表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
89/507

19-4

 泣き疲れて、亜莉香はそのまま眠ってしまった。

 目を覚ました時には、ベッドの上に置いてあった簪もトシヤの姿もなかった。窓の外は明るくて、初めて寝過ごしてしまったのだと、ぼんやりとした頭で考える。


 いつもならベッドで寝ているユシアの姿がない。

 何故だか頭が回らなくて、身体が重い。

 いつの間にか寝る時の着物姿で、着替えた記憶が無い。

 起き上がると、額に置いてあった濡れた手ぬぐいが落ちた。


「なんで…手ぬぐい?」


 訳が分からず、手ぬぐいを手に持って立ち上がる。

 立ち上がっただけなのに、だるさが全身を襲った。着替えようと一歩踏み出しただけで、ぐらりと身体が崩れて倒れそうになる。


「…あれ?」


 おかしい、と思った。

 それでも壁に手をつきながら、ふらふらと鏡台の前まで進む。

 いつも通り髪飾りを手に取ると、黒い花のちりめん細工の髪飾りの花びらが一枚、黒ではなく鮮やかな赤のように見えた。目が覚めた時からいつもとは違うから、それは見間違いかもしれない。

 鏡台の前の丸椅子に座ろうとする前に、部屋の扉が開いた。

 お盆に何かを乗せて、部屋に入って来たユシアと目が合う。


「おはよう、ございます」

「おはよう…じゃなくて、なんで起きているの!」

「なんで?」


 弱々しく答えた亜莉香の頭に、ユシアの驚きの声がよく響いた。起きた理由を考えて、いくつかの理由が思い浮かんだが、答えるのをやめた。そもそもなんでそんな質問をされたのか。考え始めた亜莉香を、ユシアは信じられないと言いたげな表情で見つめる。

 黙っていたのは数秒で、ユシアが耐え切れなくなってため息を零す。


「アリカちゃん、とりあえず布団に戻って」

「でも、寝坊したので。掃除や洗濯、夕飯の買い出しも行かないと」

「風邪を引いているのに?」

「風邪?」


 ユシアの言葉の意味を、よく考える。

 風邪。咳やくしゃみは出ていない。鼻水や鼻づまりもないが、発熱はある気がして、頭が痛くて、身体は重くてだるい。

 現状をようやく理解して、窓の外に視線を向けた。


「私、風邪だったのか」

「…なんで気付かないの?」


 呆れた口調でユシアが言って、少し顔の赤い亜莉香はユシアを振り返った。笑みを浮かべながら布団に戻ろうとして、足が滑る。

 大きな音がして、亜莉香は頭から勢いよく転んだ。

 ユシアが慌てて亜莉香を起き上がらせて、半場無理やり布団の中に戻す。布団の傍に腰を下ろしたユシアが濡れた手ぬぐいではなく、右手を亜莉香の額に当てた。


「アリカちゃん、気を付けて行動して」

「…はい」


 頷いた亜莉香の額の傷を、ユシアが魔法で治す。

 白い光に温かさを感じながら、亜莉香はユシアに話さなければならないことを思い出した。頭がぼんやりしているが、簪の件は早く謝らないといけない。

 あの、と遠慮がちに話し出す。


「私…ユシアさんに謝らないといけないことがあって」

「簪のこと?」

「はい。簪を壊したのは私で…て、あれ?」


 言い当てられて、亜莉香はユシアを見つめた。もう何もかも知っている顔のユシアが、亜莉香から右手を話して、優しい笑みを浮かべて訊ねる。


「アリカちゃん、今朝のこと覚えてないでしょう?」

「今朝のこと?」


 天井を見ながら、亜莉香は思い出そうとする。

 今朝の記憶が一切ない。昨日は泣き疲れて寝て、気が付いた時には部屋で寝ていた。何の話が分かっていない亜莉香の額に、ユシアは冷たい手ぬぐいを置いた。


「アリカちゃん、今朝もいつも通り起きたのよ。朝食の準備をしている時に倒れて、気を失う直前まで簪のことで私とキサギに謝っていたの」

「嘘…?」

「嘘のはずがないでしょう。昨日は言いそびれたけどね。私は簪より、アリカちゃんが無事でいてくれたことが何より嬉しいの」

「でも、本当に大切な簪だったのに」


 段々と小さくなった亜莉香の声に、ユシアが微笑む。

 よく見れば、ユシアの髪型は変わっていない。簪で髪を一纏めにしていたが、今は簪ではなく真っ白い飾り紐で結んでいた。

 なくなってしまった、と実感するほど悲しくなる。

 ユシアは気にせずに言う。


「簪は確かに大切なものだったけど、簪が壊れても私がキサギに抱いている気持ちは変わらないわ。昔から大好きで、今でもやっぱり好きで、簪がなくてもそれは関係ないのよ」

「それでも…」

「いいのよ。アリカちゃんが無事でいてくれたから、それだけでいいの。ごめんね、私のせいで辛かったでしょう?」


 ごめんね、と言ったユシアの瞳が潤んでいるように見えた。横になったまま、亜莉香は首を横に振った。両手を布団から出して、隅を握りしめる。


「私の方こそ、簪を壊してごめんなさい」

「それはもういいって言ったのに」

「そう言うなら、ユシアさんも私が捕まったことは気にしないで」


 お互い謝って、笑みが零れた。

 簪のことを謝ることが出来たおかげなのか、少しだけ気持ちが楽になった。眠気が押し寄せてきて、瞼が閉じていく。

 もっといろんな話がしたいのに、眠くて仕方がない。


 意識が遠のく前に、おやすみ、と言う優しい声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