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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
79/507

17-5

 翌日の午後、亜莉香は診療所を訪れた。

 急遽休診になった診療所には、ヤタ一人しかいない。

 いつも以上に静かな診療所は見慣れた光景からかけ離れ、物が散らばっていて、窓ガラスが割れていた。棚の小瓶や机の上にあったはずの紙が破れていて、まるで強盗でも入ったかのような有様。

 朝から片付けをしていたと言うヤタは、酷い有様に笑っていた。


「ほっほっほ、これは見事に壊れたみたいだ」

「笑い事ではないと思いますよ?」

「いやいや、壊れてくれたからこそ捨てられるものもある。あー、これは懐かしい。もう何年前に貰った花瓶で、捨てようか迷っていたものだ」


 楽しそうに言ったヤタは、花瓶の欠片を組み合わせて、元の形を再現し始める。

 ヤタは壊れた物でも懐かしんで、ごみに分類しようとはしない。一つ一つを確かめているので片付けは進まず、ごみがなかなか増えない。

 大きな段ボールに捨てる物を、まだ使える物を別の段ボールに分けて入れれば、圧倒的に多いのはまだ使える物だ。その中には亜莉香が捨てる物に分類したい物も入っているが、ヤタが必要だと言えば捨てられない。

 溢れかえる段ボールに何が入っているか、簡潔に記入して亜莉香はヤタを振り返った。


「ヤタさんは、昨晩本当にここで寝たのですか?」

「そうですね」

「…よく、寝られましたね」


 驚きを隠さず言えば、ヤタは笑った。

 次の指示をもらい、亜莉香は移動して、棚の中の壊れていない小瓶を紙に包みながら、段ボールに詰める。

 ヤタは花瓶をある程度まで元に戻したが、ごみと判断したようだ。名残惜しそうに段ボールに入れて、亜莉香に軽く忠告する。


「そうそう。棚の中には変な薬もあるから、取り扱いには注意してくれると有難い」

「…分かりました」


 すでに気にせず片付けをしていたので、亜莉香は注意深く小瓶のラベルを見た。

 色鮮やかな液体や謎の種のような薬が入った小瓶のラベルの中に、怪しい言葉が並んでいる。身体が縮む薬、透明人間になれる薬、馬鹿になる薬などなど。

 怪し過ぎる小瓶を一つ手に取り呟く。


「これ、本物?」

「中には本物もあるかもしれんが、作った本人しか効能を実感していない物も多い。捨てるには勿体ない、面白い貰い物でね」


 聞こえていないと思ったが、ヤタは返事を返してくれた。


「勝手に贈られる薬が、いつの間にか増えてしまった」


 ほっほっほ、とヤタの笑い声を聞いていると、心が穏やかになって亜莉香は笑みを零した。

 破れた紙を丁寧に拾い、それに、とヤタは言う。


「そろそろ、引っ越したいと考えていてね。これだけ色んなものが壊されると、運ぶものが減って助かる」

「その割には、ごみが増えていませんよ?」


 亜莉香に言われて、ヤタは部屋を見渡した。

 溢れかえる段ボールは増えたが、片付けが終わる気配はない。ふむ、と一言零し、ヤタは手を止めて、亜莉香に優しく言う。


「さて、そろそろお茶にするかい?」

「もう少し続けます」


 亜莉香が言えば、ヤタも片付けを再開した。片付けながら、そう言えば、と今度は亜莉香の手が止まって、ヤタの背中に問う。


「ヤタさんが、ユシアさんを助けたのですよね?」

「それは昔の話かな?」

「はい…その時に、ユシアさんは何かを持っていませんでしたか?ユシアさんは一文無しだったと伺いましたが、何か大切な、もしかしたら誰かの形見のようなものを」


 形見、と言うのは、ユシアを探していたユリアが言った言葉。

 探していると思われる形見の存在を、ユシアもキサギも知らなかった。それは昨日の夜の話し合いの結果で、駄目元で尋ねる。


「大切な形見、なんて知りませんよね?」

「ユシアの形見は知らないが、知人は面白いことを言っていたよ」

「面白いことですか?」


 頷いたヤタが、穏やかな笑みを浮かべて振り返った。


「私の知人で、この部屋にある変な薬を送りつけた男なのだがね。あと数日後にはこの街に引っ越してくる知人はこう言った――私にとっての形見は、物ではない」

「物ではない?」

「詳しく話を聞いたら、納得のいく話だった」


 どんな話なのか聞く前に、診療所の扉が開いて、誰かがやって来た。

 急患の声が聞こえて、ヤタは申し訳なさそうな顔になる。


「話の前に、少し席を外すことになりそうだ」

「私のことはお構いなく。この棚を片付けたら、一度外に出てごみを捨てて来ます。その後に詳しくお話を聞かせてください」


 謝ったヤタは、いそいそと部屋から出て行った。

 休診にしていても、患者は時々やって来る。ヤタが滅多に診療所を休みにしないのは、いつでも患者を受け入れられるように、という配慮だと前に聞いた。

 小瓶を全て段ボールに詰め、亜莉香はごみの段ボールを両手で持った。

 落とさないようにして、急患のいる部屋を通り越して外に出る。


 秋晴れの空は、薄い青色。天気が良くて嬉しくなり、階段を下りた。診療所のすぐ傍の路地、指定の場所にごみを捨てると、後ろで足音が聞こえた。


【見ツケタ】


 頭の中に直接響く、雑音のような声に背筋が凍る。

 振り返ろうとすれば、頭に強い衝動が走って、突然の痛みを感じた。頭を何かで殴られて、そのまま前のめりに倒れる。

 目の片隅に映ったのは、口が裂けた黒く揺れる人影。

 逃げたいのに、意識が朦朧とし始めて、身体が動かない。


 意識が途切れる直前、微かに金木犀の匂いがした。

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