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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
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02-2

 受付を通り過ぎ、短い廊下の一番奥の部屋に通される。

 部屋の真ん中に丸い木製のテーブルを挟んで、二人掛けの白いソファが二つ。部屋自体は先程の診療所の受付があった部屋とよく似ている。

 入口の左手の本棚には沢山の書類が詰め込まれ、溢れかえっている。本棚と反対の壁に窓が一つあり、その窓の近くに並べられた机と椅子が二組。奥の机はもので溢れているが、手前の机は整理整頓されていた。

 その机の上にユシアは手に持っていた紙の束を置き、入口で止まっていた亜莉香とトシヤを見た。とりあえず、と疲れたと言わんばかりの声で言う。


「二人とも適当に座って。今お茶を入れるから」

「あ、私は別に――」

「じゃあ、お茶菓子もよろしく」


 断ろうとした亜莉香の小さな声は、トシヤの声で遮られてユシアまで届かなかった。

 分かったわ、と返したユシアが机の隅に置いてあった小さな冷蔵庫の扉を開け、中から透明な容器に入った飲み物を取り出す。


 ユシアがグラスにお茶を注いでいる間、トシヤはソファの前まで迷わず進み、そっと亜莉香を降ろした。ソファに座ってみると、柔らかいソファの座り心地が良くて、身体が僅かに沈む。マシュマロみたいなソファだな、と観察していた亜莉香を置いて、トシヤはテーブルを挟んで亜莉香の前のソファに深く腰を下ろした。


「あー、疲れた」

「すみません、私のせいで。色々と迷惑をかけて」


 帽子を被った状態のまま、亜莉香は深く頭を下げた。自分自身の言葉に申し訳ない気持ちが溢れて、顔を上げられない。

 違うだろ、とトシヤははっきりと否定する。


「絶対にルカのせいで、アリカが謝る必要はない」

「そうよ。巻き込まれた方はいい迷惑で、災難。だから、顔を上げて」


 優しいユシアの声に、亜莉香はそっと顔を上げる。にっこりと笑ったユシアが隣に立っていて、お茶の入ったグラスを差し出していた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます…」


 お礼を言って受け取って、そのまま口に運ぶ。


 お茶、と言うより抹茶の味が喉を潤し、亜莉香の肩の力が抜けて落ち着きを取り戻す。

 美味しい、と素直に呟いた亜莉香を見て、ユシアは笑みを零すと、トシヤにも雑にお茶を手渡して、自分の分のグラスをテーブルに置く。

 身を翻し、お茶菓子を準備するユシアが傍から離れてから、亜莉香はほっと息を吐いた。顔を上げれば、お茶を飲もうとしていたトシヤと目が合う。


「帽子、もういらなくないか?」

「え…?」


 一瞬、亜莉香はぽかんとした顔になった。言われてみればと思い、持っていたグラスをテーブルに置いて、慌てて帽子を外す。

 そうじゃなくてお礼を言わないと、と口を開く前に、お茶菓子を持って来たユシアが戻って来た。お茶菓子、と言う名の桜の形をした和菓子を三つ、テーブルの上に置いたユシアは空いていた亜莉香の隣の空間に座り、亜莉香の方を見た。


