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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
499/507

99-3

 光が収まった時、麗良は気絶していた。

 そこに居るのは麗良なのか。それとも灯を欲した闇なのか。はたまた別の誰かだろうか。意識を失って動かないのは嬉しいが、そのまま放置で良いかは迷う。薙刀を持ったまま近づくことに躊躇すると、どこからともなく聞こえた足音があった。


「これはまた…随分と派手に戦ったみたいだね」


 振り返った亜莉香よりも随分と低い目線は、狼の姿の奏である。

 暗い闇から現れたように、傍に居ることに気付かなかった。とても久しぶりに姿を見た気もして、いつから見失っていたかは考えないことにする。

 亜莉香の横を通り越し、奏は麗良の元まで行った。

 うなされている顔を覗き込むと、脇に座って尻尾が垂れる。


「この子も馬鹿だ。光だけなら兎も角、王冠の力になんて敵う筈がないのに」

「まるで最初からこうなることが分かっていたみたいですね」

「そりゃそうだ。灯や透と違って、ずっと観察していたからね。闇も光も、盾と剣の動きも、この国だって精霊だって人だって」


 当たり前のように答える奏の背中を見て、亜莉香は武器を構えるのをやめた。

 薙刀を消し、肩の力を抜き話しかける。


「盾と剣とは何か。ご存知ですか?」

「ローズみたいに、王冠が壊れた時に生まれた欠片かな。ローズと違って、独占や破壊を宿した可哀想な子達」


 複数形には、ヒナも含まれるのだろう。

 そっと視線を上げた先は塔の上。そこに居る人物を想い、奏は言う。


「君が約束を果たせば、全て解き放たれる」

「そう、ですね」

「護人の繰り返された時間も、闇を宿した彼の想いも変わり出す。きっと今度は、皆が前に進むさ。今日まで闇に怯えていた精霊達は目を覚まし、既に一部は、僕の子孫の呼びかけに答え始めた。この場も王都も他の地でも、すぐに綻びは広がる」


 見てみなよ、と背中を向けたままの奏が空を見上げた。

 ふわりと宙に舞う、蛍のような光を見つけた。星の光に混ざって夜空を飛ぶ。

 ついでに辺りを見渡せば、亜莉香を囲っていた敵が消え去っていた。別の景色を映していた光も、おそらく麗良を気絶させた一撃により全て消えた。


 一瞬、目を離しただけだった。

 狼はいなくなり、一人の男性が麗良を抱き上げる。その後ろ姿は見たことがあった。真っ黒な着物を頭から被って、亜莉香より背が高くて、優しい声の主の名前を呼ぶ。


「奏さん?」

「幸運なことに、僕の子孫がここではない世界へ通じる鍵を持っているらしい。それは本来、灯が作った最終手段。それを使って僕と彼女、それからもう一人の青年は、君が約束を果たすと同時にいなくなろう」


 青年が指すのは陸斗。鍵についても、思い当たる話を随分前に聞いた。

 嬉しそうに話し出した奏は、決して振り向きはしない。


「奏さんは、それでいいのですか?」


 犠牲になるというなら、それを止めたかった。

 引き止めるようにも聞こえた問いに、勿論、と返ってくる。


「それが、僕が選んだ道だ」


 君達と同じだよ、と続いた言葉は本音だろう。

 今度は亜莉香が名前を呼ばれ、首を傾げて訊ねる。


「何ですか?」

「託してくれるかい?」


 短いながらも何を言いたいのかは伝わった。

 たった一言で、奏がいなくなる予感があった。別れの言葉もなく、もう会えなくなる人だとしても、最後くらい顔が見たかった。でも今日まで見せてくれなかったのだから、願ったところで叶えてくれるとは思えない。それに奏の笑った顔なら、灯の記憶の中にある。

