表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
482/507

96-3

 断片的な記憶に頭を押さえれば、ふらつく亜莉香の身体をトシヤが支えた。


「アリカ?」

「大丈夫です」


 反射的に言い返し、深呼吸を繰り返す。

 時間は経っていないのに、ローズの記憶が頭の中を埋め尽くしていた。女王陛下やチトセとの出会いが、愛しい人と言っていた彼が、脳裏に焼き付いてしまった。


「…ごめん。この場所は力が強すぎて、アーちゃんと共鳴しちゃった」


 亜莉香と同じく頭を押さえたローズは言った。その身体を支える人はいない。亜莉香から視線を逸らすと、傍に居る人達に向けて作り笑いを浮かべる。


「もう随分と城の中は静かなものだよ。王家を踏みにじった貴族は今頃、自分の家で悠々と過ごしているかもね。城の中に残っている人間は、元々僅かしか居なかった。そして誰もが暗くなる前に、自分の部屋に籠っていたの。城を徘徊する輩が増えるから、層を変えなくても、この城には人が居なかった。あの子と、その子供達が、この地を支えていた」


 悲しそうに、当たり前のように告げた言葉の意味を大半が理解する。

 ローズが説明しなくても、城の現状は一目瞭然だった。城に一歩入った途端の空気が、荒れ果てた庭園が、目に映るもの全てが物語るのは深い闇。


 舞台は整えてある、とローズは告げた。


 それから踵を返したかと思えば、瞬き一つで姿は消えた。

 誰も引き止める時間はない。まるで幻でも見ていたかのような時間が流れ、ぽつりと呟いたのは、すっかり存在を忘れていた奏だ。


「もう――あまり時間は残っていないのかもしれないな」

「え?」

「かっちゃん。それ、どういうこと?」


 響いた声に、ウイとサイが反応した。

 透の隣に座り込んでいた奏の、狼の尻尾は項垂れている。心なしか耳も下がり、ローズのいた場所を見つめたまま、再び口を閉ざした。

 何も言うことはないのだと、その瞳は語る。

 詰め寄ろうとしたウイを止めたのはサイで、着物の裾を掴み、視線が交わると首を横に振った。それ以上は聞いてはいけないと、声には出さずに態度で示す。


 ローズのいた場所に、亜莉香は視線を戻した。

 どこに向かったのか。

 それは分からないけど、ローズの行動理由は分かった。流れ込んだ記憶や感情が教えてくれたから、きっと亜莉香の進んだ道の先で再び出逢える。

 ローズの約束を胸に、心臓部分の近くで右手を強く握った。忘れないでいようと思えば、アーちゃん、と不意に名前を呼ばれて意識を向ける。


「僕達は、ここから別行動させてもらうよ」

「分かりました。くれぐれもお気をつけて」

「それはこっちの台詞だ。無茶をしないでくれよ」


 離れることへの不安は、お互い様。

 笑みを浮かべて頷くと、次にサイの視線がトシヤとピヴワヌを捕らえた。

 会話はしないが何かを伝える。すぐに背を向け片手を振って、奏に何か言いたそうだったウイの手首を掴んだ。ゆっくりと歩き出す途中でトウゴも巻き込み、その腕にいたフルーヴとクマのぬいぐるみも一緒に遠ざかる。

 城の外壁で曲がってしまえば、姿は見えなくなった。

 人数が減って寂しくもあるが、亜莉香の隣に並んだピヴワヌが腕を組んで言う。


「儂らも進むぞ」

「そうですね」

「あいつらがいなくても、何も心配することはあるまい。儂がいるからな」


 まるで亜莉香の心を読んだかのような言い方に、勇気づけられて笑みを零す。

 少年の姿とは言え、精霊でいるピヴワヌがいれば大丈夫。自分のことは信じられなくても、周りの言葉は信じられる。

 見かねたルイがピヴワヌの脇に並んで、顔を覗かせた。


「いやいや、ピヴワヌ様だけじゃなくて僕達もいるから。忘れないでね」

「わざわざ言わなくても」

「一応言っておかないと。トシヤくんの立場が忘れられたら可哀想でしょ?」

「そういうものか?」


 首を傾げたルカに、ルイは頷く。


「そういうもの」

「違うだろ。ルカも納得するな」

「つまり――ルイの言いたいことは、亜莉香には味方が沢山いるってことだろ?」

「その中で私が一番、綺麗で強くて素敵な味方と言うことね!」


 扉を前にして逃げ腰のマサキを無理やり連れた透が言い、ネモフィルが胸を張り、トシヤは突っ込むことを放棄した。ネモフィルが口を出せば、反論するのが恒例のピヴワヌ。周りに誰が居ても、関係なしに叫び返す。


「儂の方が強いに決まっている!」

「何とでも言いなさい。私の方が活躍してあげるわ!」

「ばばあの活躍なんぞ見たくもない!何でも水に流すか、凍らせてばかりのくせに!それのどこが活躍だ!!」

「毎回燃やすばかりの馬鹿兎に言われたくないわ!!」


 いつもの騒がしい会話が飛び交う。

 誰も止めないから、声は大きくなっていく。


「行くか?」

「行きましょう」


 小さくもトシヤに言い、亜莉香は一歩前に出た。

 肩が触れ合う距離にいるトシヤからも勇気を貰う。皆がいるから、恐れる気持ちがあったとしても、足を踏み出し扉に触れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