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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
56/507

13-2

 宿に到着した時、空の色は淡い橙色に染まり始めていた。

 人力車で宿まで行く話もあったが、温泉街を楽しみたい、という全員一致の意見によって徒歩で宿へ向かった。足湯に浸かったり、温泉まんじゅうを食べながら歩いたり、お土産屋に立ち寄ったりして、宿までの道のりは長かった。


 途中、各自自由行動になって、何度かはぐれた。

 亜莉香は基本的にはトシヤとユシアのどちらかと一緒に散策していたが、トウゴは近くにいる女性に話しかけ、ルカとルイはいつの間にか姿を消しては、ひょっこりと合流をする。


 湯畑を超えた先にあったのが、本日の宿。

 あまりにも大きくて立派な漆黒の門に、亜莉香は愕然とした。


「今日、本当にここに泊まるのですか?」

「そうみたいよ。どんな部屋なのか楽しみね」

「皆で一緒の部屋だといいよな。そして俺は、アリカちゃんの隣の布団で眠りたいなー」

「そんなことあるわけないだろ」


 語尾を伸ばしたトウゴの頭を、トシヤはすかさず叩いた。温泉街の入口から宿に着くまでの間も、トウゴはトシヤに叩かれたり蹴られたりしているのに、学習する気配はない。

 亜莉香の隣にいたユシアは呆れ、亜莉香はほとんどの話を聞き流していた。


 開かれている漆黒の門は温泉街の門より小さいが、所々に金の装飾がされていて華やかだ。その門の傍にいた老人にルイはすかさず近寄り、何やら話す。

 話していた老人はすぐに笑顔を見せ、ルイと何度も握手をする。握手を終えると、門の前で立ち止まっていた亜莉香達を振り返って一礼した。

 会釈を返せば、老人は慌てた様子で、すぐに門の中に消える。

 少し困った顔で戻って来たルイに、亜莉香は問う。


「何かありましたか?」

「いや、うん。あったと言えば、あったのかな。僕が来ることは聞いていなかったから、さっきの庭師さんは女将さんに話をしに行っちゃった。折角旅館の庭園を案内してもらおうと思っていたのに」

「宿に入ってもいいのか?」

「それは問題ないよ」


 入りますか、と言ったルイが先頭で歩き出す。ルイの隣にトウゴが、その後ろをトシヤとユシアが続けば、ルイの隣に行くと思っていたルカは、最後に歩き出した亜莉香の隣にやって来た。


 門を越えると、そこは綺麗な庭園だった。

 広い敷地の中の木々は、ほとんどが紅葉。数ミリ単位で整えられた苔が生え、色鮮やかな鯉が泳ぐ、水が澄んだ大きな池。真っ白な石を敷き詰めた道は、池の上の真っ赤な小さな橋を越え、庭園の奥の木造二階建ての建物まで続いていた。

 奥の建物、おそらく本日泊まる宿は、色とりどりの花が描かれたステンドグラスの窓が埋め込まれていた。長い年月を経ているはずの建物なのに、古い印象はない。


 敷居の高そう宿。

 緊張して持っていた風呂敷をぎゅっと握りながら歩くのは亜莉香だけで、庭園について簡単に説明するルイの言葉を、トシヤとユシア、トウゴの三人は聞きながら歩く。

 四人から少し離れて、亜莉香は黙って隣を歩いていたルカに話しかける。


「ルイさんは、いつ自分のことを話すのでしょうか?」

「宿に着けば嫌でも説明するだろ。この宿、ルイの親族が経営しているからな」


 亜莉香が驚けば、ルカは眉間に皺を寄せて、宿の玄関から急いでやって来た小太りの男性を睨んだ。男性に気が付いたルイは足を止め、少し息切れした男性は深々と頭を下げた。


「まさか、ルイ様がいらっしゃるとは思いませんでした。門までお迎えもせずに、申し訳ありません」

「いいよ。別に気にしていないから」

「そんなわけには。ところでそちらは…」


 ちらり、と小太りの男性が、ルイの傍にいるユシアを見た。ユシアは見られていることに気が付いて、そっとトシヤの後ろに下がる。その様子で小太りの男性は何かを察した顔になり、笑顔を浮かべた。

