

「…え?」

「出会ったばかりで、アリカのことなんて何も知らないけど。それでもアリカが嘘をついて人を騙したり、訳もなく誰かを傷つけたりしない人間に見えるけど?だから俺は手を貸そうと思ったわけで、邪魔なんて思わない。分かったか?」

「ひゃ、ひゃい」


 勢いに呑まれて、頷けば、トシヤが微笑んだ。


「分かればよし。とりあえず夕飯の買い物をして帰らないと、冷蔵庫に食べられる物がない。アリカ、食べたいものある?」

「特に、ないです」

「じゃあ、何にするかな」


 トシヤがゆっくりと歩き出す。

 少し熱くて、赤くなった頬は、引っ張られたせいなのか。トシヤに触れられたせいなのか。

 分からない。分からないけど、心が温かくなった。

 何故か五月蠅い心臓を抑えつつ、亜莉香は顔を隠すように帽子を深く被る。トシヤを追って踏み出した一歩は、不思議と軽くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