 だから願望は口にせず、亜莉香は微笑む。


「貴方に全てを託します」


 どうかお元気で、と隠した祈りが届けばいい。

 そうか、と奏は呟いた。それはとても小さく、遠くから亜莉香を呼ぶ声に掻き消された。ほんの少し気を取られた隙に、見送ることをさせなかった奏の姿が消えていた。麗良も一緒にいなくなった。風に靡いた髪を押さえて、亜莉香は消えた二人が向かった先であるはずの塔を見る。

 そこでも一悶着あるかもしれない。


「アリカ!」

「トシヤさん!」


 さっきより大きく聞こえた声に思考は停止し、大きく手を振って迷わず駆け寄った。その安心した顔を見て、亜莉香も嬉しくなる。一人じゃない。トシヤが来てくれることが、どれだけ心強いか。

 言葉では言い表せないから、走った勢いのままに抱きつく。


「悪い、遅くなった」

「全然遅くありません。来てくれて、ありがとうございます」


 しっかり抱きとめてくれたトシヤを見上げ、お互いに目が合って微笑んだ。


「それに絶対に来てくれると信じていましたので」

「そうか、無事で良かった」

「はい、トシヤさんも」


 そのままトシヤの胸に顔を埋めそうになり、視界に入った人物に身体は固まる。


「…俺のこと、忘れてないよな?」


 トシヤの斜め後ろ、とても居心地悪そうな透がいた。

 右手人差し指で頬を掻き、またそっぽを向いて黙る。

 嬉しさのあまり、頭から吹き飛んでいた羞恥心が芽生えた。自分から抱きつくという大胆なことをした自覚はあり、そっとトシヤの背中に回していた手を離す。


「アリカ?」


 トシヤは離してくれない。

 距離は近いまま、俯いた亜莉香の顔だけでなく耳まで赤いに違いない。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫、です」


 答えながらも顔が見られず、宙に浮いた両手は無罪を主張するようになってしまった。透はにやにや笑い出すし、トシヤも微かに笑っている。

 ますます顔を上げられなくなると、透が咳き込み、トシヤは腕を解いてくれた。


「さてさて、亜莉香。その左手の王冠について話し合おうか」


 トシヤが亜莉香の隣に移動したのを見て、透は言った。


「話し合いと言われても」


 することは決まっている、と続けようとして、これ見よがしに頭に乗せてみる。首を動かしても落ちないことを確認し、透とトシヤに問いかけた。


「どうですか?似合いますか?」

「小さくないか?」

「それより、頬に傷が」


 王冠そっちのけで伸びた手に、落ち着きを取り戻しそうだった心臓が再び五月蠅くなる。トシヤが平然としているからこそ、亜莉香だけが一人慌てた。


「こ、これ、くらい平気ですので!」

「鶏か」


 ぽつりとぼやいた透は呆れ果て、亜莉香の顔を覗いたトシヤが近い。それも心配してくれていると分かるだけに、無下に出来ない。動けない。

 怪我をしたのは亜莉香なのに、トシヤの方が痛そうに顔を歪めた。何を言おうか迷って、頭が真っ白になったところで、割り込むのは一人しかいない。


「すいません。二人の世界に入るのは後にしてもらえませんか?」


 白々しい棒読みながらの台詞は切実だった。

 片手を挙手した透に、亜莉香から視線を逸らしたトシヤが身を引く。


「これくらい普通だろ?」

「言いたいことが分からなくもない…が!俺は亜莉香の兄なの!なんでこんな時まで、妹のラブコメを見せつけられなきゃいけないわけ!?」

「ラブ…何だって?」


 通じない言葉に透が頭を抱えた。

 二人の掛け合いが面白くて、両手で口を押さえても、耐え切れない笑いが漏れてしまう。さっきまで麗良と戦っていたのが嘘みたい。奏と別れたのも夢のようだ。隣にはトシヤが居て、透が居て、押し寄せる現実に息を吐く。


