15-5
広い荷台に横たわる四人を見て、亜莉香は呆然とした。
「えっと…皆さん大丈夫ですか?」
「なんで全員寝ているんだよ」
亜莉香の後ろから顔を覗かせたトシヤが言い、荷台の中の四人をよく見た。
買い忘れていたお土産をトシヤと一緒に買いに行った間に、屋根の付いた広い荷台に乗せてあった藁を枕にして横になっているのは、左からユシアとルカ、ルイとトウゴ。ユシアはルカの方を向いて横向きに、ルカは仰向けで、トウゴはルイに背を向けて寝ていた。
ルイだけが起きていて、眠そうな顔で大きな欠伸をした。
「あ、お帰り。早かったね」
「ルイも今にも寝そうだな」
「だって、実際眠いもん。トシヤくんは早々に寝たけど、僕とトウゴくんは朝まで話していたわけで。女子部屋もそんなもんでしょう?」
ルイに同意を求められ、曖昧に亜莉香は頷いた。
昨日の夜、ユシアが待っていた部屋に行くと、怒るよりも先に顔が青ざめて、治療を優先してくれた。その間にルカとルイもやって来て、嘘を踏まえた説明をして、ユシアのルイの親族に対する怒りが冷めるまで、時間がかかった。
部屋に戻った時には時刻は深夜で、亜莉香とルカはすぐに寝るつもりだった。
ユシアだけが目が覚めてしまったようで、朝まで他愛のない話に付き合わされる羽目に。ルカは無視して寝るかとも思ったが、ユシアに対して宿に置き去りにした責任を感じているようで、素っ気ない相槌をしながら起きていた。
実際に寝た時間は、きっと一時間にも満たない。
それでも朝ご飯を食べて、午前中に急いでお土産を買って、昼近くに温泉街の入口に集まった。お土産の買い忘れに気が付いたトシヤに亜莉香が付き合い、戻って来たら待っていた四人のうちの三人は爆睡。
起きる気配は、まるでない。
呆れ返ったトシヤが買ったお土産を荷台に乗せると、声を潜めて言った。
「俺、全員揃ったことを知らせて来る」
「それなら私も――」
「いいよ。アリカは先に荷台に乗っていろ」
「トシヤくん、よろしく」
起き上がったルイが言い、右手を振った。お前は来い、と言いたげな表情を浮かべたトシヤが、何も言わずに荷台の前に回った。
さて、と言って、立ち上がったルイは亜莉香に右手を差し伸べる。
「はい、アリカさんは荷台に乗って」
「あ…はい。ありがとうございます」
ルイに手伝ってもらい、荷台の後ろに座りこむ。流石にルイが寝ていた場所に行くつもりはない。欠伸を噛み殺したルイが亜莉香の隣に座り、気持ち良さそうに寝ているルカを見ながら問う。
「アリカさんは眠くないの?」
「うーん…もう少しは大丈夫ですね。ルイさんこそ、寝ていてもいいですよ?」
「寝たらきっと、街に着くまで起きられない気がする。アリカさんはもしかして――」
もしかして、と言ったルイが言葉を止め、一層小さな声で言う。
「精霊に、何かを見せられた人?」
「え…ど、どうしてそれを?」
咄嗟に答えれば、ルイが亜莉香を見て微笑んだ。
「アリカさん、正直者だよね。かまをかけただけなのに」
「えっと…その…すみません。ルイさんとルカさんの過去を少しだけ見てしまい、言おうか言うまいか悩んでいて。どうして、気が付いたのですか?」
「先々代…昔、アリカさんと同じことを出来た人がいて、その時の状況と似ていたから、かな。因みに、どんなところを見られたのか教えてくれる?」
膝を抱えたルイが、亜莉香に言った。
右手を口元に寄せ、精霊が見せた過去を思い出す。
「ルイさんとルカさん、イオさんの三人が林の中で夜光花を探しに行くところと、木々が燃えてルカさんのお母さんが亡くなるところ。それから、先代とルイさんが呼んでいた方とルイさんが二人で話していて、ルカさんの話や光跡花の話をしていたところだったと」
「そんなこともあったな、懐かしい話」
ルイの視線が、ルカに注がれる。
亜莉香もルカに視線を向ければ、ルカの母親の姿が脳裏に浮かんだ。
自分が死んでしまうとしても、娘を守って欲しいと願った女性。ルカを託された気持ちはきっと今でもルイの心の中にあり、痛々しく心に残る記憶を思い出した。
過去を変えることは出来ず、亜莉香はルイと同じように膝を抱える。
