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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
493/507

98-2

 先程まで居た場所は塔の最上階で、王座に向かうとなると階段を下りるしかない。まずはトシヤに手を引かれる形で、円状の螺旋階段をひたすら下った。途中転びそうにもなったけど、何とか立ち止まらずに階段を下り終えた頃には息絶え絶え。

 足に力が入らず座り込んだのは亜莉香と、手摺にしがみついた陸斗だ。


「ちょっと、休憩させて下さい」

「…俺も」

「だらしないな、お前ら」


 腕を組んで見下ろす透は平然として、亜莉香の隣に居たトシヤも似たり寄ったり。


「大丈夫か」

「大丈夫と言いたいです」

「それは大丈夫と言わないだろ」


 呆れながらも背中を擦られ、亜莉香は深呼吸を繰り返した。

 下り階段の全速力はきつい。階数にして何階か、なんて考える余裕はなかった。未だに心臓が五月蠅いくらい動いているし、右手で押さえても落ち着くまで暫くかかる。

 どうしてトシヤと透は疲れ知らず何だろう、と顔を伺う。


「俺は風魔法を使っていたからな」

「ずるい」

「けどトシヤは何もしてないだろ?」

「…まあ」


 微妙な間。

 別の魔法でも使ったのかと疑う前に、急に頭の上に重みを感じて身体が沈む。


「はーい、アリカ。お帰りなさい」

「「…ネモ」」


 亜莉香は何も言っていない。両肩に添えられた手があって、頭の上の柔らかい感触が中々に重たい。首が痛くなりそうな体勢で、思わず両手を床に付けた。

 ピヴワヌがよく邪魔だとか言っていた意味が、今分かった。

 胸が柔らかいとかではなく、重みが増していく。


「貴方達、こんな所で何をしているのよ。遅いから迎えに来ちゃったじゃない。折角出口がありそうな場所にいたのに、どうして阿保鴉共の所に行くわけ?」

「お、重たいです。ネモフィル、重みが増しています」

「あら、ごめんなさい。馬鹿兎の時と同じにしていたわ」


 亜莉香の本気が伝わり、途端に重みが消えた。胸の感触は残っているものの、後ろから抱きしめられる形に変更した。顔を見なくても上機嫌なのは声で分かる。


「それで、何の話だったかしら?そうそう、どうして阿保鴉共の所に行ったわけ?」

「そこに扉があったからだろうな」

「ふーん、そういうことにしてあげる」


 納得はしていないが、追及はない。


「聞かれる前に言うけど、私は貴女達がいなくなってから衰弱している女王の様子を見て来たわよ。とりあえず生きているから安心して」

「とりあえず?」

「とりあえず」


 断言したネモフィルの顔は見えなかった。

 不穏な単語が聞こえて亜莉香が口を開く前に、透が話を変える。


「他の連中は?」

「さっきまで一緒だったわ。私はちょっと先走ったから、今ここに居るわけ」


 ほら、とネモフィルが顔を向けた方角を、亜莉香も見た。

 その途中で、あからさまに身を引いていた陸斗の姿が瞳の隅に映る。原因は言わずもがなネモフィルであり、本人は未だに離れる気配なし。


 陸斗のことは放っておいて、廊下の奥から走って来る影は三つを確認する。

 トシヤの手を借り立ち上がり、再度目視して目を擦った。

 ルカとルイ、それから一歩下がって歩いて来る人物の三人で人数は合っている。


「トシヤさん。私の見間違いでなければ…後ろの人はマサキさんではありませんよね?」

「そうだな。俺も違う奴に見える」


 どうやら亜莉香の認識とトシヤの認識は同じようだ。

 それはそれで疑問しか浮かばない人物が近づいて来る。


「例の王子様よ。女王の前に顔を見に行ったら付いて行くと言って聞かなかったの。邪魔になるから自室に閉じ込めることも考えたけど、先に結界を破ったのは私なのよね。もう一度結界を張るのは面倒だし、撒いたところで一人になって死なれたら騒ぐ男がいたし」


