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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
49/507

11-4

 ケイの店を出て、家に帰る前に夕飯の買い物をして。

 真っ直ぐに家に帰って、夕飯の支度をする予定だった。それはあくまでも予定で、その通りになることはなく、何故か亜莉香はルイと共に神社の中を歩いていた。


「ごめんね、買い物途中に」

「いえ、それは大丈夫ですが。その、何で私が呼ばれたのでしょうか?」

「それは着いてからの、お楽しみ」


 楽しそうなルイが、足取り軽く一歩先を進む。何度聞いても、ルイは質問の回答をはぐらかす。答えてくれる気配はない。

 久しぶりにやって来た神社の景色は、記憶している景色と全然違う。真っ直ぐに伸び、白や薄い灰色の、平らで長方形の石が敷き詰められた広い道は変わらないが、春に咲いていた桜や、青々と茂っていた木々は紅葉していた。

 道に舞い落ちている葉は少なく、街の中より涼しい風が髪を揺らす。

 後ろで腕を組んでいたルイが、不意に振り返った。後ろ向きで歩き、亜莉香に笑いかける。


「アリカさん、ここには二回目?」

「そう、ですね」


 肯定しつつも、思い出したのは最初の頃にトシヤに言われた言葉。

 警備隊にばれたら怒られる、と聞いたら、怒られるのが嫌で亜莉香は極力近づかないようにしていた。けれどもトシヤとルカ、ルイの三人はお構いなしで、よく神社に足を運んでいる。神社、と言う名前こそ出ないが、いつもの場所で、と言えばそれは三人の中で神社を指し示す言葉だった。

 歯切れの悪い亜莉香の言葉に、ルイは勘違いして申し訳なさそうに言う。


「もしかして…最初に襲われた場所だから、足が遠のいていた?嫌なこと、思い出させちゃった?」

「違いますよ」


 はっきりと言えば、ルイの表情は安堵に変わった。

 ルイに言われるまで、最初にルグトリス、と呼ばれる黒い人の形をした何かに襲われたことを、すっかり忘れていた。


「前に警備隊に見つかったら怒られる、とトシヤさんに聞いていたので。神社は足を踏み入れたらいけない場所だと思っていました」

「一般的には、その認識でいいと思うよ。普通の人なら、入りたくても入れないのが、この神社の結界。まあ、入ってしまえば、警備隊だって追いかけないよ」


 そういうものですか、と首を傾げれば、ルイはおかしそうに笑った。


「そういうもの。どうせ警備隊は神社の中に入れないから、そんなに気にしないで。入っていたのが見つかっても、適当に言い訳を言えば問題ない」


 簡単に言ってしまうルイに、亜莉香は唸る。


「私、すぐに言い訳なんて思い浮かびませんよ」

「適当、適当。近くの林に風呂敷が飛んだ、とか。変な人がいたから追いかけた、とか。逆に不審者に追いかけられて逃げていました、とか――」


 次から次へと口から出るルイの言い訳を、亜莉香は心の隅で覚える。

 ルイと話ながら進んで、亜莉香は数十段の階段を上った。

 門をくぐれば神社の本殿、広い境内は本来なら静かなで、神聖で、自然に満ちた空間。のはずだが、今はその中でトシヤとルカが模擬戦を行っていた。

 境内に、日本刀とクナイがぶつかる金属音がよく響く。

 真剣なトシヤとルカは、亜莉香とルイの存在に気付いていないのかもしれない。黙って模擬戦を見守るルイの隣で、亜莉香は境内の中を見渡した。


 本殿手前の両脇の桜の木も、遠くに見えて連なっている山も、全て色鮮やかな秋の色。

 蘇芳色の着物のトシヤの方が境内に馴染み、ルカの姿は全体的に黒い。

 高い位置で一つにまとめている長い髪は紅色で、瞳は深い紫だけど、着物は藍色を帯びた灰色、袴もブーツも真っ黒だ。


 ルカとは対称的に、亜莉香の隣のルイは全体的に白い。

 春は桜、夏は金魚、秋には楓の葉の綺麗な髪飾りを付けていたルイは、桃色の髪を半分まとめている。着物は矢羽根柄の灰色がかった桜色と白で、鮮やかな花が散らばっていた。色の濃い緑の葉のような、常磐色の袴に、黒のショートブーツ。

