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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
58/507

13-4

 フミエは亜莉香とユシアにもう一度深々と頭を下げると、そのまま部屋を出た。

 フミエがいなくなって、ルカが深く息を吐く。


「やられた」

「何の話なのよ。私達にはさっぱり分からないわよ。ね、アリカちゃん」


 ユシアに同意を求められて、亜莉香も頷く。

 突然フミエの態度が変わったことも、ルカが怒った理由も分からない。唸りながらルカが真後ろに寝転がり、面倒くさそうな顔になる。


「説明しないと、駄目か?」

「当たり前でしょう?話してくれないと、何も分からないわよ」

「ルカさん、話してくれませんか?」


 亜莉香とユシアに言われ、ルカは渋々起き上がる。どこから話すかな、とぬるくなったお茶に手を伸ばす。ユシアは頬を膨らまして、和菓子を食べながら言う。


「どこから、て。最初から話してよ」

「長くなるかもしれないけど、いいのか?」


 出来るだけ平然を装って、質問をしたルカの手がほんの少しだけ震えているように、亜莉香の瞳には映った。ユシアは気が付かず、力強く頷く。


「いいわよ。どうせ今日はまだ長いわ。とことん話して頂戴」


 最初から、とユシアが念を押せば、ルカが根負けした。


「俺の話の前に、ルイの話になるけど」

「ルイはリーヴル家の本家三男。それ以外の話かしら?」

「まあ、な。アリカには話したけど、ルイの家族もこの話には関わっているから、その話を先にしたい」

「いつも私だけ情報が遅れている気がするのだけど?」

「ユシアに話すと、五月蠅そうで」


 面倒で、とルカは小さく付け加えた。頬を膨らませて両手で顔を包みながら話を聞いていたユシアから、ゆっくりと視線を外した。


「とりあえず、話を進めましょう」


 ユシアが怒りだすと話が進まなくなりそうで、亜莉香は言った。

 納得したユシアに、ルカは安心して肩の力を抜く。


「ルイには兄が二人と妹がいる。時期当主の生真面目長男、長男を支えている頭の悪い次男、この土地を守る巫女で、ノノが仕える妹であり長女のイオ」

「意外ね。あんなに自由気ままだから、一人っ子で両親に激愛されていたのかと」

「激愛は、おそらく合っていると思う。本家に生まれると、この土地の人間の皆に愛されるから。ルイは幼い頃から、自分勝手に温泉街で過ごしていた」


 昔から、と一息ついて、ルカは続ける。


「本家には変な習わしがあって、生まれた子供が男なら、次の子供が生まれるまで女の格好をさせられる。女が生まれるまで何度でも、それは続いて、本来ならルイもイオが生まれるまでが、女の格好だった」


 でも、とルカの視線が下がる。


「ルイの場合は、イオが生まれても女の格好が続いた」

「それは、どうして?」

「イオに巫女としての力がないと、先代の巫女が言ったんだ」


 悲しそうに、ルカは言った。まだよく分からないのは亜莉香だけじゃなくて、ユシアも同じ。黙って話の続きを待てば、ルカがお茶を一口飲んだ。


「時々、巫女の力を持たない女の子が生まれる。本家の女だけが、この土地を守る巫女になれるのに、巫女の力がなければ意味がない。そういう時は、巫女が十歳になるまで、先に生まれていた子供が巫女の代わりをする」

「何よ…それ」

「本当に、変な習慣だよな。そのせいでルイはイオが生まれた後も女の格好を続けさせられて、巫女の代わりとして屋敷の奥で暮らすようになった。時々屋敷を抜け出しては、巫女に会いにやって来る男をからかうようになって、開き直って笑っていた」


 表面上は、とルカがぼやいた。あまりにも小さかった声だけど、静かな部屋にルカの声は響いた。


「俺は十歳まで両親と旅に出ては帰って来る繰り返しで、一年の半分はこの土地を離れて、帰って来てはルイやフミエ、イオと遊んでいた。俺は俺で、女の格好をしていると連れ去られそうになったことがあって、小さい頃から男の格好で旅をしていたから、お互い性別とは逆の格好をしていたルイとは妙に気が合った。そうじゃなかったら、きっと関わりもしなかった」


 遠い昔を懐かしむように、ルカは言った。それで、と間を置く。


「十歳の時に事故がなければ、今でも両親と一緒に旅をしていたと思う」


 事故、と言ったルカの言葉が重い。もう平気だと言わんばかりに、ルカは振る舞う。


「十歳の時にさ、俺とルイ、それからどうしても一緒に行く、と言って聞かないイオの三人で、真夜中に林の奥に咲く珍しい花を探しに行った。その時、黒い――熊に襲われた」


 黒い、で言葉を止めたルカが、亜莉香に目配せした。ほんの一瞬目が合い、微かに頷いたような仕草を見せた。


 黒い熊、が亜莉香の頭の中で別の言葉に変換された。

 ルグトリス。何度も襲われては、恐怖を感じた存在を思い出し、亜莉香は無意識に袴を握りしめ、軽く唇を噛みしめた。

 仕方がないと言わんばかりに、ルカは天井を見上げる。


「黒い熊に襲われて、助けに来た母親は子供だった俺達を庇い、俺の父親は相討ち。林へ向かったルイとイオは怒られて、俺は両親を亡くして、その日から疫病神なんて呼ばれた。親族から嫌われて避けられるようになった」

「そんなの、おかしいでしょ。ルカのせいじゃ――」

「俺のせいで間違いない。俺が行く、なんて言わなければ誰も死ななかった。あの事故は起きなかった」


 俺のせいだ、とユシアの言葉を遮って、ルカは繰り返した。自分を責め続けているルカは、見ているだけで痛々しい。


「事故が起こるまで、ルイはフミエの婚約者だった。事故の後に、その婚約が破棄されたから、それも俺のせいらしい。俺がルイをたぶらかした、とか親戚連中は言っていたな。俺がいると周りが不幸になるから、俺は先々代の巫女と一緒に、この土地の外れで過ごして、先々代の巫女が亡くなった直後、俺はルイとこの土地を離れた」