 とても呼吸が楽なのは、きっと居心地の良い居場所にいるから。

 この国が、世界が好きだと胸を張っているから。

 あの、と亜莉香が話し出せば、自然と視線が集まる。


「これからのことなのですが」


 軽い前置き、けれども二人は真剣に聞いてくれる。


「終わりを、手に入れようと思うのです」


 頭の上に乗せていた王冠を外し、両手の上に乗せた。

 上手く伝えられる自信はないが、拙い言葉でも自分の言葉で想いを届ける。


「この王冠は初代王が作ったもので、ずっと役目を終える日を待ち望んでいたから。誰かが終わりを示さなければ、またいつの日か、大きな争いが起こる。光と闇の均等が崩れてしまうから。王冠という形を失くし、全てが在るべき場所に返るべきだと」


 段々と自信なさげになり下がっていた視線は、トシヤに頭を撫でられて上がった。その瞳が大丈夫だと語るから、ほっと肩の力を抜く。

 透も、そうだな、と同意して笑いかけた。


「御伽噺は御伽噺のままで、真実は言いふらさなくていい」

「うん」

「やり方は、分かるか?」


 優しい問いかけに、もう一度頷く。

 王冠を手にした時から、どうすればいいのかは言われなくても分かっていた。胸に抱けば淡い光が宿り、心に浮かぶ言葉がある。


 一つだけ、必要なものがあった。


 なくても困らないけど、あるに越したことはない。それを探すと、トシヤではなく、その腰にある日本刀で視線が止まる。


「トシヤさん、日本刀をお借りしてもいいですか?」

「分かった。持てるか?」


 両手で持っていた王冠に気を遣われ、悩む暇なく近くの切り株に置きに行った。

 トシヤの元に戻り鞘ごと受け取って、そっと刀身を抜く。

 銀色の刃が、星や月の光を反射した。金と黒で固く結ばれた柄を握れば、王冠の光のように淡く輝く。これほどまでに王冠を終わらせるのに相応しい武器はない。


 千年の時を越えた武器は、とても美しい。


「で、どうするわけ?」

「そうですね」


 透に促されて、王冠に向き直る。

 亜莉香の意思に従って王冠は音もなく宙に浮いた。目線と同じ高さになり、最後の時を待っている。左手に持っていた鞘はトシヤが引き受け身軽になっても、日本刀を両手でしっかり握りしめても、少し緊張した両手が僅かに震えた。 

 深呼吸を繰り返す。王冠に集中する。


「アリカ」


 右隣に来たトシヤの手が背中に触れ、名前を呼んだ。


「無理はするなよ」

「はい」


 目が合って、傍に居ることを実感して緊張が薄れる。

 反対側には透が立って、亜莉香の肩を軽く叩いた。


「だな。俺達がいるから、やりたいようにやれ」

「うん」


 沢山の励ましより、短くても背中を押してくれる言葉に勇気づけられる。

 今からだって、何も遅くはないのだろう。交わした約束は変わらず、ずっと待ち望んでいた未来がある。もう道標は必要ない。ただ心の中にある想いを紡ぐだけ。


 心臓が高鳴った瞬間、夜空に瞬いたのは城より大きな広範囲の魔法の線だった。幾つもの光が集まって、幾つもの色を伴って、空に咲き誇るのは花々。

 複雑な円形の中に、椿が咲いている。

 真っ赤な牡丹や真っ青な瑠璃唐草も、爽やかな緑の薔薇も、桃色の桜や黄色の向日葵も。数えきれない大小様々な花が描かれた夜空が広がる。


 亜莉香だけじゃなく、トシヤも透も感動していた。

 これはローズがくれた祝福。

 沢山の想いと力が混じった亜莉香だけの紋章。


 お礼は心の中に留めた。きっと想いが届くと信じて、金の王冠を見つめて笑みを零す。長々しいことは言わない。言うつもりはない。


 終わりは始まり。


 ここからまた新しい時間を刻む為に、亜莉香は願いを告げた。

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