「さて、改めまして。私はユシア、貴女の名前は?」

「あ…えっと…吉高亜莉香じゃなくて…亜莉香、です」

「アリカちゃん、と呼べばいいかしら?」


 はい、と頷けば、ユシアは悲しそうな表情で頬の傷を見つめ、そっと触れた。

 突然頬に触れられて、戸惑う亜莉香に、ユシアは申し訳なさそうに言う。


「本当にごめんなさいね。変な騒ぎにトシヤ達が巻き込んで」

「いえ…その、私の方にも責任があったのですが…」

「うふふ、そんなわけないじゃない。どうせ、悪いのはトシヤ達の方よ」


 否定しても、信じてもらえる雰囲気ではない。心なしか逆らえない雰囲気を醸し出すユシアに、亜莉香は大人しく口を閉じた。


「怪我はこの傷だけ?」

「あ、はい――っい!」

「あ、痛い?ごめんね」


 心のない謝罪を言い、ユシアは傷をなぞった。真面目な顔が近いが、ユシアは傷しか診ていない。顔が近いせいか、傷に触れられているせいか、緊張して亜莉香は動けない。

 ユシアは傷を冷静に見て、判断する。


「鋭い刃物の切り傷。掠った程度でも、軽い火傷。血は渇いているけど、女の子の肌に怪我を負わせるなんて。本当に信じられないわ」


 ユシアの言葉に、トシヤが居心地悪そうに和菓子を口に運ぶ。


「それくらいなら、ユシアでも簡単に治せるだろう?」

「当たり前じゃない。何年怪我の多いトシヤの怪我を治していると思っているのよ」


 呆れるように言い、微かに淡く白い光がユシアの手から放たれる。その光はすぐに収まり、ユシアは手を離した。


 何が起こったのか、理解していないのは亜莉香だけ。


 ユシアはまじまじと亜莉香の頬を見て、満足した顔になった。


「うん。流石私。完璧」

「何の説明もなく人の怪我に触れる以外は、だけどな」

「トシヤは一言多いのよ。全く問題ないじゃない」


 ぷう、とユシアは頬を膨らませた。

 亜莉香がおそるおそる怪我に触れれば、痛くもないし怪我もない。鏡が手元にないから確認出来ないが、確かに傷はなくなっているようだった。

 ユシアは袖の中から小さな鏡を取り出し、亜莉香に鏡を差し出す。


「どう?まだ、痛む?」

「いえ、痛みはないです…怪我、全くなくなるのですね」


 鏡に映った自分の顔に素直に驚いて、亜莉香は言った。まるで最初から傷がなかったような肌で、前より綺麗な肌になったようにも思えてしまう。


 本当にすごい、と同じ言葉を何度か繰り返して、鏡で傷があった箇所を見た。

 亜莉香の様子にユシアは嬉しそうな顔になり、少し照れながら言う。


「それが私の癒しの魔法なの。大怪我は治すのに時間がかかるし、病気は治せないけど。小さな怪我なら得意よ。癒しの魔法を見るのは、初めて?」

「はい」

「アリカちゃんは、どんな魔法使えるの?」


 ユシアの何気ない質問に、言葉が詰まる。

 どんな魔法が使えるのか、と言うより、魔法なんて使ったこともなければ、ルイには魔力を感じない、とまで言われている。これから先も魔法が使える気はしない。


 ここは正直に答えることにした。


「魔法は使ったことがありません」

「そうなの?」


 首を傾げて不思議そうに亜莉香を見つめるユシアに、トシヤが口を挟む。


「アリカはド田舎から魔法か何かで飛ばされて、ルカとルイのいつもの模擬戦に巻き込まれた。それで、その怪我。魔力や魔法についての知識もないわけだ」

「それは…大変だったわね」

「別の場所へ一瞬で移動するのは、風の魔法の一種だったっけ?」

「移動の基本は風の魔法よ。でも、違う場所へ、と言うのは相当な魔力の持ち主じゃないと無理よ。実際に移動出来た人なんて、いるのかどうかさえ怪しいくらい難しい魔法だから」

「そうだっけ?俺、もっと簡単な魔法かと思っていたけど」

「違うわよ。風で自分に追い風を吹くのは、簡単な移動の魔法。全く別の、知らない場所へなんて。物であれ人であれ、目には見えない速さとどこに移動したいのか、具体的な位置情報が必要で。高度な魔法だから相当魔力の強い人、または数人がかりで行える可能性のある魔法とされているのよね。昔から研究は続いていて――」


 一人呟くように、右手を口元に当てて、視線を下げて説明を続けるユシアについていけるはずもなく、亜莉香はそっとお茶を飲む。トシヤは途中で説明を聞くのを止めたのか、和菓子に手を伸ばした。


「つまり、今のところまだ誰も扱えていないはず――て、聞いてないわね」

「話が長い」

「先に聞いたのはどっちだったかしら?」


 テーブルに身を乗り出して、ユシアは和菓子を食べていたトシヤの頬をつねって引っ張った。痛がるトシヤの顔を見て満足したのか、引っ張るのを止め、亜莉香の隣に座り直す。


 さて、と楽しそうにユシアが言った。


「魔力について、私が説明しましょうか?」

「それは俺がさっきした」

「なんでよ。私が説明したかったのに」

「それくらいいいだろ。アリカ、さっき魔力は血筋で、見た目で魔力が予測出来る、と言ったけど、ユシアみたいのは例外。見た目の髪の色は母親譲りで、魔力は祖母譲りらしい」


 例外、と言われ、亜莉香はユシアを見る。

 目が合ったユシアが、笑顔で頷いた。


「私の父は火の魔力、母は風の魔力を持っていたけど。私は母の母、つまり祖母が癒しの魔力を持っていて、髪の毛の色は母親譲りだけど、魔力は母親経由で祖母譲り。癒しの魔法を使う祖母の髪は白だったそうなのよね」