 先々代の巫女が亡くなったのは、とルカは中庭に目を向ける。


「十歳になったイオに、命と同等の魔力を与えたからだ。今ではイオはその力を受け継いで、この土地を守っている。周りにとって俺は忌み嫌われる存在でも、本家のルイは違う。親戚連中はルイに戻って来て欲しくて、フミエは多分…母親である女将に、俺とルイを一緒に居させないように、命じられている」


 そんなところ、とルカは残っていたお茶を飲み干した。

 珍しく長く話して疲れた顔で、ぎこちなく笑う。大丈夫だと言いたげな笑みは亜莉香にも覚えがあって、知らず知らずのうちに涙が頬を伝って零れた。

 泣き出した亜莉香に驚いて、ルカが慌てて声を上げる。


「おい、泣くな」

「す、すみません。何だか…止まらなくて」


 あれ、と言いながら、亜莉香は袖で涙を拭う。止まらない涙に奥歯を噛みしめて視線を下げれば、ルカはテーブルを回って、持っていた手ぬぐいを差し出した。


「これ、使えよ」

「あり、がとうござい、ます…」


 お礼を言って受け取って、それでも泣き続ける亜莉香の背中を、ルカが優しく撫でる。


「アリカが泣くような話じゃないだろ?」

「だって、ルカさんが泣かないから」

「十歳の時に、泣かないと誓った」


 誓った、と決意の揺るがないルカの声に、ますます涙が滲む。

 泣き止まない亜莉香にルカが困った顔を向け、助けを求めるようにユシアを見た。必死に涙を止めようとしながら、亜莉香もユシアに目を向ける。

 ユシアの身体は、微かに震えていた。

 亜莉香と同じように視線を下げて泣いているようには見えず、何かを耐えるように両手をぎゅっと握りしめていた。突然、冷めたお茶を一気に飲み干して立ち上がる。


「――信じられない!」

「お、おぉ…?」

「ユシアさん?」

「何もかも信じられないわよ!!」


 部屋の中に声が響き、あまりに大きな声で叫んだユシアに亜莉香とルカは驚いた。勢いよくルカを見たユシアの表情は、怒っているように見えなくもない。

 ユシアの勢いに押され、ルカが言う。


「いや…最初から話せと言われたから、話をしただけで」

「違うわよ!!!」


 段々と小さくなったルカの言葉に、ユシアは即座に返した。


「ルカの親戚が信じられないの!何よ、熊が現れたのがルカのせい?ルイの婚約破棄もルカのせい?そんなわけないじゃない!!!」


 ユシアの声で、部屋が揺れた気がする。叫んだユシアの息が上がり、すとんと腰を下ろしたユシアは戸惑うルカを見た。真っ直ぐに、目を逸らさずに話し出す。


「子供だったルカが熊を呼んだわけじゃない。ルイの婚約だって、婚約破棄は本人達の意思で行うものだから、ルカのせいじゃない。何でもかんでも責任を感じて、背負い込んで、自分のせいにするのはやめなさい」


 まるで子供を叱る母親のように、ユシアは言いながら落ち着きを取り戻す。


「ルカのせいじゃないわ。絶対に違う。ルカは疫病神じゃない。これまで幾度となく言われてきたとしても、これからは何度だって私はそれを否定する。アリカちゃんだって、そうでしょう?」


 同意を求められた亜莉香の涙はいつの間にか止まっていて、瞬きを繰り返してから、ルカの顔を盗み見た。亜莉香の方が泣いていたはずなのに、いつの間にか立場が変わって、ルカの方が泣きそうだ。

 勿論、と亜莉香は微笑んだ。


「そんなこと、当たり前じゃないですか。ルカさんは意外と心配性で、普段は口数が少ないけど、優しい人だってこと。私は知っています」

「ほら、アリカちゃんもこう言っている。うちの疫病神なら、ルカよりトウゴよね。今頃、もう一つの部屋で厄災を振り撒いてはいないかしら?」

「どんな厄災を?」


 質問を質問で返せば、ユシアは腕を組んで考える。


「もう一人いた付き添いの女性を口説く」

「それは…日常茶飯事だよね?」

「あの馬鹿、女だったら誰でも声をかけるわよね。見境がないから嫌になる。そのうち誰かに後ろから刺されても、文句言えないわ」


 あり得そうで、何とも言えなくなる。亜莉香の隣で忍び笑いが聞こえた。振り向けば、ルカが口元を隠して呟く。


「阿保らしい」

「もう、本当のことでしょう?トウゴなら、女じゃなくて男に刺される可能性もあったわね。恋人の横取り、なんてこともあり得るわ」

「ユシアの想像力が、面白い」


 面白い、と言ったルカに、ユシアは頬を膨らませた。


「何よ。笑わなくてもいいじゃない。言っておくけどね、ルイだって今日みたいに男をからかっていたら、そのうち痛い目に遭うわよ。ルカが止めなきゃ」

「俺には無理だ」

「無理じゃないわよ。ルカ以外に、誰がルイを止めるのよ」


 分かってないわ、とユシアは一人で首を縦に振った。

 ユシアの話は時々、急な方向転換をしてとんでもない話に着地する。訳の分からなくなった亜莉香とルカが目を合わせ、お互い自然と笑みが零れる。亜莉香は笑い出し、ルカが心底楽しそうな笑い声を上げた。

 その笑い声に、ユシアの声も混ざったのはそれからすぐだった。

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