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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
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14-4

 真っ暗闇の中、立ち上がった亜莉香の前に紅色の光がある。ふわふわ浮いて、蛍みたいな光を見ていると、今まで見た光景が蘇って、また泣き出しそうな気持ちになった。

 泣くまい、と唇を噛みしめた亜莉香の耳に、女性の声が届く。


 ありがとう、ともう一度聞こえた。


「私は、何もしていません」


 そんなことはない、と嬉しそうな声が言った。

 亜莉香が話せば話が通じるようで、深呼吸を繰り返してから問う。


「さっき私が見たのは、過去、ですか?」


 そう、と答えが返って来た。


「どうして、私に過去を見せたのですか?」


 代わり、と光は言った。私の、と続いた言葉に質問を続ける。


「私の代わり?私は…精霊じゃない。精霊の姿は見えているかもしれないけど、代わりにはなれないです」


 知っている、と言った光が、亜莉香の周りを弱々しく回る。短い言葉でしか会話が出来なくて、亜莉香が黙り込むと、光の方が話し出す。

 私は消えるの、と耳元で囁く声がした。


「え?」


 驚いて紅色の光を目で追えば、もう一度同じ言葉を言った。


「どうして…?」


 亜莉香の質問に、答えはなかった。飛び回るのをやめた光が、目の前に戻って来た。ふわふわと浮いていた光は今にも消えてしまいそうで、少しずつ下がっていく。

 そっと両手を差し出せば、紅色の光は逃げもせずに亜莉香の手の上に収まった。

 温かくて、とても小さな光。

 紅色の光がなければ、真っ暗闇の中で心細くて仕方がなかったはずだ。


 壊してね、と光は言った。


「何を…?」


 野原にある嫌なもの、と言った光が最後の力を振り絞って、再び舞い上がる。亜莉香を包み込むほどの光を放ち、眩しくて目を閉じる。


 あの子達を見守ってあげて、と最後に声が聞こえた。






 誰かに名前を呼ばれている。

 亜莉香が瞳を開けば、いつの間にか座りこんでいた。顔を上げれば安堵したルカとルイの顔があり、倒れないようにトシヤが肩を支え、頭は寄りかかっている状態だった。

 深く息を吐き、亜莉香は掠れた声で言う。


「私、は…?」

「突然走り出して、野原に辿り着いた途端に気を失った」

「目が覚めて良かった」

「心配かけるなよ」


 トシヤの説明に続けて、ルイとルカが言った。


「ごめんなさい…精霊が、呼んでいたから」

「ルカから話は聞いたよ。精霊と、魔法の光が見えていたんだって?」


 少し困った顔で、しゃがんでいたルイの言葉に亜莉香は微かに頷いた。

 寄りかかっていた頭を少し動かしただけで、頭に響く痛みが走った。左手で頭を押さえ、閉じてしまった瞼を開く。

 トシヤに寄りかかっているせいなのか、心臓の音が聞こえると痛みは引いていった。

 痛みが消えてから、亜莉香は口を開く。


「精霊が呼んでいて、気が付いたら駆け出していました」


 それで、と言って、ルカとルイの姿を見ると、言葉が詰まった。

 過去を見ました、と正直に言えない。見守って欲しい、というのが、紅色の光に見えた精霊の願いなら、この場で話をするのは違う。

 視線を下げて、まずはゆっくりと息を吐く。


「野原にある嫌なものを壊して欲しい、と精霊には言われました」

「何か、その嫌なものを見つけるヒントはないの?」

「それしか、言われなかったので」


 ルイの言葉に、申し訳なさそうに言った。ルカとルイが顔を見合わせて頷き、ほぼ同時に立ち上がる。


「精霊がここまで導いたのなら、おそらくこの近くにあると思う」

「俺はこっち」

「なら、僕は反対。トシヤくん、暫くアリカさんの傍に居てね」


 トシヤが頷くと、ルカとルイは野原をくまなく探し始めた。

 亜莉香も手伝いたい気持ちがあったが、何となく身体が重い。暫く動くのが億劫で、話をするのにも体力を奪われた気がする。何もしたくないのに、目を閉じれば精霊が見せた過去を思い出しそうで、ぼんやりとルカとルイを眺める。


