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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
87/507

19-2

「で、アリカさんはまた精霊の力を借りたのかな?」

「…え?」

「一人で何とかしたなら、それはそれでとても興味深いけど。そろそろ何をしたのか、教えてくれない?」


 数メートル先を歩く四人に聞こえないように、ルイは声を潜めて言った。

 亜莉香の両隣にはルイとルカがいて、わざとらしく速度を落とした。前を歩く四人との距離を空け、会話が聞こえない距離になったので、亜莉香は素直に答える。


「精霊達に協力してもらって、腕飾りを破壊しました。腕飾りさえ壊してしまえば、ユシアさんを狙うルグトリスはいなくなると思って」

「腕飾りが破壊されたから、もう狙われる心配はないと?」


 首を傾げたルイに、亜莉香は小さく頷いた。


「それもあります…けど、今回は見逃す、と直接言われたのです。それを言ったのはユリアさんではなく別の女性で、目的はルグトリスを使ってユシアさんを父親かキサギさんの目の前で殺すことだったのですけれど――」


 なんて説明すればいいのか迷って、言葉に詰まった。

 女性はルグトリスを使ってユシアを殺そうとしながら、亜莉香が自ら窓から飛び降りる時に、人質という理由など忘れて必死な表情で引き止めようとした。腕飾りを外す前には悲しそうで迷っている表情を浮かべ、わざわざ忠告を残して消えた。


 何がしたかったのか。

 どんなことを望んでいたのか。

 何も知らない女性のことを考えながら、亜莉香は言う。


「ユリアさんに見えていたのが別の女性だから、腕飾りを破壊された時点で、手を引くつもりだった気がします。見逃すと言われたから、私がそう信じたいだけなのかもしれませんけど」


 話をしながら、亜莉香は前を歩く四人の後ろ姿を眺めた。

 ルイに無理やり前を歩くように言われたトシヤはまだ機嫌が直っていなくて、トウゴがめげずに話しかけている。その後ろにユシアとキサギが並んで歩くが、二人分以上の距離を置いて、二人の間に会話がない。