 やって来るのは王子であるチトセで間違いなかった。ネモフィルの王子相手の対応については、亜莉香もトシヤも顔を引きつらせるしかない。

 自室とは言え閉じ込める発想と、結界を破った経緯が、とても気になる。万が一でも敵が蔓延る城の中に王子を放置していたら、それは大問題では済まされない事態だ。

 大事にならなくて良かったと、心の底から思った。

 透だけは顔色変えず、ネモフィルの最後の言葉に反応する。


「その騒ぐ男って、珊瑚の君か?姿が見えないけど?」

「女王の所に置いてきた。どうせ戦力外通知を受けるなら安全な所にいたいそうよ。そっちこそ阿保鴉達を連れてこなかったのね。アリカに付いて来るかと思っていたわ」

「まだ上でやることがあるってさ」


 透が螺旋階段を見上げれば、ネモフィルも真似して上を見た。

 姿の見えない面々を想い、そう、と呟いた声は切ない。

 塔の最上階に居るのは、ヒナだけじゃない。亜莉香とトシヤに目配せだけして、トウゴは勿論のことフルーヴとクマのぬいぐるみ。皆は任せて、と言ってくれたウイも残った。


 ピヴワヌとサイは未だ戻らず、どこにいても敵に狙われる危険。

 城の外に出たら安全、なんて言えない。灯の最初の願いを叶えない限り、終わりを見つけないと戦いは続く。

 歯ぎしりする音が耳の近くで聞こえ、下がっていた視線を上げた。ネモフィルの顔を見ようとしたが、見えずに聞こえたのは苛ついた小さな声だった。


「私も暴れたい」


 亜莉香以外には聞こえなかったに違いない。全力で聞かなかったことにした。


「アリカ!」

「あ、トシヤくんもいるね。無事で良かった」


 一直線に駆け寄るルカの隣で、ルイは手を振っていた。二人に怪我はない。無事で良かったと思ったのは亜莉香も同じで、歩み寄ろうとすればネモフィルが傍を離れた。

 そっと向かった先は透の元で、近くの階段の手すりに軽々と座る。


「ねえ、透。私の出番はまだ?」

「暴れたかったら好き勝手にしていいぞ?」

「どこから壊していいの?」


 軽い口調の透に、子供のような無邪気なネモフィルの返答である。

 そのまま会話を聞いていると、思ったことが顔に出てしまいそう。


「えっと…ルカさんとルイさんは、特にお変わりありませんか?」

「唐突だな。特に変わりはない。亜莉香達がいなくなった後は王子や女王の顔を見て、ネモがアリカ達の気配を察知したから、俺達はその後を追った」

「ちゃんと手加減して走ってくれたよ。じゃなかったら、そもそも追えなかっただろうね」


 ルカに続きルイも言い、納得したトシヤが言う。


「精霊相手じゃ、あっという間に姿を見失うよな」

「そうそう、人とは違う速さで移動出来るからね。恐ろしいことに狭間を抜けるとか、一瞬で別の場所に移動されたら付いて行けなかった」


 しみじみと言い、ルイが振り返ってネモフィルを見た。

 透と仲良さげに話すネモフィルの見た目は美女だ。人の姿で透と並ぶと、精霊だとは思えない。ただ二人が話している内容は何を壊しても問題ないか、どこで暴れても大丈夫かなど。物騒なことこの上ない。

 戦いが避けられないとは言え、被害を減らして欲しいのが亜莉香の本音。


 呑気に会話している中で、ただならぬ空気にようやく気付く。

 思わずトシヤの袖を掴んで、亜莉香は一歩下がった。気まずい陸斗と、何かを言おうとしては口を閉ざすチトセが向かい合い、二人の間には誰も入れない空気がある。亜莉香の態度に察してくれたルカとルイ、トシヤは出来る限りの壁際に寄り、見守ることを選んだ。対して透とネモフィルは、少々場違いに喋り続ける。

 ふざけた冗談に笑いも混じると、亜莉香の頭が痛くなった。


 この場で陸斗とチトセを置いていく選択肢もある。それをすると二人だけで敵に襲われた場合が心配だ。透とネモフィルにこの場を任せて先に進む選択肢を選ぶと、当の二人が全く空気を読まずにいるか、陸斗とチトセの間に入って会話を進めてしまうか。


