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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
466/507

93-4

 蝋燭の蝋が半分以下になって、流石に遊んでばかりはいられなくなった。

 端から扉を開け、魔法の光を見つければ突撃した。人ではない誰かを見つければ追いかけたのに、急に道が変わって逃げられた。

 その繰り返し。

 これではお化け屋敷ではなく、鬼ごっことも言える状況に陥っている。


「凄く悔しいけど…楽しいな」

「うん。分かる。ただ時間が迫ってきたね」


 息切れをしながら立ち止まった透に、亜莉香も肩で息をしながら答えた。

 蝋燭は燃え続ける。

 闇雲に走り続けても埒が明かない。


 まだ悲鳴は続いているし、誰も当主を見つけていないのだろう。屋敷の中に大きな変化はなくて、額に滲んだ汗に亜莉香は息を吐く。

 腕を組み、じっと床を見つめるように動かず何かを考え始めた透を、そっと盗み見た。透という同じ目線で魔法を見つけられる存在は、とても貴重だ。どちらかが赤紫の光を見つければ、それだけで何が言いたいのか分かる。仕掛けに気付いても、いちいち驚きもしない。


 空いていた手で顔を仰ぎ、どこまでも続く廊下を眺める。

 目を凝らせば、そこらかしこに赤紫の光が漂っているようにも見えてきた。

 もっと、もっと鮮明な光を見たい。光の点と点が光になるように、当主へ続く道を知りたいと強く願う。


「手っ取り早いのは、そこら辺の扉でも壁でも壊すことでさ」


 集中力が途切れて、小さくも呟いた透を見た。


「そうなの?」

「どう考えても、外から見ていた屋敷より広いだろ?脅かす為の仕掛けじゃなくて、俺達が他の奴らと会わないよう、当主の所へ辿り着けないように魔法が発動している」


 ここは、と足で床を叩いた透が顔を上げる。


「魔法の中。魔法で作られた部分を削っていけば、本物の場所だけ残る」

「なるほど」

「問題は、魔法と本物までの見分けがつかないこと。もしかしたら本物の屋敷を壊してしまうかもしれない。そんな行為は、俺だったら避けたい。普通に当主の元に辿り着きたいし、ルイと同じになりたくない」

「う、うん?」


 急に名前の出てきた人物に、曖昧な返事しか出来なかった。

 若干、顔色が悪く見えるのは薄暗さのせいなのか。遠慮がちに亜莉香は問う。


「ルイさんは何かしたの?」

「ルカの元に行く為に、手段を選ばなかった」


 わざとらしく両腕で身体を守るような仕草に、遠くを見つめる眼差し。

 ルカの名前まで出されると、分かるような気もした。ルイにとってルカは大切で、かけがえのない存在で、何かあれば誰もルイを止められない。

 それを目の当たりにした透は、真顔になって話を続けた。


「怒らせたら一番怖いのはネモだと思っていたけど、ルイも上位で怖い部類だな。何あれ、ルカに何かあったら、あいつ周りを滅ぼすだろ。滅茶苦茶怖い」

「普段は笑顔で、そんなことはないけどね」

「ある意味、俺の中では要注意人物になってしまった」

「他に怖い人っているの?」


 段々と話が逸れていく。疲れていたから、透は体半分を壁に寄りかかるようにして、身体が斜めになってしまった。


 当主探しは再び中断。

 それでも特別、急ぐことはしない。


「怖い人というか、まず怒らせたらまずいのはトシヤだろ?凄く機嫌悪い。特に亜莉香がいなかった間」

「その間のことは、私は知らないからね」

「そうだよな。この場に亜莉香しかいないから言うけど、俺の記憶の中の利哉より怖かった」


 しみじみと言わないで欲しい。笑えない亜莉香に、あとは、と透が言う。


「精霊達は基本的に、怒らせると怖いじゃなくてやばい。その中でも俺はネモと関わる機会が多かったわけで、怒っている姿を何度も見てきたのはネモだけ」

「透が怒らせていたの?」

「まさか。どちらかと言えば、この世界の理不尽に対して怒っていたな。ネモは敏感に反応して、一人で怒って。触らぬ神に祟りなし、の状態だったわけ」


 少し悲しそうに眉が下がった透の言葉を、亜莉香は真面目に聞く。


「どうしようもないことは誰にでも起こる。理不尽なことも、怒っても仕方がないことも山ほどある。そう言う感情を、俺達は制御していくしかない。誰かにぶつけたところで、それは自分に返ってくる」

「難しいね」

「難しいよ」


 ぽつりと零れた言葉が、やけに響いて廊下に消えた。

 若干の間が、その場を支配する。


 時間が全てを解決してくれる、なんて都合の良いことばかりは起こらない。生まれる感情を制御したくても、出来ない時だってある。一人では抱えきれないから、傍に居る人を頼り、寄り添っていくことも時には必要。

 怒りだけでなく悲しみも、それ以外の感情も、と亜莉香は心の中で呟いた。


 不意に優しい風が頬を撫で、下がっていた顔を上げる。

 瞬きした途端、眩しいくらい明るい廊下に変わった。響いていた悲鳴は一切聞こえず、蝋燭の火は誰かが息を吹きかけたかのように消えた。

 亜莉香と透は顔を見合わせ、首を傾げる。

 透の手にある蝋燭の、蝋はまだ残っている。


 考えられる理由は一つ。誰かが当主を見つけ出した。一体誰が当主を見つけたのだろう。少なくとも亜莉香と透は何もしていない。


「ねえ、透――」


 目の前にいる透に話しかけようとすれば、見ていた廊下がぐらりと歪んだ。

 その感覚には覚えがある。屋敷に入って、最初に蝋燭を手に取った時と同じ感覚。また別の場所に移動するのだと思えば、今度は床の感覚が消えた。

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