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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
57/507

13-3

 宿の入口で、女将を含む従業員による盛大な歓迎を受けた。

 ルイは気にしないが、ユシアとトウゴは感激をしていて、亜莉香とトシヤは少し引いた。隅にいたルカは呆れ顔で、腕を組んで黙りこくる。


 部屋まで案内してくれたのは女将とその付き添いの女性二人。

 女将は始終笑顔を浮かべているが、時々亜莉香やルカに向ける鋭い視線が怖かった。細くて背が高い女将は、とても派手な着物に、たくさんの髪飾り。じゃらじゃらと音がする髪飾りは重そうで、編みこんでいる髪に埋め込まれていた。


 案内された部屋は、宿の奥。

 門から宿までの庭園とはまた別の、宿の敷地の中に存在する庭園は、苔と平らな石を交互に敷き詰めてある。その庭園の中にある渡り廊下を過ぎた先、平屋建ての建物。

 建物の前で、女将は立ち止まって振り返った。


「本日のお部屋は、離れの雪の間、月の間をご用意致しました。女性三名は、こちらの月の間になります。男性三名は奥の雪の間になりますので、私がご案内しますね」


 それでは、と頭を下げた女将は、付き添いの女性一人を置いて歩き出す。

 ルイは女将の後ろで苦笑して、トシヤとトウゴもその後を追った。残された亜莉香とルカ、ユシアに、付き添いの女性は軽く頭を下げた。


「それでは、ここから先は私がご案内致します」

「堅苦しいのはいいよ」


 フミエ、とルカが女性を呼んだ。

 名前を呼ばれた女性は顔を上げ、ふわりとルカに笑みを零した。一歩駆け出したフミエは、亜莉香とユシアの存在を忘れ、ルカにしがみつく。


「ルカ、お帰りなさい!」

「フミエは元気だった?」

「もう、ルカとルイ様がいないと、この温泉街は息苦しくて堪らないわ。時期当主の婚約者選びで、親同士の探り合いが怖いのよ」


 慰めて、と言ったフミエと、亜莉香の目が合う。

 ようやく亜莉香とユシアの存在を思い出し、フミエははっとした顔になって、慌ててルカから離れた。少し顔を赤くして、乱れてもいない髪を整えるフミエの顔は、よく見るとたんぽぽのような黄色の瞳だけが女将とよく似ていた。


 もう一人いた年上の付き添いの女性の方が、女将とそっくりだった。

 フミエとルカの年は近そうで、前髪が短い。ルカよりも薄い紅色の長い髪を一つにまとめ、白色の撫子と橙色のガラスの揺れる二つの簪を挿し、耳には透明で小さな花の入ったガラス玉の耳飾り。簪と同じく白色の撫子の描かれた、深い朱色の着物姿で、ルカに抱きつかなければ、大人しそうな印象があった。

 こほん、と咳をして、フミエは微笑んだ。


「申し訳ありません。お客様の前ではしたない真似を…お部屋にご案内しますね」


 どうぞ、と言って、フミエが月の間の引き戸を開ける。

 引き戸を開ければもう一枚引き戸があり、亜莉香とユシア、ルカの三人を四畳半の何もない入口へ誘う。一枚目の引き戸を閉め、鍵を閉めてから、フミエはもう一枚の引き戸に、持っていた別の鍵を差し込む。


「離れのお部屋は、それぞれ二重の鍵となっております。同時には開けられませんので、必ずどちらかの鍵を閉めて、もう一つの鍵をおかけください」

「面倒だけどな」

「ええ、ですが。これは防犯対策ですので」


 仕方がありません、とフミエが言った。

 普段とは違い、ルカはフミエの前でいつも以上に肩の力を抜いている。二人の仲が良いのは見て分かることで、いつもとは違うルカの様子を、ユシアが物珍しそうに観察していた。


 二枚目の引き戸を開ければ、中庭の付いた畳の部屋が現れた。

 履いていた靴をそれぞれ脱ぐ。部屋に上がれば、真新しい畳の匂いがした。部屋の中心には大きなテーブルがあり、用意されているのは三人分の和菓子。白くて丸い和菓子は兎の耳と赤い目が描かれていて、小さくて可愛い。ふかふかの座布団も用意されていて、ルカは荷物を端に置くと、座布団に座って、テーブルに腕を伸ばした。