 どこか怪しい男性に亜莉香は警戒心を解けぬまま、ルイは作り笑い。


「この三人は、僕がお世話になっている居候先の人達。それから、ルカの隣にいるのが…同じ居候仲間で、友人になるのかな?」


 疑問形で言ったルイが振り返り、亜莉香と目が合った。

 友人かどうか、なんて確認をしたことはない。居候仲間はその通りで、亜莉香は小太りの男性に軽く会釈した。

 何故か、男性は亜莉香を見定めるような視線で見ていた。

 視線は長くは続かず、男性はルイに向き直る。


「それでは、ここからは私がご案内致します」

「うん。よろしく」

「それより先に、一つ質問してもいいですか?」


 頷いたルイに続けて、トウゴが言った。何でしょう、とにこやかな笑みを浮かべた小太りの男性に、トウゴは問う。


「ルイ、は何者ですかね?」

「おや、ご存知ないですか。ルイ様はリーヴル家の本家、三男坊でございますよ」


 ご冗談を、と言いたげな小太りの男性に、ユシアとトウゴが同時に声を上げる。


「「えぇぇええ!!!」」

「声がでかい…」

「そう言うなら、トシヤくんも驚いてよ」


 ルイは可愛らしく頬を膨らませた。小太りの男性は驚いてルイを見るが、ルイは男性の方など見向きもしない。

 亜莉香は呑気に数時間前に聞いた話を思い出し、本家三男という単語を付け加えた。

 ルイが全く驚いていない亜莉香とトシヤを見て、嬉しそうに言う。


「ほら、トシヤくんは驚いていないよ。ユシアさんとトウゴくんは、驚き過ぎ」

「なんで驚かないの!?」

「なんで!?」


 五月蠅いくらい騒ぐユシアとトウゴに、トシヤは淡々と答える。


「前に貴族だって聞いたことがあったから。それに、貴族なだけでそこまで驚くかよ」

「驚くでしょ!?リーヴル家よ、この温泉街のある土地を治めていて、領主の遠い親戚の一族なのよ!」

「そうだ、そうだ!貴族は貴族でも、領主と同等の権力者だぞ!」

「お前ら、いちいち五月蠅い」


 ぼそっと、トシヤは言った。ルイはおかしそうに笑い、ルカは呆れてため息を零す。亜莉香は黙って話を聞いて、成り行きを見守っていた。

 ユシアの瞳に、全く驚いていない亜莉香が映る。

 まさか、とユシアが亜莉香を振り返った。


「アリカちゃんも、ルイのことを知っていたの?」

「一応」

「なんで、教えてくれなかったの!ずるい!」


 ずるいと言われても、亜莉香は困った顔を浮かべるしかない。トシヤには話の流れで話してしまったが、ユシアとトウゴには一切話していなかった。

 そこまで重要かつ、驚かないといけない理由がいまいち分からない。

 まあまあ、とルイが話に割って入る。


「僕が口止めしたようなものだから、そこまでトシヤくんやアリカさんを責めないでね」

「…ルイの本当の名前って――?」


 おそるおそる尋ねたユシアに、ルイはさらりと言う。


「ルイ・フラム・リーヴルだよ。因みにルカは、ルカ・フラム・リーヴルね」


 急に名前を呼ばれ、一応、とルカは添えた。

 再びユシアとトウゴの驚く声が響き渡り、その声の大きさに亜莉香は驚いた。驚いて言葉を失うユシアとトウゴとは違い、トシヤは平然と尋ねる。


「ルカは本家じゃないのか?」

「違うよ、分家。僕の父さんの弟の、娘」


 因みに、とルイが説明を付け加える。


「僕の一番上の兄が、時期当主予定。妹はこの土地の結界を守る巫女、当主より巫女の方がお目通りしにくい立場だけど、僕の妹だから挨拶しとく?」

「いや、今回は温泉旅行に来ただけだろ」

「それもそうだね」


 ルイが笑い、ルカは小さな声で、亜莉香にだけ聞こえるように声を潜めた。


「ほら、さっき言っていたイオ様が巫女」

「あ、繋がりました」


 納得です、と亜莉香が微笑めば、ルカは少し笑みを零した。


「じゃあ、ルイさんは四人兄弟ですか?」

「そう。生真面目長男に、頭の悪い次男、ルイと、ノノが仕える長女イオの四兄妹」

「大家族ですね。私は一人っ子だから、少し羨ましいです」

「俺と一緒だな」


 一人っ子同士、と呟いたルカに、亜莉香は頷いた。

 亜莉香が前を向けば、悪戯が成功して嬉しそうなルイがルカに片目を閉じて見せた。ユシアとトウゴは小太りの男性に、ルイの話したことが事実なのか問い質している。トシヤは呆れ、ルイは立ち止まった一同を宿に誘う。

 歩き出したルイが、亜莉香とルカの名前を呼んだ。

 亜莉香はルカと顔を見合わせると、置いて行かれないように一歩を踏み出した。

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