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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
80/507

18-1

「アリカちゃん、ユシアから形見の話は聞いた?」


 ユシアの部屋から茶の間に戻って来た時に、トウゴは疑問を口にした。

 泣きじゃくって、その後すぐにベッドに横になったユシアを部屋に置いて、亜莉香はお盆に湯呑と空いた皿を乗せていた。茶の間で顔を合わせるなり言われた言葉の意味を考え、首を横に振る。


「その話はしませんでした」

「だからね、トウゴくん。ユシアさんはおそらく知らない、と話したでしょう?」

「思い出す可能性もあるだろ?キサギも知らないと形見をさっさと相手に渡せば、ユシアの姉がいなくなってくれる可能性もある」

「それなら話が早く済んで楽だけどさ。あ、アリカさんも話に加わる?」

「えっと…食器を洗い終わったら混ざりたいです」


 話の中心にいたルイとトウゴが承諾をして、話が続く。

 茶の間ではソファでルカが寛ぎながら話を聞き、キサギは部屋の隅にいた。戸惑った顔のキサギは、部屋から出るに出られなくなってしまった様子。

 亜莉香は真っ直ぐに台所に向かい、洗い物をしていたトシヤに言う。


「トシヤさん、後は私が洗いますよ?」

「いいよ。代わりに洗った食器を拭いてくれない?」


 分かりました、と頷いて、亜莉香は持っていた食器をトシヤに手渡した。トシヤの隣で洗い終わった食器を拭きながら、茶の間に視線を移す。

 茶の間では形見に関しての討論が始まっていて、主にふざけた発言をするトウゴを、冗談交じりにルイが否定する。ルカは時々正論を述べ、キサギは話を振られた時だけ律儀に回答していた。

