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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
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01-4

 腰を抜かした亜莉香をおぶって、トシヤは軽々と歩く。


「本当に、重くないですか?」

「それ、五回目」

「うぅ」


 まだ数十メートルしか歩いていないのに、亜莉香は何度も聞き返していた。

 境内から離れて、誰もいない石で出来た道を歩き出して数分。

 トシヤは亜莉香の持っていたマフラーを手に持って、亜莉香をおぶってゆっくり歩いていた。トシヤの肩に手を置いて、おんぶされている状態はとても恥ずかしく、一刻も早く下りたい。

 恥ずかしさを紛らわすため、亜莉香は言う。


「腕が疲れたら、遠慮なく下ろしてください」

「軽いよ。アリカ、飯ちゃんと食っているのか?」

「食べていますぅ」


 徐々に小さくなった亜莉香は恥ずかしさのあまり、トシヤの背中に顔を埋めた。会話をすれば恥ずかしさが半減する気がしたが、それは気のせいだ。


 トシヤがあまりにも優しく接してくれるから、少しだけ心臓が五月蠅い。

 それでもやっぱり、無言よりは話している方がいい。


「あの…ご迷惑ではなければ、聞いてもいいですか?」

「何を?」

「魔力とは何ですか?」

「魔力?」


 思いがけない質問だったのか、トシヤは立ち止まって、驚いた顔で振り返った。


「魔力を知らない、てことは…アリカは相当ド田舎から飛ばされたわけ?」

「ド田舎、なのかは分かりませんが…その、武器に焔が宿るのを初めて見たので、それも魔力が関係しているのかな、と」


 変なことを聞いたかもしれないと思ったが、トシヤは納得した顔で再び歩き出す。


「まあ、魔力が少なくて魔法を使わない奴は珍しくはないし、知らない奴もいるかもな。俺は簡単にはしか説明出来ないけど、それでもいい?」

「お願いします」


 しっかりと答えた亜莉香の声を聞き、トシヤが説明を始める。


「魔力は誰もが持っている、命と同等のもの。その魔力によって、人それぞれ使える魔法が違うけど、誰もが一つは何らかの魔法を使える」


 へえ、と亜莉香は小さな声で相槌を打った。


「一般的にだけど、魔力の種類で多いのは火と水、それから風の三つ。大抵の人がそのどれかで、中には土や雷や氷、光や闇、動植物と話をするとか、人の心を読むとか。これから会いにいく奴みたいに、人の怪我を治す奴とかもいる。噂だと、時間を止める魔法も聞いたことがあるな。人それぞれが違うように、魔力の種類もそれぞれ違って色々ある」

「色々…」

「本当に、色々。それで本人の持っている魔力によっては、何もない空間からそれらを生み出すことが出来る」


 こんな風に、と言いながら立ち止まったトシヤが右手の掌を、亜莉香に見せる。

 トシヤの手の上に小さな赤い光が集まって微かに光ったと思った直後、その上に小さな焔が揺れた。小さくすぐに消えてしまいそうな焔を、トシヤがぎゅっと握りしめる。


「熱くないですか?」

「自分の魔法なら熱くない。他人の魔法なら熱さは感じる。けど自分も同等の魔法か、それ以上の魔法を使えば熱さは感じない。ルカやルイ、俺もだけど、中にはその魔法を自分の武器に纏わせて戦う奴もいる。媒体があった方が、魔法が扱い易くなるからな。ここまではいいか?」

「多分、大丈夫です」


 トシヤにとっては当たり前のことかもしれないが、亜莉香にとっては見知らぬことばかりだ。頷いた亜莉香を落とさないように、トシヤはおんぶし直して再び歩き出す。


「魔力は命と同等で生まれ持ったもので、魔力を一度に使い過ぎると、死に繋がることもある。生まれ持ったものを変えることは出来ないけど、本人が気付いていないだけで、色々な魔法を使えたり、魔力を磨くことで魔法が使えたりする場合も多い」

「そういうものなのですね…」

「まあな、それから大きな魔法を使うには、ルカやルイのように言葉が必要だったり、場合によっては特別な道具が必要になったりすることもある」

「特別な道具とは?」

「杖や剣、鍵や鏡、俺らが使う武器とは全然違う、それだけで本人以外の魔力を宿した道具のこと」

「なるほど」


 少し亜莉香に考える時間を与える、トシヤが黙る。

 間を置いて、それで、とまた話が続く。


「大抵、生まれ持ってくる魔力は血筋だ。両親のどちらかの魔力の影響を受けて、同じ種類の魔力を得る。稀に両親じゃなく祖父母の魔力の影響を受ける場合もあるけど、大抵は両親のどっちか、祖父母の魔力を受け継ぐ奴は少ない。髪の色を見れば、その人の魔力は予測出来ないこともないけど…絶対じゃない」