 誰よりも可愛く、美少女に間違えられるルイは、息を吸いこんだ。


「きゅうけーい!!」


 終わりそうにない模擬戦に、ルイは叫んだ。

 驚いたのは亜莉香だけじゃなくて、模擬戦を行っていた二人も同じ。ルイの声に木々に止まっていた鳥達が羽ばたき、少しの間辺りは静寂になった。

 あまりの静けさに、クナイでトシヤの首を狙っていたルカが、呆然とした顔で振り返る。


「…なんだよ。驚いた」

「急に叫ぶな」


 深く息を吐いたのはトシヤで、ルカの攻撃が止まったのを確認してから、構えていた日本刀を下げた。肩の力を抜いて、振り返った先にいた亜莉香の姿に、トシヤが問う。


「なんでアリカがいる?」

「僕が連れて来た。僕の勇姿を見てもらおうかな、なんて」

「それでここまで連れて来ることないだろう」


 ルイの冗談に、ルカが真面目に答えてため息を零す。

 にこにこ笑っているルイは、誰かが話を振らないと、そのままルカを騙したまま話を続けてしまう。そうなると話が脱線してしまうので、亜莉香は遠慮がちに言う。


「あの、私が本当に呼ばれた理由は何ですか?」

「あ、うん。模擬戦にも飽きてきたから、たまにはかくれんぼして、遊ぼうと思って。人数多い方が、楽しいでしょう?」

「えっと…それも冗談ですか?」

「これは本気の話。模擬戦の息抜きにかくれんぼをしたくなったんだけど、人数が足りないから、アリカさんを探しに行ったの」

「そのために、普通ここまで連れて来るか?」


 傍までやって来たトシヤが呆れて言えば、ルイは楽しそうに言い返す。


「だって、アリカさん以外の適任者が思いつかなくて。三人だとすぐ終わりそうだと思ったし、たまにはいいでしょ?僕が最初の鬼をするから、皆は神社内に隠れてね。林の中もあり、鳥居から出るのは禁止」


 どう、とルイが首を傾げれば、トシヤとルカの渋い顔。

 仕方がない、と言わんばかりにルイは腕を組んだ。


「折角、アリカさんを連れて来たのに。何もせずに帰ってもらうのか。困ったなー。景品も用意したのに、無意味だったかなー」

「棒読みで言うな」


 トシヤの言葉に、ルイは笑みを浮かべた。トシヤは全く興味を示さないが、景品、の言葉にルカの目が光る。


「景品は?」

「お、ルカ。やる気出た?景品はね、これ」


 これ、と言ってルイが胸元から取り出したのは、一冊の古書。

 表紙からして古く、今にも破けそうな古書を見るなり、ルカがルイの元に駆け寄って、古書を奪おうとした。奪われる前に古書を胸元に隠して、ルイは突進して来たルカを軽々と受け流す。

