表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
497/507

99-1

 泣くなと言い聞かせて、溢れる涙を拭った。

 ローズが消えたことを悲しんでばかりいられない。仕方がないと、すぐには受け入れられないとしても、立ち止まって泣いてばかりでいたくない。


 必死に涙を引っ込め、深呼吸を繰り返す。

 身体の中に宿る温かな力を感じ、戻った力を嫌でも覚えて上を向く。

 座り込んだまま視線を巡らせると、周りの視線を浴びていた。ローズがいなくなっても、揺れる黒い影達は近づくことなく離れることもない。


 その中にも小さな欠片が残っているなら、亜莉香を襲うことはないのだろう。

 足に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。唇を噛みしめ、意識して手にしたのは薙刀だ。来て、と願った通り、一瞬で亜莉香の右手に収まった。他にも透の持っていた日本刀やヒナから譲り受けた扇も、願えば一瞬で現れる。

 いつの間にか色んなことを知っていた。

 最初は何も知らなかった筈なのに、と笑みを零す。


 くるりと一回転させてみせた薙刀を、両手で軽く握り直した。埋め込まれている真っ赤なルビーが、辺りに散らばる光を反射して煌めく。

 ローズがいなくなっても、宙に浮いている光はあった。今でもどこかで戦い続ける人達がいて、城の中を映して、次々に移り変わる今を見つめる。


 ローズは消えたけど、その想いは消えてない。

 終わらせて、と託された想いを胸に抱く。


 景色から視線を逸らし、それぞれの景色を映す光を邪魔にならない位置まで上げた。視界は良好と言えるが、その瞳に映る影達には困ってしまう。

 いつまでも、流れることなく滞った闇は深く暗い。


「まずは」


 一言を置いて、薙刀を構えた。


「ここから始めましょうか」


 踏み出すではなく、薙刀の剣先を地面に向けた。トンと軽く、一瞬にして広がった光の線は見慣れた光景で、遥か遠く、亜莉香の目視より遠くまで伸びる。


 湧き上がるのは光の粒。

 描いた光の線から生み出されたもの。


「【――この地に眠る者達よ】」


 亜莉香の声に反応して、浮かび上がった言葉があった。

 地面の底から光の線を通して、幾つもの色を宿して辺り一体を照らす光は明るい。優しく温かく、待っていてくれた欠片達が紡ぐ言葉は美しい。

 待っていてくれてありがとう、と感謝を込める。


「【永き役目を果たす為、我が声に答えて集え】」


 風に囁くように、水面を僅かに揺らすように、声は決して大きくない。

 それでも反応した者達がいて、囲む人影の中に隠れていた光が強くなって、沢山の力は集まり寄り添う。欠片が離れた人影は動きを止め、あまりにも眩い光に決して誰も近づかない。

 その中心で、亜莉香は微笑む。

 ようやくここまで来たのだと、それが嬉しくて堪らない。


「【一度は約束違えども、一度は形を失えども】」


 光が薙刀の先端に集まった光が、たった一つの姿に変わる。

 白銀の光を纏った何かは、亜莉香の両手に収まる大きさだ。その中に赤青緑の光が飛び込んで、自らを主張するように輝き出し、白銀の光と同等の輝きを持つ。他にも数えきれない色が混ざっては、溶けて交じって光を放つ。


 それは王冠。


 偽物だけど以前、似たようなものを見た。

 リリアと一緒に隠されていた闇の、池の中。手探りで見つけた偽物を手にした時は感じなかった想いが、亜莉香の心を満たしてしまう。


 全然違うな、と笑みを零して、片手で口元を押さえた。

 王冠には収まりきれない力が在って、込められた想いが在る。

 初代王に会ってみたかった。どれだけの精霊と会い、どうやって仲良くなったのか。ここで集まる光を見るだけでも相当なわけで、よくもまあ小さな王冠に込めたものだと感心もする。