 そう言えば、と亜莉香はトシヤに問う。


「もう夜ですが、キサギさんは今日どうするのですか?寝る場所は?」

「本人は宿を探しに行く、とさっきまで言っていたけど。トウゴとルイが帰す気がなくて、結局俺の部屋で寝ることになった」

「トシヤさんの部屋ですか?」

「帰す気がないのに、トウゴもルイも自分の部屋に泊めたがらないんだよ。ここで寝てユシアと顔を合わせるのはまずいとか言って、俺に押し付けやがって」


 トシヤは深くため息を零して、声を潜めた。


「ユシアだけじゃなく、キサギも狙われる可能性があるからな。ルイは目を離したくないらしい――ユシアの様子は?落ち着いたか?」

「はい。今日はもう寝ると言って、明日は仕事を休むとも言っていました」

「そっか、それは予想出来たことだから、俺が朝一に爺さんの所に行くよ。診療所の様子も気になるし」

「相当、荒らされているかもしれません」


 昼間、亜莉香が最後に見た診療所の中でさえ、荒らされていた。

 亜莉香の所為ではないと分かっているが、酷い有様になっているに違いない。気持ちが沈んだ亜莉香を見て、トシヤは優しく慰め。


「爺さんなら、荒らされた家でも平気で寝るからな」

「…え?」

「前に強盗に入られた時には、むしろどうぞと言わんばかりに高価そうな品物とお金を持たせて、また来るように言ったらしい」


 絶句した亜莉香の顔を見て、トシヤは笑った。


「爺さん変わっているから、気にしなくていいよ。ルイが後で置き手紙を残して、宿で泊まるように助言して来たらしいけど、きっと本人は家で寝ている」

「凄いですね」


 しみじみと言い、それしか言えなかった。

 洗い終えたトシヤが、亜莉香の拭いた食器を棚に片付ける。そのタイミングを見計らって、ひょっこりとやって来たルイは、亜莉香を見てにんまりと笑った。


「忘れないうちに、アリカさんに頼んでもいい?」

「はい、何でしょう?」

「これ、アリカさんからユシアさんに返してくれない?」


 ルイがそっと差し出したのは、ユシアの簪だった。

 白い鈴蘭とビーズの簪を受け取る前に、手に持っていた食器と布巾を置いた。そっと受け取った簪をよく見れば、何かが違う。

 うーん、と唸ってから、亜莉香ははっとしてルイを見た。


「鈴蘭が一つ、ありません」

「やっぱり分かっちゃう?ユシアさんに返す前に、アリカさんに見てもらえば見間違いじゃないか分かるかと思ったら…やっぱり失くしちゃっていたか」


 あはは、とわざとらしく言ったルイの表情が暗くなる。


「これ、まずいよね。よく見ると他にもひびが入っているみたいだし、ずっと大切にしていたものだろうから、壊したのを知られたら怒られる」

「逃げている時に壊したのですから、ユシアさんも怒らないと思いますよ?ひびは…市場の修理屋さんに頼めば、直してもらえますよね?」


 一部始終を見ていたトシヤを振り返れば、じっとルイに冷ややかな視線を向けていた。


「ルイ…自分でさっさと謝って来いよ」

「え、嫌だ」


 明るくはっきりと言ったルイが清々しくて、亜莉香は笑いそうになった。

 何を言っても、ルイには話が通じない。それを悟ったのは亜莉香だけではなく、トシヤは深々とため息を零す。


「修理屋なら、これくらい直すだろうな」

「それなら私が明日、修理を頼んで来ますね。簪を返す時は、ルイさんも居て下さい。一緒にユシアさんに返しましょう」

「うん。ありがとう!」


 ルイは亜莉香に抱きついた。突然のことに驚きはしたが、亜莉香は簪を壊さないように両手で咄嗟に包み込んでいた。ルイの身長は亜莉香よりほんの少し高いだけなので、ユシアに抱きつかれる状況とよく似ている。


「ルイさん…簪を押しつぶさないで下さいね」

「分かっているよー。あ、トシヤくん、これくらいでヤキモチ焼かないでね」

「…ユシアじゃあるまいし」


 呟いたトシヤは後ろにいたので、どんな表情をしていたのか亜莉香には分からない。ルイはトシヤを見て、にやにやと話し出す。


「ユシアさんにこんなことをしても、トシヤくん変な顔をしないでしょ?」

「ルイ、そろそろ怒るからな」

「それは困るなー。アリカさん、簪をよろしくね」


 ぱっと離れたルイが、足取り軽くソファまで戻った。

 変な顔、と言うよりは、眉間に皺を寄せて怒っているようにも見えるトシヤが、困った顔になっていた亜莉香と目が合った。


「俺が修理屋に持って行こうか?」

「いえ、私が頼まれたことですので。あ、急いで残りを拭きますね」


 残っていた食器を急いで拭いて、トシヤは何も言わずに食器を片付けた。

 さっさと終わらせてトシヤと共にテーブルに戻れば、さて、とルイが両手を叩く。


「明日についてだけど、ユシアさんは家にいるだろうから、皆はいつも通りね。僕はキサギくんに付いて行こうと思います!」

「…本当に、付いて来ますか?」


 疑わしげな眼差しを向けられ、ルイはにっこりと笑うだけ。おそらく拒否されても隠れて付いて行くに違いない。トシヤがルイに呆れて、亜莉香は遠慮がちに尋ねる。


「キサギさんは、何か用事があったのですか?」

「旦那様の命である方に会い、引っ越し先の屋敷の下見や準備をしないといけません」

「貴族の使用人は大変だなー」


 自分は関係なさそうに、トウゴが軽く言った。

 キサギは苦笑すると、改まって正座をしてトシヤとトウゴに向き直る。


「私には…ユシアを守る資格はありません。傍に居ても苦しめるだけで、合わせる顔がありません。ユシアを、どうかよろしくお願いします」


 深く頭を下げたキサギに、ルカとルイが顔を見合わせた。

 少し驚いたのはトウゴで、トシヤは平然とした顔で言う。


「キサギ、お前もユシアを守るんじゃないのか?」

「協力はします。ですが、傍に居ればユリア様の反感を買うかもしれません」

「それでいいのか?」


 トシヤの疑問に、キサギは黙った。一瞬だけ瞳が揺れて、悲しそうな顔になった。キサギが何も言わなければ、トウゴが宙を見上げて呟く。


「守るなんてさ、人それぞれだよ。トシヤ達みたいに、戦える奴だけが守ることになるわけじゃない。それぞれのやり方で、守りたいものを守れば良くない?」

「トウゴくんが真面目なことを言うなんて」

「明日は大雨だな」

「おいおい。俺はいつも真面目で、素敵だろ。因みに俺は戦力にもならないから、ユシアを怒らせて気分転換させることしか出来ないぜ」


 後半のトウゴの言葉で、ルイとルカが盛大なため息をついた。

 トシヤも呆れて、キサギは呆気に取られている。トウゴが話すと、場が一気に明るくなる。亜莉香は笑みを零すと、自然と声が零れた。


「キサギさんがユシアさんを守れない、なんて嘘ですよ」


 話し出せば、視線が集まった。

 集めた視線を見返すことはなく、亜莉香はキサギを真っ直ぐに見つめる。トシヤやルカ、ルイのように戦える力はない。誰かを守れることはなく、逆に守ってばかりの日々だ。

 それでも、と心の中で呟く。


「ユシアさんにとっても、キサギさんは大切な人。大切な人が守りたい、と言ってくれたら、それだけで嬉しいことで、救われることもあるから。戦って守ってくれなくても、傍に居なくても、心は守られていると思いますよ」


 はっきりと告げた声が、静まり返った部屋に響いた。

 亜莉香の言葉が、キサギの心にどんな風に届いたのかは分からない。黙り込んだキサギに、それ以上のことは言えなかった。

 ユシアを守ろう、とその時に決意した。


 その瞬間を思い出して、目が覚めた。

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