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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
52/507

12-2

 ワタルとモモエ、アリシアの三人に見送られ、亜莉香達は街を出発した。

 ルイが楽しそうにヨリトをからかい、始終可愛い女の子を演じているので、トシヤが何も言わずに引き離した。モモエとワタルすら騙されていて、後で教えよう、というのは離れて見守っていた亜莉香とトシヤ、ユシアの三人の意見。


 ヨリトがロバに引かせる荷台はそれなりの広さがあり、屋根が付いていた。

 荷台の半分は荷物があるが、後ろの空いた場所に四人は十分に座れる。座っているだけなら問題がないが、乗り物に弱いユシアが早々に気分が悪くなり、横になって休むとなると、四人でも狭かった。

 狭いので、亜莉香はルカの馬に一緒に乗る。

 荷台の中ではトシヤがユシアの看病をしていて、トウゴは五月蠅いくらいユシアに話しかけている。ユシアは具合が悪いのに、口を閉ざす気配はない。

 騒がしい荷台から距離を少し離れて、亜莉香は前を見据えながら言う。


「ユシアさん、大丈夫でしょうか?」

「さあな。トシヤがいるから、トウゴと二人よりはましだろ」


 亜莉香の後ろで手綱を握り、ルカは淡々と言った。それより、と隣に視線を向けて、楽しそうな笑みを浮かべているルイを見る。


「ルイ、あんまり人をからかうなよ」

「からかってないよ、全部本気」


 にやっと笑うルイを、ルカが睨んだ。睨まれたルイは肩を竦めて、反省していない。


「どうせ、会うのは今回だけだから、問題ないでしょ?」

「そういう問題じゃ――」

「その話は止めて。これから向かう温泉街の話でもしようよ」


 無理やり話を切ったルイに、ルカは顔を背けた。ルカの機嫌が悪くなり、亜莉香は悲しそうな顔になったルイと目が合う。

 ルイは微笑み、困った亜莉香に言う。


「アリカさん、なんかいつも巻き込んでごめんね」

「巻き込まれたとは思っていませんので、それはいいのですが」


 ですが、と言った後の言葉が続かない。何を言えばいいのだろう、と悩んだ亜莉香は何も言えず、周りを見渡した。


 温泉街までの道は平坦で、土を固めた道を真っ直ぐに進むだけ。右側に林があり、左側には草原。遠くに山が見えるが、目立ったものはない。

 何か話そうか考えていると、遠くを見つめながらルイが明るく話し出す。


「随分前にさ。アリカさん、ある女の子の人探しを手伝っていたよね」

「アンリちゃんの時、ですか?」

「そうそう。その時に僕の家名を聞いたでしょ?あの後に詳しく問いただされる、と思っていたから、僕はある程度の覚悟をしていたんだよね。自分のことを話さないといけない、て。でも、何も聞かないんだもん…驚いた」


 心の底からの気持ちを呟き、ルイは亜莉香を見る。


「なんで、何も言わなかったの?」

「…忘れていました」


 正直に言うと、ルイが驚いたように瞬きを繰り返した。後ろにいたルカは吹き出して笑い出し、亜莉香は肩身が狭くなる。


「だって、アンリちゃんと会った時は色々あって忙しくて。ルイさんの家名の話を聞いて、トシヤさんにも話したのですが…調べてくれる、と言ったまま、お互いに話題にすることがなくて」


 それで、と言って亜莉香は深く息を吐いた。


「ルイさんから言われて、思い出したところです」

「トシヤくん、何か言っていた?」

「特には…ルイさんもルカさんも貴族らしくないな、みたいな話はしましたよ。あ、話さない方が良かったですか?」


 慌ててルイを見れば、ルイは微笑んで、首を横に振った。


「どうせ今日その話をするつもりだったから、話しても問題ないよ」

「良かったです。余計なことをしたかと思っていました」

「そんなことないよ。二人が僕の家名を知っても、対応を変えずにいてくれたことが分かって、僕はすごく嬉しい」


 嬉しい、と言われると亜莉香も嬉しくなるが、でも、と大事なことを言う。


「私は今まで忘れていて、多分トシヤさんも忘れていますよ?」

「その忘れちゃうあたりが、二人らしいよね」

「普通、忘れられないと思うよな」


 ぼそっとルカが言い、亜莉香は少しだけ頬を膨らませた。


「私、まだまだ知らないことが多いのですよ。教えてくれないと、何にも分からないのですからね」

「開き直るのかよ、ここで」

「だって、あの家で一番何も教えてくれないのはルカさんですよ」


 亜莉香の一言で、ルカが黙った。亜莉香からルカの顔は見えないが、ルイはルカの顔を見て、声を上げて笑い出す。


「あっはは、ルカのその顔、久しぶりに見た!」

「五月蠅い」

「だって、あっはは!ルカの顔!」

「――っ!」


 亜莉香の後ろにいたルカが、黒い何かをルイに投げつけた。

 金属音が鳴り響き、ルイは隠していた小刀でそれを弾く。弾かれたのは、僅かに真っ赤な光を放つクナイ。鋭く尖ったクナイはルイの真上にあり、ルカは右手をルイに向けていた。

 亜莉香がゆっくりとルカを振り返れば、ルカの顔は見るからに怒っている。

 嘲笑うルイの姿だけを瞳に映し、ルカが無言で指先を動かす。

 微かに下がった人差し指を合図に、ルイの馬の真横すれすれの地面にクナイが突き刺さった。クナイに驚く馬を、ルイが素早く宥める。地面に突き刺さっていたクナイはまた宙に浮き、素早くルカの右手に収まった。

 馬が落ち着くと、ルイは何でもなかったかのような顔で、ルカの隣に馬を走らせる。


「酷いことするなぁ、ルカは」

「あ?」

「怖い、怖い。よし、逃げよう!」


 逃げよう、と言った途端に、ルイは手綱を強く握った。

 姿勢を低くしたかと思うと、勢いよく馬を走らせ荷車を追い抜く。驚く亜莉香とルカを置いて、逃げ出したルイに、ルカはクナイを袖の中に隠して鋭く言う。


「アリカ、掴まれ」

「え…ルカさん――っ!」

「待ちやがれ、ルイ!!」


 亜莉香が名前を呼んでも、ルカには届かなかった。叫んだルカが手綱を握る手に力を入れたと気付いた時には、馬は駆け出し荷車を追い越す。

 冗談でしょう、と呟いた声は、誰にも届かなかった。

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