 いつもより大人しくて静かなユシアの姿が、亜莉香の瞳に映る。


「ユシアさんの父親が愛した女性、ユシアさんの母親の忘れ形見である、ユシアさんが無事で本当に良かったです」

「形見はユシアのことだったのか?」

「はい。これは、精霊が教えてくれました」


 過去を垣間見て、とは言わずに亜莉香は答えた。

 一息ついたタイミングで、ルイが問う。


「別の女性、てさ。どんな人?僕達にはその姿が見えていなかったと思うんだよね。ユシアさんに似た女性、ではないわけでしょう?」

「そうですね…全くの別人です」


 女性の姿を思い浮かべて、亜莉香は言葉を続ける。


「私も途中までユリアさんの姿に見えていたのですが…真っ白な雪のような髪の、とても綺麗な女性です。私より年上だと思いますし、儚い印象がありました」

「他に特徴は?」

「えっと…他には…」


 真剣な顔のルカに見つめられて、必死に考える。

 説明が難しくて、上手い表現が出てこない。着物は覚えているが、それを答えてもいつも同じ格好とは限らなくて、髪型は着物を被っていたせいで説明できない。

 気になったことは、と呟く。


「…真っ白な扇を、持っていましたよ?」

「うーん、それは普段手に持っているとは限らないから、特徴にはならないかな」


 ばっさりとルイに言われて、亜莉香は肩を落とした。

 真っ白な扇は時折色が変わって見えたが、ルイの言う通り、それをいつも手にしているとは言えない。不思議な扇の存在が気になりつつ、他に言えることはない。

 申し訳なくなって、亜莉香の視線は下がった。


「すみません。あまり役に立つ情報がありません」

「気にしないで、ルカは確認したかっただけだから。聞いた話の人物を、今後探してみることにするよ」

「姿を隠すような奴だ。そう簡単にはいかないだろ」

「まあ、何もしないよりましでしょ?」


 話が途切れて、足音が響いた。

 それにしても、とルイがしみじみと口を開く。


「アリカさんが腕飾りを破壊するところを見たかったなー。あれ、相当魔力が必要なはずだけど、その過程を僕は見たかった」

「私の力ではなく、精霊の力ですよ?」

「力を貸してくれるのも普通じゃないもん」

「そう、なのですか?」


 右手を口元に当て、亜莉香は少し考える。


「精霊がいなかったら、私はきっと腕飾りを破壊出来ませんでした。あの場では誰にも助けを求められなくて、無我夢中で行動していましたから」

「トウゴくんはこっち来ちゃうしね」

「いても役に立たなかったけどな」

「それもそうだけど。アリカさんの傍に居たら、トシヤくんもあそこまで怒らなかったのに」


 ルイとルカの話を聞いて、トウゴに対して申し訳なさが芽生える。

 後で謝ろう、と歩いていると、未だ会話のないユシアとキサギのことが気になった。


「私が捕まっている間に、ユシアさんとキサギさんは何か話しましたか?」

「話したと言うべきか、修羅場だったと言うべきか」

「間違いなく修羅場だろ」


 ルカが断定して、亜莉香は言葉を繰り返す。


「修羅場とは?」

「変な手紙を開けた時、茶の間にいたのは僕とキサギくん以外なわけだけど、タイミング悪く僕達が鉢合わせして。キサギくんのせいだって、ユシアさんが泣き叫びながら平手打ち」

「あれ、相当痛かっただろうな」

「それは本人にしか分からないけど。その後にはアリカさんに何かあったら絶対に許さないとか、早く帰れとか。色々今までユシアさんが溜め込んでいた感情が爆発しちゃって、キサギくんは何も言い返せず、一緒に付いて来てくれたわけ」

「だから、二人の間があんなに気まずそうなのですか?」


 そう、とルカとルイは同時に頷いた。

 ユシアもキサギも、時折お互いを気にしている。目が合うことはなくても、意識しているのは後ろからよく分かった。

 前を見据えながら、ルカが静かに話し出す。


「ユシアは簪を持っていないせいで、相当不安になっていたみたいだ」

「それ、キサギくんも気にしていたな。それとなく、ユシアさんが想いを寄せている相手がいないか聞かれて、正直に答えたけど」

「「正直に?」」


 亜莉香とルカが聞き返せば、ルイはあっけらかんと答える。


「ユシアさんはずっと簪を持っていたよ、と。あと今持っていないのは、簪を修理に出すからだって、正直に」

「それ、ユシアの気持ちが駄々漏れ」

「結局、どっちも未練があったわけでしょ?ほら、何年も前に死んだと思っていた好きな子が、実は生きていましたなんて聞いて、可哀想だっただから」


 可哀想、なんて思っている様子がルイから読み取れない。

 自分だったら、と考えて、亜莉香は呟くように言う。


「確かに可哀想ですね…勝手に気持ちをばらされたユシアさんが」

「だな」

「え?もしかして僕、今二人に責められている?」


 瞬きを繰り返して少し驚いたルイに、亜莉香とルカは冷ややかな視線を送った。肯定とも言える態度に、ルイは反省する気配はなく、何か考える素振りを見せる。

 無言の空気に耐え切れなくなったのはルイで、すぐに話題を変えた。


「そう言えばさ、アリカさんはどうやって腕飾りを壊したの?まさか素手じゃないでしょう?」

「違いますよ。精霊達の力を借りて、ユシアさんの簪で壊しました」

「それ、見せてもらってもいい?」


 怒っていても仕方がないので、亜莉香は頷いた。

 襟元に隠していた簪を取り出せば、鈴蘭の飾りが一つ地面に落ちた。

 亜莉香の足が止まって、おそるおそる手のひらに簪を広げる。

 粗末にした覚えも、ぎゅっと強く握って壊した覚えもない。それなのに鈴蘭やビーズの飾り、一つ一つにひびが入っていて、急に古くなった別物に見える。

 あまりの変わりように、亜莉香は言葉を失った。

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