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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
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99-5 Side由志有

 ナギトに先導され、石段を上った途中でユシアは振り返った。


 赤みがかった空に白い雲が流れている。雲の切れ間から溢れる光は眩しくて、太陽が沈み始めた。近頃は明るい時間が長くなってきたとは言え、日が暮れるまで、あと少し。

 結局、案内を名乗り出たナギトには数時間後に迎えに来てもらった。

 診療所の後片付けをして、ヤタへの伝言を残して。服装にも気を配る必要があったのだろうが、そこまでの時間はなかった。最低限の身だしなみを整え、何度も深呼吸して、他の用事を済ませたナギトが再度訪問したのが数十分前。


「ユシア」


 小さく声をかけられ、一歩先に進みかけていたキサギと目が合った。

 幸いだったのは、いつものように診療所に顔を出したキサギを捕まえられたことだ。短い説明と強引な力技で、一緒に付いて来てくれている。

 先を行くナギトに置いていかれそうだ。キサギと一緒に急いで後を追う。

 駆け足に気付いたナギトは視線を寄越したが、何も言わなかった。少し歩く速度を落とし、上った先にあった鳥居の前で立ち止まる。


 朱色の鳥居を見上げた時、ユシアの足は完全に止まっていた。


 大きな鳥居。その先の景色に、道はない。広がっているのは深い森で、その先へは祭りの日にしか入ってはいけないのだと、誰もが言っていた。

 ユシアとキサギの姿を確認したナギトは、何てことなく鳥居をくぐる。

 平然とした後ろ姿は、鳥居を越えた瞬間に見えなくなった。目には見えない何かに吸い込まれたみたいで、怖くなったユシアの表情が硬くなると、キサギは手を繋いでくれた。


「行こう」


 頷くことしか出来なかったが、繋いだ手からキサギの緊張は伝わる。

 踏み出す一歩は重かった。ぎゅっと目をつぶって、鳥居を越えた。

 おそるおそる瞳を開けた先で、ナギトは待っていてくれた。その隣にはナギトの主であるシンヤが居て、後ろに控えているのは柔らかい笑みを浮かべた男性だ。確か以前、ナギトと一緒に紹介してもらった。


「やあ、ユシア殿。それにキサギ殿だったな」


 はい、と答えたのは同時。

 片手を上げて見せたシンヤに、ユシアもキサギも姿勢を正し、頭を下げるしかなかった。自分より身分が高い相手に、許可もなく顔を上げては話せない。


「畏まらなくていい。この場には我々しかいない」


 許す、とまで言われると、貴族相手の対応に慣れているキサギが先に顔を上げた。失礼します、と添えたユシアも倣う。


 表情が硬いのは勘弁してもらうとして、改めてシンヤを見た。

 この方が領主の息子なのだと、笑っているだけなのに感じる何かがある。

 呼ばれた側として口を開くのが重くなると、咳き込んだのはシンヤの後ろに控えていた男性だった。シンヤ様、と苛立ち隠さずに声をかける。


「見ていて可哀想なので、さっさと用件を済ませてあげて下さい」

「そうか?サクマだって話したいことがあるだろう?」

「ありません」


 やけにきっぱり言われ睨まれると、シンヤは肩を竦めて見せた。ナギトは我関せず距離を置き、ユシアとキサギの後ろに控える。


「大体、帰って来て早々に呼び出すのは非常識です。いつも相手方の都合なんて考えずに行動して、一番迷惑をかけられるのは俺ですからね。今回だって急に帰って来るから、今後の予定が一気に狂わされるし――」


 サクマと呼ばれた男性の小言を、シンヤは聞かなかったことにした。代わりにユシアとキサギに笑いかけて、五月蠅いだろうと同意を求める。

 から笑いしか出来ずにいると、ナギトがサクマの名前を呼んだ。

 くどくど喋り続けていたサクマの声が止まる。


「なんだ。もういいのか?」

「後は…屋敷に帰ってから、チアキを含めて話し合いましょう」


 その内容には顔を引きつらせたシンヤだったが、視線を泳がせ何も言わないことを選んだ。話を戻すが、と前置きして、差し出したのは一通の手紙。


 ユシアに向けて、淡い桃色の花びらが舞う便箋を見て戸惑う。


「ユシア殿宛の手紙だ。私が直接渡しても良いと言われたのでな」


 綺麗な文字で書いてある名前は、見間違うことなくユシアの名前だった。

 落とさないように受け取って、便箋を裏返して目を見開く。


「――ぁ」


 瞳に映した名前が、たった一人の少女を示す。


「アリカ、ちゃん」


 名前を口にした途端、込み上げる感情があった。我慢していた感情が溢れそうで、泣いてしまいそうで口元を片手で覆った。

 隣に居たキサギも手紙を見下ろし、安堵の息を静かに吐く。


「無事だった」

「勿論無事だ。アリカ殿の傍にはトシヤ殿もピヴワヌ殿もいるし、他に一緒に迎えに行った者達も、王都に向かってから帰ると言っていた。私はシノープルで別れたので元気だったとしか言えないが、そのうち帰って来るのではないか?」


 零したキサギの本音を拾って、シンヤは言った。

 手紙を開ける前から涙が頬を伝う。人前で泣くなんてはしたない。分かっているのに止まらなくて、キサギが背中を擦ってくれても何も話せない。


 ずっと、待っていた吉報だ。

 ずっと、ずっと待っていた友人からの手紙だ。


 会えたら話したいことが沢山あって、謝らないといけないことも山ほどあって。いつ帰るか分からなくても、数日おきに家に帰って掃除した。帰って来た時にお腹を空かせているかもしれないから、苦手な料理も一生懸命練習した。

 声を抑えて泣く。シンヤだけでなく、ナギトもサクマも泣いているユシアを見守っていてくれる。手紙を開けて中を確認するべきなのに、身体は動いてくれない。


「――え、何この状況」

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