 知らなかった過去の一部を、知ってしまった。

 当事者でもないのに、まるでその場にいるみたいな錯覚を覚えた。

 精霊の存在すら今日まで知らなかったのに、一気に沢山の情報を与えられて、頭の中がまだ混乱している。黙った亜莉香に、トシヤが訊ねる。


「大丈夫か?」

「はい…ただ、少し疲れただけです」

「アリカの少しは、信用出来ないからな」

「酷いですね」


 トシヤの言葉に、亜莉香は僅かに笑った。

 笑うと呼吸がしやすくなって、トシヤに寄りかかっていた頭を動かす。トシヤが支えていた手をそっと離し、一人で座る程度まで身体は回復した。

 月明かりを見上げて、もう大丈夫だと確認。

 隣にいてくれたトシヤに、亜莉香は笑みを浮かべる。


「ありがとうございました、トシヤさん」

「何が?」

「いつも助けてくれるお礼です。そのうち、この恩を倍にして返しますので、期待していて下さいね」


 楽しそうに言えば、トシヤは穏やかな表情で言い返す。


「それなら、俺の方こそアリカに返さないと」

「何の話ですか?」

「飯を作ってくれたり、面倒な奴らの世話をしてくれたり。そんな感じの、お礼」

「私が好きでやっていることなので、お礼なんて要りませんよ?」


 首を傾げた亜莉香に、トシヤが笑った。笑われる理由が分からなくて、声をかける前に大きな爆発音がした。驚く亜莉香をトシヤが引き寄せ、抱きしめられたままの亜莉香は音のした方角を見た。


「な、何が?」

「分かんないけど」


 ぎゅっと抱きしめられて、亜莉香も思わずしがみつく。

 音がした方角にはルイがいて、煙が上がっていた。風が吹いて視界が見やすくなると、ルイは小刀を構えたまま、何かを見つめていた。

 静まり返ると、小刀を下ろす。

 肩の力を抜いたルイが振り返るよりも早く、激突する勢いで駆け寄ったルカがルイの胸倉を掴み、大きな声で叫んだ。


「見つけたら、俺を呼べよ!」

「え、だって壊さないといけないものでしょう?さっさと壊しても、問題なくない?」

「壊す過程で危険があるかもしれないだろうが!」


 この野郎、と叫びながら、ルカがルイを揺らしても、笑って済まされている。

 話を聞く限り、ルイは何かを破壊したようで、亜莉香は安心して肩の力を抜いた。それはトシヤも同じ気持ちで、ルイとルカの方を見ながら呆れて言う。


「爆発音は、心臓に悪いな」

「そうですね」


 同意すれば、ほぼ同時にため息が零れた。

 黙って見守っていると、ルカから解放されたルイは地面に置いてあった何かを拾った。亜莉香とトシヤの元に戻って来たルイは、にっこりと笑って言う。


「二人はいつまで、抱き合っているの?」

「…え?」

「あ」


 ルイの素朴な疑問に、トシヤの抱きしめている力がほんの少し強くなった。

 亜莉香はそっと手を離して、トシヤは少し赤くなった顔を隠しながら立ち上がる。

 頭を抱えたトシヤの姿に、ルイが笑いを耐え、ルカはルイの隣でため息を零した。トシヤが耳まで真っ赤なので、亜莉香も何となく気恥ずかしくなった。

 ルイは笑うのをやめて、亜莉香の前にしゃがむ。


「これ、嫌な感じする?」

「これですか?」


 差し出されたのは、真っ黒で焦げたように見える小さくて丸い形の櫛だった。

 ルイの手のひらに収まる櫛は、歯が欠けていた。僅かに黒い光に包まれていたが、その光は弱まっていて消えていく。

 嫌な感じは確かにするが、その感じは光と比例して消えていった。


「嫌な感じがしました。でも、黒い光が消えて行っているので、多分もう少ししたら嫌な感じは消えて無くなります」

「良かった。これが間違いなく正解みたいだね。本当は明日の朝にでも探しに行こうと思っていたのに、アリカさんのおかげで、早々に家の用事は終わったみたい」

「家の用事?」


 亜莉香が言葉を繰り返せば、ルイはにやりと笑みを浮かべた。

 不機嫌な顔で腕を組んだトシヤが、亜莉香の後ろに立つ。


「何だよ、家の用事は?」

「トシヤくん、まださっきからかったこと怒っているの?」


 袴の汚れを落としながらルイは立ち上がり、櫛を袖の中に隠す。眉間に皺が寄っていたトシヤが、息をついてから言う。


「怒ってない。から、さっさと話せ」

「妹に頼まれて、最近林の中に出るルグトリスが変で、精霊が林の中でざわついているから。その原因を探って欲しい、と手紙が届いていてね。兄さん達に任せようと思っていたけど、中々解決しなくて。温泉旅行に行くなら、ついでに恩を売っておこうかと」

