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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
6/507

02-1

 階段の上から見ていた景色と、実際に市場の中に歩く景色は全然違う。


 予想していなかったトシヤの顔の広さに驚かされ、行き交う多くの人々に声をかけられる事態に、亜莉香はダッフルコートに付いていた帽子を早々に被り、トシヤの背中に顔を隠した。


 トシヤと一緒にいると、色んな人が話しかける。

 最初は亜莉香に声をかけている人がいることに気付けず、呆然としてまともに話すことが出来なかった。亜莉香が話すのが苦手だと早々に気付いていたトシヤが上手く会話をしてくれたおかげで事なきを得ているが、一人だったら一目散に逃げ出していたに違いない。


 トシヤの背中におぶさりながら、泣きそう、と思った。

 物珍しそうな視線で見られること、注目を集めることは慣れていない。ひっそりと静かに暮らしていただけなのに、と思っていた亜莉香に、不意にトシヤが声をかける。


「アリカ。さっきから黙っているけど、大丈夫か?」

「は、はい!」


 突然の声に頷き、少しだけ顔を上げた。トシヤは心底申し訳なさそうな顔をしている。


「悪いな。俺の知り合いが五月蠅くて。裏路地に入ったから静かだし、もう少しの辛抱だと…思う」

「…分かりました」


 裏路地、と聞いて亜莉香は周りを見渡す。

 市場には行った時は騒がしかった音が、遠くに聞こえる。人通りは少なく、すれ違う人とトシヤが顔見知りでも、軽く挨拶をして終わる。市場の時のように大きな声で声をかけたり、寄っていけ、と騒いだりするような人はいない。

 建物の隙間から、一本道を挟むだけ景色は全く違って見えた。

 同じ建物のはずなのに、道が細く、日の光が少ないせいか薄暗い。


 トシヤの足音が路地裏に響き、辿り着いたのは市場から離れた場所にある、外壁が真っ白で、柱や屋根が焦げ茶の二階建ての建物の前。外壁に階段が備え付けられ、年季の入った周りの建物より少し真新しい。

 階段を上った先の真っ赤な扉に、大きな白い文字で『診療所』と書いてあった。お世辞にも綺麗とは言えないが、遠くからでもはっきりと見える。


「ここ、ですか?」

「そう」


 建物を見上げながらトシヤが頷き、話し出す。


「一階は倉庫で、二階が診療所。俺の知り合いが医者で、その助手をしている奴が性格に難ありだけど、人の怪我を治す魔法が使えるんだ」

「怪我を治す魔法ですか?」

「そう、癒しの魔法とも言うけど」


 トシヤは軽い足取りで階段を上り始める。

 落とされないようにしがみつき、踊り場のところで優しそうな老人とすれ違えば、トシヤは知り合いなのか軽く会釈して、また階段を上る。

 足腰の弱そうな老人はゆっくりと、しっかりと階段を下りていく。


 その姿に、思わず亜莉香の本音が零れる。


「階段は、お年寄りには大変ですね」

「まあ、そうかもしれないけどさ。これも必要なことなんだとさ」

「必要?」

「自分の足で上ることが、これはこの診療所の医者の言葉だけどな。本当に上れない奴が来れば、誰かしら手を貸すから。今のところ問題もない」


 説明をしながら、トシヤは階段を上りきった。亜莉香を背中に乗せたまま、真っ赤な扉を足で押し開ける。


「こんにちはー、ユシアいるー?」


 トシヤの声は、小さな診療所の中によく響いた。

 診療所の中は白い長椅子が二つ、床は木材が規則正しく敷き詰められ、壁は明るい黄緑色。日の光が入って電気がなくても明るい診療所には、子供や老人を含んで十数人いて、ほぼ同時に誰もがトシヤを振り返る。

 振り返った人々の顔は笑顔で、誰もが市場の人々のように明るく声をかける。


「トシヤ、珍しいな怪我でもしたか?」

「まあ、怪我したから来たわけですけど」

「また怪我したのかい?あんたも飽きないね」

「トシヤ!また稽古をつけてよ!」

「それはまた今度で…おい、俺の武器に触るな」


 ため息を零しながら、トシヤは言った。

 一番近くのソファに座っていた若い男性の質問に答え、別の女性の質問には軽く笑って済ませた。その女性と似ている顔の椅子に座っていたはずの男の子が駆け寄って、構って欲しさも混ざって日本刀に顔を寄せる。