「疲れた」

「今、お茶を入れます。お二人もお座りになってお待ちください」


 亜莉香とユシアは頷いて、空いていたルカの目の前の座布団に座る。

 寛ぐルカと目が合い、亜莉香は思わず笑みが零れた。


「ルカさん、嬉しそうですね」

「まあ、否定はしない」

「意外だわ。ルカ、うちではそんな風に笑わないじゃない」

「ルカは気を許した相手の前でしか笑いませんよ。この場で笑えるのは、お二人に気を許しているからに違いありません」


 微笑ましそうに笑い、フミエが言った。三人分のお茶を入れ、そっと差し出すフミエの動作は優雅で、ルカは不貞腐れてお茶を受け取る。


「変なことを言うな」

「変なことなど言っていません。ご挨拶が遅れましたね。本日、皆さまのお世話を致します。フミエ、と申します」


 深々と、フミエは一礼した。亜莉香の視線に気が付いて、フミエは亜莉香とユシアに向き直り、眉を下げて言う。


「この子、変なことしていません?昔からあまり人と関わらなくて、上手く世渡り出来ない子なのですが」

「フミエは俺の母親かよ」

「ルカさん。フミエさんの前だと、いつもよりお喋りですね」


 面白いです、と亜莉香が笑えば、ルカがバツの悪そうな顔をした。ユシアはフミエがあまりにも馴れ馴れしくルカと話すのに興味が湧いたようで、遠慮がちに問う。


「フミエさんは、ルカとどういう関係なのですか?」

「私はルカの幼馴染です。ルイ様やイオ様とも顔見知りでして、昔から時々一緒に遊んだり、一緒に勉強したりした仲です」


 ちょこん、とフミエはルカの隣に座り直した。

 にこにこしているフミエとは対称的に、呆れたルカはため息を零す。


「フミエ、部屋の説明はしないのか?」


 致します、と言ったフミエが、姿勢を正した。


「このお部屋は離れでして、部屋ごとに露天風呂が付いています。本日ですと、露天風呂や中庭から、綺麗な紅葉と月をご覧になることが出来ます。寝室は隣のお部屋、露天風呂は寝室の奥にございまして、いつでもお入り下さい。お食事はお部屋で召し上がって頂くことになりますが、お時間はいつがよろしいですか?」


 フミエの質問に、亜莉香はユシアを見て、首を傾げて問う。


「何時にする?」

「私はいつでもいいわよ。ルカは?」

「俺もいつでもいいけど」


 いいけど、と言ったルカが、フミエを見た。宿の従業員として接するフミエの表情が、微かに固くなっていく。フミエはルカの視線に気付かないふりをした。


「お時間にご希望がないようでしたら、七時頃にお食事をご用意します」

「あ、でも。私達、連れの三人と一緒に食事をしたいけど」


 ユシアの言葉で、フミエの顔色が変わった。

 ほんの一瞬、唇を噛みしめ、瞳に迷いが生じた。何かを恐れているように肩が震えている異変に、誰よりも早く気が付いたのはルカだった。


「フミエ、お前女将に何か言われているだろ」

「…いえ」

「ちょっと、ルカ。いきなり不穏な空気を出さないでよ」


 意味が分からない、とユシアが言っても、ルカはじっとフミエを睨む。視線を下げたフミエを疑うような表情に、亜莉香は戸惑うが、何も口を出せない。

 フミエは視線を下げ、おそるおそる口を開く。


「この宿では、部屋ごとにお食事をしていただくのが基本でして。皆様ご一緒の食事は難しいのです。一緒にお食事は出来ませんが、その他にご要望があれば何なりとお申し付けくださいませ」


 頭を下げられると、それ以上は言えなくなった。

 誰も何も言わないので、微かに頭を上げたフミエが何か言いたそうにルカを見た。ルカはもう目を合わせようとはせず、肘をテーブルについて窓の外を眺める。

 仲の良さそうだった雰囲気が、二人の間から消えた。

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