「ついでかよ」

「当たり前でしょう?何が楽しくて、こんな林の中で訳も分からない何かを探すのさ。アリカさんみたいに探知が出来なきゃ、林の中をひたすら探したって無駄骨だよ」


 やっていられないでしょ、と言って、ルイは両手を上げて見せた。

 そんな理由があったのか、と思って、一人だけ座っていた亜莉香は静かに立ち上がった。座っていたので浴衣の埃を落としている間、ルイとトシヤが話し出し、ルカが時々話に入る。


 不意に、空を見上げればふわふわと浮かぶ小さな光が見えた。

 茜色や朱色、緋色や桃色の様々な光があって、野原の上で遊んでいるように亜莉香の瞳には映った。楽しそうに、嬉しそうに、舞い踊っている。


 その中に、亜莉香を導いた紅色の光はない。


 消えた光は、きっともう二度と現れることはないのだろう。

 野原を眺めていると、沢山の声が聞こえた。優しくて、儚くて、綺麗な声は老若男女の声様々だ。ありがとう、と沢山のお礼が聞こえる。

 どうしたしまして、と小さく呟けば、一つの光が耳元で囁いた。


 光跡花が咲くよ、と聞こえた。


 一緒に咲かせよう、とまた別の光も言って、亜莉香の足元の花の近くに移動した。

 雑草の中に、隠れていた緑色の花がある。それは色こそ違うが、たんぽぽの花に似ていて、精霊が触れた途端に、花は淡く黄色の光を放って光り始める。

 踏んじゃ駄目だよ、と。

 触れるだけ、と周りの精霊が口々に言う。

 亜莉香はしゃがんで、近くにあった花に触れた。

 穏やかに光り出す様子が、とても綺麗だ。亜莉香の近くの花から、精霊が花に触れて、足元が明るく照らされる。精霊達は雑草の中を駆け回り、隠れていた花を見つけていく。月の明かりのような光を、徐々に増やしていく。


 亜莉香の後ろで、驚くルカの声が聞こえた。

 振り返れば、ルカだけじゃなくて、トシヤとルイも驚いていた。精霊の姿が見えていたのは亜莉香だけでも、光跡花が一面に咲き誇る様子はそれぞれの瞳に映っている。

 微笑みながら、ゆっくりと立ち上がった亜莉香の耳にまた声が聞こえた。


 あの子とおいで、と。

 囁いた白に近い色の精霊が、誰よりも驚いているルカの周りを飛び回り、そのまま他の精霊に混ざって姿を消した。あの子、と呼ばれたルカと目が合い、亜莉香は一歩踏み出す。


 直感に従う。どこに行くべきなのか知っている。

 明確な答えは言えないが、亜莉香はルカに歩み寄ってその手を掴んだ。


「ルカさん、行きましょう!」

「え、どこに!?」

「こっちです!」

「ちょっと、待っ――」


 ルカの意見を、今だけは受け入れない。小走りで進めば、精霊が導いて、細い一直線の道を作ってくれる。精霊達はルカの周りを楽しそうに舞うが、ルカには見えていない。


 あの子だ、と誰かが言った。

 笑っている、嬉しいね、と。沢山の声が聞こえて、そのまま野原の真ん中まで進んだ。到着した先で、隣に立ったルカの横顔を見る。

 驚き以上の喜びを浮かべて、ルカは目の前の光景に目を奪われていた。

 信じられない、と声が零れる。


「これも、アリカの仕業か?」

「いいえ、精霊達が花を咲かせているのです」


 嬉しくて堪らない亜莉香は、ルカと同じように視線を前に向けた。握っていた手に少しだけ力をこめて、ゆっくりと話し出す。


「夜光花は、別名を光跡花と言うそうですね。小さな奇跡で光を見つけた花であり、光る跡を残した花。まるでルカさんのようだと、精霊達が言っています」

「…俺?」


 困惑しているルカの深い紫色の、菫の花のような色の瞳に見つめられて、亜莉香は笑いかけた。傍に居る精霊達の話の意味を、全て理解することは叶わない。

 それでも耳に聞こえた言葉を、そのまま口にする。


「ルカさんの存在は、かけがえのない光。いつの日か自ら輝く、愛し子の残した奇跡の証。どうか笑っているように、幸せでありますように――と、精霊達が話していました」


 囁くように言い終えると、少し強い風が下から上へ舞い上がった。

 その風に乗って、精霊達と咲き誇っていた花が一斉に夜空で舞い踊る。

 いつの間にか、野原の中にあった沢山の花が輝いている。光の中にいるような、幻想的な景色を見上げれば、ルカもつられて夜空を見上げた。


 繋いでいる手が、僅かに震えている。

 ありがとう、と聞こえたルカの声は、今にも泣き出しそうだった。

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