 母親と思われる女性は小さく笑いながら、男の子を元いた場所まで連れ戻しにトシヤの傍に来た。傍に来た女性と、亜莉香の目が合う。


 軽く会釈をすると、目が合ってから女性は亜莉香の存在に気がついた。少し驚いた顔になり、何かを察したように、にんまりと笑った笑顔に変わる。


「へえ、そう、ふーん、その子をユシアちゃんに紹介しに来たのかい?」

「まあ、そうだけど…て、変な誤解しないでもらえま――」

「皆!トシヤが恋人連れて来たよ!」

「――っだから、ちげーよ!人に説明させろ!!!」


 女性の一言で、診療所の中が一気に騒がしくなった。もうすでに市場で同じような光景を経験している亜莉香は、何も言わないし言えない。

 肯定しても否定しても、周りが勝手に騒ぎ立てるのだから仕方がない、と黙り込む。後はトシヤに任せようと思いながら、顔をあまり見せないように伏せた。

 視線を下げると、トシヤの日本刀を眺める為にしゃがんでいた男の子と目が合った。


 不思議そうな顔で見上げている男の子に、しー、と右手の人差し指を口に当て、ぎこちなく笑えば、男の子は言いたいことが分かったようで、同じような仕草をした。周りは五月蠅く騒がしいが、亜莉香と男の子だけが隠れて笑う。


 ふと、扉の開く音がした。

 受付、と書かれていた誰もいないカウンターの奥の扉が開き、一人の少女が現れる。


「五月蠅い!!」


 騒がしかった部屋が、少女の一声で静まり返った。

 少女は受付のカウンターから堂々と真っ直ぐにトシヤの前まで進み、周りの視線を集めても気にせずに平然と進んだ。

 たじろぐトシヤの顔を睨み、目の前までやって来た少女の髪は透き通るような緑色の髪。

 少女の登場で、トシヤの口角が引きつった。


「よう、ユシア。暇だろう?」

「暇…じゃないわよ!この馬鹿!」


 バシッと診療所に響いたのは、少女、ユシアが持っていた紙の束がトシヤの頭を叩いた音。トシヤより十センチは背が低いユシアは物凄い形相を浮かべながら背伸びをして、怒りが収まらず叫ぶ。


「あんたがここに来るなんて、怪我した時以外ないじゃない!いつも怪我するまで馬鹿みたいに騒いで!馬鹿なの!?頭おかしいの?今日はまたどこを怪我したのよ!この馬鹿!!!」


 最後まで言いたかったことを言ったユシアが荒い呼吸を整えて、トシヤを睨んだ。睨まれたトシヤは落ち着いていて、冷静に言う。


「いや、俺はどう見ても怪我してないだろ。と言うより、俺の後ろにいる存在に、早く気付いてくれよ」

「後ろ?」


 トシヤの姿しか映っていなかったユシアの瞳、濃い抹茶色の瞳に、困った表情を浮かべて、トシヤの背中に顔を隠していた亜莉香の顔が映る。亜莉香の瞳にも、瞬きを繰り返すユシアの顔が映った。


 ユシアの透き通る緑色の髪は、芽吹いたばかりの草木の色。長い髪を左側で一纏めにして、白い鈴蘭とカラフルなビーズの簪で留めている。紫陽花などの花が描かれた白い着物に、上品な紫の袴姿。


 年があまり変わらないユシアに見つめられて、ぎこちなく亜莉香は笑いかける。


「こんにちは?」

「…こんにちは、て、ちょっと、トシヤ!その子に怪我をさせたの!?」

「俺じゃなくて、ルカが――」

「あんたも含むでしょうが!」


 腰に手を当て、はっきりと言い切ったユシア。

 トシヤは視線を泳がせ、何も言い返さない。言い返さないトシヤの様子に怒りが増して、ユシアはわなわなと震え出す。


「いつか誰かに、怪我をさせるかもって、思っていたけど。まさか、足を怪我させるなんて」

「いや、誰も足を怪我させたとは――」

「言い訳は言わない!!」


 今までで一番大きな声が響いた。呼吸が上がったユシアは言いたいことを言い尽くして、ゆっくりと息を吐く。

 誰一人として口を挟まなかった空間で、誰かが拍手をした。その拍手が合図となって、診療所は亜莉香が最初に入ったばかりの時のように、明るい雰囲気に戻っていく。


 徐々に拍手は収まる前に、深いため息を零したユシアが受付の方に歩き出す。

 トシヤもバツが悪いそうな顔のまま、亜莉香をおぶった状態で歩き出す。誰もユシアとトシヤに話しかず、亜莉香はトシヤの背中からおりるタイミングを見失った。


 気まずい空気の中、亜莉香は無意識にトシヤの背中に隠れていた。

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