 これから先の未来で、亜莉香も会えるだろうか。

 まだ出逢ったことのない者達に、過去を受け継ぐ者達に。出逢って、語って、笑い合って。別れもあるかもしれないが、それは悲しいことばかりじゃない。

 アーちゃん、と呼んでいたローズの声が、まだ耳の奥に残っている。


「【始まりの願いは色褪せず、永久の祈りは届いて漂う。姿を失くした道標、行き場を失くした想いと力。再び集う時が満ち足りた時こそ――】」


 薙刀越しに、身体の中に宿る力も流し込んだ。

 ローズの想いも、そっと宿す。

 身体の中にあった何かが、居場所を移し替えたのを肌で感じた。それは少し寂しいけれど、身体は軽くなった気がする。光を見つめ突ければ、凝縮して小さくなって、見え隠れするのは金の色。

 それから燃えるように真っ赤なルビーと、澄んだ水のように青いサファイア。美しい風のような緑のペリドットと、浮き彫りになっている様々な花模様に埋め込まれた色とりどりの小さな宝石達も確認した。

 最後に締め括るとしたら、自分の言葉で終わらせたい。


「【私の元に、帰って来ると信じています】」


 希望を乗せた言葉を合図に、辺りに存在していた光が全て吸収された。

 やけに静かな空間で、亜莉香の吐いた息が響く。


 地面に転がり、薙刀の先端に収まっている王冠の見た目は想像通り。

 三つの宝石があり、それぞれ光を宿して輝いている。他の小さな宝石に至っても、小さいながらの光を宿しているのだから、王冠そのものが輝いていると言っても過言ではない。

 少しばかり花の模様が増えた気がしなくもないが、些細なことと判断する。


 さて、と王冠を手に取ろうとした途端、影が増えたことに今更気付いた。

 迫る敵に感づいて、身を伏せると同時に王冠を拾う。

 いつの間にか、亜莉香を囲っていた敵が距離を縮めていたらしい。おそらく王冠の光が弱まったのが原因で、奪われていた欠片が戻ったのも原因。

 咄嗟に王冠を抱えて踏み出していなければ危なかった。亜莉香がいた場所に思いっきり振り下ろされている日本刀を見て、容赦なく倒して良い相手だと悟る。射貫くような視線を向けられれば、突き刺さっている日本刀を易々と抜かれる前に、心臓を狙って片手で薙刀を突き出した。


 一瞬で灰と化した相手に、ふむ、と冷静に現状を見極める。

 元々が灯の魔力で生み出されたものだから、薙刀は王冠とは関係ないのか。王冠を元に戻したところで難なく扱えるのは有難く、このまま戦える。反射神経にも問題はなく、相手の動きを読むのは簡単だ。そもそも単調な攻撃が多い。戦闘能力が下がっていないなら、と無意識に口角が上がる。

 先陣を切ったのが数人で、他は様子を伺うように距離を取った。

 来るなら討つだけ、身を翻しながら薙刀を振るう。


 戦いながら、いつまでも王冠を大事に抱えているのは億劫になった。片手で薙刀を扱うのは無理ではないが扱いづらいと思った途端、その感覚が消える。


 余所見をする暇はなかった。敵を倒す為に両手で薙刀を支え、余裕が生まれてから、消えた王冠を持っていた左手に目を向けた。意識すれば一瞬で、亜莉香の元に戻ってくる。左手首に僅かに感じる重みがあって、触れているのは金属の固さで、なのに温かく美しい王冠。


 王冠を担う役目の意味を考え直し、なるほど、と一人で納得した。

 元に戻った王冠というのは、王冠に込められた力の結晶だ。本来なら、それ自体は形を持たないもの。亜莉香が望んだからこそ王冠の形を保っていたに過ぎない。亜莉香の中に戻ることこそ、パズルのピースが揃ったようにしっくり当て嵌まる。


 一心同体、と思わず呟き笑みを零す。

 今なら何でも出来る気がした。


「だからと言って、やる事は変わらないですけどね」


 大きめの独り言だとして、聞いてくれる人は周りにいない。亜莉香の声が届く距離にいるのは、話しかけても会話が成り立たない相手ばかり。


 王冠を元に戻したのは下準備。本番はこれからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