「精霊は、誰にでも過去を見せるものなのでしょうか?」
「違うよ。誰でも過去を見ることは出来なくて、精霊が過去を見せるのは、意味があるものだと僕は教えてもらった。僕が一瞬だけ見えた精霊はきっと、アリカさんに伝えたかったことがあるんだよ」
伝えたかったこと、と小さく呟いた。
あの子達を見守ってあげて、と言った精霊の言葉を忘れてなどいない。あの子達の一人だと思うルイに、話をしていて気になったことを亜莉香は訊ねる。
「ルイさんも精霊が見えるのですか?」
「時々、ね。アリカさんみたいには見えてないよ」
きっと、とルイが優しく亜莉香に微笑んだ。
「アリカさんは、これから先も精霊と関わるだろうね。精霊の姿が見えるのは、魔力がとても強くて、精霊に愛されている証だって」
「そうなのですか?」
「うん。今は誰かに封印されているアリカさんの魔力、本当は凄く強いものだと思う。そのうち封印が解けたら、誰よりも強くなると思う」
「想像出来ませんね」
だね、と言ったルイが笑った。
ルカだけじゃなくて、たった一日でルイの表情が柔らかくなった気がする。二人で笑っていると、戻って来たトシヤが不思議そうな顔で声をかける。
「どうした?何か面白いことあった?」
「別に、ただの世間話だよ。トシヤくんが戻って来たのなら、僕も寝よう、と」
大きな欠伸をして、ルイはルカとトウゴの間に戻った。仰向けで横になり、両腕で顔を隠す。あ、と声を出すと起き上がって、人差し指を口に当てた。
「アリカさん、僕と先代の話を聞いていたのなら、その内容は秘密だよ。特に僕のことについてはね」
「分かりました。誰にも言いません」
「ありがとう…そして、おやすみ二人とも」
荷台に上がったトシヤにもルイは言い、今度こそ両腕で顔を隠した。
微かな寝息がすぐに聞こえて、荷台に上がったトシヤが呆れ返る。
「寝るのが早い」
「よっぽど疲れていて、昨日寝ていなかったと言うことですよ」
微笑んだ亜莉香の隣に、トシヤが腰を下ろした。
荷台がゆっくりと動き出して、亜莉香は遠ざかっていく温泉街に目を向ける。あっという間に過ぎてしまった時間に、素直な感想が口から零れた。
「楽しかったですね」
「唯一怪我した人間が、よく言うよ」
「怪我と言っても、掠り傷ばかりでしたよ。トシヤさんは、楽しくありませんでしたか?」
振り返った亜莉香が言い、トシヤは少し考える。
「まあ、楽しかったな。旅行は初めてだったから」
「お土産は沢山買いましたね。帰ったら配るのが大変そうです」
「俺らに比べ、ルカとルイなんて土産の一つも買わなかったよな。それもそれで、どうかと思ったけど」
トシヤが寝ているルカとルイを見た。亜莉香も視線を向け、小声で言う。
「ルカさんとルイさんは、お土産以外の大切なものを手に入れた感じですよね」
「例えば?」
「うーんと、フミエさんとの友情?」
「あー…昨日の夜に泣かせていた、あの一件。俺、さっぱり分かっていなかったけど」
何も分かっていないトシヤに、亜莉香は笑いそうになってしまった。分かっていなくても、トシヤならその時の状況によって、手を差し伸べたり、助けたりするに違いない。
トシヤと話をしていたら、少しだけ眠くなって欠伸を噛みしめた。
眠そうな亜莉香に、今度はトシヤが笑った。
「アリカ、眠いなら寝ろよ」
「いえ…トシヤさん一人を残すわけには」
「気にしなくていいから。残念ながら、横になるスペースはないけどな」
そうですね、と言って、気持ちよさそうに寝ている面々を見る。
乗り物酔いに弱いユシアは、楽しい夢を見ているかのように微笑みながら、ぐっすり寝ている。反対側にいるトウゴは何故か眉間に皺を寄せていて、ルカは穏やかな表情を浮かべている。顔を半分隠して寝てしまったルイの口角は、僅かに上がっていた。
ぐらりと揺れた荷台に、亜莉香の頭がトシヤの肩に触れた。すぐさま頭を元に戻したが、ぼんやりとしていると、何度もトシヤにおっかかりそうになる。
トシヤが微かに笑っていたが、眠たい亜莉香の口は開かない。
亜莉香の瞼が完全に閉じたのは、それから少ししてからのことだった。