 余計なことはしたくないと考えているうちに、ルイが行動してくれた。

 透とネモフィルの所へ向かい、せめて声を落とすように言って聞かせる。注意を受けた二人が素直に謝る様子には、最早言葉が出ない。


「どうして…こんな所にいる?」


 困ったように、先に話しかけたチトセの声に視線を向けた。

 辺りが少し落ち着いたから、例え自分達に視線が集まってもチトセは話し出す。


「部屋の外には出るなと、母上や周りから言われていただろ?」

「…すみません」


 陸斗が謝って視線を下げた。

 年は変わらないように見えるのに、陸斗の方が年下の扱いを受けている違和感。

 それもそうか、と納得したのはチトセが第一王子と呼ばれ、陸斗が第二王子の立場を思い出したから。二人にとっては当たり前の関係性を見せつけられ、亜莉香はそっと息を吐く。


 全然分かっていなかった。

 この世界の陸斗の立ち位置を、関わった人々を知ろうとしなかった。


「謝られても困るが、過ぎたことは仕方がないのだろうな。別に叱りに来たわけじゃない。ただ無事を確認したかった」

「…はい」

「帰るのか?」


 不意に問いかけたチトセに、陸斗が驚きを隠せず顔を上げる。


「どこ、に?」

「君の元の世界に」


 亜莉香や透が聞いた時は、麗良の邪魔が入った質問だ。

 目を見開いた陸斗は、その意味を理解するのに時間がかかっていた。それでも口を開き、絞り出すように言う。


「俺は…」


 亜莉香や透の気持ちを知ってしまったから、迷って悩んで、必死に答えを探す。

 その答えを出すのは陸斗自身でなければいけない。進んだ道は戻れないから、他人が決め手は駄目なのだ。それを分かっているから、チトセは黙って待つ。

 例えどんな答えでも、と物語る表情は少し悲しそうで、寂しそうに見えた。

 でも陸斗が気持ちを伝えなければ、何も始まらない。

 俺は、と繰り返した声は、決して大きな声ではなかった。


「帰りたい、です」


 その答えを知っていたチトセが、そうか、と相槌を打った。

 陸斗は頷き、堰き止めていた感情が溢れ出す。


「ずっと、帰りたかった。ここじゃない場所に。本当の家族がいて、友達がいて、俺の日常に帰りたかった。吉高や有川が残ると言っても、俺は帰りたい。もうここには、この場所には居たくない」

「知っていたさ」


 消えそうな音量の言葉があって、チトセは軽く頭を下げた。その行動に、陸斗以上に透やネモフィルが驚いていた。


「こちらの都合を押し付け、引き止めて悪かった」


 チトセ様、と陸斗は呼んだ。

 陸斗が過ごした一か月近く、そう呼んでいたに違いない。


「本来ならいち早く気付いた私が、早く君を元の世界に戻さなければいけなかった。それを見て見ぬふりをして留まらせたことを、本当に申し訳ないと思う」


 唇を固く閉じているのは陸斗だ。

 チトセの口は止まらない。


「王子として、君がこの国に居てくれることが嬉しかった。君が話し相手になってくれて、私も妹も楽しかった。出会ったばかりの君は戸惑いながら、上手く周りと溶け込んでくれた。数少ない使用人達との距離を縮め、城の中に笑い声が響いた時もあった。私を慕って声をかけ、色々話し込む時間はいつも有意義だった」


 言いたいことを述べた。顔を上げた時、チトセはさっぱりとした笑みを浮かべていた。そこに後悔の欠片もない。

 陸斗、と名前を呼んで、視線を交わすと微笑んだ。


「この国に来てくれて、ありがとう」


 一番大切な想いは、きっと陸斗に届いた。

 決意が揺るがないように、顔を下げた陸斗は何も言わない。

 チトセは辺りを見渡し、亜莉香とも目が合った。軽く会釈され、会釈を返す。まるで亜莉香達を知っているような表情だった。わざわざ挨拶をするのは不自然になるのだろう。

 話がまとまったのを見て、透は言う。


「あいつら並ぶと…顔面偏差値上がるな」

「透は入れないわね。可哀想に」


 ぼそぼそと話す内容が、全く関係のないことで亜莉香の肩の力が抜けそうになった。話題になっているチトセにも陸斗にも聞こえないのをいいことに、くだらない会話を続ける。

 トシヤとルカは呆れ、ルイが楽しそうな笑みを浮かべた。

 この時だけは、亜莉香も戦いのことなんて忘れた。

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