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一時は集めた観衆や騒動を見守る人がいなくなった。
亜莉香の目の前にいるのは、半場無理やり連れて来られた少女が一人。
逃げられないようにルカとルイに両脇を捕まえられ、見た目は十四・五歳。幼く、背が低い少女は誰とも目を合わせないように視線を下げて、一言も話そうとはせず、じっと動かなかった。
改めまして、と少女に代わってルイが明るく話し出す。
「この子は、ノノ。さっき見ていた通り、馬鹿な子」
「すぐ突っかかって来る」
「勘違いが激しい」
「物騒」
にっこりと笑ったルイと、呆れるようにルカが交互に言った。
図星を言われて唸った少女、ノノを、ルイが軽く叱る。
「挨拶は?」
「…ノノ、です。以後お見知りおきを」
とても嫌そうに、ノノは言った。どうしても顔を上げないノノに、ルイがため息を零す。
「それで、なんでこんなところにいたの?」
「…イオ様にお願いされ、ルイ様とルカ様のご様子を確認して、必要なら案内役をするように命じられて来ました」
「それなのに、僕達に突っかかって来たわけ?」
「見ていられなくて」
段々と声が小さくなって、ノノは両手で袴を握りしめた。苦々しく、言葉を続ける。
「私だって、こんなお役目をしたくありませんでした。イオ様がどうしても、とお願いするから仕方なく来ただけです」
「口出ししなければ、醜態を晒すこともなかったのに」
分かっています、と頬を膨らませたノノから視線を外し、ルイは微笑む。
「変な身内でごめんね」
「それはいいけど、身内、なのか?」
「一応ね」
トシヤの質問にルイは曖昧に答え、ノノの名前を呼んだ。
「顔を上げないなら、そのままでもちゃんと話を聞いてよ。向かって右から、ユシアさんとアリカさん、トシヤくんとトウゴくんね」
「え…え!」
聞き取れなかったノノは、慌てて顔を上げ、それぞれの顔を確認する。
まじまじと見ていたユシアと、目が合って少し驚いた亜莉香。じっと見つめていたトシヤと、興味津々のトウゴの顔を見てから、ノノは不安そうに言う。
「えっと…ユシア様とアリカ様と、トシヤ様と…トウ…トウ…」
「唐辛子」
「トウガラシ、様?」
ぼそっと呟いたルカの言葉を、ノノは素直に繰り返して首を傾げた。最初に吹き出したのはルイで、肩を震わせる。
「トウガラシくんは、斬新だね」
「その前に訂正しろよ」
トシヤが呆れた。ルイは笑いが止まらず、ルカはじわじわ笑いが込み上げてきたようだ。笑い出した二人が腕を離して、ノノは安堵して肩の力を抜く。
トウゴは何も気にせず、首を傾げてノノに質問する。
「俺はトウガラシでも、トウモロコシでも構わないけど。なんで様付け?」
「ルイ様とルカ様のお知り合いですので」
不思議そうな顔で、ノノは即答した。それでも意味が分からず、トウゴは質問を重ねる。
「ルカとルイは、この土地で偉いの?」
「勿論です。お二人とも――」
「はい、その話はしなくていいから」
パンッと、手を叩いてルイが話を中断させた。不満そうなのはトウゴと、内心気になって仕方がなかったユシア。ルイは少し困った顔になって言う。
「だって、話を始めたら長くなるもん。宿に着いてから話すよ。アリカさんも、早く宿に行きたいよね?」
「え…はい。出来るなら」
突然話を振られて驚くが、亜莉香は素直に答えた。
「ほら、アリカさんも疲れているし。そろそろ宿行こうよ。ノノ、案内役はいらないから、イオに僕達は元気だと伝えて」
「畏まりました」
失礼します、と一礼したノノは、踵を返して素早く温泉街に入っていなくなった。素早く動き出したのはルイで、訳の分かっていないトシヤとトウゴの背中を押す。
「ほら、トシヤくんもトウゴくんも行こう!温泉街は僕が案内するよ」
「おい、押すな」
「なあ、ルイ。さっきの子が身内なら、もっと詳しい紹介は?」
「それは、今度。温泉街を楽しむ時間がなくなるよー」
楽しそうなルイが、トシヤとトウゴを連れて行く。置いて行かれた亜莉香とユシアが立ち止まっていると、ルカが素っ気なく言う。
「行かないのか?」
「行くわよ。行きましょう、アリカちゃん」
はい、と頷き、亜莉香はユシアの隣を歩き出す。ルカが亜莉香の隣にやって来たので、どうしても気になったことを聞くか、少し迷ってからルカを振り返った。
「あの、ルカさん。一つだけお尋ねしたいのですが」
「何?」
「さっき言っていた、イオ様、とは?」
「ルイの妹」
「ねえ、それ以上の説明をしてよ。訳が分からないわよ」
全く、と言ったユシアが腕を組んで、口をへの字にした。
訳の分からないのは亜莉香も同じだけれど、おそらくユシア以上にルカとルイのことを知っている。亜莉香から余計なことを言えなくて、ルカは話す気配がない。
気まずい雰囲気が続くのかと思ったが、温泉街に入った途端にユシアの目が輝いた。
ルカとルイの事情なんて忘れて、ユシアははしゃぐ。先に温泉街の門を越えたトシヤやトウゴも初めての場所に心躍らせているのは明白で、ルイとルカが懐かしそうな眼差しを浮かべていた。
温泉街に入るなり、亜莉香は大きな湯畑に目を奪われる。
湯畑の近くに足湯や温泉卵の販売、湯畑を挟んだ両脇の道に様々な店がある。観光客の多くは浴衣姿で温泉街を楽しみ、空気を吸い込めば少し硫黄交じりの匂いがした。
門を越えただけで、街とは違う景色が目の前に広がる。
ようやく温泉街にやって来たのだとしみじみ感じて、亜莉香は自然と笑みを零した。




