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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
483/507

96-4

 静まり返った城の中、出迎えたのは二階へと続く巨大な階段。手摺に細かな装飾が施された階段は、窓から差し込む微かな光でも立派に見えた。

 明るく照らされれば綺麗な大理石の階段だとしても、少し埃っぽい。掃除する人数が足りていない。床の隅に溜まった埃も、天井から吊るされたシャンデリアの蜘蛛の巣も、目を向ければ気付く汚れは多々とあった。誰かが掃除をすれば済む話とは言え、その誰かがいなければ綺麗になることはないのだろう。


 寂れたとも言える城の内部は、静けさが支配していた。

 最初に踏み入れた亜莉香の足音は、よく響く。


「この場合…お邪魔します、で合っていますか?」

「間違いではないだろ。それか、失礼します?」


 亜莉香の呟きにトシヤが答え、二人の足は止まる。


「時間帯には、こんばんは、とも言えますよね?」

「外は曇り空とは言え、まだ日は暮れていない。こんにちは、じゃないか?」

「アリカもトシヤも、それ真面目に考えてないよな?」

「誰もいないから、挨拶なんて必要ないと思うけどね」


 ルカも足を止めようとして、ルイは気にせず階段に足をかけたところで振り返った。


「こっちで、いい?」

「こっち。というか、一方通行だろ」


 亜莉香達を素通りした透が答え、さっさと階段を上り始める。


「人の気配、上にしかない。使用人が居ないなら、上に行けば陸斗には会える。麗良の気配は城にはないな。出掛けているのか?」

「城の一番上の禍々しい気配の中は?」

「そこに居るなら分かる。あれでも、まだ人だろ?もし居たとして、サイ達が向かっているから適当に対処するだろ。ひとまず俺達が出向く必要はなし。向かうは三階、東の塔」

「まだ人、ねえ」


 意味深な単語を繰り返したルイは、ため息を零したルカと共に透の後に続いた。


「人ではなくなった場合、どうなることやら」

「楽しそうな顔をするなよ」

「え、そんな顔をしていた?」


 にこにこと笑うルイの横顔に、ルカが呆れた。

 平然と繰り広げられた会話だけれど、マサキの顔色は悪くなる一方だ。


「なあ…真っ直ぐ王子の元に向かうなんて言わないよな?非常識だぞ?」


 無理やり透に引っ張られるマサキの疑問なんて、毎度の如く無視である。一歩遅れて亜莉香とトシヤも行く。

 大きく扉を締まる音がして、亜莉香は思わず後ろを見た。


「なんで儂より先に入ろうとするのだ!後から来い!!」

「嫌よ!馬鹿兎が最後になればいいじゃない!!」


 言い合うピヴワヌとネモフィルは、どちらも腕を組んで肘を押し合っていた。片方は見上げて、片方は見下ろして、身長差なんて考えずに睨み合う。

 見なかったことにして、階段を上ることにした。

 踏み外さないように気を付けようとすれば、差し出されたトシヤの手に気付く。


「これから戦うって感じが、全然しないな」

「そうですね。何だか私達って、いつもこんな感じがします」


 素直に手を重ねた。時々、階段に差し込む光が輝いている。


 光が差し込まない場所は、反対に暗い。

 前を行く人達は行き先を相談し合って、後ろでは過去のいざこざを掘り起こしての口喧嘩。間にいる亜莉香とトシヤは穏やかに、ゆっくりと二階に進む。


「皆といるから、こんな時でも笑えるのでしょうね」

「そうかもしれないな。ここまで後ろが五月蠅いのは予想外だけど」

「私は大歓迎ですよ?きっと…すぐにトウゴさん達も合流して、もっと騒がしくなると思います」

「それはそれで、もっと戦いから遠ざかるわけだ」


 容易に想像した光景に、亜莉香は声を抑えて笑った。トシヤが優しく見守っていてくれるから、握っている手に力を込める。


「本当は、不安も恐怖もありますけど。そんな感情があったとして、護りたいものがあって、譲れないものがあるから。何度だって私は戦うだろうし、苦しくても悲しくても、その先にあるものを手に入れようともがくのです」


 深く、肩の力を抜くように息を吐いた。

 前を見据えて、四人の背中を瞳に映すと同時に、一段上る度に変わる色がある。窓から差し込む光の加減で、大理石の色は所々違って見える。同じ石なんて、一つもない。


 似ているようで違うのは、亜莉香と灯の関係みたい。

 どれだけそっくりでも、出逢えた人や生き方で、どんな風にでも変われる。


 だから、と想いを口にする。


「――私は私の心のままに進みます」


 実現するように祈りを込めた。この先の未来も、戻れない過去も。こうしてトシヤの隣を歩いている今という時間も、全てを受け入れて進みたい。


 もう以前のように、心に嘘はつかないで。

 平気だと、上辺だけで笑わないで。


 戦いが終わった後に、胸を張って帰れるように。これが私の生き方だと、いつの日か言えるように。足取りは軽く、晴れやかな心を携える。

 そうか、と相槌を打ったトシヤは微笑んだ。


「俺も、俺の心に従うかな。例え待ち受けている敵が一筋縄ではいかないとしても、逃げ出しはしないし、アリカと一緒に立ち向かう」

「ありがとうございます」


 嘘偽りのない真っ直ぐな言葉が、素直に嬉しい。

 ゆっくりとお礼を述べれば、名残惜しいけど階段を上りきってしまう。

 手を離さなければと思うのに、手離したくない感情もあった。欲張りになっていく気持ちに対し、少しの戸惑いと恥ずかしさを覚えた。

 芽吹いて広がる恋心のせいで、見事に階段を踏み外す。

 転びそうになった亜莉香をトシヤが支えてくれるのは必然で、当たり前のように距離が近い。真っ赤に染まった頬は現状に相応しくないけれど、顔を上げれば絡まった視線に、どちらかともなく笑っていた。

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