「例えば、どんな感じですか?」

「火の魔法なら赤系の髪、水の魔法なら青系の髪。風の魔法を使う奴は?」

「えっと…緑、でしょうか?」

「正解」


 何となく答えた亜莉香に、トシヤが満足そうな顔をした。


「まあ、見た目で判断するのは良くないけどさ。髪の話はついで程度に覚えておけばいいさ。て、説明していたら鳥居を越えるな」


 話していると、あっという間だった。

 途中で緩やかな傾斜になった道を曲がったことにも気付かず、石で出来た道は途切れ、大きな鳥居の近くに辿り着く。


 真っ赤、と言うよりも朱色の鳥居。


 道幅と同じ幅で、とても高さのある鳥居なのに、鳥居の先の景色はまるで鏡のように、亜莉香をおぶったトシヤと姿と真後ろに広がる景色が映っている。

 不思議に思っているのは亜莉香だけで、トシヤが驚くことはない。


「どうして、鏡みたいなのですか?」

「結界が張られているから、こっちからは鏡。外に出たら、また別の景色に見える。結界も色々種類があるからな…続きは後で。ここを抜けたら、驚くかもな」

「それって、どういう――」


 こと、と言い終わる前に、トシヤは鳥居を抜けた。トシヤにおぶってもらっている亜莉香も、一緒に鳥居の下を抜ける。


 リン、とほんの一瞬、綺麗な鈴の音が聞こえた。


 驚いて、亜莉香は首だけ鳥居の方を振り返る。

 鳥居を抜けると、その奥の景色は鏡ではなく深い森が広がっているように見えた。

 立ち止まったトシヤが、亜莉香が後ろを見ていたのに気が付いて少しだけ場所を移動した。二人とも振り返り、深い森を見つめる。


「これが結界。森にしか見えないだろうけど、年に一回の祭りで庶民にも開放される。本当はその祭りの日にしか入れないわけで、俺らが神社に入ったのがばれると、怒られる」

「お、怒られるのですか?」

「警備隊の奴らにばれたらな。今までばれたことがないとは言え、神社にいたことはあんまり人に言わない方がいい。それで、驚くのはこっちの方」


 こっち、と言って、鳥居と真逆の方を見た。

 亜莉香もつられて、トシヤが見ている景色を見つめる。


「うわぁ」


 目の前に広がっている景色に、驚いて、感動して亜莉香の声が零れた。


 数十段ある石段の、両脇は林。

 神社の中とあまり変わらなかったのに、その先の景色を認識した瞬間、騒がしいくらい沢山の音が耳に響く。賑わい活気溢れる音、楽しそうに笑い合う老若男女の声。


 何度瞬きを繰り返しても、瞳に映る景色は変わらない。


 とても広く、大きな街並みが広がっていた。四方を山で囲まれた、色鮮やかな屋根で煉瓦造りの二階、または三階建ての建物。外壁も沢山の色。数えきれない建物があり、遠くまで続いている。


 数十段の階段を下りた先には、賑わい、活気溢れる市場があった。

 横一列に、神社を中心に左右に分かれた道に続く、数多くの出店。食品や装飾、呉服やアクセサリー、様々な出店。

 行き交う沢山の人々の髪の色が、一層景色を鮮やかに変えている。

 全員が同じ色ではないが、深紅や朱色、臙脂色や緋色、薄紅色や鮮やかな桜色など。赤系統の髪色が目立ち、三人に一人の割合で青、黄、緑などの髪の人が混ざる。

 多くの女性は髪に綺麗な髪飾りを付け、男性は短い髪か伸ばしている髪を後ろで一つにまとめている人が多い。年老いている老人と子供たちは着物を好み、それ以外の人達の多くは袴姿だ。


 空の色は澄んだ青で、風は優しく亜莉香の頬を撫でる。

 所々に植えてある木々の色は新緑で、桜が混じって花びらが舞う。

 鳥居から真っ直ぐに伸びる広い道は真っ直ぐで、どこまで続いているのかのようだ。


 華やかで、どこか異国を思わせる世界。


 亜莉香は人々の会話に、耳を澄ませた。何を話しているのか、内容を理解出来る。何を言っているのか、よく分かる。知らない言語を話しているわけではない。


 知らない場所。

 見知らぬ人、しかいない場所。


 それなのに、目の前の景色に心が躍り、目を奪われて、色んな場所が気になって仕方がない。どこもかしこも興味が湧いて、探険してみたくなる。

 目を輝かせる亜莉香を見て、穏やかな笑みを浮かべたトシヤが声をかける。


「すごいだろ?この国で、王都以外で大きな街の一つ、ガランス。緋の街、とも呼ばれるくらい、火とか焔とか髪の赤い人が多い。人も多いけど、街がとにかく大きいから、迷子になりたくなかったら、道をしっかり覚えるか。知り合いと一緒の方が安全だな」

「記憶力は悪くない方だと思うので、頑張って覚えます」

「なら、階段を下りるか。しっかり捕まっとけよ」

「え、そろそろ自分で歩けると思いま――」

「おぶっていた方がはぐれなさそうだから、このまま行く」


 亜莉香の言葉を遮って、トシヤがゆっくりと階段を下る。段々と市場に近づいていくのが一人だったら、不安で仕方なかったはずだ。でも今は一人じゃない。


 不安は消えず、それ以上に楽しみで、亜莉香は少しだけトシヤにしがみつく力を強めた。

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