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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
75/507

17-1

 屋根の上から、ルイに落とされた。

 そのまま地面にぶつかると思っていたのに、痛みは襲ってこない。誰かに受け止められて亜莉香の悲鳴は止まったが、心臓は五月蠅く息が上がっていた。

 おそるおそる受け止めた人物の、トシヤの顔を見上げて呟く。


「…トシヤ、さん?」

「そうだよ。平気か?」

「…何とか」


 今にも消えそうな声で答えて、肩の力が抜けた。

 肩と膝にトシヤが手を回し、横抱きになった状態は、所謂お姫様だっこ。普段の亜莉香なら恥ずかしがるし、遠慮したい体勢なのに、安心して深く息を吐いた。

 死ぬかと、思った。

 何も言えなくて、深呼吸を繰り返すことしか出来ない。

 まだ呆然として、事態を呑み込めない亜莉香からトシヤは視線を外した。屋根の上から軽々と飛び降りたルイに、怒りのこもった声で言う。


「ルイ…アリカの心臓を止める気か?」

「えー、トシヤくんには目配せしたでしょう?それに高所恐怖症ではないみたいだから大丈夫かなー、と」


 近付いて来たルイと、青白くなって固まっていた亜莉香の目が合った。

 ぎこちなく微笑むと、ルイは少し驚いた顔。


「ごめん、アリカさん。屋根の上を飛び越えても平気だったから、落ちても大丈夫かと」

「一言あれば嬉しかったです」

「じゃあ今度落とす時は、ちゃんと言うね」

「お前、反省しろよ」


 トシヤの言葉を、ルイは聞き流す。

 あまりにもルイが軽くて、亜莉香は怒る気なんて起きない。落とされたのは亜莉香なのに、何故かトシヤの方が怒っていた。どれだけ叱ってもルイは反省する気配が無く、おかしくて笑いを耐えようとするが、笑い声は消せなかった。

 笑い出した亜莉香の名前を、ルイが呼ぶ。


「アリカさん、また一緒に屋根の上を走ろうね。今度はルカも一緒に」

「アリカを巻き込むな」

「えー、少しくらいなら許してよ。トシヤくんみたいに危険な目に巻き込むつもりは毛頭ないよ?」

「俺も巻き込むな!」


 ふざけているルイに、トシヤが言い返した。

 笑っていた亜莉香を、眉間に皺を寄せたトシヤが振り返る。目が合ったトシヤの顔が、案外近いことに今更ながら気が付いた。

 一瞬で顔が赤くなったのは亜莉香の方で、顔を見られないように両手で隠す。

 隠すのが少し遅くて、トシヤの顔も少し赤くなった気がした。それを確認することは出来なくて、暫く顔は上げられない。ルイが微かに笑っている声がして、ますます恥ずかしい。

 このまま抱えられているのは耐え切れない。


「私、そろそろ降りても大丈夫です」

「…今降ろす」

「そのまま家まで帰ればいいのに」


 冗談交じりのルイの言葉を聞かず、トシヤは亜莉香を地面に降ろした。

 地に足が着いて安心したと言うより、トシヤと離れたことに安心した。何となくトシヤから一歩離れると、トシヤの耳が微かに赤かった。

 それで、とトシヤが話題を変えようと、ルイを見る。


「なんで俺が神社の近くのこんなところに呼び出されたんだよ」

「さっきまで僕達ルグトリスに追われていて。トシヤくんにはアリカさんを家まで無事に送り届けてもらおうと思って」


 あれね、と言ってルイが振り返れば、丁度交差した路地の奥に、ルグトリスがいた。

 亜莉香達を見て数十メートル先で立ち止まり、ふらふらと揺れている。黒い着物と袴に、黒い帽子を被ってはいるが、口が裂けたルグトリス。人のような姿をしていて、腰が曲がって老婆のように見えた。

 漆黒の闇が広がる口を開けながら、ルグトリスが駆け出した。

 腕の振り方がどうしても横に振っていて、内股なのは変わらない。

 見た目が老婆の、素早い女の子走りに、トシヤが思わず呟く。


「新種の化け物か」

「トシヤくん、上手いこと言うね」


 あはは、と笑ったルイが懐に隠していた小刀を取り出し、迫って来るルグトリスに向かって駆け出した。亜莉香とトシヤの数メートル先で接触して、ルグトリスの仕掛けて来る攻撃を綺麗に避け、代わりに小さな傷を増やしていく。

 傷が出来る度に、黒い光が宙に消えて行った。

 トシヤはわざわざ戦いに参加しようとしない。ルイを信用している様子で、腰に下げている日本刀を抜こうともしない。

 視線はルイとルグトリスに向けたまま、亜莉香に問う。


「俺達、家に帰っていいのか?」

「どうなのでしょうか?一応、私はトシヤさんと帰るように言われていたのですが」


 ですが、と言って、言葉が止まる。

 即座に帰る気にならないのは、ルイがあまりにも楽しそうに見えるせいだ。武器は小刀しか持っていないのに、ルグトリスの迫って来る手足の攻撃を避け、隙を見ては斬りつける。一定の距離から動かないように、押しては引いて、斬っては蹴っての繰り返し。

 魔法を使う隙さえ与えず、遊ばれているルグトリスが憐れにも見える。

 頭に着物を被ったルイは始終笑みを浮かべ、鼻歌さえ歌い出しそうな雰囲気があった。可愛い兎のように飛び跳ねて戦うような姿に、トシヤが何とも言えない顔になる。

 その気持ちはアリカも同じで、急いで帰らなくても問題はない気がした。

 ルイを見ながら、申し訳ない気持ちで亜莉香は言う。


「なんだか、毎度トシヤさんを巻き込んでしまい、すみません」

「謝るってことは、また、アリカがルグトリスに襲われていたのか?」

「いえ、今回はユシアさんが狙われていまして」

「ユシアが?」


 驚いたトシヤが亜莉香を振り返った。

 上手く説明出来る気がしないが、亜莉香は一連の出来事を思い出しながら答える。


「えっと…ユシアさんと一緒に買い物に行こうと診療所に迎えに行ったら、知らない女性と言い争っていて。その女性が目の前のルグトリスを従えて、ユシアさんを捕まえようとしたのです。それで逃げ出して、一時はケイさんの店で匿って貰ったのですが」


 ですが、と言いながら、亜莉香の視線がルイに戻る。


「ユシアさんが無事に家に帰れるように、ルイさんがユシアさんの代わりで囮になって逃げていました」

「なんでアリカまで?」

「最初に逃げ出した時に、ルイさんとルカさんが私とユシアさんの二人を逃がしてくれたので。そのまま逃げている途中、と言う設定なのです」


 設定、と言いつつも、ルイは全然ユシアのようには振る舞わない。着ていた格好だけ取り替えて、あとは自由気ままなルイを亜莉香が眺める。トシヤもルイを見ながら、呆れた声で言う。


「囮なら、囮らしくするべきだろ」

「ルイさん、最初からあんな感じでしたよ。それに、結果的にはルグトリスは私達を追ってきましたから。今頃ユシアさんは、ルカさんに守られて荷車で家に帰っているところかと」

「ルカはユシアの傍にいるわけか」


 トシヤが納得した顔になったので、それ以上の説明はやめた。

 亜莉香自身もまだ分からないことが多くて、疑問が多い。ユシアにどことなく似ていた女性のこと。ルグトリスを従えていたこと。女性がユシアに向かって話していたこと。

 聞きたいことはユシアにしか聞けなくて、分からないことばかりだった。

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