 会ったことないけど、とユシアは言い、お茶を飲む。

 一呼吸してから、言葉を続けた。


「両親の魔力が違うことはよくあることだけど、子供はそのどちらかを受け継ぐのが普通。中には両親のどちらの魔力を受け継ぐ子もいるし、祖父母の魔力を受け継ぐ子供の方が圧倒的に少ないの」

「その少数派がユシアと言うわけだ」

「そうね」


 頷いたユシアに和菓子を勧められ、亜莉香はそれを手に取った。一口ずつゆっくりと和菓子を食べる姿をユシアが眺めているので、気恥ずかしくなり視線を下げる。

 ため息交じりに、トシヤが言う。


「ユシア、見過ぎだろ」

「だって、可愛いのよ。アリカちゃん、他に聞きたいことはない?私で良ければ何でも答えるわ」


 楽しそうなユシアに言われ、亜莉香は少し考える。


「えっと、では。この国について教えてもらえますか?」

「この国、て【ルミエール】のこと?」

「はい」


 ルミエール、と言う名前の国だったのだと、今更ながら知る。そうねえ、と考えながらユシアは立ち上がり、机の上に置いてあった紙と鉛筆を持って戻って来た。


 元いた場所には戻らず、亜莉香とトシヤの近くに、膝をついてしゃがむ。

 テーブルの上に紙を置き、ドーナツのように二重の円を書く。そのドーナツの円を三つに分け、中心に【王都パロール】と書き加えた。三等分した空白の一つに、【ガランス】と書いて、その中心に星印を付けた。


 ユシアが亜莉香の方を見る。


「私達が今いる場所が、このガランス。通称、火の街とも呼ばれる場所ね。火を扱う人間が多い土地で、本来は領主が治めている土地全てをガランスとも呼ぶけれど、いつの間にか領主がいるこの街自体が、ガランスと呼ばれるようになったそうよ」

「王都以外で大きな街の一つ、ですよね?」

「そう。他に大きな街が、セレストとシノープル、それぞれガランスと同じで水と風の街とも呼ばれる街があるの」


 三等分した残りの空白に、それぞれ【セレスト】【シノープル】、それから星印をユシアはすらすらと書いた。次々と書き込まれる文字は見慣れぬ文字なのに、はっきりと読めてしまう。

 紙を覗きながら、亜莉香は尋ねる。


「王都は【パロール】で合っていますか?」

「ええ、王都はパロールよ。王様がいる都で、人も多い場所だけど、特に目立った行事もないし、噂もあまりないのよ」

「王、と言っても、姿を見せない王様だからな。今は女王だっけ?」

「ええ、女王様。王都より、それぞれの街の祭りの方が賑やかで有名ね。春はシノープルの風船祭り、夏はセレストの水花祭り、秋はガランスの灯籠祭りで、冬はそれぞれの土地で新年を祝うのよ」

「俺らは灯籠祭りしか参加したことないけどな」

「仕事があるのだから、当たり前でしょ。セレストやシノープルまで行くなら、今の仕事辞める覚悟で旅人になって行ってきなさいよ。私は止めないから」


 トシヤの言葉に、ユシアは冷ややかに言い返す。うっと、トシヤは言葉を詰まらせ、亜莉香は質問を重ねる。


「二つの街までは、とても遠いのですか?」

「歩いて、一月くらいよ。アリカちゃん、他の街に行きたいの?」

「い、いえ。聞いてみただけです」


 悲しそうな顔をされ、亜莉香は急いで首を横に振る。歩いて、と言う単語が気になって聞いてみただけで、深い意味はない。


 神社から診療所に来るまで、人々は皆歩いていた。

 車や電車なんて存在は、この国にない。歩くのが基本なのだろうな、と考えて、自分の体力が心配になる。

 亜莉香の不安そうな顔を勘違いして、トシヤがユシアに問う。


「でも貴族の馬車なら、半月で行けるだろ?」

「そうよ。でも、私達みたいな庶民が馬車なんて乗れるはずがないでしょう?貴族なんて私、関わりたくもないもの」

「…貴族、がいるのですね」


 小さくも呟いた言葉に、トシヤとユシアが驚いたような顔で亜莉香を見た。


「当たり前のことだけど。アリカちゃん、貴族の存在を知らなかったの?」

「…はい」

「あー、なら。それも説明しといた方がいいだろうな」

「そうね。関わらないとは思うけど、目を付けられた厄介だし、貴族についても説明しましょう。その前に、先生に一声かけて来るわ。二人とも待っていてね」


 亜莉香とトシヤの返事も聞かず、ユシアは鼻歌を歌いながら、足取り軽く部屋を出て行く。引き止める暇もなかった亜莉香とは違い、トシヤはひらひら手を振って見送った。

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