 転びそうになったルカを放って置いて、ルイはトシヤに言う。


「景品に、興味はない?」

「そもそも俺は本に興味ない」

「そうかな?この本の中には、トシヤくんが知りたい黒い存在について書いてあるけど、それでも興味ない?」


 ルイの言葉に、トシヤの目の色が変わった。少しだけ、興味を引かれた模様。


「景品がもらえる条件は?」

「それは簡単。僕が飽きるまで鬼ごっこをして、鬼になった回数が一番少ない人が勝ち。最初に見つかった人が次の鬼で、見つかった人は鬼に協力すること。どうかな?」

「「乗った」」


 即座にトシヤとルカが言った。

 亜莉香はまだ承諾していないのに、きっとこのまま流れで参加することになる。それはそれで楽しいが、話が進むのが早いと時々付いていけなくなる。

 それは今回も同じで、ルイが両腕で深い緑色の瞳を隠した。


「じゃあ、数えるよー」


 いーち、にーい、とルイは空を見上げて叫ぶ。

 数え始めたルイの姿に、ルカが最初に動き出す。迷っていた亜莉香はトシヤに背中を押され、深く考える間もなく、その場を離れた。


 林の中で隠れる場所を探していると、木の上にいたルカと目が合った。


「ルカさん…そこはよく見えますよ?」

「それくらい分かる!」


 図星を言われて、ルカの顔が一気に赤くなった。亜莉香がやって来ることは予想外だった様子で、少し迷ってから右手を差し伸べられた。


「アリカこそ、隠れる気がないなら、上るか?」

「いいのですか?」

「今ならルイは近くにいないから。近くに来たら、俺はアリカを囮にして逃げる」

「私は囮役ですか」


 亜莉香は差し伸べられた手を握った。ルカに助けてもらうが、何度か失敗した。ルカの隣で太い枝に座れた頃には、体力がなくなって息が上がる。


「意外と…木登りは疲れますね」

「いや、アリカの体力がなさすぎるだろ」

「これでも、最初の頃よりは体力ありますよ。でも、初めて木に上りました」


 額に汗をにじませ、深く息を吐けば、ルカは首を傾げた。


「子供の頃、木登りしないのか?」

「しませんよ。ルカさんはよく木登りしましたか?」

「まあな。昔は木登りだけじゃなくて、かくれんぼも、鬼ごっこも。何をするにもルイと一緒に遊んでいた」


 ルカが自分の話をするのは珍しく、亜莉香は気になっていたことを尋ねる。


「景品は…ルカさんも読んだことのない書物、ですよね?」

「そう。あれは、ルイの家に代々伝わる古書。俺ですら読んだことがないのに、先にトシヤに読ませて堪るか」


 トシヤに対して、あからさまな敵意を剥き出しにしている。言葉を選びながら、亜莉香は口を開いた。


「ルイさんなら、ルカさんの読みたい本を何でも渡していると思っていました」

「いや、あいつは性格悪いから」


 あまりにもはっきり言われて、亜莉香は言葉に詰まった。

 ルカは苦々しく、話し出す。


「昔から、人をからかって、馬鹿にして。笑顔で人を油断させるのが趣味みたいな奴だ。大事な古書を景品にするなんて、頭のネジがぶっ飛んでいるんだよ」

「すごい…言われようですね」


 小さな声で亜莉香が言っても、ルカには届かない。


「大体、あの古書をどうやって手に入れたんだよ。厳重に保管して、誰にも読めないようにされているはずなのに。ルイはいつあっちに行ったんだ?気配が離れるようなことはなかったのに――」


 ぶつぶつと独り言を呟き、腕を組んでルカが考え始める。

 何を言ってもルカには声が届きそうにないので、亜莉香はぼんやりと空を見上げた。微かに涼しい風が頬を撫で、鳥の声が遠くに聞こえる。

 のんびりとした時間を過ごしていると、不意にルカは顔を上げ、視線を林の中に向けた。


「ルイがこっちに来る。俺は逃げるけど、アリカはどうする?」

「音、しましたか?」


 亜莉香の質問に、ルカはにやりと笑った。答える気はないと言わんばかりの顔は、ルイとよく似ている。少し考えた亜莉香は、肩の力を抜く。


「もう暫く、ここに隠れます。囮になるかは分かりませんが」

「了解。俺は行くな」


 軽く飛び降りて、ルカは振り向くこともなくいなくなった。

 亜莉香にはどこからルイがやって来るのか全く分からず、書物に関してもトシヤやルカのように興味があるわけじゃない。読めればいいかな、とは思うが、どうしても読みたいわけじゃない。

 自然の中で息をする気持ちが良く、亜莉香は木に寄りかかる。

 かくれんぼなんて久しぶりで、誰かと遊ぶのも久しぶり。古書に関してはトシヤとルカのどちらかが読めばいいと思うので、別に早々に鬼に見つかっても構わない。

 構わないが、亜莉香が鬼になると問題が浮上。

 他の三人を見つけられる自信はない。


「適当に、見つけて欲しいけど――」


 けど、と口にして、木の上に座っている事実を思い出す。


「どうやって…下りればいいのだろう」


 当面の問題を口に出すと、早く鬼に見つけてもらいたい気持ちが強くなった。

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